32:憧れの人に会ったら、興奮するだろって話


「クラフト様、辺境伯の準備が整いました。こちらへ」

「あ、はい」


 迷いそうな廊下を進み、案内された部屋へと入る。

 待っていたのは、もちろんオルトロス辺境伯だ。


「し、失礼します」

「うむ。入りたまえ」


 執事がお茶を用意してから、一礼して部屋を出て行った。

 え? 護衛すらいないの?

 俺、これでも元冒険者だよ? やろうと思えば素手でも人を殺せちゃうよ?

 やらないけど、不用心すぎね!?


「……」

「……」


 緊張感漂う無言の時が痛い!

 何か言って!


「クラフト・ウォーケン。黄昏の錬金術師か」

「は、はい」

「まず仕事の話を終わらせよう。秘薬についての詳細を」

「は、はい」


 そうなんだよ。ドラゴン騒ぎで結局その辺説明がうやむやになってたからな。

 事細かに用法と効果を説明していく。

 その間、オルトロス父ちゃんは頷くだけだった。


「――という事で以上です」

「そうか。ご苦労であった」


 内心ため息を吐く。

 オルトロスの謎の迫力に、貴族嫌いとかそういう感情はすっ飛んで、ひたすら緊張しちまったよ。ザイード相手なら全然緊張せんのに。


「……」

「……」


 なんかメッチャ睨まれてるんだけど!?

 やっぱやり過ぎた?

 でも、作っちゃったんだからしょうがないじゃん!

 出来上がってから、ヤバイもん作っちまったと反省したから、市場に流さず、献上したでしょ!


 あれらの秘薬を、何も考えずに市場に流していたら、国内がひっくり返る騒ぎになっていただろう。

 秘薬がどういうルートを通るにしても、大半は貴族に行き着くだろうし、貴族が手にしたら、どこで手に入れた! って話になるに決まってる。


 手に入らなかった貴族に、病気持ちの身内でもいたら、秘薬を手に入れた貴族を嵌めてでも手に入れたくなるだろう。

 下手したら、貴族同士の冷戦が勃発していたかもしれない。

 おおう、やっぱりとっとと献上して正解だったぜ……。


 だからそんな目で見ないで!

 オルトロスお父ちゃん、ナイスミドル顔なのに、怖いです!


「ザイード付きの錬金術師にジャビール・ハルヤンという者がいる」

「……え? ジャビールって、あの・・ジャビール様ですか?」

「流石に知っているか」

「もちろん知っています。高名な錬金術師ですよ。俺……私もジャビール様の本を読んで勉強中ですから」


 そう。錬金術師のジャビールは、この国でもトップクラスの錬金術師だ。

 農業用の肥料などに革命を起こした人物であり、その両親も偉大な錬金術師だったらしい。

 俺も錬金術師の紋章に書き換わってから、ジャビールの著書をかき集めて読みあさっている程だ。紋章からの知識だけではわからない事も多いのだ。


 もっとも、出回っている本は少なく、高額なのが辛いが。

 間違い無く尊敬できる人物だ。

 しかし、よりにもよってザイード付きだったのか。


「そのジャビールが、お前に話を聞きたいそうだ。今からジャビールの屋敷に向かってくれ」

「わかりました」


 正直、この緊張感溢れる状況から逃げられるのならば、なんでもいいです!


 俺はぎこちなく一礼すると、部屋を出ようと立ち上り、背を向けた瞬間だった。


「カイルを、頼む」


 一瞬、幻聴だったかと振り返ったが、何事も無かったかのように厳めしい面を貼り付けた辺境伯がいるだけだった。

 俺はもう一度礼をすると、今度こそ部屋を出て行った。


 ◆


「貴様がクラフトか」

「はい!」


 執事に案内され、馬車で移動した先は、なんというか、見事な屋敷だった。

 錬金術師独特の怪しさがにじみ出すような、怪しげ満載という意味で、見事な屋敷だった。


 塀にも屋敷にも蔦がびっしりとはっており、庭の草木はぼうぼう。だが、薬草園だけはやたらに手入れがされている。

 庭のところどころに配置されている怪しげな石像は、羽の生えた異形だ。


 あ、これガーゴイルだ。


 石像の番人。

 ダンジョン定番の敵の一つだ。

 このガーゴイル、魔物の一種ではあるのだが、人造魔物という部類に入るらしい。なんでそんな事を知っているかというと、実は錬金術で作る事が出来るからだ。

 かなりレベルの高い錬金が必要なので、これだけでジャビールの凄さがわかるというものだ。


 ちなみに今の俺なら作れるが、ちと素材が足りない。

 そういえば、ゴーレムも人造魔物なんだよな。ここガンダールなら足りない素材を購入出来るだろうから、今度試してみようかね?


 そんな事を考えながら、怪しげな庭を通り過ぎ、手入れの全く行き届いていない玄関を潜る。

 すると、中から等身大の木人形が歩いてきた・・・・・


 左手の紋章がわずかに反応する。

 これ、たぶんオリジナルの人造魔物だ!


