53:本当の親友に、言葉はいらないよなって話


 暗い地下道に水を跳ね上げる音が響いた。


「クラフト君! そこを右! 曲がったら階段があるからそこを下がって!」

「了解だ! ハイヨー! ブラックドラゴン号!」


 ゴールデンドーンの地下に、編み目のごとく入り組んで作られた下水道を、一匹の馬が疾走する。

 俺の駆るブラックドラゴン号だ。


 下水道と言ってもまだ稼働して日が浅いことと、大量の水を流し込んでいる設計と、簡易浄水のおかげで、匂いなどはほとんどない。

 馬の膝まで高さのある水流を、ブラックドラゴン号は苦にもせず切るように走っていた。

 並みの馬であれば進むことさえ困難だったろう。


 立体的に入り組んだ地下下水道を、全力で疾走する。

 馬に乗っているのは俺、リーファン、そしてエドの三人だ。

 幸いリーファンとエドは小さいので三人乗りでも問題が無かった。


 下水道を設計したリーファンの先導なくして、この迷宮の様な地下道を突破することは出来ない。

 しかし、リーファンは道を全て暗記しているというのだから、とんでもない。


「この先の階段を上がったら、左だよ!」

「わかった!」

「クラフト兄ちゃん……俺」

「黙ってろ! 舌を噛むぞ!」

「う、うん」

「大丈夫だ! 全部俺に任せろ! それより出てからの道案内は任せるぞ」

「ああ!」


 黒馬が闇を疾走し、俺達は一路目的地を目指すのだった。


 ◆


 一方、レイドック達はこんな状況だったらしい。


「おいおいおい……マジかよ」

「あれはいったいなんなのです?」

「わかるわけ無いでしょ」

「ぬ……」

「魔の森は、魔の森だったと言うことだろうな」


 レイドック達は、コカトリスの状況を調べるべく、見つからないように森の奥へ奥へと入り込んでいた。

 かなり回り道をしたせいで、コカトリスとかち合うことは無かったが、まるで遭遇しなかった事に疑問も抱いていた。


 彼らは見通しの悪い森の中で、さらに藪に身体を突っ込み最大限の警戒と共に、それ・・を見つめていた。


 森の奥、コカトリス達が大増殖したと思われる場所に、異様な木々が並んでいたのだ。

 森の中に木があったところで、普通は変に思わないだろ。だが、それは明らかにただならぬ雰囲気を醸し出していた。


 枝は長くくねり曲がる大木は、その全てがどす黒く、さらに周囲に黒い霧のような物を発生させていた。

 広い範囲では無いが、その異様は木々が辺りに広がっている。


「もしかしたら……」


 魔術師のバーダックが呟く。


「昔、師に聞いたことがあるのだが、魔物を狂わす植物があるらしい。正確な事はわかっていないのだが、もしかして……」

「待って! 静かに!」


 レンジャーのソラルが小さく鋭く警告を発する。

 慣れたもので、全員が殺気を抑えて身をかがめた。

 森の奥から数匹のコカトリスが姿を現したのだ。


「ここで戦闘はしたくないな……気づかれなければやり過ごす」

「了解よ」

「それと、この黒い木のまわりに漂う瘴気のような霧が気になる。全員クラフトの万能薬を飲んでおけ」

「む」


 レイドック達は息を殺して、コカトリスの様子を伺う。

 巨鳥達はしばらく黒い森をうろついていたが、しばらくすると、周囲の草木をついばみ始めた。

 よくよく見れば、樹木だけでなく、下生えの草も黒々としていた。

 そのおどろおどろした草枝を、コカトリスは夢中で食べている。


「喰ってる……のか?」

