27:目標が達成されると、満足出来るって話


「よし、準備完了だ」


 その日、俺とリーファンは錬金部屋でエリクサーを作るべく、集まっていた。

 並べられた材料を見て、リーファンが感嘆の息を漏らす。


「これだけでも凄いよね」

「ああ。ドラゴンハートの秘薬、ドラゴンレバーの秘薬、ドラゴンブラッド錬金薬、そしてアンブロシア錬金薬」

「錬金薬ってなに?」

「それ自体に効果は無いが、材料として使用する物だな」

「なるほど」

「さて、じゃあやりますか。準備は?」

「見ての通りだよ」


 リーファンに頼んでおいたのは、特製のポーション瓶やら、小瓶やら、ツボやらだ。

 どれも、ドラゴンの内臓や血を混ぜた、リーファン渾身の品々だ。

 今から作る薬のランクを考えると、念のためこのレベルの品が必要だろうと用意してもらったのだ。


「それはわかるが……作りすぎだろ」

「だって、ドラゴンの内臓とか、とてもじゃないけど使い切れないよ」

「まぁな……」

「今後も必要になるだろうと思って、作れるだけ作っちゃった」

「それにしてもまぁ……」


 俺の錬金部屋を埋め尽くすほど、大量の入れ物を作る事もないだろうに。


「これだけ品質が良ければ、このままでも販売出来るからね」

「それもそうだな」


 高品質の瓶というのは、それだけで価値がある。

 しかもリーファンの腕だ。装飾も見事な物だ。


「さて、気を取り直して作るぞ!」

「うん!」


 俺は錬金釜に、ミスリルのかき混ぜ棒を突っ込んで、必要な素材を突っ込んでいく。

 いくつか気になっていることがあるのだが、問題は無いだろうと、作業を進める。


「よし! ”錬金術:エリクサー”!!!」


 錬金釜から、ぼふんと乳白色の煙が浮かぶ。

 釜の中には、同じく乳白色のクリームがたっぷりと出来上がっていた。


「あれ? エリクサーって、飲み薬じゃ無いの?」

「いや、実は塗り薬なんだ。患部に塗り込む」

「病気の場合は?」

「食べる」

「……」


 いや! そんな目で見られても! そういう薬なんだからしょうが無いだろ!?


「とりあえず、詰めようか」

「ああ。いや、違う、それじゃない」

「え?」


 リーファンが持ってきた入れ物は、ジョッキほどのツボだった。


「これで充分なんだ」


 俺が手にしたのは、スプーンに山盛り程度で一杯になるとても小さな瓶だった。


「え?」


 固まったリーファンをよそに、せっせと瓶詰めしていく俺。

 最初の予定では、二つも完成すれば十分だと思っていたのだが、錬金釜でアンブロシア錬金薬を作ったら、想定より大量に出来ちゃったんだよな……。


 並べられたのは、四七個の万能霊薬エリクサーだった。

 絶句するリーファンを置き去りに、さらに別の薬を錬金していく。

 アンブロシア錬金薬の寿命が短いため、取っておくことが出来ないからだ。

 ちなみに、竜の血から作ったドラゴンブラッド錬金薬に、消費期限はない。


 取りあえず、手持ちの材料で作れる、神話級の薬を量産していく。

 伝説の能力向上薬であるスラー酒。

 それに若返りで有名なアムリタだ。


 どちらもアホほど机に並べることになった。

 リーファンの容器はほぼ使い切ることになってしまった。


「作り過ぎちゃった。てへ」

「やり過ぎよぉぉぉおおおおおおおお!!」


 そのまま問答無用で、説教と正座を喰らった。

 なんとか途中、アンブロシア錬金薬の特性を説明して開放してもらったが、リーファンからは「こいつわかってない」という視線を頂くことになった。


 解せぬ。


 ◆


 ゴールデンドーン開拓村の総責任者である、ベイルロード辺境伯が三男カイル・ガンダール・ベイルロードは絶句して固まっていた。


 彼の後ろに控えるペルシアとアルファードも似たようなものだった。

 マイナだけが俺の膝の上で、卓上のそれ・・つついていた。


「えー、もう一度言うぞ。完成したのは、万能霊薬のエリクサーが四七個。全能力を一時的に大幅に引き上げるスラー酒が一二九個。一瓶で約一年若返るアムリタが七三個だ」

「「「……」」」


 リーファンが思いっきり横で頭を抱えてしゃがみ込んでいた。

 うん。まぁ。な?


