26:凱旋報告は、誤解が生まれるって話


 ヒールポーションとスタミナポーションのおかげで、誰一人怪我は無いし、勝利の余韻もまだまださめやらないので、全員元気なのだが、凱旋する俺達を見て、ゴールデンドーン村の全員が青ざめていた。

 なぜだろうと首を捻ったが、よくよく考えてみたら、全員が全員、装備といい、見た目といい、とても勝利者とは見えない姿だったのだ。


 ミスリルの鎧は熱で融解し、マントは焦げて千切れ、顔は煤だらけ。

 武器にしても防具にして無事だった奴は一人もいない。

 よくもまぁ、死者が一人も出なかったもんだ。流石に死んだら復活させる手立てが無かった。


「ク! クラフト君!?」

「クラフトさん!!」

「うわぁ! 戻ってきたぞ!」

「見ろあの姿を……」

「やっぱドラゴンに勝てるわけが無かったんだ……」

「生きて帰れた奴は何人だ……?」

「ん? なんか人数多くね?」

「あれ? 確かにみんなぼろぼろだけど……出発時とたいして変わってないような?」


 リーファンとカイルが飛び出してきて、慌ててアルファードが追いかけてくる。

 マイナは……ああアルファードがおんぶしてた。


「クラフトさん!」

「よう。ただいま」

「良かった……本当に良かったです……ごほっ! ごほっ!」

「アホ。いきなり走るからだ」

「す、すみません。皆様が戻ってきたと報告を受けたら、いてもたってもいられなくなって……」

「気持ちはわかるが、無理するな」

「無理はどちらですか! そんなぼろぼろになるまで……」

「あー。水浴びくらいはするべきだったか」

「いえ、そんな事はどうでも良いんです! 無事に……無事に戻ってきてくれたのですから!」

「ああ。それで報告なんだが……」

「大丈夫です! みなまで言わないでください! 戻ってきてくれた! それだけで充分なのですから」

「ん?」

「ドラゴンを相手に生きて帰ってきてくれた……それだけで、それだけで良いんです! 冒険者の皆様方も十分な名誉となるでしょう」

「うんうん。見た感じだと、余り人は減ってないみたいだね。撤退の指示が出せるのは凄いことなんだよ!」


 なぜかカイルとリーファンが拳を握って力説している。

 負けを前提に。


 横にいたレイドックと顔を合わせると、お互い無言で苦笑した。


「まぁ、これを見ろ」


 俺は空間収納から、ドラゴンの頭を広場のど真ん中に取り出した。

 唐突にカイル邸と変わらぬサイズの凶悪なドラゴンヘッドが現れたのだ。しかも傷だらけ、血だらけ。表情は怨嗟に満ちている。


「ぎゃああああああああああ!」

「うわああああああああ!」

「ひぃいいいいいいいいいい!」


 大人はひっくり返って悲鳴を上げる。

 逃げ出す、絶望に明け暮れる、子供は泣き出す。ジタローがソラルに抱きついて殴られる。

 村は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図となった。


 うん……ごめん。


 ◆


「クラフト君! 正座!」

「はい……」


 俺は大人しく、カイル邸のリビングで正座した。

 なぜかマイナが俺の膝の上にちょこんと座った。

 あの……痺れるのが早くなるので……いえ、なんでもないです。


「あ、あの、リーファンさん。そのくらいで……」

「何ですか? カイル様?」

「なんでもありません! ごめんなさいクラフトさん……」

「いや……気にするな」


 俺と一緒に呼ばれている、レイドックとペルシアも苦笑するだけだった。


「気を取り直して、報告をお願いします」

「ああ、まずは大まかな概要だ。見ての通り、ドラゴン討伐は成功。死者無し。ただし装備品関連は壊滅的損害が出た」

「死者ゼロ……凄い……あんなドラゴン相手に……」


 リーファンが窓の外……というかほぼ隣に鎮座している竜の頭に目をやって呻いた。

 すでに村人が総出で飾り付けを始め、宴会の準備をしている。

 今夜は徹夜の祭りになるだろう。


「それと、最大の目的であったアンブロシアの花も、相当量確保した。他にもいくつか希少薬草が手に入った」

「やはり、最大の目的は……」

「おっと、最大の目的はドラゴンの排除だったな。ついでだついで」

「まったくクラフトさんは……」

「続きだ。平野にいるドラゴンだから、すっかり頭から抜けてたんだが、あのトカゲ野郎、結構な量の財宝を隠していてな」

「え?」


 ドラゴンが財宝を溜め込むというのは割と有名な話だ。

 だが、大抵は巣……洞窟などに溜め込むという思い込みから、俺達はその可能性を完全に見落としていたのだ。


「さっき、軽く冒険者ギルド長と話してきたんだが、案の定所有権を主張してる」

