第二章【家族の絆】

29:物語の再開は、スローペースって話


 この世界は魔物に支配されている。

 いまだ人類の生活圏はわずかであり、そしてその狭い生活圏を取り合っているのが人間である。


 と、昔に日曜学校で教わった事を、ぼんやりと思い出しつつ、俺は馬車に揺られていた。


 到着したマウガリア王国の大貴族ベイルロード辺境伯が住まう大都市ガンダールは、相変わらず喧騒に包まれている。


「ガンダールは久しぶりだな」

「クラフト兄様は来たことがあるんですね」

「ああ、根無しの冒険者だったからな。仕事があれば王国中どこにでもいくさ」


 嬉しそうに話し掛けてくるのはこの街と貴族の名を持つ、カイル・ガンダール・ベイルロードだ。ベイルロード辺境伯の三男として生まれるも、生来の身体の弱さから、家族から邪険にされていた。


 俺達が住む開拓村ゴールデーンドーンからの旅路で、カイルが俺の事を兄様呼びするのは一瞬で広まってしまった。

 もっとも、全員がニヤニヤするばかりで、何も言ってこなかったのだが。むしろ馬鹿にするなりしてくれ。


 今はマイナに引っ張り込まれ、一緒に馬車に乗っている。

 アルファードは外を歩き、ペルシアは俺の隣だ。

 なぜかマイナは俺の膝の上で、カイルの隣にジタローが座っている。


 いくらカイルがどうぞと許しても、それで喜んで乗り込んでくるジタローの図太さを見習いたい。


「へー! ここが辺境伯様の住むガンダールですかぃ! すんげぇ人と建物ですなぁ!」

「王都の次に人口が多いと言われていますから、人は多いですよ」

「あれ? 大門は開きっぱなしなんですかい? 通行税を取ってる様子がねぇんですが」

「人の出入りが多すぎて、今はフリーパスなんですよ」

「へぇ! そいつぁ凄い! 知ってたら俺も一度くらいくれば良かったですぜ」

「はは。せめて滞在中はゆっくりしてください。ジタローさん」

「もちろんでさぁ!」

「ジタロー。お前時々凄いな」


 もともと気さくで距離感が無いとは言え、貴族であるカイルにこの気安さは凄いな。


「クラフト。お前も大概だからな」

「心を読むなよペルシア……」

「ふん。だったらわかりやすい表情をするな」

「そんなにわかりやすいか?」


 頷くペルシアを無視してカイルに目を向けると、困ったように苦笑していた。

 マイナも頷いている。

 解せぬ。


「ガンダールにはでかい冒険者ギルドがあってな。このあたりの本部みたいになってるんだよ。冒険者として有名な奴は、ここか首都のどっちかに所属してることが多いんだ」

「そうですね、地方でA級の冒険者が滞在しているという話はあまり聞きません」

「この街で活躍するのは、冒険者の憧れだからな。その分独特の空気感があって、長居できなかったんだがな」

「そんな事があるんですね」

「どこの職業でも似たようなことはあると思うぞ……ん? 兵士が寄ってきたな」


 窓から人混みを眺めていると、門番の一人が駆け寄ってきて、アルファードに話し掛ける。


「そこの方! もしやベイルロード辺境伯の関係者か?」

「そうだ」

「失礼した。ならばこちらに回られると良い、大通りは混んでいるからな」

「気遣い感謝する! 皆! こちらに!」


 アルファードの号令で、一行が指示された裏通りへと向かう。

 途中、馬車から顔を覗かせたカイルに気付いた門兵が、派手な笑みを浮かべた。


「おお! やはりカイル様! お帰りなさいませ!」

「お勤めご苦労様です」

「はっ! 何やら顔色も良い様子で安心いたしました。地方の空気はよほど合っていたのですね」

「そのようです。今はとても元気ですよ」

「おお! おお! それはめでたい!」

「あの……これは一時的な帰郷なのであまり……」

「あ! これは失礼いたしました! もちろん内密に処理いたしますので!」

「はい。よろしくお願いします」


 カイルがペコリと頭を下げると、門兵も最上級の敬礼で返していた。

 だから目立つだろうに。


 中央通りをずれると、少しだが馬車の交通が減り、かなり順調に進めるようになった。

 街の中央に鎮座する城と見紛う巨大な建築物こそが、目的地の辺境伯の住まいだ。


 隣国との戦争も想定しているのだろう、街の作りも複雑で、雑多な空気を醸し出していた。


「はー。あれがカイル坊ちゃんのご自宅ですかい」

「僕は小さな頃に地方の館に移されたので、あまり中へ入ったことは無いんですけどね」

「貴族ってのは実家にも帰れないもんなんですなぁ」

「おい、ジタロー」

「あっ! こいつぁ失礼しやした! 悪気はなかったんですが!」

「大丈夫ですよ。気にしていません。それどころか、ジタローさんやリーファンさん、クラフト兄様のおかげで、良い報告を持って来れたのですから、感謝しかありませんよ」

「ううう……カイル坊ちゃんは本当にお優しいや」

「わかる」


 ペルシアが大きく頷いた。言葉に出てるぞ。


「それにしてもでかい……いや、堅牢だな」

「あまり考えたくないですが、何かの非常時で王都に国王陛下がいられなくなったときの避難場所でもありますからね」

「なるほどなぁ」


 こんこんと馬車がノックされる。窓から覗くとリーファンだった。


「そろそろ降りた方が良いと思うよ」

「そうだな。ジタロー」

「はいな!」


 マイナが膝から降りてくれないので、脇に手を差し込んで持ち上げ、そのまま向かいの空いた席に卸すと、なぜか不機嫌そうにぷいと横を向かれた。


「本当に兄様はマイナに好かれてますね」

「お前の目は節穴か?」


 どこをどう見たらそう思えるのか頭を捻りながら馬車を降りると、すでに周り中から注目を集めていた。


「あれは誰の馬車だ?」

「フラッテン様の旗ではないよな」

「ザイード様か?」

「馬鹿、ありゃカイル様の旗だよ!」

「ああ! 久しぶりだから忘れてたよ!」

「戻られたと言うことは……」

「そりゃ辺境開拓が失敗したって事だろうよ」

「仕方ないさ。あんな危険な場所、誰にも手を出せない」

「無事お戻りになられたのなら、それで十分さ」

「ああ、カイル様のおかげで俺達の生活は随分と楽になったんだからな」


 野次馬の言葉で、気になった文言が耳に入る。

 カイルのおかげで生活が楽に?


 カイルは余り政治に関与していないイメージだったが、何かしらの実績があるのだろうか?

 そういえば、元々カイルは人気があるらしいと、村人に聞いたことがあったな。


 そうこうしているうちに、辺境伯邸の巨大な門の前へと到着していた。


「おお! アルファード! 久しぶりだな!」

「ああ! 貴方もお元気そうで! 連絡は行っていると思いますが、カイル様がご帰宅なされました。開門願います」

「無論だ。……開門!」


 鉄製の重い門が左右に開き、ゆっくりと馬車が進んでいく。護衛の冒険者達も緊張しているようだ。

 色とりどりの植物が植えられた中庭を通り抜け、正面の屋敷へと到着する。


 屋敷の後ろには、城と呼べる建物がそびえていたが、普段暮らす場所では無いのだろう。


 ふと見上げると、館の窓から、見覚えのある男が俺達を見下ろしていた。

 いかにも不機嫌という表情を浮かべていたのは、次男のザイードだった。


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