31:陰謀は、腹の探り合いって話


 俺の魔法で、都市の隅々にまでドラゴンの首があることを宣伝してしまったため、とんでもない量の住人がベイルロード辺境伯邸に集まっていた。


 窓からその様子を伺っていたオルトロスが、眉根を顰めて、兵士を呼び出した。


「これは収拾がつかんな。しかたない。ドラゴンの首に直接触れられないようぐるりと柵を立て、ドラゴンを一周回って見学出来るように仕度をさせよ!」

「はっ!」


 オルトロス父ちゃんが、兵士に手際良く指示を出すと、ドラゴンの周りにぞろぞろとあらわれた兵士達が、あれよあれよと言う間に、柵を地面に打ち込み、順路を完成させる。

 すると、一番偉そうな騎士がわざとらしく門の前に立ち、木板をかざす。


「聞け! これよりベイルロード辺境伯の御慈悲により、ドラゴンの見学を許す! ただし! 立ち止まることあたわず! 我ら兵士の指示する速度を守り、二度並ぶような恥ずかしき行為の無きよう! 領民の礼節を辺境伯にお見せしたまえ!」


 こうして門がゆっくりと開放されると、我先へと順路に突っ込んでくる領民を、どこからあらわれたのか、大量の兵士達が必至に押さえつける。


「押すな! 並べ! ベイルロード辺境伯の領民としての態度を守るのだ!」


 騎士だか隊長だかわからないが、偉そうな鎧の兵が叫ぶが、あまり効果は無い。

 いや、見学者達が喧嘩しなくなっただけマシか。


 軍が動いたことで、屋敷前に秩序が戻り、代わりに大通りに大行列が出来ていた。

 兵士が必死に裏道への脇道を閉鎖して、流れを作った事で、騒がしくも、最初の混乱状態からはなんとか抜け出した。


 ……オルトロス父ちゃん、なんかごめん。


 兵士に呼ばれ、広間に戻ると、全員が元の席へと着いていた。


「父上、いっそ見学料でも取ったら良かったのでは?」

「準備も無しにそんな事をしたら、むしろ混乱に拍車がかかる。それに、この功績は広く知られても良かろう」


 フラッテン兄ちゃんの至極もっともな意見を、オルトロス父ちゃんがバッサリとたたき切る。

 実は俺も金を取ったら良いのにと考えてしまっていたので、オルトロスの言葉に感心してしまった。


「まあよい。後はフォーマルハウトに任せておけば問題ない」


 オルトロスの呟きに、ペルシアの身体が一瞬ピクリと震えた。

 あれ? たしかペルシアの苗字がフォーマルハウトだったよな?


「カイル。これほどのドラゴンを討ち取った事、見事だ。これで人間の領地がまた増えることであろう」

「はい! ありがとうございます!」

「カイルを支えた皆にも礼を言おう」

「「はっ! ありがたき幸せ!!」」


 間髪容れずに答えたのはアルファードとペルシアだった。俺とリーファンも慌てて頭を下げる。


「報告では、すでに開拓村の住民が一〇〇〇人を越えているという話だったな」

「はい。住宅の建設速度が限界で、今まで大きな街でおこなっていた新規募集を一時的に止めていますが、直接訪れる方が後を絶たない状態です」

「想定を上回る成果だな、それではこのまま統治を——」


 ザイードがあからさまに歯軋りをしていたが、口を挟めないのか、顔を真っ赤にしてカイルを睨み付けている。

 ふん。窓の外に鎮座するドラゴンの頭と、それを囲む領民の熱狂を見れば、口も挟めないだろう。


 そう思っていた時だった。

 前触れ無く大広間の扉が開き、派手な服装の女性が二人入ってきたのだ。

 どちらもとんでもない美人だった。美人過ぎて近寄りがたいレベルだ。


 一人は三〇代くらいだろうか?

 大人の魅力を存分に周囲にばらまく、妖艶な女性だった。

 もう一人は俺と同じくらいで、二〇前半くらいか。

 黒を基調とした薔薇のドレス姿。

 切れ長の瞳で、こちらもとんでもない美人である。あまりの美しさに、逆に寒気を感じるほどだ。

 人間ってこんな美人になれんの?


