第三章【ゴールデンドーン】
57:教育は、早い方がいいよなって話
話は少しさかのぼる。
仮設の学校に、俺とカイル、マイナとペルシア、それとメイドのリュウコの五人が視察に来ている。
これから教師となる人間と顔合わせするためだ。
ゴールデンドーンに学校を設置するにあたって、領主であるオルトロス・ガンダール・フォン・ベイルロード辺境伯の伝手で何人かの教師を紹介してもらった。
その中で学校の責任者を任せる予定の一人が貴族のオブリオ・レルネンだ。
「お初にお目にかかります、私はオブリオ・レルネン。レルネン男爵の三男で、28歳となります。ベイルロード辺境伯の格別な配慮により、教師として参上しました」
「はい。よろしくお願いします」
オブリオの慇懃な態度に、ニコニコと対応するカイル。
「オブリオさんには学校の校舎が完成しましたら……学園と名を変えるつもりですが、学園長と高等授業の教師を兼任していただきたいと思っております」
「カイル様、質問をよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「学校……学園というはそもそもどういうものなのでしょう? 私はてっきりカイル様の教師として呼ばれたのだと認識していたのですが」
オブリオの疑問はもっともだ。そもそも学園というシステム自体、まだ手探りの段階なのだ。
「それでは学園の基本的な仕組みを説明しますね」
「よろしくお願いします」
カイルは楽しそうに学園の事を話し出した。
「まず、ゴールデンドーンに住む六歳になる子供から、一六歳になるまでの一〇年間、学園に通う義務があります」
「え? それは平民も含まれるという事ですか?」
「もちろんです」
オブリオが目を丸くし、絶句していた。
そりゃそうだろう、平民が教育を受けるなど、聞いたこともない。
俺は孤児院育ちだったので、教会の聖典を読むなどが義務だった。おかげで最低限の読み書きと計算は覚えさせられた。
一六歳になる成人の儀を終えて冒険者になってから、読み書きと計算が出来る事がどれだけ重要だったのかを痛感した。
だからカイルの考えた学園構想には大賛成なのである。
「午前中、勉学と護身術をバランス良く教え、お昼を食べたら解散です」
「お昼ですか?」
「はい。少しでも保護者に負担にならないよう、食事を配給しています」
オブリオが再び絶句した。
さらにカイルが子供を学園にちゃんと通わせている親に、月一でお金を渡しているのを聞いて、開いた口が塞がらなくなっていた。
「今はその午前の部だけですが、仮設ではなくきちんとした学園が完成しましたら、午後の部として、高等授業と、短期読み書きコース、短期計算コースを開設します」
「その三つはどういうものでしょう?」
「はい。まず、短期の読み書きコースと計算コースですが、これは誰でも受講出来ます。三ヶ月を一サイクルとし、最低限の読み書きが出来るよう授業します。もちろん計算コースは三ヶ月で最低限の足し算引き算が出来る事を目指します」
「誰でも……ですか?」
「はい。すでに働いている方を対象にしていますので、三ヶ月が限度だと考えています。これで学びきれなかったら、もう一度最初から受講も出来ます」
「いえ、そういう意味では無く、誰でもというのは、その……」
「ああ、すみません。こちらは誰でも受講出来る予定です。商人でも冒険者でも住民でも誰でもです」
「冒険者でもですか!?」
「はい。……何か変でしたか?」
「な、なるほど。しかし冒険者に受講料など払えるものでしょうか?」
「え? 受講料ですか? 全て無料ですよ?」
「は!? む、無料ですか!? 午前の部は義務のようですからまだわかるのですが、平民や家無しにまで無料で教育をするおつもりですか!?」
家無しというのは、冒険者や行商人などの、市民権を持っていない人間を差す。
「はい。それがこの学園の目的です」
オブリオの表情から貴族らしさは完全に消え果て、ぽかーんと間抜けな顔を浮かべていた。
「高等教育ですが、これは年に一度試験をおこない、合格者のみが受講出来る特別なコースです。オブリオさんにはこちらの授業を受け持ってもらいます」
「な、なるほど。これはもちろん貴族か豪商などが対象なのですよね?」
「いえ、試験に合格できれば誰でもです。卒業試験に合格した人には、僕から表彰を行い、卒業の証を送ります。可能であれば、卒業生を僕の側近や、ゴールデンドーンの要職についてもらえるようにしたいですね」
「そ、それでは平民がカイル様の側近になってしまう可能性があるでは無いですか!」
「そうなりますね」
「そ! それは辺境伯のご子息であるカイル様に、とても相応しいとは言えないのでは!」
「正確には側近では無いですが、孤児院生まれで元冒険者の生産ギルド員であるクラフト兄……クラフトさんの事を、僕はとても信頼していますよ?」
「……は!?」
オブリオが俺を睨むような視線を向けてきた。
「たしか君がクラフトだったね?」
「はい。そうです」
相手は貴族なので、最低限の敬語を使う。
持って回った言い回しを練習したのだが、ペルシアとアルファードに匙を投げられた。平民なので最低限の敬語さえ出来ていれば大丈夫らしい。
「ほう……カイル様の側近として相応しいかちょっとテストしてやろう。これは私が最近学会に提出した論文なのだが、君に理解出来るかね」
オブリオが指を鳴らすと、彼の従者が紙束を俺に差し出した。
資料をぺらぺらとめくると、どうやら歴史に関する論文のようだが、半分も理解出来ない。せめて魔法関係ならもう少し理解出来たと思うのだが。
「ふふふ……やはり貴族でもない下賎な生まれでは、この偉大なベイルロード辺境伯が築いた歴史など理解も出来ぬであろうなぁ」
勝ち誇った表情でオブリオが胸を張る。
そこに俺の横に立っていたリュウコが一歩前に出た。
「お話中に失礼いたします。オブリオ様、こちらの年号なのですが間違っております」
「な、何!?」
リュウコが指した年号を慌ててチェックするオブリオ。
「こちらの出来事と、こちらの事件ですが、時系列が逆と存じます。また前ベイルロード辺境伯の側近の名前も間違っております」
「え、な……!?」
「こちら参考にしている資料ですが、すでに学会によって否定された資料と思われます。またこちらは……」
「ま、待て待て! ちょっと待つのだ!」
オブリオは俺の手から資料をひったくり、リュウコに指摘された部分を一つずつ確認して、次第に青くなっていった。
「こ、これは……確かにその……」
カイルの前で赤っ恥をかかされたのだから、たまったものでは無いだろう。
「リュウコ、お前物知りだったんだな」
「メイドですから」
そうか、メイドは物知りなのか。
「マスター。オブリオ様は高等授業を受け持つのに、少々知識が足りないと存じます」
「俺にはよくわからんのだが……」
「もしよろしければ、高等授業が開始するまでに、私が教育いたします」
「え? 出来るのか?」
「はい。マスターが命じていただけるのであれば、短期間で」
「ふむ……」
俺はカイルに向き直る。
「カイル様。うちのメイドがこの様に申しておりますが、許可をいただけますか?」
「そうですね、オブリオさんの様子から、リュウコさんが優れているのは明白ですから、リュウコさんとクラフトさんが良ければぜひお願いいたします」
「はい。了解しました。リュウコ、頼む」
「承ります」
一瞬、リュウコのすました笑みに悪寒が走ったが、気のせいだろう。
「それでは、学園の開校に向けて、皆さん頑張りましょう!」
こうして午前学校から、学園へと教育機関が進化する事にな事が決まった。
それからしばらくして、再び学園関係者で顔を合わせたのだが、なぜかリュウコの短期教育を受けたオブリオは真っ白になっていた。
不思議だね。
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