「だよねぇ」


 冒険者ギルドががめつい訳では無い。危険を犯して手に入れた物は、ほとんどの場合冒険者の取り分というのが基本だからだ。

 ただ、今回は、討伐報酬があらかじめ払われている上に、成功報酬としてドラゴンの肉、皮、鱗が割り当てられている。これだけでも相当な額になるはずだ。


「そうですね……錬金に使える物以外をお渡しすると言うことでどうでしょう?」

「使おうと思えば、金銀銅も使えるぞ?」

「それはさすがに屁理屈になるかと。貴金属はお渡ししてしまいましょう」

「そうだな……魔法の武具もいくつかあったがそれはどうする?」

「宝石やお金以外で、何かめぼしい物はありましたか?」

「貴重な鉱石がいくつか。後は購入可能な魔法の品だな。魔力ランプとか」

「鉱石は私達がいただき、魔法の品、貴金属、武具全般をギルドにお渡ししましょう。これで交渉可能でしょうか?」

「大丈夫だと思うよ」


 リーファンが頷く。

 落としどころとしては、むしろ向こうに譲歩してるくらいだろう。


「決まりだな。交渉はリーファンに任せる。戦闘詳細はレイドック、頼む」

「わかりました」


 ドラゴン戦の詳細を、レイドックが語り、顔を赤くしたり青くしたりするカイル。

 マイナは楽しそうに足を揺らしていた。

 あの、それ、とても痺れます……。


 全ての報告を終え、ようやく正座から解放されたが、一〇分以上その場を動けずに、マイナのツンツン攻撃を受けていた事を、ここに記しておこう。


 ◆


 村の中央広場に鎮座した恐ろしげなドラゴンの首が、見事に飾り付けられていた。

 大量の篝火だけで無く、ランプやロウソクが並べられ、暗闇に明るく浮かび上がっていた。


「それでは、ドラゴン討伐の成功を祝って! 乾杯!」

「「「「乾杯!!!!」」」」


 大ざっぱな手続きを終わらせたカイルが、既に勝手に始まっていた戦勝会の会場で、改めて音頭を取ると、村中が揺れるほどの唱和が起きた。


「やーっと主役が来たよ!」

「レイドックさん! クラフトさん! こっちこっち!」

「おいこら抜け駆けすんな! お二人こちらにどうぞ! 酒も肉もありますよ!」

「えー! レイドックさーん! こっち来てくださいよぉ! そんなむさ苦しい所に行っても楽しくないですよぉ!」

「きゃー! クラフトさーん! こっちこっち! 私と一緒に飲みましょう!」


 いつの間にやら村に増えた若い女性達が集まっていた。

 有望な冒険者や証人狙いと行ったところだろう。

 故郷を飛び出すのはどれだけの決意が必要だったか。


「あー、俺は仲間と飲むよ」

「えー! レイドックさんのいけずぅ!」

「じゃあクラフトさん来てよぉ!」

「はは……俺はこっちで飲むよ」

「「「えー!?」」」


 しなを作って誘ってくる女性をかわして、適当におっさん達が集まっている席に着く。

 割と好みの娘もいたが、こんな所で手を出したら、問答無用でくっつけられそうだ。

 流石にまだ結婚とか考えてない。


「おう! クラフトさん! これこれ!」

「ん? これは?」

「ドラゴンステーキだよ!」

「え? なんで?」

「なんか冒険者ギルドが、宴会用に少し出してくれたとかなんとか」

「それなら良いんだが……えらい気前がいいな」


 冒険者ギルドは見た目より維持に金の掛かる組織だ。儲けられるときにはがっつり儲けると思っていたのだが。


「なんでも、魔法なんかで痛んだ周辺を渡されたらしい。村総出で食える部分を切り分けていったんだよ」

「ああ、なるほど」


 ちゃっかりしてやがる。

 手間の掛かる部分だから、いっそ村への好感度稼ぎに使ったか。

 ま、それでも高級品には違いないから、大盤振る舞いなのは間違い無い。


「美味いな!」

「でしょう!? こんな美味い肉初めて食べましたよ!」

「てっきり大味かと思ったが、細部まで甘い脂と柔らかい赤身がほどよく入り交じって、肉汁が溢れ出る! なんだこれ、美味いなんてもんじゃないな」

「おい! お前ら! ちゃんと冒険者の皆さんに食べてもらえよ!?」

「おっおう! ほらほら! そっちの兄ちゃんも食べな!」

「ありがとな!」


 ドラゴン肉をがっついていた村人が注意され、慌てて近くの冒険者に肉を持って行く。

 酒と別の肉がカイルからも提供されているらしく、屋敷の倉庫から次々と酒樽や乾し肉が運び出されていた。

 流石にドラゴン肉だけでは足りないのだろう。

 他にもイノシシ肉などがどんどん焼かれていた。


 食欲旺盛な冒険者が一〇〇人以上いるのだ、肉も魚も見る見ると減っていく。見ていて気持ちが良いくらいだ。

 幸い、村のプール金は十分だし、今回のドラゴンの素材を売れば、さらなる金が手に入るだろう。


