33:初めての弟子入りは、緊張するよなって話
「弟子に!? 良いんですか!?」
「もちろん条件があるのじゃ」
「なんでしょう?」
先生の弟子になれるなら、カイルに迷惑の掛からない範囲でなんでもするぞ!
「閣下から、貴様が秘薬を作ったと聞いているのじゃ。それは事実なのか?」
「はい!」
「そ、そうか。いいか? これはあくまでテスト。弟子入りに相応しいかを確かめる為に聞くのじゃからな? そう……秘薬の……材料を……」
「あ、それならこっちにまとめてあります」
「……のじゃ?」
俺は誰かに聞かれるだろうと、素材と作り方をまとめた羊皮紙を取り出した。
てっきりオルトロス辺境伯に尋ねられると思っていたのだが、なるほどジャビール先生がいるのであれば、そちらに任せるのが正解だろう。
俺は笑顔で羊皮紙を手渡した。
「き、貴様は秘伝を書き残しているのか!?」
「はい、何か変ですか?」
「い、いや、今は良いのじゃ。それよりも読ませてもらうのじゃ」
それからしばし、ジャビール先生は、呻きながら羊皮紙にかぶりつく。熱心な方なのだな!
「なるほど……! 錬金薬がこれで……この組み合わせだったとは! しかしとんでもない魔力が必要なのじゃなこれは……。素材は……閣下にお願いすれば……いや、もう使い切って無いのか……」
ぶつぶつと呟きながら、羊皮紙を食い入るように何度も読みあさるジャビール先生。凄い集中力だ。やっぱり偉業を成した人は違うなぁ。
俺は先生の邪魔をしないよう、少し部屋を見て回る。
本棚に並ぶジャビール著の稀覯本を見て、叫びそうになった。
おおおおお! これは写本待ちが二年という最新巻じゃないか!
一段落したら、ここガンダールの本屋で予約しようとしてた奴だ! あのアキンドーですら手に入らなかったからな。
それからしばらくして、ようやく先生が顔を上げた。どことなく興奮しているようも見える。
「しまった、一つ聞くのを忘れていたのじゃが、このエリクサーを使って、カイル様のご病気を治したらしいの?」
「あ、はい。カイル……様は、献上するにあたって、自らの身体を使って証明してくれました。勇気のある方ですよ」
「ふむ。完治したのじゃな?」
「はい。念のため、辺境伯がお抱えの医者にもあとで見せるとのことでしたが、完治していると思います」
「ならば、あとで確認できるかの」
「え?」
「いや、なんでもないのじゃ」
先ほどまでの熱心な表情は消え去り、どこか優しさを感じる穏やかな印象を受けた。
そういえば、ジャビール先生は医者としても高名だったはずだ。あとでカイルを診察するのかも知れない。
「よし、貴様の弟子入りを認めてやるのじゃ!」
「ありがとうございます! あ、ただ……」
「なんじゃ?」
「可能であれば、近くに住み込み、教えを請いたいのですが、俺……私は開拓村でやることがあるのです……」
「なるほど……。貴様は私の本をどれほど持っておるのじゃ?」
「えっと、これとこれと……これです」
棚に並ぶ著書を指さしで答える。
「ならば、持っていない写本を特別にくれてやるのじゃ。それで当面勉強するが良かろう」
「え!? 良いんですか!?」
「ただ、それだけでは、あれだ……」
ジャビール先生が可愛くツバを飲み込んだ。
「貴様は、この秘薬を論文にするのじゃろう?」
「え? いえ、全く考えてもいませんでした」
「なっ! なんだと? ……いや、そうか。貴様には師がいなかったのじゃな」
「はい。恥ずかしながら独学です」
「ふむ、ならば論文の形式や、どこに出すか、どこまで材料などを明記するかなど、全くわからないわけじゃな?」
「はい」
「そうか……」
再び腕を組む先生。
「よし! ならば論文は私が書いてやろうではないか!」
「え!?」
「ただ、その場合、検証などを含めて私との連名という形になるのじゃが……」
「連名!?」
「う! うむ! 貴様は納得出来ないじゃろうが、これは人類の発展のために……」
「そんな! ジャビール先生との連名なんて! そんな名誉をいただいてもよろしいのですか!?」
「んあ!? う! うむ! 貴様が納得出来るなら、やってやらん事も無いのじゃ!」
「もちろんです! 先生! ぜひぜひよろしくお願いします!」
俺は喜びの余り、何度も頭を下げた。
ジャビール先生と連名で論文?
なにそのご褒美!!!