 そしてどちらも凶器レベルの胸を携えていた。

 なにあれ? メロン? スイカ?


 唐突にあらわれた場違いの二人に、完全に場が膠着する。


「あなた。少し失礼しますね」

「ベラ、レイラ……。今は大事な話し中だ」

「もちろん存じていますとも」


 装飾過多のドレス(と胸)を揺らしながら、ゆっくりとオルトロスの横に立つ妖艶な女。


(あの方は元第二夫人で、現在は正妻のベラお母様と、その娘のレイラお姉様です。ザイード兄様の母親でもあります)


 俺がぽかーんとしていると、こっそりとカイルが耳打ちしてくれた。

 ん? それにしちゃああの二人、歳が近いような?


「女に口を出す権利は無いと思いますが……意見くらいは良いでしょう? あなた?」

「ん……む」


 歯切れの悪い返答を漏らすオルトロス。

 扇子で顔の半分を隠し、視線だけをカイルに向けるベラ夫人。


「カイル……此度の功績誠に素晴らしいですね」

「……! はっ! はい! ありがとうございます!」


 なぜかオルトロスに褒められたときよりも嬉しそうなカイル。

 どういう事だ?


「しかし、新しき開拓村は急速に大きくなっているとのこと。今のカイルには少し荷が重いのでは?」

「そっ! そうだ! 母上の言うとおりだろう!」

「ぬ?」


 その言葉に、オルトロスと長男のフラッテンの表情が厳しくなる。


「一理あると思うが、だからといって——」

「幸い、新しき村はザイードの任されている地域に隣接しております。すでに領地経営で手腕を発揮しているザイードに、治めてもらうのがよろしいかと」

「え?」

「それは名案だ!」

「お母様、流石ですわ」


 ベラの言葉に、ザイードと黒薔薇レイラが続く。

 俺は必死で地図を思い出す。


 たしかに、広大な辺境伯領で、ザイードが任されている地域とゴールデンドーン村は隣接していると言えなくも無い。

 だが、実際は辺境伯領の人類生存圏の端をザイードが受け持っているだけであり、そこから奥深く、人類が生活していない広大な土地の一角にゴールデンドーン村があるというだけの話だ。

 いくらなんでも詭弁に過ぎるんじゃないか?


「……」


 無言で考え込むオルトロス。


「カイルは元々身体が弱かったのです。秘薬で完治したとお聞きしましたが、生来の身体の弱さまで解消しているものでしょうか? ここはこのままガンダールに残り、養生しつつ政務の手伝いをしていただく方が、カイルの為になるのでは?」

「ぬ……」


 なんだこいつ。確かに理屈は通ってるが……。


「父上! そうですよ! 私はこの通りとても健康で、所有している兵士も屈強です! カイルの療養をかねた開拓はその役目を終えたでしょう! ドラゴン討伐という功を持って凱旋したのですから、後の事は私が万事引き受けましょう!」


 つまり、開拓村が美味しいと分かった途端、いただいてやろうって魂胆かよ! クソが!


「そ……それはっ!」

「いやいや我が弟よ。お前の事を思って開拓を薦めたが、見事に病に打ち勝ったのだ。もう無理する必要は無い。あとはこの兄に任せておけば良い! なぁ!?」

「う……」


 苦しそうに表情を歪めるカイル。

 あ、この野郎、物理的に排除してやろうか?


「父上、よろしいか?」

「フラッテン……許す」

「なるほど、ベラお母様のおっしゃることは正論です。そこで一つ提案がございます」

「提案? 言ってみろ」

「はい。現在の開拓村はザイードに任せ、カイルには新たな開拓地をお与えになれば良いのでは?」

「ぬ?」


 フラッテンが指を鳴らすと、控えていた兵士に何かの指示を飛ばす。

 すると兵士はすぐに、巨大な地図を持ってきた。

 生産ギルドで見せてもらえる地図よりも、かなり詳細な物だった。国家機密級の地図が目の前に広げられたことに、俺はツバを飲み込んだ。


 これで、俺に逃げるという選択肢は無くなった。もともと選ぶつもりは無いけどな。


「カイルに任せるに相応しい土地は……報告にあった、ドラゴンの討伐地点! ここです!」


 フラッテン兄ちゃんが指を置いたのは、広大な未開拓地の奥であり、ドラゴンを倒した場所。

 そしてその先には、隣国デュバッテン帝国があり、そして山脈を迂回する形だがゼビアス連合王国が存在する。


 つまり。

 もし開拓出来たら、間違い無く最重要拠点になりうる場所と言うことだ。


「ぬ……」

「カイルには、辺境開拓に才能があるようです。折角ですからそれを生かしてみてはいかがでしょう? ここに都市……できれば城塞都市を築けたら、他国に先んじられましょう」


 それを聞いて、ベラ夫人が思いっきり眉根を歪めた。

 美人が怒るとこえええええええええ!!!!!


