49:困ったときには、メイドが助けてくれるよねって話


 冒険者ギルドから中央部隊の指揮を任されたデガードは焦っていた。

 コカトリスの大軍が、とうとう町まで辿り着いたからだ。

 いや、それだけならば歴戦のデガードが慌てることはない。理由は冒険者達の連携にあった。

 デガードが担当している壁の未完成部分の幅は広い。

 一〇〇人の冒険者で持ち場を守らなければすぐに穴があく。傭兵としての経験も長いデガードは、籠城戦も防衛戦も経験したことがある。

 だからこそ焦っていた。


 この世界は少しばかり不公平に出来ている。

 強い奴はどこまでも強くなれる。

 デガードに左甲に刻まれた、戦士の紋章もそうだ。生まれ持った才能と努力で、どこまででも強くなれる。


 そして、今デガードが頭を抱えているのは、そんな選ばれた冒険者達だった。

 その実力の高さから、あいつら、少しずつ少しずつ、前に出ていることに気付いていないのだ。

 確かに見た目は敵の殲滅が速くなっているように見えるが、冒険者が前に出た箇所が、肉壁の穴になる。

 今はまだ周りの冒険者達がなんとかフォローしているが、半円を描く防御陣は、早くも歪みを見せていた。


「お前ら! 前に出すぎだ! 下がれ! いや違う! お前達じゃ無い!」

「ええいクソ!」


 デガードと相棒の虎獣人タイガルがなんとか戦列を維持しようと奮戦するが、軍隊の用意命令系統や部隊名があるわけではないのだ、その統率は困難を極めた。


「まだコカトリスの本体が到着してるわけじゃない。今の状態なら本来楽勝の戦力なんだが」

「どうするデガード? 俺がフォローに回るか?」


 格闘家の紋章を持つタイガルは、個人戦力としては現時点で最強に近い。

 切り札をこんなに早く切って良いのか、デガードは悩んだ。

 仮に今混乱している冒険者パーティーにタイガルを送ったとして、反対側のパーティーが崩れたらと考えると、恐ろしくて切れない札なのだ。


 脂汗を額一杯に溜めたデガードに、ふと影が差した。

 城壁の完成部分に誰かがいる。

 見上げると、メイドのようなシルエットだった。いや、メイドだった。


「メイド?」

「ありゃあ、クラフトん家のメイドだな」

「ああ、最近雇ったみたいだな。なんでメイドが城壁に上ってるんだ?」

「俺が知るか」


 場違いのメイドがフワリと浮いた。


「「!?」」


 二階建てほども高さのある城壁から、緑髪のメイドがその身を空中に投げ出し、まるで重力を感じさせない動作で二人の横に降り立ったつ。驚くなという方が無理だ。


「なっ!?」

「デガード様が指揮を執られているのですか?」

「あ、ああ」

「それでは報告いたします。城壁の完成部分は堅牢で、コカトリスによる破壊を考慮する必要は無いと思われます。また、彼らは羽を持ち、高く飛び上がることもあるようですが、城壁を越えることは無いでしょう。安心してこちらを死守してくださいませ」