「そうらしいな」

「よくあんなのを食べる気になるわね」

「むしろ、周りの草に脇目も振らずって感じだがな」


 嫌な予感がする。

 それは全員の共通認識だった。


 身が痛くなるほどの時間が過ぎると、次第にコカトリス達の様子がおかしくなっていく。それまで比較的大人しかった巨鳥達が、急に叫び声をあげたり、暴れ出したりしたのだ。


「おいおいおい……」


 興奮したコカトリス達はしばらくその場で走り回った後、急に真っ直ぐに走り去っていく。


「あの方向は町か」

「どういう事なの?」


 周囲に魔物がいないことを確認し、彼らは黒い森へと慎重に足を踏み入れる。

 よく見ると、木々の大半は、その幹の途中から折れて無くなっていた。


「どういう事だ?」

「……これ!」


 ソラルが地面に落ちていた緑色の何かを拾い上げた。

 小型の盾ほどの大きさで、美しい緑の光沢を放っているそれを、レイドック達はよく知っていた。


「それは!」

「ドラゴンの鱗!?」

「もしかして!」


 ソラルとバーダックが近くの幹に走り寄る。


「見てくれこの太い牙で削られたような跡を。ドラゴンの牙で削られたと見て間違いない。つまりドラゴンが食べていたって事だ!」

「つまり?」

「そうだ。頻度まではわからないが、この黒い大木は、ドラゴンのエサかなんかだったんだ!」

「それじゃあコカトリスが増えた理由って……」

「ああ、ドラゴンがいなくなったことで、この辺りが安全になり、ついでに好物の黒い大木食べ放題になったからだろうな!」

「そのうえこの大木はコカトリスをおかしくするみたいだ。ってことは……」

「スタンピートはこれが原因か!」

「くそ! 確証は無いが焼くぞ! 急げ!」

「「「おお!!」」」


 レイドック達は周囲から枯れ枝や枯れ木を片っ端から集め、延焼しないように工夫してから、黒の森を焼き払った。

 一日かけて作業し、ベースキャンプへと戻る。

 スタミナポーションのおかげで疲労は無いが、精神は疲れるのだ。

 たき火を囲み、今後の事を相談するレイドック達。


「さて、これからどうする?」

「あの不気味な森は焼いたが、あれが一カ所なのかどうか」

「一度徹底的に森を探索する必要があるかもしれないな」


 パーティーの頭脳である魔術師のバーダックと、リーダーのレイドックが煮詰めていく。


「どのみち一度町に戻るべきだろう。コカトリスどもの動きも気になる」

「そうだな、あの様子じゃスタンピートが始まっててもおかしくない」

「それに、使えそうなコカトリスの習性も発見した。クラフトなら上手く利用してくれるだろう」

「ああ、ここ数日ずっとコカトリスを相手にしていから気付いたが、あんな弱点があるとはな」

「明確な弱点ってわけでもないが、殲滅作戦には組み込めると思う」

「そうだな


 ここしばらく、ずっとコカトリスと対峙していたレイドック達は、コカトリスのちょっとした習性を偶然発見したのだ。

 森の中ではあまり使えなかったが、その習性を利用すれば、コカトリスの殲滅は容易になるかもしれない。


「ちょっと待って!」


 話の途中で突然ソラルが小さく叫ぶ。彼女がこの様な声を発するときは、大概異常が起きたときだ。

 全員が武器を手にして立ち上がり、周囲を警戒する。


「どうした!?」

「何か聞こえる、あっち!」


 ソラルが指した闇の奥から、すぐにそれは聞こえてきた。


 どがが! どがが! どがが!


