28:終わりよければ、全て良し! って話


 その日、ゴールデンドーン村の広場に、住民が全員集まっていた。

 すでにドラゴンの頭は空間収納に納められ、見た目はいつもと変わらない。

 では、どうしてこんなに人が集まっているかと言えば、カイルが報告のためベイルロード辺境伯の元を訪れるからだ。


「レイドックさん。村を頼みますね」

「ええ、任せてください」

「お前がいてくれて助かったぜ」

「十分な報酬もいただいてるからな」


 レイドックは片目をつむって、腰の剣を叩く。

 これは、村の護衛代として、リーファンがドラゴンの爪を砕いた粉と硬ミスリルを使って作り上げた特製の剣だ。

 通常の硬ミスリル剣より、さらに強力な武器となっていた。

 普通に考えて、国宝級の武器だ。


 ちなみに意匠は違うが、同じ材質の武器をアルファードとペルシアも受領している。


 馬車が用意され、カイルとマイナ。それと護衛の二人が交互に乗車する。

 荷物は俺の空間収納に納められているので、他のメンバーは歩きだ。


 メンバーは俺、リーファン、カイル、マイナ、アルファード、ペルシア。それとなぜかジタローがいる。


「ううう……しばらく村にいたくないんでさぁ」

「あー、わかったわかった」


 ソラルに振られたジタローが強く同行を希望して来たので、苦笑まじりに一緒に行くことになった。

 それと護衛の冒険者パーティーだ。

 ドラゴン討伐で活躍したパーティーの一つで、実力は保証済みだ。


「シールラさん、しばらく大変だけど頑張ってね」

「は、はい! 努力します!」


 雑貨屋の店長である、未亡人のシールラが不安ながらにも力強く返答した。

 現在、ポーション類を扱う唯一の店舗なので、大忙しなのだ。

 ありったけの在庫を渡しておいたので、帰ってくるまでは大丈夫だろう。たぶん。


「カイル様。ぜひ、ミスリルの販売許可を!」

「その辺りも父と話し合ってきますので、少しお待ちくださいね」

「その時はこのアキンドーを頼っていただけたら、損はさせませんから」

「おいこら! 抜け駆けすんな!」

「カイル様! うちならもっと……」

「お前達の気持ちはわかったが、カイル様は忙しい! 陳情は文章で頼む!」

「あ、ペルシアさん……」

「わ、わかってますって。ただ、つい……」

「はあ。商売熱心なのは認めるがな。今までこういう手合いと話したことが無かったから、どう対処したものか」

「それで良いと思うぞ」

「そうか?」


 ペルシアが鋭い視線を向ければ、商人達は距離を置くのだから、充分だろう。


「クラフトさん!」

「ん?」

「あんたのおかげで俺達はやってこれた! 頼むから辺境伯の所に残ったりしないでくれよ!?」

「はは。そのつもりはないよ」


 俺は、カイルを助けてやりたい。

 理不尽に健気に耐えていたあの少年の力になってやりたいのだ。


「でも……」

「大丈夫だ。ギルドとの契約もあるからな」

「そっ! そうか! カイル様をよろしく頼むぞ!」

「任せろ」


 俺は自信を持って答えた。

 言われるまでも無い。

 可愛い弟だからな。助けてやるさ。

 むしろいじめる奴がいたら、ぼっこぼこにしてやんよ!


