23:決意があれば、恐怖は払拭できるって話
目の前にそびえるのは、世界で最も有名にして最強であり、最凶であり、最悪である魔物であった。
それはドラゴンと呼ばれる悪夢であった。
ようやく俺達に警戒を抱いたのか、ゆっくりと頭を上げ、こちらをじろりと睨む。
頭部に枯れた樹木のように伸びる複雑な角が、太陽光を反射して輝いた。
「ひっ!」
思わず悲鳴を漏らしたのは、レンジャーのソラルだった。
意外と女っぽい声も出せるんだなぁとか、割とどうでも良いことを思ってしまった。
レイドックのパーティーを含む俺達は、ドラゴンの真っ正面を進んでいるのだ。そりゃあ並みの恐怖では無いだろう。
それが歴戦のソラルだったとしてもだ。
俺も心臓が爆発しそうなほど高鳴ってはいた。
だが、不思議と恐怖はあまり感じていない。
それよりも、絶対に皆を守るという気持ちが勝り、冷静にドラゴンの動きを観察することが出来ていた。
「レイドック」
「ああ……よし! 第一部隊! 攻撃開始!」
「「「おおおおお!!!」」」
戦士のモーダが先頭に立ち、盾を構える。
斜め後ろに立ったレイドックとペルシアが叫ぶ。
「真空飛翔斬!!」
「斬閃空牙翔!!!」
もちろんすでに、神官のベップによる魔法で、身体強化済みだ。
剣士の持つ数少ない遠距離技を放つのと同時に、レンジャーのソラルと狩人のジタローが弓を放つ。
どちらもミスリル合金の
「画竜点睛!!」
ソラルは弓の一点突破系の技を載せていた。
「業炎弾!!」
高い熱量の火球を放ったのは、バーダックだ。紋章持ちでないのにアレを出せるとは!
がくりとその場で膝を折ったバーダックだったが、懐からポーションを取り出し一気にあおると、すぐに立ち上がった。
マナポーションを飲んで魔力を回復したのだろう。
初手に思い切ったことをする。
今回用意出来たマナポーションのほとんどは俺が持つことになった。
冒険者の魔術師達が、自分たちが飲むのと俺が飲むのとどっちが効率が良いか考えてくれと懇願してきた結果だ。
最終的に大半を俺が持ち、次にバーダックとベップが。残りのいくつかを、各小隊に一つ配ることで決着した。
さらに、第一部隊に配置された冒険者が、各々の持つ最大級の長距離攻撃を叩き込む。
ドラゴンの額を中心に、並みの魔物なら欠片も残らないような凶悪な集中砲火が集まる。
さしものドラゴンも、これにはダメージを受けたのだろう。首を真上に向け、吠えた。
ギャアアアアアアアアアゴオオオオオオオオオ!!!!!!!
その咆哮は大地を揺らし、大気が爆発したと思うほどだった。
左右に散っている何人かの冒険者が腰を抜かしていた。
音で、殺されると思ったのは初めての体験だぜ!
俺は奥歯を噛みしめた後、怒鳴る。
「見ろ! あのドラゴンが痛みで悲鳴を上げやがったぞ!」
それを聞いて、レイドックも続く。
「そうだ! 目の間にいるのは痛みすら感じない神ではないのだ! このまま押し切る! 第一部隊! 攻撃続行!」
続けて大量の攻撃が飛ぶ。
スタミナに依存する攻撃はそのままだったが、魔力に依存する攻撃は全員威力を落としていた。
持久戦に備えるためだろう。
だが、それでも凶悪な攻撃が集中しているのだ。再びドラゴンは悲鳴を上げた。
今回は恐怖より、勝てるという思いが強かった。
通る!
ダメージが通るぞ!
その時、ドラゴンの太い前足がゆっくりと上がっていく。
攻撃のために振り上げたのだろう。
「全員! 後退!」
号令と同時に、ドラゴンの前足が届かない位置まで一目散に下がる。
間一髪、第一部隊の前面に虚しくその前足が振り下ろされた。
が。
次の瞬間、俺達はこの戦法に大きな間違いがあったことに気付く。
大質量と桁違いの筋力が大地を抉り、転がっている大岩を砕き、砂のようにまき散らしたのだ。
全軍に飛来するこぶし大の砕かれた岩、叩きつける大量の土砂。
ドラゴンの遠距離攻撃はブレスだけというもくろみは、この時点で崩壊した。
「おおおおおお!」
普段無口なモーダが咆哮を上げ、盾を構えて全員の先頭で踏ん張る。
残りの人間はその盾が生む安全地帯に潜り込むしか無かった。
「どうする!? レイドック!?」
「はっ! 最初からこの程度の予想外は起こると思っていたからな! 見ろ! 左右の奴らもうまく防いでいるぞ!」
鶴翼陣形の羽となって広がっている各々の部隊も、予想していたのか、盾持ちが前面でそれらをなんとか防いでいた。
もちろん負傷者続出だが、それらは大量に配ったヒールポーションによって即座に治療されていく。
「一番キツイのはここだ! 俺達が耐えられるなら大丈夫だ! 引き続き戦闘を継続! ベップ! 強化魔法はモーダに集中しろ! 俺はいい! モーダ! 頼むぞ!」
「はい!」
「おう!」
繰り返すこと三度、第一部隊の集中砲火にたいして、振り下ろしという反撃がくわえられた。
だが、俺達は凶悪だが、単調なその攻撃に耐えきって見せた。
ギャゴギャアアギゲガアアアアアアアア!!!