「この音は……」

「レイドック!」


 蹄の音とは思えない重低音を響かせて彼らのベースキャンプに飛び込んできたのは、見間違えも無い、クラフト達であった。


 ◆


「クラフト!?」


 剣を構えていたのは、もちろんレイドック達だった。

 エドのおかげで、地下を出てから迷わずに彼らの場所までやって来ることが出来た。

 キャンプにいない可能性もあったので、俺は胸をなで下ろす。


「良かった! いてくれたか!」

「その様子じゃ、色々やばそうだな。話を聞かせてくれ」

「ああ。ちょっと待ってくれ」


 俺は、ブラックドラゴン号の激しい動きでふらふらになったエドの頭に手を乗せた。


「良くやったぞエド。おかげでレイドック達とすぐに合流できた。少し休んでろ」

「う、うん」


 エドがいる事に驚くよりも先に、彼の様子に気付いたソラルがすぐに手を貸してくれたので、エドの事は任せてしまおう。

 火を囲んで座ると、レイドックはすぐに口を開いた。


「スタンピートだな?」

「ご明察だ。かなりヤバイ」

「石化関係の薬が揃うのにあと一〜二週間掛かるって話だったが、町は無事なのか?」

「そっちは解決した」

「流石クラフトだぜ」

「その話は色々あるが今は忘れてくれ。それでお前達に無茶を頼みたい。一応ギルドからの依頼を持ってきたが、お前達には断る権利もあるぞ」


 俺は冒険者ギルド長から預かった、指名依頼書を手渡した。

 するとレイドック達全員が苦笑する。


「俺とお前は結構長い付き合いだと思うんだがな?」

「あ、ああ」


 レイドックが神妙な表情を向けてくる。

 だが、続く言葉に、俺は破顔した。


「だったら、そんな無駄口聞いてないで、作戦を言え」


 ニヤリと笑うレイドックに、俺は震える思いだった。

 その後、レイドックと作戦を煮詰めながら、今までの経緯を軽く説明しておく。


「エド達のやろう、こんな場所まで来てたのか。隠してるわけじゃ無いが、まさかこのベースキャンプを知っていたとはな」

「すまん。俺の認識が甘かった。冒険者並みの力を子供が持ったら、こうなるのは当たり前だった」


 俺だって、子供の頃に同じ様な力を手に入れてたら、面倒を見てくれていた神官の言葉など聞かずに冒険に飛び出していただろう。


「そうだな。だったら俺達にも責任はある。調子に乗って鍛えまくっちまったからな」

「それは俺が頼んだからだ」

「だとしても、力以外の事をもっと教えておくべきだった。冒険者は自己責任だが、あいつらは子供なんだからな」


 冒険者なら、何をして良くて悪いかを自ら調べるだろう。

 だが、エド達は子供なのだ。能力はあれども、知識も経験も判断力も足りていない。それを補ってやれるのは俺達だけだったのだ。


「ああ。カイルが教育の重要性をことさら強調している理由がわかったきがするぜ」


 カイルはこの町で、午前学校というのを義務化している。

 教会などが中心におこなっていた日曜学校をさらに発展させたものだ。

 貴重な労働力である子供を取り上げられることに反発が無いわけでも無かったが、それを補う政策をいくつも矢継ぎ早に公布したことで、ゴールデンドーン町では学校という日常が根付き始めていた。


「子供の教育ってのは難しいもんだな」

「ああ」

「ほらほら、二人とも何しんみりしてるのよ。もうリーファンさんの準備も終わったよ!」

「お待たせ!」


 空間収納に突っ込んでいた鎧を、リーファンが今まで装着していたのだ。


「よし! では行くぞ! クラフト、大丈夫だな?」

「ああ。任せろ! お前達が気付いたコカトリスの習性も使えそうだしな」

「祭りにはちと乗り遅れちまったが、美味しいところをいただいてやるよ」

「ははは。その役目はお前達に任せるぜ」


 レイドックパーティーとリーファンが先頭を進み、少し遅れて俺とエドの乗るブラックドラゴン号が続く。

 既に石化万能薬は全員摂取済みだ。


「エド、お前は安心して捕まってればいい。絶対に守ってやるからな」

「あ、ああわかったよ」

「戦闘が始まったら、口を開かないように、奥歯を噛みしめてろ」

「わかった」

「少しは調子が戻ってきたようだな。よし! 行くぞ!」


 俺達はコカトリスの集団を横っ腹から襲撃すべく、夕焼けの染まる野を駆け抜けるのだった。


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