 木人形の顔は楕円に簡易的な目と口が付いているだけで、身体はそのまま、木製の操り人形だった。

 天井から紐とか出てないよな?


「ココカラハ、クラフトサマノミ、オトオリクダサイ」

「え? あ、はい」


 慣れているのか、ここまで案内してくれていた執事さんは、一礼するとそのまま帰ってしまった。

 なんか、逃げたようにも見える。


「コチラヘドウゾ」

「えっと、お願いします」


 屋敷の中は意外と片付いていた。この人造魔物人形が掃除しているのだろうか?

 いいなこれ……。


 案内された先は地下室で、鉄製の丈夫な扉が迎えてくれた。

 人造魔物人形が扉をノックする。


「ゴシュジンサマ、クラフトサマヲ、オツレシマシタ」

「ん? 遅かったの! 通すのじゃ!」

「ハイ。クラフトサマ、ドウゾオトオリクダサイ」

「は、はい」


 恐る恐る中に入ると、そこはまさに錬金術師の部屋だった。

 ビーカーやフラスコが所狭しと並び、壁際の薬草棚には、物珍しい素材がびっしり。

 稀覯本と思わしき古い本が無造作に机の上に広げられていた。


 アルコールランプで謎の液体を沸騰させていた、目つきの悪い少女が振り返る。


 え!?

 少女!?


 一瞬驚いたが、彼女の左手に刻まれた錬金術師の紋章と、その雰囲気から、間違い無く、かのジャビール先生だと確信出来た。


「貴様がクラフトか」


 挨拶も何も無い。


「はい!」


 嬉しさに、つい元気よく返事をしてしまった。

 正直とても嬉しいのだ。

 錬金術師になってからは、紋章の知識と、ジャビール先生の書物で育ってきたのだから。

 まさに憧れの人である。


「んむ? 随分若いな……いくつだ?」

「二十歳です!」


 先生の方がもっとお若いでしょうと思ったが、彼女の略歴からそんなわけはないと思い直す。

 アムリタでも常用しているのだろう。


「んむ……想像していたのと随分……」

「え? 何か言いましたか?」

「いや、なんでもないのじゃ」

「あっ! 挨拶が遅れました! 俺……私はクラフト・ウォーケンと申します! かねてより先生のご高名は存じておりました! 先生の御著書も、手に入った物は全て、穴が空くほど読ませていただいております! お会いできてとても嬉しいです」


 思わずジャビールの手を握ってしまった。妙にぷにぷにしていた。

 初対面で馴れ馴れしかっただろうか?

 だが、そのくらい興奮しているのだ。わかるだろ?


「んむ!? そ、そうか。それは何よりなのじゃ」

「はい!」


 なぜか、ジャビール先生は呆気にとられたような態度だった。

 気のせいだよな?


「そ、そうか、貴様、若いのに分かっているでは無いか」

「実は、錬金術師に転職したのが最近でして、右も左もわからず、紋章の声だけで頑張っていましたが、先生の著書を手に入れてから、ようやく錬金術の基本を学んだ気がします」

「うむうむ。ほうほう」


 目に付く素材、機材、全てが珍しく、興味を抑えられない。

 先ほどから、火に掛けられた陶器のヤカンらしき物体に目がいく。本で図を見たことがあったので特に気になっていたのだ


「これはもしかして?」

「それはランビキなのじゃ」

「これが! ジャビール先生が考案した、川の水より純粋な水を作り出す装置!」

「ほほう。勉強熱心なのじゃ。量は作れぬが実験に使用するには充分な純水を取り出せるのじゃ」

「本物は初めて見ました!」

「それは最新式でな、前の物より、三倍の純水を得られるのじゃ」

「凄いです!」


 もちろん魔法で真水を作成する事は出来るが、普段からそれをやっていれば、魔力はすぐに枯渇し、肝心の実験に使用する魔力が足りなくなるだろう。

 魔法を使わずに真水が得られるのは、重要なことなのだ。


「そうかそうか。なかなか見所があるのじゃ」

「ありがとうございます! エリクサーを完成させるにあたって、紋章の囁きと、先生の御著書の知識があっての事ですから! 特に、錬金薬は御著書のおかげで、効率良く作れました! ああ……先生に弟子入り出来たらどれだけ幸せな事か……!」


 先生の著書を読むことで、紋章の囁きが変化し、当初予定していた素材より少ない素材で、貴重な錬金薬を作成出来るようになったのだ。本当に感謝しか無い。


 俺の言葉にピタリとジャビールが動きを止めていた。

 そして細い腕を組んで考え始めた。

 なんか変な事言ったかな?


「そうか……なるほど……それなら体面も……」


 ぶつぶつと呟くジャビール。


「あの? 先生?」

「よし。クラフト・ウォーケン。貴様を特別に弟子にしてやるのじゃ」

「え!?」


 憧れの大先生の言葉に、俺は驚きの余り、叫んでしまった。


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