52:子供の教育は、大人の責任だよなって話


「アズール様、少々よろしいでしょうか?」

「リュウコさん? なんでしょうか?」


 教会で忙しく動いていたアズールの元に、クラフトが最近雇ったという緑髪のメイドが現れた。

 アズールは首を傾げながらも、足を止めた。


「はい。エド様、サイカ様、カイ様、ワミカ様に用事がありまして」

「え? エド達にですか?」

「はい」


 孤児で獣人である子供達に一体何の用だろうと思いつつも、クラフトの関係者が変な事をするわけが無いと、子供達の元へと案内する。


「みんな、リュウコさんが手伝ってもらいたいことがあるみたいです。協力してあげてね」

「え?」

「は、はい」

「じゃあ私は戻りますね」


 次々と避難してくる住民達を案内すべく、その場を離れるアズール。

 ピシリとした姿勢で、かつ優雅に直立するメイドのリュウコを、子供達は不思議そうに見上げた。


「えっと、リュウコ姉ちゃん?」

「あの、私達は何をお手伝いすれば……」


 リュウコはふっと、優しい笑みを浮かべると、子供達と目線の高さを合わすべく、しゃがみ込んだ。


「あなた達にお願いがあります。そこ・・にあるコカトリスの卵を譲っていただけないでしょうか?」

「「「「!?」」」」


 リュウコの言葉に、四人は氷の様に固まった。


「あの……それは……」

「一緒にマスター……クラフト様の所に持って行きましょう」

「でも……でも!」


 半べそになるエド達。


「大丈夫ですよ。マスターは優しい方です。何より、その卵が必要なのです」

「あ……」

「私も一緒に行きます」


 リュウコが優しい笑みで四人を抱きしめた。


 ◆


 錬金部屋は戦場だった。

 いや、今前線で戦っている冒険者達に比べれば、こんなものは屁でもねぇ!


 腕が折れる勢いで錬金釜をかき回して、大量の魔力を流し込むことで、無理矢理薬を完成させていく。

 急激な魔力消費と回復の繰り返しで、脳が焼き切れそうだった。

 だが、俺が止まるわけには行かない!


「よし! 出来た! 持ってけ!」

「「はい!!」」


 すぐに樽に分けられた石化解除薬が運び出されていく。

 気が抜けたのか、一瞬倒れそうになる。


「クラフトさん!?」

「だ、大丈夫だ。ふらついただけだ」


 伝説品質のポーションに副作用は無い。

 実際、大量に飲みまくっているが中毒症状すら起きていないのだ。

 だが、ここまでの連続使用は流石に身体に負担が大きいらしい。


 決め手が欲しい……状況を一気に覆す決め手が!


「リュウコ、次の準備をしてくれ。……リュウコ?」


 いつもの調子でリュウコの名を呼ぶが、反応が無い。


「そうか、城壁の様子を見に行ってもらっていたんだ。それにしては遅いな」


 ただのメイドに頼む用事では無かったかも知れない。彼女は賢いので、身を守る事を優先しているだろうからあまり心配はしていないが。


「お待たせしました、マスター」

「おっと」


 噂をすればなんとやら。スッと部屋に入ってきたのは使い魔であり人造メイドであるリュウコだった。


「城壁はどうだった?」

「問題ありません。コカトリスに完成した城壁を突破する術は無いでしょう」

「そうか、数少ない朗報だな」

「いえ、朗報はもう一つあります」

「なに?」


 よく見れば、リュウコの後ろにエド達獣人孤児四人組が、おずおずといった様子で後ろに控えていたのだ。

 途中で見つけて保護したのだろうか?


