55:勝利は、喜びを伴わないとねって話

 

「お疲れ様でした、クラフト兄様」

「やることをやっただけだ」

「兄様は相変わらずですね」


 微笑むカイルに促され、椅子に座ると、マイナが一瞬迷ってから、俺の膝の上に乗っかってきた。ただし、頬は膨らませたままである。


「状況はどんな感じだ?」

「順調ですよ。冒険者の皆様が頑張ってくれたおかげで町の中への侵入はゼロ。もちろん死者もゼロです」

「それは良かった」


 もっとも心配していたのは死亡だった。

 死だけは治療不可能だからな。今は。

 死にさえしなければ、ヒールポーションでもキュアポーションでも石化解除薬でもなんでも使って治療できる自信がある。

 俺はほっと胸をなで下ろした。


「じゃあ、もう全員治療済みか?」

「はい。皆さん元気に活動しているかお休みになっているようです」

「祭りが嫌いな冒険者はいないだろうからな、今頃みんな無理して起きてるだろ」

「かもしれませんね」


 カイルと一緒に窓から外を眺めると、酒に酔っ払って陽気に歌う冒険者や、ひたすら料理をかき込んでいる冒険者。泥酔してイビキを轟かせている冒険者など様々だった。

 何人かが俺達に気付いて、手を振ってくる。振り返してやると、彼らはカイル(と俺)の名を連呼するのだった。

 俺の名前はやめろ。


「さて、これからの事ですが、コカトリスの魔石は全て回収。死体の部位で程度の良い素材だけある程度回収して、残りは全て燃やします。兄様が燃焼用の錬金薬を作ってくれるのですよね?」

「ああ、ただ薪だけだと量も必要だし、何日かかるかわからんからな。燃焼薬があれば、数日でなんとかなるだろ」

「わかりました。いつも通り必要経費は生産ギルド経由でお願いします」

「おう」

「それでは最後に、エドさん、サイカさん、カイさん、ワミカさんの件ですが……」


 俺はその言葉に跳ねるように顔を上げた。


「カイル! その件だが頼みがある! あいつらを焚きつけたのは俺なんだ! だから罰は全部俺が……!」

「お! 落ち着いてくださいクラフト兄様!?」

「いや! この町を危機に招いた罪が重いことは重々わかっている。それでも俺は子供達に罪を……!」

「待ってください! 落ちついて……」


 俺がさらに続けようとしたタイミングで部屋の扉が開き、見慣れた青髪の冒険者、レイドックが入ってきた。


「そうだ、落ち着けよクラフト」

「レイドック?」

「カイル様、子供達からの聞き込みは終了しました」

「お疲れ様です、レイドックさん」

「子供達って……エド!?」


 レイドックの後ろから、おずおずと部屋に入ってきたのは、エドを初めとしたわんぱく四人組だった。いつもの元気がまるでない。

 どうやら今までレイドックが事情を聞いていたのだろう。


「レイドック! 言いたいことは色々あると思うが、まずは俺の話を聞いてくれ!」

「だから落ち着けクラフト。まずお前が俺の話を聞け」


 レイドックが俺の事を軽く手であしらうと、着席する。


「このクラフトバカが色々勘違いしてるんで、結論から話しますね」

「はい。お願いします」

「冒険者ギルド長を含めた結論は、エド達が持ち出した卵と、今回のスタンピートに関連性はありません」


 俺はその言葉が脳に回るのに少し時間が掛かった。


「……え?」


 俺とは逆に、カイルは満足そうに頷いた。


「やはりそうでしたか」

「ええ、根本的に、あいつらが卵を取ってきたのはかなり前の話です。むしろ結び付けるのには無理があるでしょう」

「そう……だったのか?」


 そういえば、子供達がいつ卵を手に入れたかなど、確認してなかったな。


「ああ。クラフトから話を聞いて数日後には取りに行ってたって話だからな」


 レイドックが俺に向かって頷いた。


「これは経験則だが、確かに卵を取られた親は、普段以上に凶暴になって追っかけてくるもんだが、それがスタンピートの原因になったってのは聞いたことが無い。そもそもその程度で起きるなら、今頃とっくに人類は滅んでるだろ」

「それはそうだな」


 卵に手は出さないというのは冒険者の常識だが、密猟者が後を絶たないのも事実だ。その度にスタンピートされていたらたまったもんじゃない。


「ギルド長との結論は、相変わらずスタンピートの原因は謎。ただ、今回見つかった黒い植物が関係している可能性があるから、調査する事になった」

「その時は協力する」

「当てにしてるさ」


 俺とレイドックが話している間に、カイルがエド達に視線を向けた。


「エドさん、日付に間違いはないですね?」

「あ、ああ。クラフト兄ちゃんの話を聞いたら、どうしても我慢できなくて……」

「わかりました」


 泣きそうなエドに対して、ゆっくりと頷くカイル。


「ギルド長も同じ結論です。つまり冒険者ギルドの公式見解ということになります。むしろ謝らなきゃならんのは俺達の方ですね。調子にのってこいつらを鍛えて、大事なことを教えるのが疎かになっていました」

「町の規約に、卵を取ってきてはいけないというものもありませんでしたからね」

「カイル、レイドック……」


 そうか、二人とも。


「な、なあカイル様、俺達どうなるんだ?」

「そうですね。本来であれば罰則を与えるのもおかしな話かも知れませんが、クラフトさんの注意を守れなかったという一点で、けじめが必要だと思っています」

「カイル!?」


 慌ててカイルを止めようとするも、片目を閉じて笑みを浮かべてきたので、俺は言葉を飲み込んで黙った。


「四人には、当面学校の登校前に町の清掃をお願いします。出来ますか?」

「あ、ああ! やるよ! だから町を追い出したりしないでくれよ!」

「わかりました。掃除は大切ですが、学業を疎かにしないように」

「ああ! ああ!」

「良かったねカイ!」

「ああ! アズ姉に迷惑掛からないならなんでもやるよ!」

「はい。頑張ってください」

「ああ!」


 良かった。本当に良かった!