「あ、あの、クラフトさん? 世界に喧嘩を売る予定なんですか?」

「まぁ、これを流したらそうなるだろうな」

「クラフト……」


 ペルシアから向けられる表情は、全ての感情をすっ飛ばし、すでに哀れみの域に達していた。

 アルファードが疲れたように言葉を漏らす。


「こんな物が市場に流れたら、他国の侵略を促しかねないぞ?」

「クラフト君。そろそろ自分のやった事が理解出来た?」

「だから! 貴重なアンブロシア錬金薬を使い切るために仕方なかったんだよ!」

「それはわかるんだけどね?」

「ま、まぁ。すでに出来てしまった物はしょうがありません。これからのことを考えましょう」


 カイルが擁護に入って、一度熱が落ち着く。


「ちゃんと考えはある! これは全部ベイルロード辺境伯閣下へ献上するんだよ!」

「それしかないよねぇ」

「それ自体は大歓迎なんだが……」


 アルファードが額を抑える。


「と、とりあえず、エリクサーを一つだけ、カイルに使わせてもらうぞ!」

「これだけあれば、まったく問題は無いと思うが……」

「一つしか出来なかった可能性を考えたら、よっぽどマシだろ!?」

「これはこれで問題よ……」


 自覚はあるが、しょうが無いだろ!

 アンブロシア錬金薬の消費期限に合わせて、作れる物を作っただけだよ!


「アムリタは、ごく稀にダンジョンで見つかることもあるけど、冒険者が見つけたら、売ってそのまま引退するレベルよ」

「貴族が大金積むからな」


 冒険者の成功譚でもっとも現実味が高いのがアムリタかも知れない。


「まあいい。クラフト、それでこのエリクサーという薬で、カイル様は治るのだな?」

「ああ。鑑定したが、中度の呪いを含めた全ての病気が治る」

「呪いまでもか」

「流石にそっちは限度があるようだが。それで、流石に物が物なんで、試してはいないんだが……」

「いえ、それは問題ありません」


 アルファードとペルシアが一瞬視線を合わせたが、決意したように頷いた。


「それで、塗り薬……ですか?」


 小瓶を手に取ったカイルが首を傾げる。


「ああ。だが、カイルは病気だからな。食べてくれ」

「「「……」」」


 沈黙が痛い。

 しょうがないだろ! そういう薬なんだから!


「い、いえ。大丈夫です。いただきます」

「塗り薬を……食べる」

「深く考えないことにしましょう」


 メイドがどこからかスプーンを取り出し、小瓶の中のクリームを残らずすくい上げた。

 ちょうどスプーン山盛りの分量だ。

 一見すると、甘いクリームにも見えるが、薬である。


「……う」


 金のスプーンを受け取ったカイルが、くぐもったうめき声を漏らす。

 気持ちはわかる。


「うう……むぐ!」


 意を決したカイルが、スプーンをパクリとくわえた。


「……」

「カイル様?」

「!」

「ど、どうしました!?」

「甘くて美味しい……」

「「「……」」」


 そ、そうか。

 エリクサーは美味しいのか。

 なんというか、色々常識がおかしくなっていくな。


 ちょっとはしたなく、スプーンを舐め取ったカイルが、名残惜しそうにスプーンを見つめた。

 そんなに美味かったのか。


「あ……ああ……ああ!」

「どうしました!?」


 今度こそ、ペルシアが慌てた。

 唐突に、カイルから涙が溢れ出たからだ。流石にこれは俺達も身体を硬直させる。


「効かなかったのですか!? 逆に体調が悪くっ!?」

「ちっ、違うんです」


 慌てふためくペルシアに、涙が滂沱するカイルが、必至で答える。


「か、身体の……芯に残っていた、疲労や痛みが……まるで水で流される砂のように……綺麗に……全てが消え失せて……」


 その後は言葉にならなかった。

 目を真っ赤にして泣き腫らすカイル。ペルシアがそっと頭を抱えると、カイルは外聞も無くペルシアに抱きついて泣き続けた。


 俺達はそっと、部屋を出た。

 良かったな。カイル。


 ◆


「クラフトさん」


 客室でお茶を飲んでいたら、カイルとマイナが入ってきた。

 もちろんお付きのアルファードとペルシアは一緒だ。


「よう。落ち着いたか?」

「はい。先ほどはお見苦しい姿をお見せしました」

「長い間良く頑張ったな」

「はい」

「それで話の続きか?」

「いえ、その前に一つお願いがありまして」

「なんだ? 俺に出来る事なら協力するぞ?」


 有力貴族であるベイルロード辺境伯の三男に生まれるも、その虚弱体質のせいか、兄に疎まれて育ったカイルだ。出来る事があるのなら叶えてやりたい。


「その……ちょっと言いにくいのですが……」

「なんだよ。今さら遠慮するような仲じゃないだろ?」


 貴族相手にこの態度だ。

 何を今さらというものだ。


「では……その。クラフトさん! 僕の兄になってください!」

「………………は?」


 意味不明なんだが!?