「さあエド様。勇気を持って」

「うん」


 なにやらただならぬ様子に、俺は手を止めて彼らに向き合った。

 エドが、布に包まれた丸い何かを差し出してきた。エドの頭より少し大きいくらいか。


「なんだ?」

「兄ちゃん……ごめん……ごめん……」


 いつも元気でふてぶてしいエドが、泣きながら丸い物体を差し出してくる。

 尋常じゃ無い雰囲気に、俺はゆっくりとそれを手にし、布を取る。


「そっ! それは!」

「まさか!?」


 即座に反応したのは、ポーション造りを手伝っていた冒険者達だった。

 現在の状況から、一目で確信したのだろう。

 俺は一瞬跳ね上がった鼓動を無理矢理大人しくさせる。


「俺……俺……」


 泣きじゃくるカイの頭に手を置いて、少し落ち着かせてから、受け取った物体を”鑑定”した。


「そうか、やっぱりコカトリスの卵か」

「なっ!!」

「やはりそうなのか! お前達なんて事を!」


 顔を真っ青に、いや、血の気が引きすぎて顔色が土色になった冒険者達が驚愕の声を上げた。


「待ってくれ、違うんだ」


 俺は冒険者達を宥めながら思い出す。

 面白おかしく彼らに話した事を。


『魔物にも色々いてな、どうやって増えているかわからないものも多いが、タマゴで増えていく魔物もいる。噂だとバジリスクやコカトリスやヒュドラのタマゴは美味いらしいな』


 確かにそのあと、魔物の卵を取ってくる危険性も話した。

 だが、好奇心旺盛で実力のあるわんぱく小僧どもにこんな話をしたらどうなる?

 孤児だった俺がそんな話を聞いたらどうしていた?


 俺は奥歯が砕ける勢いで歯を噛みしめた。

 興味を持たないわけが無い。むしろ子供達を焚きつけたのは俺だ。

 もっとしっかり危険性を教え込む義務があったのだ。


「詳細は後で、この件は全て俺に預けてくれないか?」

「クラフトさん……」

「だが」

「頼む」


 俺が頭を下げると、冒険者達から怒気が薄れていった。


「兄ちゃん、悪いのは俺で……」

「任せろ。全部俺に任せろ」

「……え?」

「今やるべきは、薬を作る事だ! エド達はちょっと待ってろ! リュウコ! 六番と九番の錬金薬を!」

「はい」


 俺は錬金釜をひっくり返して、準備中だった錬金途中の薬を地面にぶちまけた。


「まずは、コカトリスの卵を使った中間素材を造る! これさえあれば!」

「準備完了しました」


 すでにリュウコが必要な薬で錬金釜を満たしていた。

 俺は卵を錬金釜に放り込み、慎重に、かつ最速で錬金術を駆使していったのだ。

 沸き立つ錬金釜。

 卵が一瞬で溶け出し、魔力と融合。錬金術によって特殊な中間素材へと変化した。


「よし……! 次!」


 完成した錬金薬を、必要な分残してあとは樽に詰める。

 錬金釜に水や他の薬草などを突っ込み、もう一度錬成する。

 すぐさま完成した薬を鑑定する。


「出来た……コカトリス特化の石化予防・解除薬が完成した!」

「なんだって!?」


 俺は驚く冒険者の肩を掴む。


「いいか、良く聞け。この薬は飲めば予防薬、撒けば石化解除のコカトリス特化の万能薬だ。分量はこのくらい。すぐに全員に行き渡る量を作れる。中央部隊から確実に配っていってくれ!」

