54:作戦が決まると、スカッとするよなって話


 濃紺の空が広がっている。

 太陽は地平に隠れ、闇が世界の支配を始めようとするその時、稲妻のように疾走する一団があった。

 準備を万全にしていたのと、試してみたい作戦があり、空が暗くなるタイミングになるよう調節したのだ。

 レイドックが見つけたコカトリスの習性、上手く使えれば、圧倒的な勝利を得られるかもしれない。


 青く着色した鎧を身に纏うのは、同じく深いブルー髪のレイドックだ。

 フル装備のリーファンと一緒に先頭に立ち、B級冒険者達が駆ける。


 その後ろに漆黒の馬が続く。

 もちろん乗っているのは俺とエドだ。


「いいかエド、頭を低くしてしっかり掴まってるんだぞ」

「うん!」

「なに、俺に任せておけ」


 地平の先にゴールデンドーンの物見塔が見えてくる。

 同時に蠢くコカトリスの大軍を発見した。


「レイドック! すぐ先だ!」

「了解だ!」


 馬に乗っている分、遠くを見通せる俺が指さしで敵の方向を指示する。

 正気を失ったコカトリス達が真っ直ぐに町を目指して爆走していた。

 おかげでこちらに気付く様子がない。


「よし! 例の作戦を試すぞ!」

「「「おお!!!」」」


 レイドック達が気付いたコカトリス達の習性、それを利用する。


「”太陽照明光球”!!」


 伸ばした腕から、魔力の塊が空高くに舞い上がり、上空に停止すると、突如爆発したような光を発した。

 それは魔力によるちいさな太陽。

 闇に包まれていた一体が昼間のように明るくなった。


 俺はさらに続けて同じ魔法を二度、空中高くに放つ。

 三つの照明光球が、大地を照らし、コカトリスの集団がハッキリと目視出来るようになった。

 個体差が激しく、大きさがバラバラなので、ハッキリとは断言できないが五千ちかいコカトリスが町の西側を埋め尽くしつつある。


 そして、その大軍は、突如混乱を始めていた。


「本当に、ニワトリ野郎が混乱してるぜ」


 俺は独りごちる。

 レイドック達が見つけたコカトリスの習性、それは暗い時間に突然強い光を当てると、混乱して動きが鈍るというものだった。

 ダメで元々、試してみたらドンピシャだった。


「効果覿面てきめんだな!」

「いいぞクラフト! よし! 動きの鈍ったコカトリスなんぞただの雑魚だ! 蹴散らすぞ!」

「「「おおお!!!」」」


 レイドック達が一丸となって、コカトリスの集団に突っ込んでいく。リーファンも連携に全く問題は無さそうだ。


「疾風剣戟! 旋風鳳斬! 真空飛翔斬! 豪腕豪打ぁああ!!!」

「画竜点睛! 疾風点破! 閃撃牙襲! 千線閃戦んん!!!」

「岩盤崩撃! 豪腕豪打! 岩砕震波!!!」

「ふん! ふん!」

「増速付与! 増速付与! 耐熱付与! 耐熱付与!」

「閃光! 浮遊光球!」


 剣士の紋章持ちのレイドックが技を振るうたび、数匹のコカトリスがまとめて細切れになっていく。死角を補うように、レンジャーの紋章持ちであるソラルの弓技が飛ぶ。一矢一殺。凄まじい命中精度と威力だ。矢は俺の空間収納にいくらでも入っているので、撃ち放題だ。


 リーファンも負けじと敵に体当たりするように槌技を放っている。戦闘系の紋章でもないのに凄い威力だ。

 戦士のモーダは力任せではあるが、確実に敵を減らしていく。

 神官のベップがすぐさま全員に補助魔法を付与し、魔術師のバーダックが光関係の魔法でコカトリスを怯ませていく。

 攻撃魔法を使わないのは魔力の節約だろうが、なにより、光球を顔に当てる戦法は効果が高かった。


「よしクラフト! 敵陣に食い込んだ! 安全地帯を作ったぞ!」

「おうよ!」


 俺はブラックドラゴン号を進める。レイドック達が仕留めきれずに地面で呻いていたコカトリスの頭を、黒馬が踏みつけとどめを刺しながら、彼らが敵陣内に作ってくれた空白地帯へと入り込む。