「よ、良い! 弟子のためじゃからな!」
「ありがとうございます!」
俺は先生と熱く握手を交わした。
その後、先生と明け方まで全ての秘薬に関しての討論を交わした。
議論の最中で、俺はダメ元で先生にあることを頼んでみる。
「先生、あの木製の人造魔物ですが、あの作り方を教えてもらえませんでしょうか?」
「のじゃ? なるほど、景気よく秘伝を教えると思ったがそういう事か」
「え? 何て言いました?」
「いや……まぁ良いだろう。あの研究はすでに飽きたものじゃしな。書きかけじゃが、必要な要件は全て載っている。これを特別に貸してやるのじゃ」
先生はぴょんこぴょんこと飛び上がって、棚の上の分厚い本を取り出そうとしたので、俺が指さし確認したあと、それを引き抜く。
どうやら先生手書きの研究書のようだ。
「よろしいのですか!?」
「うむ。ただし他人に見せたりはしないようになのじゃ。あと、新たな技術を思いつくようであれば……」
「もちろんです! 何かわかったら、全て師にお伝えいたします! 本も研究成果と共に必ずお返しします!」
「う、うむ。期待しているのじゃ」
「はい!」
なるほど、折角の人造魔物木人形が中途半端な出来だったのは、お忙しいからなのだろう。その研究の後釜をいきなり任せてもらえたのだ、全力全開で応えよう!!
こうして俺は、ほくほく顔で本を抱えつつ、辺境伯邸に戻ったのであった。
◆
「クラフト君……クラフト君?」
ぼんやりと俺を呼ぶ声が聞こえる。
「あーうー」
「起きられそう?」
「あー、リーファンか。すまん、あんま寝れてなくて……」
頭の中に靄が掛かった状態で、ゆっくりと身体を起こす。
超絶立派なベッドだというのに、勿体ない寝方をしてしまった。
「おはよ……きゃああああ!」
なぜかリーファンが悲鳴を上げた。
「ちょっ!? なんで裸なの!?」
「え……?」
ぼんやり頭で思い出す。そうだ。この高級なベッドに、服を着て寝るのが申し訳なくて、全部脱いだんだった。
上半身の裸くらいなら、見慣れていると思うのだが……、ああ、下が見える寸前だったのか。危ない!
「ちょっと向こう向いててくれ」
「言われないでも向いてるよ!」
もそもそと布団から這い出して、椅子に投げ捨ててあった服を取ろうとし、気がつく。
「……マイナ、どいてくれ」
「……ん」
その椅子にちょこんと座っていたマイナ。服の上に座ったらはしたないぞー。
ぼーっと着替えている間、なぜかマイナは俺をじっと見ていた。
子供に見られてもなーんも思わんけどな。
「待たせた」
「うん。えっと、昨日はずっとオルトロス様の所にいたの?」
「いや、説明したあとは、ジャビール先生の所に行ってた」
「え? ジャビールって、あの有名な錬金術師の?」
「そうそう。あ! 聞いてくれよ! 俺、先生の弟子にしてもらったんだよ!」
「え!? 弟子に?」
「ああ! 凄いだろ!」
「ええっと、うん。たぶん」
「たぶんってなんだよ。テンション低いな」
「むしろクラフト君のそんなテンション初めて見たよ」
「そうか?」
「うん」
言われてみると、ちょっとはしゃいでる気がするな。
衿を正して、一度咳払いする。
うん。切り替えていこう。
「ジャビールさんって、ザイード様付きなんだよね? その……」
「大丈夫だ! 先生に一度会えばわかる!」
「あ、うん、そうなんだ?」
なぜか微妙な表情のリーファンだった。なんで?
いや、あの公正さと高潔さは、お会いしないとわからないか。
「で、何か用か?」
「うん。クラフト君って今日の予定決まってる?」
「行きたいところはあるが、別に予定って訳じゃない。滞在中に行ければありがたい程度だ」
「そっか、じゃあ生産ギルドに一緒に行けるかな?」
「ああ」
「じゃあ行きましょうか」
「了解だ。マイナはカイルと一緒にいろよ?」
するとマイナは不機嫌そうに顔をぷいと向けてしまった。
子供って難しい……。
俺とリーファンの二人で外に出ると言うと、ペルシアが一緒に来ることになった。
「暇なのか?」
「そんなわけあるか! まったく……お前はもう少し自分の立場というものを理解した方がいいな。……いや、急には変えられんか」
「クラフト君、どう考えても護衛だからね」
「カイルが優先だろ?」
「一体どこの馬鹿が辺境伯閣下の屋敷に押し入れるというのだ」
「そりゃそっか」
こうして三人で仲良く街をデートする事になった。
「デートではない!」
冗談のわからない女騎士だな。
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