 メイドはペコリとお辞儀をした。

 デガードの思考が止まり掛かるが、懸念材料だった城壁の情報だと気づき、むりやり笑みを作る。凄みがあるので怒っているようにも見えたが。


「そ、そうか! 情報感謝する!」

「なら、城壁内を見回らせているパーティーを戻しても良いな」

「そうしよう」


 冒険者パーティーが1つ増えるだけでも、戦力は大幅に上がる。

 それだけでも朗報だ。


「ここが突破されますと、マスターの工房に被害が及ぶ可能性が高いですからね」

「あ、ああ」


 心配するところはそこなのかと、思わずデガードが突っ込みそうになるが、メイドという物はそういう生き物なのだろうと言葉を飲み込んだ。


「おい! そこのパーティー! だから突出するな! ラインを守れ!」


 実力がありすぎることで、周りと連携が取れない冒険者にいらつくデガード。


「……難渋しているようですね」

「少しだけだ。くそ。せめてパーティー毎に番号でも振っておけば良かったぜ」


 戦場から久しく離れていたので、そんな基本的な準備を怠ってしまったのだ。後悔してもしきれない。


「それでは私が皆様に部隊番号を伝達してきましょう」

「いや、それは無理だ。戦っている最中のパーティーに落ち着いて説明する時間が無い」

「大丈夫です。説明中は私が敵を押さえますから」

「……は?」

「奥から一番でよろしいですね? こちら、お借りします。それでは」

「あっ!? ちょっ!」


 デガードが止める間もなく、メイドはコカトリスの暴れる戦場に突っ込んでいってしまった。

 しかも、デガードの予備斧を二本掴んで。


「おいおいおい。俺の斧を持ってっちまったよ」

「デガード、お前の予備斧はいつから片手斧・・・になったんだ?」


 デガードがずっしりと重い両手斧を持ち上げる。

 常人ならば運ぶ事すら困難だろう。

 それをあのメイドは、ひょいと両手に一本ずつ手にして、風のように走り去ってしまったのだ。


「あのメイドは一体なんなんだ?」

「俺が知りたいぞ」


 デガードとタイガルはお互いに苦笑するのであった。


 ◆


 冒険者達は良く戦っていた。


「へっ! クラフト印のスタミナポーション飲み放題なんだ! いっくらでも潰してやるぜコカトリス!」

「無理はするなよ! どっかで睡眠は必要だ!」

「こいつら夜は大人しくなるんじゃないのか?」

「スタンピート状態だと期待できんな! こっちは篝火も焚かなきゃならん!」

「ちっ! 飛ばしすぎると急に身体に来そうだな」


 クラフト印のスタミナポーションを服用すると疲労を激減させ、よほど特殊な運動でもしないかぎりは無尽蔵に動くことが出来る。

 だが、流石に自分の能力以上の技を使ったり、限界突破した動きを続けていると疲労が始まる。

 そしてスタミナポーションでも睡眠を無くすことは出来ない。


 デガードにその辺りを注意しろといわれているが、俺達の町を襲うコカトリスを前にしたら、アドレナリンが沸騰して、力が入ってしまう。

 特に実力のある冒険者達が同じ様に力が入りすぎ、少しずつ突出しているのだ。


 半円状の包囲網は、波打ち、歪み始めていた。


 そこに緑の突風が吹き荒れた。


「!?!?」


 それはメイドだった。

 両手に血だらけの巨大な斧を手にした。

 冒険者に走り込んできたコカトリスの首が、いきなり天高く吹っ飛んだ。

 首が無くなったニワトリもどきの巨体が、しばらくそのままの勢いで走っていたかと思うと、地面にどうと倒れ込んだ。


 冒険者は見た。メイドがその手にした斧の一撃で、コカトリスの首をはね飛ばしたのだ。


「な……っあ?」

「これでしばらく落ち着いて話せますね。ラクターン様、こちらのパーティーですが、防衛ラインより少々突出しております」

「え?」


 突然名前で呼ばれた冒険者のラクターンは、困惑しつつもようやく自分の位置を認識する。


「デガード様より伝言です。ラクターン様のパーティーを、第一小隊とします。以後、小隊番号でやりとりしますので、指示にお気を付けください」

「あ、ああ」

「それでは私が援護いたしますので、第一小隊は規定の防衛ラインまでお下がりください」

「え!? 援護って……」


 ラクターンが聞くまでも無かった。

 ばらばらと押し寄せるコカトリスの巨体を叩っ切りながら少しずつメイドが前進していくのだ。

 そして、その動きを見て、ラクターンは悟る。

 突出することの怖さを。


「おい! 少し下がるぞ! 周りと歩調を合わせるんだ!」

「あ、ああ!」


 ラクターンのパーティーメンバーが返事を返す。メイドが時間を稼いでくれてる間に所定位置に下がると、横にいた別のパーティーに安堵の表情があった。


「……すまなかった。俺達に合わせてくれてたんだな」

「いや、いい。ラクターン達が実力があるのはわかってたからな」


 隣のパーティーに謝罪するラクターン。

 そこにメイドがすっと戻ってきた。


「アジフイラ様。デガード様より伝言です。アジフイラ様のパーティーを第二小隊とします。以後、小隊番号でやりとりしますので、指示にお気を付けください」

「お、おう……メイド? なんで俺の名前を?」

「この町にお住まいの方であれば、名前は全て存じております」

「はぁあ!?」

「え? どういうこと?」

「今はお気になされる事では無いかと。皆様、ご健闘をお祈りいたします。それでは伝達が残っておりますので」


 メイドは丁寧に一礼すると、すぐに横のパーティーへと移動した。コカトリスを血祭りに上げながら。


「なあ、あのメイドよ」

「なんだ?」

「返り血一つ無かったんだが」

「気にするのはそこかよ」


 ラクターンとアジフイラは顔を見合わせ、乾いた笑いを響かせた。


 ◆


「……これで態勢は立て直しましたね」


 緑髪のメイド、リュウコはボソリと呟いた。

 マイマスターに命令され、城壁の様子を見に来れば、危うい中央部隊を見つけてしまった。

 このままだとコカトリスに雪崩れ込まれる危険性があると、リュウコは独断で中央部隊にテコ入れする。


「しばらくは問題無いでしょう」


 少なくとも、マスターの所までコカトリスが辿り着く危険性は大幅に減ったはずだ。


「それでは、次ですね」


 リュウコは真っ直ぐにマスターの元へは帰らず、裏路地へと姿を消すのだった。


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