 周りは見渡す限りの魔物だった。

 だが、三つの太陽照明光球のおかげで動きは鈍い。


「いくぞ……”焦熱八層獄炎暴風”!!!!」


 俺の持つ、攻撃魔法のなかでも最上位となる炎系魔法だ。その威力から魔法ではなく魔術と呼ばれることすらある、凶悪な魔法である。


 今回炎系の魔法を選んだのは、その威力の高さのみならず、炎による明かりの増幅も狙ってのことだ。

 充分休ませてもらって、気力も体力も満タンの状態だ。

 ありったけの魔力を込めて、どでかいのをお見舞いしてやる。


 地獄の炎が辺り一面を焼き尽くし、一瞬で焦土と変えていく。コカトリス達は一瞬で焼き鳥と化していった。


「うおおおお!? と! とんでもねぇな!」

「凄い……」

「クラフト君! ぐっじょぶ!」


 レイドック達は、三者三様の反応を見せる。


「ここからは任せたぞ! 俺はフォローに回る!」

「ああ! 任せとけ!」


 敵陣の最も分厚い部分を焼き尽くした俺達は、そのまま敵を減らしていく。

 マナポーションで魔力は回復させたが、大技は控える。

 通常魔法でレイドック達をフォローしつつ、俺は状況の変化に備えた。


 ゴールデンドーンの方に動きが見えた。

 遠見の魔法を使うと、一〇人ほどの冒険者が、混乱したコカトリスに突っ込んでいったのだ。

 ごつい虎獣人が先頭である。たしかドラゴン討伐にも参加した、なかなかの実力者だったはずだ。


「敵は混乱しているぞ! 今こそ打って出ろ! 怯むな! 動きの止まったニワトリなんぞ俺達の敵じゃ無い!」

「「「おおおお!!!」」」


 恐らく選抜された冒険者たちだろう。ここが攻め時とばかりにコカトリスの集団へと突っ込んでいった。


「よし、勝てる!」


 こうして俺達は、町の総力をあげてコカトリス達を殲滅していくのだった。


 ◆


 朝焼けが大地を赤く染めていた。

 もっとも赤い理由はそれだけでは無い。コカトリスの死骸数を見ればどういう事かは理解出来るだろう。

 現在は、直接戦闘に参加しなかった冒険者たちが、コカトリスの魔石を取り出しつつ、死骸を集めている。


「すげぇな、まるで魔石の畑だ」

「急げ急げ! 腐り始めたら面倒だぞ!」

「クラフトさんが作ってくれた消臭剤を撒きながら、死体を穴に放り込んでいけ!」

「了解だ!」


 魔法で大穴を掘ったので、そこにまとめて放り込み、焼却するのだ。

 もちろん、その為の燃焼薬は俺が作る事になっている。

 焼却薬は魔力爆弾の技術を使ったものなので、結構な量の魔石を必要とするのだが、コカトリスの魔石を一部提供してもらうことになったので、材料には困らない。


 そのような段取りを、冒険者ギルド長のサイノスと話し合っていたのだが、途中で少し妙な話を聞いた。

 コカトリスから取れる魔石が、通常と比べてかなり高品質だったらしい。

 もちろん個体差の大きい魔物なのでバラツキが出る事は普通の事なのだが、一匹二匹の話では無く、全体的に高品質だった事に、サイノスはしきりに首をかしげていた。

 疑問は尽きないが、この話は保留だろう。


 こうして大まかな後始末を話合い、後を任せて俺はそのまま泥のように眠ってしまった。


 ◆


「ん……夜か」


 騒がしい音のせいで目が覚めたのだが、まだ日暮れ直後だった。


「明日の朝まで寝ていたかった」


 喧騒といっても、切羽詰まった物では無く、笑い声の混じるものだったので、安心して身体を起こした。

 同時に扉がノックされる。


「マスター、失礼します」

「うい」