「フラッテン。我が息子ザイードではその任に不足だと?」

「いえいえ。流石のザイードと言えど、今任されている地と開拓地を同時に発展させるのは大変でしょう? 先行する形でカイルが下地を作れるのならその方が良いでしょう」

「ふむ……」


 表情を緩和させて、ベラが考え込む。


「お母様、お兄様の意見は素晴らしいのではなくて? 同時に開拓を始めれば、どちらがより優秀かわかりやすいというものではないですか」

「ああ……。それはそうですね。カイル・・・がまぐれで無かった事を証明する機会があった方が良いかも知れません」

「ふむ……」


 考え込むオルトロス。


「カイルよ。この様な意見が出ているが、お前の考えはどうだ?」


 どうだも何も、そんなもん受けられるか!

 却下だ、却下!


「……その話。お受けしたいと思います」

「!?」

「ははは! 流石我が弟よ! 利口になったな!」


 ちょっ!?


「ただし!」


 それまで俯き加減だったカイルが、思いっきり顔を上げた。


「二つお願いがあります!」

「なんだ?」

「一つ目は、村の名前は僕にいただきたいのです!」

「む? ゴールデンドーンという名称を持って行きたいというのか?」

「はい!」


 オルトロスがザイードに視線を向けると、ザイードはやれやれといった感じで肩をすくめた。

 そのくらいは認めてやるよと暗に語っていた。


「もう一つは?」

「はい。現在のゴールデンドーン村の住民で、クラフトさ……僕に付いてきてくれるという方を連れて行かせてください!」

「住人をか?」

「それは……」


 普通、領民というのは、住み家を移ることを許可されることは少ない。

 今回のような開拓が例外なのだ。


「ザイード。どうだ?」

「許可しても良いのでは? 我が息子ザイード」

「母上?」

「ただし、村からの共有資材や財産の持ち出しは禁止いたします」

「ベラお母様!? それは手ぶらで開拓地に向かえと言うことでしょうか!?」


 おいおいおい、それってミスリルも作り置きのポーションも薬草類も含むって事か?


「ははは! なるほど! それならば構いませんよ!」

「……っ。わかりました。ただし、各ギルドや個人資産に関しては除外お願いします」

「ま、それは良いでしょう。ギルドが拠点を移す訳もありませんしね」

「カイルよ、本当にそれで良いのか?」

「……はい。通常の開拓補助金はいただけるのですよね?」

「それは約束しよう」

「決まりだな! カイルもようやく貴族としての気品が身についてきたなぁ! ははは!」


 何が気品だ! てめぇら下品過ぎるだろ!

 しかしカイル! なんでこんな話を受けた!?


 沈痛そうな表情のまま、顔を伏せるカイル。

 が。


 その時、チラリと隠れるようにカイルが俺に顔を向けたのだが、その表情は、してやったりという笑顔だった。

 え? なんで?


 その一瞬の笑顔に毒気を抜かれ、その後の話合いで口を挟む余裕もなく、会議は終わってしまった。


「クラフトよ」

「は、はい」


 話合いの終了宣言をして、全員が部屋を出ようとしたところで、オルトロス父ちゃんに声を掛けられた。


「この後、少し話がある。秘薬の詳細を知りたい。私の部屋に来るように」

「へ!? あっ! すみません、わかりました!」


 唐突過ぎる言葉に、言葉が乱れるが、特に注意されることも無く、そのまま退出することになった。


「クラフト様、しばらくこちらでお待ちください」


 執事に連れられて、客間に案内される。

 え?

 この後、俺一人で領主と面会? マジかよ!

 助けてカイル! お兄ちゃんを守って!


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