50:防衛戦ってのは、辛抱だよなって話


 そこは町の北、右翼部隊だった。


「アルファードさん、こんな少人数でどうやって守ればいいんだ?」


 一人の冒険者がアルファードに不安げな表情を向けてきた。

 アルファードはあっさりと答える。


「基本的には私一人が敵を叩く。君たちは私が取り逃したコカトリスを倒してくれればいい」

「え? そりゃ前に出ろって言われるよりは助かりますが、アルファードさん一人で?」

「ああ。私の戦い方は少し独特だからな」

「はぁ」

「それにコカトリスの過半数は中央部隊が受け持っている。こっちに流れてくるのは大した数じゃ無い」

「そうだといいんですが……」

「ちょうどいい、城壁沿いにこぼれたコカトリスがやって来たぞ」


 アルファードが槍を向けた。

 非常に長い騎兵槍である。銀色に輝くそれは、武器よりも芸術品を思わせた。


 猛狂ったコカトリスが城壁に阻まれ、さらなる怒りを溜め込んでいるようだった。

 ようやく町の北に通れる場所があるのに気付いたのか、冒険者達が固まっているから襲いかかってきたのかまではわからないが、アルファード達の守護する城壁未完成部分へと、コカトリス達が襲いかかってくるのだった。

 まだ散発的な数ではあるが、地平線の奥にコカトリスの大軍が控えているのだ。

 序盤のうちに戦法に慣れさせなければいけない。


「キモは連携か……」


 アルファードが独りごちる。


「いいか! お前達は石化予防薬を飲んでいない。前に出るな! 俺の取りこぼしだけ、総力で叩いていけ!」

「それは良いんですが、それだと手薄になって抜けられてしまうんじゃ」

「安心しろ。私が徹底的に倒してみせる!」

「あ、ああ」


 冒険者達は、アルファードの強さをよく知らない。一緒に冒険に出たわけでも無く、噂を聞くことも無い。

 古参の冒険者はある程度知っているようだったが、彼らは皆中央部隊に派遣されている。

 つまり、右翼でアルファードの実力を知るものはいないのだ。


「いくぞ、レッドフレイム号」

「グルル!」


 アルファードが跨がるのは馬では無い。赤褐色の体表をした巨大な二足トカゲだった。

 一部の軍隊が採用する、陸戦兵器としてはほぼ最強の生物と言えるだろう。

 トカゲ騎は軍隊でもトップクラスの実力者しか所属できない。


 元々聖騎士に所属していたアルファードには無縁であったが、この開拓村では必要になるかもしれないと、個人購入したものだ。

 新ゴールデンドーンに移ってからすぐに手に入れ、それからクラフト製伝説スタミナポーションによって育てられていた。

 アルファードの厳しい日々の訓練によって、短期間で非常に立派な体型へと変化していた。


 ずどん! ずどん! ずどどどどどどどどど!