 音も無くメイドのリュウコが部屋に入り、テキパキと服を用意してくれた。


「湯浴みの準備はどうしますか?」

「んー、帰ってから頼む。軽く身体を拭くだけでいいや」

「わかりました。桶とお湯をお持ちします。お手伝いいたします」

「いや、用意だけで」

「わかりました」


 用意するといいながら、すでに準備済みだったのか、廊下から適温のお湯が満たされた桶と手ぬぐいを出してくれる。

 手早く身体を拭いて、いつものローブ姿に着替えると、俺は外に出た。


「ああ、なるほどね」


 すぐに状況は理解出来た。

 どうやら、町の人達が料理などを持ち寄って、冒険者に振る舞っているようなのだ。

 町の中央広場を中心に、無料の屋台がいくつも出ている。


「あ! クラフトさん! 聞きましたよ! 今回も大活躍だったそうじゃないですか! 串焼きどうぞ!」

「やれることをやっただけさ。ありがたくいただくよ」


 進む度に差し出される料理をぱくつきながら、祭りの中心部分に向かう。

 伝説スタミナポーションに欠点があるとすれば、全力を出し続けた次の日は猛烈に腹が減る事だろう。

 差し入れの数々をありがたくいただきながら、祭りを眺めつつ、カイル邸へと向かう。


「きゃー! クラフト様よー!」

「クラフト様私達と一緒にお酒を飲みませんか!」


 俺と同い年くらいのグラマーな女性が二人、しなを作って身体をすり寄せてきた。どちらも結構な美人だが、俺は出来るだけ自然に二人から抜け出す。


「悪いな、ちょっと行くところがあるんだ」

「そうなんですか〜残念です」

「じゃあ終わったらぜひ来てくださいね〜!」

「じ、時間があったらな」


 二人の柔らか攻撃から這々の体で逃げ出すと、ほっと息をつく。下手に手を出したら、あっと言う間に外堀を埋められそうだ。

 ちょっとだけもったいないと思いつつも、戦略的撤退を選ぶのだった。


「ふーん? クラフト君、ああいう胸の大きい娘が好みなんだー?」


 突然背後から知った声が掛かる。

 振り向くと、腰に手を当てたリーファンがこちらをじっとりとした視線で見上げていた。


「リーファン!? いつの間に!?」

「可愛い女の子に鼻の下を伸ばしてる誰かさんをみつけたからねー」

「い、いや、あれは……やましい事なんてしてないぞ!」

「ふーん?」

「な、なんか怒ってないか!?」

「べっつにー?」

「おーい! リーファン? 話聞いてる!?」

「聞いてますよー?」

「いや、絶対無視してるだろ! おい! リーファン!?」

「あ、そうだカイル様が呼んでたよー」

「ちょうど今から行くところだが、それはそれとして話を聞いて! お願い!」


 やばい、リーファンに女ったらしに思われたのか、無性に冷たい!

 カイル邸に向かいつつも、リーファンに誤解を解くべく説得を試み続けるのであった。

 メイドに案内され、カイルの部屋に入ると、なぜかマイナがいつも以上のジト目を向けてきた。


「……(ぷいっ)」


 そして頬を膨らませながら、わざわざ俺の正面にきて、ぷいと顔を横に向けたのだ。


「あ、もしかしてマイナ様、窓から見てました」


 リーファンの言葉で状況は理解した。


(こくっ)


 横を向いたまま器用に首を縦に振るマイナ。


「あーそれは、クラフト君が悪いですよねー」

(こくこく)


 静かに同意するマイナ。

 状況は理解したが、マイナの態度がわからん。

 解せぬ……解せぬ……。


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