「あ、いえ、本当の兄になってくれというわけでは無く、その……僕はクラフトさんを兄のように慕っています! ですから! その! 兄と呼ばせてもらえませんか!?」

「お、落ち着けカイル!」

「僕はもう健康体です! ですからこれから迷惑をお掛けすることもありません! ですから……!」

「待て待て待て! 確かにカイルの事は弟の様に思ってはいるが……」

「では!」

「いや、流石にそれは……」


 どうなんだろう?


「個人的には本当に兄様になってもらったら良いと思いますが……」


 カイルが双子の妹マイナに目をやる。

 釣られて俺もマイナに視線を移すと、ぷいと横を向かれた。

 うん。そりゃそうだろう。


「えっと、その。今すぐそういう話というわけでは無く、とにかく僕が兄様を兄様と呼びたいだけであって……」

「だから落ち着けカイル」

「あ、はい」

「なんというか、慕ってくれるのは嬉しいんだが……」

「はい!」

「う……」


 キラキラとした瞳で俺を見上げるカイル。

 そこに一点の曇りも無い。

 どうするんだよこれ。


 俺は腕を組んで部屋の中をグルグルと歩き回る。

 すぐに返事をもらえず、表情を硬くするカイル。


「……僕は、生まれたときからずっと身体が弱かったそうです」


 ぽつりと、カイルが語り出した。


「父は手を尽くして治療を試みてくれましたが、どれも効果が無かったそうです」


 俺は無言で続きを促した。


「僕はあまり長生き出来ないと思い、せめて家族の役に立とうと、必至で勉強して、いくつかの政策を手伝うことになりました。そしてそれは上手く行ったそうです」


 その割りには、浮かない表情だな?


「父は……それを僕の成果として発表しました。特に貧しい領民に喜ばれたそうです」


 それはつまり、大半の領民って事だろ?


「ですが、それは兄の……特にザイード兄様にとって気に入らない事だったようです」

「……」


 俺は無言で腕を組み、壁に寄り掛かった。


「僕は、成果を出したという事で、体調が良くなったのなら、もっと成果を出すべきだというザイード兄様の強い進言によって、開拓の責任者となりました。本当は、僕は死ぬつもりだったのです。ですが……」


 カイルがいつの間にか眠っていたマイナの頭を撫でる。


「ちょうどいいとばかりに双子のマイナまで一緒に来ることになってしまいました。正直細かい理由はわかりません。いつの間にか決まっていました」


 マイナがすやすやと吐息を奏でていた。


「簡単には死ねなくなっていました。ザイード兄様に反抗したかった。でも、それは叶いません」


 貴族の三男だ。簡単なことでは無いのだろう。特にカイルの性格では。


「でも! そんな時クラフトさんに出会ったんです! ザイード兄様に一歩も引かず! 僕を助けてくれたクラフトさんに!」


 マイナが身じろぎしたのを見て、カイルが慌てて声を落とす。


「その時、僕は救われました。初めて、僕の事を見てくれる人がいてくれたと」


 ザイードの事がむかついただけだ。とは言えなかった。

 実際、カイルにどこか俺と同じ物を感じていたのだから。


「それ以来、僕の心はずっと楽になりました。こんなに頼れる人はいません。それはスタミナポーションという形でもあらわれたのですから」


 あれは、別にお前の為に作った訳じゃなかったんだけどな。


「そして……クラフトさんは僕の病気を治すためにドラゴンに……凶悪な竜に立ち向かってくれました。僕がどれほど心配して……嬉しかったか」


 そうだな。

 あれは、お前の為だったな。


「クラフトさん……僕の感謝と尊敬を、せめて兄として受け取ってください!」


 頭を大きく下げるカイル。

 貴族のする態度じゃ無い。


 俺は盛大にため息を吐くしか無かった。


「……人がいないところだけだぞ」

「それでは!」

「ストップだ! 間違っても他の貴族の前では使うなよ! 面倒なことになるからな!」

「もちろんです! クラフト兄様・・!!」


 カイルの、とびっきりの笑顔に、俺は何も言えなくなった。


 その後、みんなと話合いの続きをする事になり、廊下に出ると。

 頭を抱えたアルファードとペルシアがいた。


 うん。

 なんかすまん。


 こうして俺は、カイルの兄になったのだ。

 なってないけどな!


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