 レッドフレイム号が走り出すと、地響きが辺りに響く。

 それに気がついたコカトリスが、レッドフレイム号を駆るアルファードへと、涎をまき散らしながら突っ込んでいく。

 アルファードは猛スピードでそのコカトリスへと突っ込んでいく。


「旋棘崩突!!!」


 二足トカゲの重量と速度の全てを、騎兵槍に乗せ、さらに槍技まで乗せることで、巨大なコカトリスを一撃で粉砕したのだ。

 木っ端微塵である。


「一つ! 次!」


 アルファードは手綱を引き、レッドフレイム号の向きを変える。

 彼が取った戦法は、中央部隊のデガードと全く逆だった。

 アルファードという単騎の遊撃部隊と、残りの冒険者全てで1つの遊撃部隊という、二つの遊撃部隊で近寄る敵を殲滅していくというとんでもない作戦だった。


 これが可能なのには三つの理由がある。

 一つは敵の数がそれほど多くないこと。

 一つはアルファードが単騎で強いこと。

 一つはレッドフレイム号が速度と持久力の両方に優れること。


 逆に言えば、この前提が崩れたとき、戦線は崩壊する。


「今はまだ、問題無い。だが、中央からこぼれてくるコカトリスの数が増えてしまえば……」


 それは対処しきれなくなったコカトリスが、町中に雪崩れ込む最悪のケース。

 アルファードは槍をぎゅっと握りしめた。


「頼むぞ、クラフト」


 ◆


「よし! 全員構え!」


 左翼部隊に良く通る女性の声が響いた。

 二足歩行の巨大鳥に跨がるのはカイルとマイナの護衛であるペルシアである。

 クラフト特製のスタミナポーションのおかげで、二足鳥とは思えないほどの筋力を得たテバサキ号が走ると黄色の稲妻となる。


 もともと二足鳥は速度と長距離移動に優れた乗り物ではあるが、ペルシアのテバサキ号はこの村の動物達と同様、最高の軍鳥を凌ぐ強さを獲得していた。


 ペルシアの剣が閃くと、それに合わせて冒険者達から矢や魔法、剣技が飛ぶと、一カ所に集められていたコカトリス達がまとめて倒れた。


「よし! もう一度出るぞ! 今の感じを忘れるな! 私がコカトリスどもを攪乱し、一カ所にまとめたら、一斉射撃だ!」

「「「おおお!!!」」」


 ペルシアの指揮する左翼は、デガードともアルファードとも違う戦略をとっていた。

 数少ない石化予防薬を摂取したペルシアとテバサキ号が、コカトリスに突っ込んで攪乱し、それを冒険者達が持ちうる全ての飛び道具で仕留めるのだ。


 もちろんペルシアが殺っているコカトリスの数も多い。

 この戦法がとれるのは、クラフト印の伝説スタミナポーションを無尽蔵に使えるからこそだった。


「しばらくはこれで保つが……」


 ペルシアは中央からこぼれてくるコカトリスの数に眉を歪める。


「長くは保たんぞ、クラフト」


 全ての命運はクラフトに託されたかのように見えたのだった。

 しかし、物語は意外な場所で進行を見せていた。


 ◆


「エドとワミカは避難してきた方にお茶を出して上げて」

「あ、ああ」

「う、うんー」


 ゴールデンドーン町でも特に大きな建物の一つである教会は、別の意味で戦場と化していた。

 狐獣人にして神官であるアズールは、避難場所となった教会で休み無く働いていた。

 大量に押し寄せる住民を広い教会に案内し、落ち着くようにお茶を出したり、揉める人を宥めたりと、立ち止まる暇が無いほどだ。


 そんな中、ゴールデンドーンに一緒にやって来た四人の孤児達が見当たらなくなり、取り乱しそうになったが、案の定戦闘の始まりそうな西の冒険者達を野次馬していたわんぱく達を連れて帰ったのだ。


 そんな状況だったから、さすがのアズールも獣人孤児四人の様子がおかしかったことに気づけなかったのだ。


「カイとサイカは、お湯を沸かして、それと怪我人がいないか確認してきてね」

「は、はい」

「わかりました」


 アズールの指示が終わらぬうちに、他の人間に呼び出され、彼女は走り去ってしまう。

 残される四人。

 普段ならすぐにアズールの指示通り動き出す彼らだったが、全員が顔を青くして立ち止まっていた。


「ど、どうするのエド?」

「どうするって……」


 レッサーパンダ獣人のカイに問い詰められた狼獣人のエドが、覿面てきめんに狼狽えた。

 今、彼らには人に言えない秘密を抱えていたからだ。


「コカトリス達に返したら・・・・帰ってくれるかな?」

「無理じゃないかなー」


 兎獣人のサイカを、猫獣人のワミカが力無く否定する。いつもののんびりした空気は霧散している。


「アズ姉に相談……」

「今は無理だよ」

「それより冒険者ギルドに持って行ったら」

「そんな事したら、俺達だけじゃ無くて、アズ姉もこの町を追い出されちゃうかもしれないだろ!?」

「でも……」

「それじゃあ、どうしよう……」

「そんなん……! そんなん、わかんねぇよ」


 彼らのすぐ側、人目のつかない場所に、それはあった。

 エドサイカカイワミカ冒険団が、初めての大冒険の末手に入れた、輝かしき戦利品。


 クラフト兄ちゃんが、貴重品だと教えてくれたそれ。

 取ってきてはいけないと言われていたが、好奇心の方が勝ってしまったそれ。


 コカトリスの卵が。


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