「皆さん、そろそろ良いですか?」

「ああ」

「それでは……行ってきます!」

「「「うおおお! カイル様万歳! クラフトさん万歳! カイル様ばんざーい!!」」」


 村人が万歳三唱で送り出してくれるのはいいのだが、俺の名前はいらんだろ。

 こうして、俺達はベイルロード辺境伯の元へと旅立ったのだ。


 —— 第一章完 ——




 ……。

 …………。

 ………………。


 オルトロス・ガンダール・フォン・ベイルロード辺境伯は手紙を前に無言で腕を組んでいた。

 樫製の立派な机の上には、三男からの報告書が置かれている。

 昨日、冒険者ギルド経由で届けられた資料と手紙には、常識外れの開拓史が綴られていた。


「……」


 オルトロスは立ち上がって、窓際に立つ。

 贅沢なガラス窓の遙か先には、開拓不可能と言われた土地が広がっているはずだ。

 彼は、息子達の強い要望で、危険な地へとカイルを送り出した事に負い目を感じていた。


 跡目争いはもっぱら長男のフラッテンと次男のザイードが主体だった。

 実際、身体の弱いカイルを跡目にする事は、領主として不可能なのも理解している。

 もちろん息子達の思惑は知っていた。

 たいして権限も無いのに民衆の人気を集めていたカイルを、地の果てに追いやり、運が良ければ死んで欲しかったのだろう。


 少なくとも、開拓の失敗を持って戻ってくれば、息子達にとってはそれで充分だっただろう。

 だが……。


 こんこんと、ドアがノックされる。


「父上。よろしいですか?」

「うむ。入れ」


 部屋に入ってきたのは二人。一人はオルトロスの若い頃に似た長男のフラッテンだ。

 三十三歳という歳だが、見た目は二十台半ばだ。

 それもそのはず、彼はその財力に物を言わせ、若返り薬アムリタを定期的に摂取しているのだ。フラッテンに任せた商売で賄っているので文句も言えない。


 もう一人が鋭い目つきの次男、ザイードだった。彼は母親である第二夫人(現正妻)に似た顔つきをしている。

 二十九歳という歳で、こちらは歳相応の見た目だ。

 だが、その性格はいつまでたっても子供と言うほか無かった。


「父上、なにか用事とのことですが?」

「ああ、カイルの事だ」

「カイルの?」


 不思議そうに片眉を持ち上げたフラッテンとは真逆に、ザイードは嫌らしい笑みを浮かべた。


「これを」


 オルトロスが、内容を簡単にまとめた用紙をフラッテンに渡す。

 先に読んだフラッテンが、眉根を寄せる。


「これは本当なのですか?」

「確認はしておらん」

「ん? どうしたんだ?」


 ザイードがフラッテンから用紙を受け取り目を走らせる。読み進める度に、その表情が醜く歪んでいった。


「な! なんですかこれは! 冗談にも程があるでしょう!?」


 ザイードの怒りは、わからないでもない。

 そこに記されていたのは、開拓村の拡充、住民の増加、店舗の増加、各ギルドからの出店要請。

 それだけ見ても信じられないのに、文章はさらに進む。


「ド、ドラゴンを退治!? 冒険者と村人だけで!? 馬鹿な! 不可能だ! あり得ない!」

「私も少々信じがたいところですね」


 ザイードだけでなく、フラッテンも疑問を呈す。


「カイルは真面目だ。冗談でこんなことは書かぬだろう」

「ですが!」

「わかっている。素直に信じられる案件では無い」

「では、私が現地におもむいて……!」

「いや、一度こちらへ報告に来るらしい」


 言葉を飲み込むザイード。


「それほど自信があると?」

「だろうな。手紙と一緒にこんな物が送られてきた」


 オルトロスが、小瓶を二つ取り出す。


「それは?」

「伝承に伝わる万能薬エリクサーだそうだ」

「はぁ!?」


 流石のフラッテンも素っ頓狂な声を上げざるをえなかった。余りにも唐突で、無茶苦茶な品だったからだ。


「馬鹿馬鹿しい! そんなものは偽物に決まっている!」


 ザイードも怒り心頭である。


「二人とも、エリクサーの事で知っていることはあるか?」

「いえ、どんな病気でも治せると物語で読んだ程度ですね」

「私も似たような所です」

「ふむ……実はな。昔国王陛下にエリクサーの事を聞いたことがあるのだ」

「陛下に?」

「ああ、その時陛下はおっしゃっていたのだよ。エリクサーは塗り薬で、食べたら美味しいと」

「は?」