 これからは、しっかりとやって良いことと悪いことを教えてやらないとな。


「それで、クラフト兄様にもお願いがあります」

「なんだ?」

「学校の授業に、週一で良いので教師として参加してください」

「それって」

「はい。今まで彼らにしていた家庭教師の時間を、学校に変更してもらいたいのです」

「……なるほど。たしかに一部の人間だけに偏りすぎていたかもしれんな」

「はい。大切な事を子供のうちから学んでいく必要性は、今回の件でより明確になりました。協力してもらえませんか?」

「もちろんだ。そもそも今回の騒ぎは、俺の責任もあると思っている」

「今回は直接的な原因ではありませんでしたが、ここは開拓地です。次はこのような自体がきっかけになることも充分考えられます。よろしくお願いします」

「わかった。任せろ」


 何を教えるかは、教師達と相談すれば良いと思うが、子供達には俺の知っている限りの生き方を教えてやろう。大人……というほど俺も大人では無いが、それは義務だろう。


「さて、それでは罰が決まったので、次は報償ですね」


 カイルの言葉に俺は眉を顰めた。


「どういう事だ?」

「今回、彼らの所持していた卵を提供していただいたおかげで、死者ゼロという素晴らしい結果を得ました。ならば、その功に報いるのは当然では無いでしょうか?」

「ああ、なるほど、そうだな!」

「え? でも俺達……」

「エド、今はカイルの話を聞け」

「あ、うん」


 カイルの事だ、何か妙案があるんだろう。


「それでは僕の考えた君達への報酬、それは名前です」

「名前?」


 意味がわからないとキョトンとする四人組。


「はい。皆さん名前だけで苗字がないそうですね」

「ああ、捨て子だからな」

「そこで、僕から四人に名前を……苗字を送らせてもらおうと思っています」

「え!?」

「皆さん、兄妹という形になりますが、それでも良いですか?」


 目を丸くしたまま四人が顔を見合わせて、途端に笑顔になった。


「いいのか!? カイル様!」

「ええ。報償は名前で良いでしょうか?」

「ああ! もちろん! みんなもそれでいいよな!?」

「うん! 良いわよ! エドと兄妹ってのはちょっとあれだけど」

「あれって何だよ!」

「僕は嬉しいです! ぜひお願いします!」

「わーい。みんな兄妹〜」

「決まりですね」


 はしゃぐ四人をにこやかに見やりながら、カイルは引き出しから四枚の用紙を取り出した。


「僕の承認済み戸籍証明です。あとは皆さんが名前を記入すれば、認められます」


 カイルのやろう、最初から考えてやがったな。

 俺はつい、笑みがこぼれてしまう。

 今回の件、事情が広がれば子供達へのアタリはほとんどなくなるだろうが、一部の人間には残る可能性もある。

 そこに掃除という罰則と、金銭の伴わない報酬という合わせ技で、一気に沈静化してしまおうという事だ。


 ……カイルって実は凄い策略家なんじゃ無かろうか?


「えっと……エド・ケンダール?」

「私はサイカ・ケンダール!」

「僕はカイ・ケンダールです!」

「私はワミカ・ケンダ〜ル〜」

「僕が考えた苗字ですが、気に入らないのであれば、変更しますよ?」

「いや! 嬉しいよ! ケンダール! 格好いい!」

「ええ! 獣人の私達に苗字なんて夢みたい!」

「本当に……本当にありがとうございます! カイル様!」

「えへへ〜」


 心の底から嬉しそうだ。

 獣人でも苗字を持ってる奴は普通にいるが、孤児であるこいつらが得るには難しい物だったろう。


「では決まりですね。そうだ。折角ですからこれを機に、住人で苗字の無い人も新たに正式な苗字を付けるように町の規約を改正しましょう」


 それを聞いてレイドックが感心した表情を浮かべる。


「へぇ。じゃあゴールデンドーンの住人になれば、全員苗字持ちになれるって事か」

「はい。これから必要になってくると思いますし」

「良いんじゃないですか? 苗字の無い冒険者も沢山いるし、永住希望者も増えると思いますよ」


 そのやり取りを聞いて、俺は背中に冷たいものが走った。

 これ、戸籍登録を見据えてやがる!


 名前だけだと被ることも多いが、それぞれが苗字も名乗れば、重複する可能性も減る。

 苗字を持つというは、かなり昔は貴族や豪商の特権だったが、現在では国も苗字を持つことを推奨している。

 ある程度学がある住人ならば、申請して苗字を得るのが普通なのだが、田舎の人間や、根本的な知識のない人間ではなかなか手が出ない。

 高くは無いが手数料も取られるしな。


 さらに獣人や亞人ともなれば、そのハードルは上がるだろう。

 今回の件をきっかけに、住民全てを苗字持ちにしてしまおうとは、とんでもない策略だ。

 これがミドルネームを下賜するとなれば、貴族などが良い顔をしないだろうが。


 ん? ミドルネーム?

 カイルのフルネームを思い出す。


 カイル・ガンダール・ベイルロード。

 ミドルネームはガンダール。

 そして今回子供達に与えた苗字はケンダール……。


 なるほど、にくい演出だな。

 カイルがもう一度ウィンクを向けてきた。


 カイル……恐ろしい子!


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