 それが分かっている村人達は一様に笑顔だった。


「ってわけでよ、クラフトさんがこう、呪文をぐわっとっつーわけよ!」

「全然わかんねーよ! 飲み過ぎだジタロー!」

「わはははは!」

「ペルシアさんもどうぞ!」

「充分いただいている! そっ! そんなには飲めん!」

「今回の立役者だったんでしょう! 遠慮しないで!」

「いや! そういうわけでは……!」

「おーい! ペルシアさんがおかわりだぞー!」

「あああああ……」


 村の奴ら悪のりしすぎだろう。ペルシアも律儀に付き合ってどうする。

 ま、いっか。

 俺は適度に歩いて、挨拶してまわる。

 どこでも酒や肉を薦められるが、適当にかわして進む。全部を相手してたら胃が一〇〇個あっても足りないからな。


「よう、英雄」

「ん? なんだよ、そりゃお前の事だろう?」


 いつの間にかレイドック達が集まる一角へやってきていたらしい。


「何言ってんだ。今回、この偉業を成せたのは、一から十までクラフトのおかげだぞ?」

「俺は自分がやれることを手伝っただけさ」

「自覚があるのかないのか……お前、この為に装備の充実や冒険者を集めてたろ」

「……まぁな」

「お前の慎重な計画があってこそなんだよ」

こいつ・・・に感謝だな」


 俺は左手に輝く、黄昏の錬金術師の紋章を掲げた。


「それが勝利に大きく貢献したのはわかってる。だがな」

「なんだ?」

「お前、それが無くても、なんとかしたんじゃないのか?」

「なに?」

「やり方は思いつかないが……そうだな、もっと大量の冒険者を集めるとかよ」


 言われて考える。

 確かに、カイルの為ならそういう行動を取った可能性は否定できない。


「だからよ。やっぱりお前が今回の立役者なんだよ。お前がいなけりゃ始まらん」

「お前達がいてこそだ」

「それは否定しない」


 レイドックがニヤリと酒を掲げたので、俺もカップを打ち付けた。


「あー、なんかむさい男が二人で笑ってる〜」

「酔ってるのか? ソラル?」

「そりゃ酔いますよー。悪酔いよー」

「ま、ほどほどにな」


 遠くで、カイルが村人に掴まって、拝められていた。

 一瞬目が合った時、たぶん俺には笑みが浮いていたと思う。


 俺は人気の無いところに座り込む。

 少し風が涼しい。酔い覚ましにはちょうど良かった。


 うん。そうか。

 誰かの役に立てたのか。


 俺はそっと紋章を撫でた。



 ◆【おまけ】◆


 宴もたけなわ。

 中央広場の隅に、妙に着飾ったソラルが一人で立っていた。

 妙にそわそわしている。


 おっと思い、俺は離れたところから様子をうかがう。

 もしかしてと見ていたら、案の定身ぎれいにしたジタローが花束を抱えて、そちらに向かって歩いているのを発見した。


 おお、やるのかジタロー。

 緊張した面持ちで、ゆっくりとソラルに近づいていくジタロー。


「よう。待たせたか?」

「う、ううん? 今来た所」


 ん?


「その、用事っていうのは……」

「う、うん」

「あー、その、なんだ」


 二人の間に緊張が走る。


「ええい! クソ! 男は度胸! ソラル! 俺はお前に惚れてる! 付き合ってくれ!」


 すげぇ!

 なんて男らしい告白だ!

 思わずツバを飲み込んで見入ってしまった。


「あ……えっと……」

「俺は本気だ! こ……答えは……その、後日でいい!」


 いきなり弱気に!?


「……馬鹿。い、今答えるわよ」

「お、おう」

「うん……その、よろしくお願い……します」

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 うおおおおおおおおおお!!!

 思わずガッツポーズを取ってしまう俺。

 さらに、飛び出してくるベップにバーダックにモーダ達。


「おめでとう! リーダー!」

「めでたい!」

「ふん。ようやくか。今までもどかしいにも程があったぞ」

「いや、それは」

「え!? みんな知ってたの!?」

「まぁまぁ。細かい事は良いでは無いですか! 今日はお祝いですよ!」

「おー! 兄ちゃんめでたいな!」

「ドラゴン退治の立役者だって? 飲め飲め!」

「よーし! ドラゴンステーキお代わりだ!」

「「「わははははははは!!!」」」


 こうして、ソラルと待ち合わせをしていたレイドック・・・・・は無事告白を成功させた。

 祭りはさらに燃料を投下され、熱く燃えていった。


 物陰からそれを見ていた、ジタローという燃えカスを残して。

 なむ。


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