ドラゴンが四度目の集中砲火を受けて、一際甲高く咆哮を上げた。
「見ろ! 奴の額を! 少しだが……血が出ているぞ!」
「「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」」
それは歓喜の叫びだったのだ、昂揚による雄叫びだったのか。
自分達でもわからない奇声を発する程の戦果だ。
まだ、俺達は手札を一枚も切っていないにも関わらず感じた、手応えだったのだから。
ドラゴンが唸り声を上げながら、四つの足から大地に深く爪を立てた。
元冒険者の経験が、最大級の警告を鳴らす。
俺より先にレイドックが叫んだ。
「ブレスが来るぞぉ!」
それは半ば確信だったのだろう。一瞬の躊躇も無く、レイドックが俺に振り向いていた。
俺は、マントを翻し、杖を大きく空へと掲げた。
大きく開かれた竜の顎。
喉奥に凶暴な魔力が集まるのを感じる。
青白い輝きが、牙の並ぶ竜口から、絶望を伴って吐き出された。
それは、全てに死を約束する輝きだった。
「万里土城壁!!!!!!」
俺は渾身の魔力を込めて、魔法を発動させた。
目の前に突如せり上がる、分厚い土の壁。
いや、城壁と比べても遜色ない高さと厚みのある土壁であった。
作戦通り、半円状に、ドラゴンの頭をスッポリと包むように展開された土の城壁に、青く輝く炎のブレスをはじき返した。
半円状にしたことで、暴れた炎が全て、ドラゴンへと巻き戻っていくのだ。
「……くっ! 長くは保たない!」
俺は土城壁に今も魔力を継続的に注ぎ込んでいるが、その熱量により一瞬でガラスになり、削られていく。
「よし! 作戦を第二段階へ移行する! 全隊! 爆弾攻撃構え……放て!」
今か今かと待ち構えていた、左右に散った弓持ち達が、購入したり、今回だけレンタルしたミスリル弓を引き絞り、渾身の力を込めて、爆弾矢をドラゴンの胴体へと撃ち込んだ。
ソラルとジタローも、素早く、土壁を越える山なりの軌道で、爆弾矢を撃ち放った。
それは、神々しいまでに大爆発だった。
今までとは比べられないほどの咆哮が大気を揺らした。
「お……おおおおお! 効いてる! 効いてるぞ!」
煙が晴れて、ドラゴンの姿が再び見えると、全軍の士気は最高潮となった。
胴体のそこかしこの鱗が剥げ、肉が剥げ、身体中から血を滴らせていたのだ。
逆にあれだけの爆発でも、その程度で済んでいると感心するべきか。
「いける……いけるぞ!」
「やれる! 俺達ならやれる!」
「勝てる!」
高まる勝利の確信。
ドラゴンが腕を振り上げ、視界を邪魔する土壁を破壊。
すでに魔力の流し込みは止めているので、あっさりと砕け散る壁の向こうから、激憤しているドラゴンの顔があらわれた。
「よし! 作戦を第三段階へ移行! 再び第一部隊による、牽制攻撃! もう一度ブレスを封じたら、それ以降、魔法攻撃を解禁する!」
「「「おおおおおお!!!」」」
猛狂うドラゴンの叫びが平原一面へと虚しく響く。
そして、再び吐き出された凶悪なブレス攻撃。
青白く輝く高熱の炎の眼前に、マナポーションで全快した魔力を全てつぎ込んだ土の城壁を発現させる。
まるでドラゴンは自分自身の身を焼くように、己のブレスを全身にあびる事になった。
「よし! 全軍全力攻撃!!!」
「「「おおおおおお!!!」」」
ありったけの爆弾矢と、ここぞとばかりに繰り出された魔法や技を見て、冒険者達は勝利を確信した。
だが。
俺達は、とても重大なことを忘れていた。
敵がドラゴンであるという事実を。
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