「あ……ああ! 任せろ!」


 表情を明るくした冒険者が樽詰めされたコカトリス特化薬を担いで、家を飛び出していった。


「よし! 次だ! あと二回で全員分だ!」

「はい」


 リュウコに手伝ってもらい、すぐにコカトリス特化薬を作り上げていく。

 入れ替わりでやって来た冒険者に、同じ説明をして、すぐに運び出してもらう。


 これでコカトリスが町中まで雪崩れ込んでくるのは抑えられるだろう。

 しかし、まだスタンピートの脅威が無くなったわけでは無い。


「クソ。レイドック達に連絡が取れれば」


 俺の独り言に、エド達が顔を上げて反応した。


「どうした?」

「あ、あの。レイドックさん達の場所なら、もしかしたらわかるかもしれません」


 サイカの言葉に俺は飛び上がりそうになった。


「なんだって!? どこだ! 教えてくれ!」

「えっと、川沿いの下流で、森に近い場所でレイドックさん達が簡易拠点を造っているのを見た事があって……」

「そうか。魔物狩りの仮拠点!」


 冒険者達が良くやることだ。ベースキャンプを作って、そこを拠点に活動するのは一般的な話である。

 俺はすぐに地図を開いて、子供達に場所を確認させる。


「この場所は……」


 コカトリスからの侵攻ルートからは外れているが、移動するには危険過ぎる場所だった。


「……冒険者ギルドに行くぞ」

「はい」

「エド達も来い」

「うん……」

「はい……」

「大丈夫だ! 全部任せろ!」


 今重要なのは、町を守る事だ。それ以外考える必要は無い。


「行くぞ!」


 俺達はそのまま冒険者ギルドに飛び込んだ。


「クラフトさん!? どうしました!?」

「今から話す! 責任者を集めてくれ!」

「全員会議室にいます!」

「わかった!」


 ノックもせずに会議室に飛び込むと、カイルと冒険者ギルド長を中心に、町の重鎮達が勢揃いしていた。

 大きな地図を中心に、ここも戦場となっていた。


「クラフト兄様!?」

「カイル! 現状は!?」

「はい! 先ほど特化薬の配布が終わり、押されていた戦線を立て直したところです!」

「そうか!」

「ただ、これまでの無理がたたって、ヒールポーションの残量がかなりまずい状態です」

「ヒールポーションを作る材料はもう無い」


 ヒールポーションに必要な薬草と石化解除薬に必要な薬草は被る物が多く、全てを中間薬に錬金してしまったのだ。

 それにしても、ヒールポーションはかなり大量にあったはずだから、想像以上の激戦である事がわかる。

 ギルド長が頷く。


「わかりました。手持ちでやりくりしましょう」

「頼む」

「それで今後の方針なのですが……」

「一つ、状況を打破する案がある」

「え!?」

「みんなに知恵を借りたい。レイドック達が地図の……この辺りにいるはずなんだ。連絡する手段を考えて欲しい」

「レイドック達ですか?」

「ああ。あいつらのベースキャンプをエド達がたまたま見つけていたんだ」

「なるほど。ベースキャンプであれば、夕方には戻っているでしょう」

「ここからベースキャンプまでの距離を考えると、ちょうど合流できる可能性が高い。なんとかコカトリスの注意を引かないで、連絡する手段を考えて欲しい」


 もし連絡がつくなら、レイドック達の場所は、逆に最高の位置取りとなるのだ。コカトリスの集団を横っ腹から突くことが出来る。


「しかし、連絡といってもこの場所は……」

「船は無いのか?」

「まだほとんどありません。はしけ・・・はありますが、あれは移動には適していませんし」

「だな」


 はしけとは、簡単に言えば水の上の足場であり、簡易的な輸送船でもあるが、巨大ゆえ、移動速度はカメと変わらない。

 河から行く案はボツだな。


「いえ……ちょっと待ってください。この位置は!」

「どうしたカイル! 何でもいい! 思いついたことがあるなら言ってくれ!」

「行けます! この場所であればすぐ側まで! 安全に!」

「なんだって!?」


 俺は続くカイルの言葉に、飛び上がりそうになった。


「地下道ですよ! 下水道です!」

「そうか! この近くには……下水処理場がある!」

「はい! リーファンさんが砦からの脱出路を設計しています!」


 そうだ!

 そうだった!

 複雑に設計した下水道に、砦からカイルなどを逃がすための秘密の避難路!


「それだ! 誰かリーファンを呼んできてくれ!」

「かしこまりました」

「え?」


 冒険者に頼んだつもりだったのだが、なぜかリュウコが伝言に行ってしまった。

 まぁ大丈夫……か?


「だ……だったら俺も連れて行ってくれよ!」


 エドが震えながらも、一歩前に出てきた。


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