「塗り薬を……食べる?」

「そして、送られてきた薬なのだが、塗り薬だった。巫山戯るにしても、一体どこでそんな知識をつけたのだろうな?」

「「……」」


 絶句する二人の息子。

 ごく当たり前の反応だろう。


「そして、その薬をカイル自身が試したらしい」

「自分で?」

「そうだ。そして、その結果……今は健康らしい」

「はぁ!?」

「馬鹿な……」


 驚くのも無理は無い。辺境伯という立場を最大限に利用して、様々な医者や薬を試して一切効果が無かったのだ。

 それが治ると言うことは……、それ以上オルトロスが何も言わなくとも、二人は理解したようだった。


「さらに、手紙では記せない献上品もあるらしい」

「本当にドラゴンを退治したのなら、その素材でしょうが、記せないというのは変ですね」

「ふん! 大袈裟に勿体ぶってるだけだろう!」

「とにかく、この報告が事実であれば、一大事である。カイルの到着は明後日という話だ。予定を空けておけ。その薬は一つずつ持って行け。調べるも良し、使うのも良しだ」

「はい」

「わかりました」


 フラッテンとザイードは一礼すると、部屋を出て行った。

 オルトロスは再び窓際に立つ。


「一体、何を持ってくる気だ? カイル」


 誰に聞かせるわけでも無い独り言が、部屋の中へと溶けていった。


 ◆


 ザイードは自分の屋敷に戻ると、開口一番怒鳴った。


「ジャビールを呼べ! 大至急だ!」

「ジャビール様ですか? 彼女は研究に……」

「エリクサーがあると言え!」

「は?」

「伝承に聞く万能霊薬エリクサーだ! 本物かどうか調べさせる! あの研究馬鹿でも喜んで出てくるだろう!」

「はっはい!」


 慌てて飛び出す使用人。

 しばらくして、強烈な薬草の匂いを漂わせた、目つきの悪い女の子・・・がやって来た。


「遅いぞ! ジャビール!」

「はっはっは、ちょうど研究が盛り上がっていた所だったのじゃ」

「お前はいつもそれだろう! それよりもこれだ!」

「はあはあ、なんでもエリクサーだそうで……まぁどうせ偽物……」


 容器を受け取った少女、ジャビールがピタリと身体を止めた。

 しばらく無言でその容器を持ったまま立ち尽くす。


 ザイードはその姿を見て思う。

 兄フラッテンの頼みで、若返り薬アムリタの作成に手を出していたとき、実験が失敗、暴走。

 それまでは俺好みの妖艶で非常に大人らしい体つきをしていた若き天才が、突然ロリ化してしまったのだ。

 若いと言っても、俺より年上ではあるんだがな。


 それ以来、ジャビールは外見が一切成長していなかった。

 まったく勿体ない。


「ザイード様? これはどこで手にいれたのじゃ?」

「詳しくは言えん! それで、これは本物なのか?」

「少々お待ちを……”鑑定”」


 わずかに魔法の光を放つ小瓶。

 それを持つジャビールの手がゆっくりと震えていた。


「お、おいジャビール?」

「し……信じられんのじゃ……これは……間違い無くエリクサーなのじゃ! それも本物・・のエリクサーなのじゃ!」

「なんて事だ……」

「ザイード様! これはどこで!? どこで手に入れられたのか!? 迷宮か!? それとも……!」

「落ち着けジャビール!  言ったとおり詳細は言えぬ! だが明後日にはそれも判明しよう!」

「ああ……! ああ!」


 ジャビールは一度小瓶を掲げると、すぐにそれを大事に抱え込む。絶対に手放すものかという強い意志が見て取れた。


 ザイードは苦笑して命じた。


「それはお前に預ける。調べるのは構わぬが、間違っても使用不可能にはするなよ?」

「ええ! お任せくださいなのじゃ! それに現物があれば! きっと私でも作製することが……!」

「ええい! 暑苦しい! とにかく! 調査は任せたぞ!」

「万事、私にお任せなのじゃ!」


 ザイードは衿をただしてため息を吐く。


「まったく。相変わらずの研究馬鹿め」

「くくく……どこで見つかった物かわからぬが、これを元に必ず……必ず錬金してみせるのじゃ! 人類初の錬金術によるエリクサーを作製してみせるのじゃ!!!」


 不気味な高笑いを上げる彼女は、この時点でまだ知らない。

 それがクラフトという規格外によって錬金されたことを……。


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