22:成功の秘訣は、事前準備って話


 ドラゴン討伐の為に用意した準備期間は一ヶ月。

 今まで村として稼いできたかなりの金額を冒険者ギルドに依頼料として支払うことで、一三〇人を超える精鋭冒険者達が集まってくれた。


 この一ヶ月間、連携を含めた訓練をずっとやっていた。

 前衛はスタミナポーションを水代わりにがぶ飲みし、中衛はフォローと回復。後衛は魔法か爆弾矢で攻撃。補助魔法も切らさない。

 レンジャーなど弓が使える冒険者は全員、爆弾矢の特訓を繰り返した。


 大岩をドラゴンに見立てた訓練では、爆弾矢が味方を巻き込むという場面もあったが、それらの連携も見直して、全て解決済みだ。


「怖いのはブレス攻撃か。頼りにしてるぞクラフト」

「なんとかしてみせる」


 俺の役目は魔法による壁を作り、ドラゴンのブレスを防ぐことにある。

 色々実験したが、巨大なドラゴンのブレスを防げるほど巨大な壁を即座に作れるのは俺だけだった。


「いいかクラフト。お前は絶対に攻撃に参加するな。無茶することも禁止だ。とにかくどんな犠牲が出ても助けるな」

「……何度も聞いた」

「お前の役割は、ブレスを防ぐこと。これをミスれば全滅もあり得るからな」

「大丈夫だ。わかってる」

「安心しろ。ヒールポーション使い放題なんだ。しかもこのポーション、中毒もないんだろ? 任せろ誰も死なせねぇよ」

「俺も、絶対にブレスを防いでみせる」

「おう。任せたからな」


 責任重大だが、絶対に失敗出来ない。

 魔術師だった時の経験を、ここで生かせないでどうするっていうのだ。

 錬金術師としての仕事はこなした。なら、折角使える魔術で貢献しなくてどうする。


「絶対に、誰も、死なせない!」

「もちろんだ!」


 俺達はこうして特訓を繰り返していったのだ。


 ◆


 冒険者達が勢揃いしていた。

 どいつも癖のある顔つきの奴らばかりだ。

 そしてどの表情からも自信がみなぎっていた。


 冒険者というのは、あまり大規模な戦闘という物を好まない。

 理由はいくつもあるが、根っこの部分で、利益を独占したい思いがある。

 レアな素材だったり、宝だったり、伝説だったり。

 自分たちのパーティーだけの名誉にしたいものだ。


 だが、ドラゴンという名声だけは、例え何百人で協力して討伐しようとも、その名声が薄れることは無い。

 ドラゴン討伐に参加した。

 これだけで一体どれだけの名声が手に入るというのだろう。


 さらに、今回は敵の情報がかなり詳しく判明しているだけでなく、村の予算から一ヶ月金をもらって訓練するという、使い捨て扱いされるのが当たり前の冒険者とは思えない、万全の事前準備が出来たのだ。


 彼らの自信溢れる表情は、自分たちが必要とされ、それに応えようというそれだった。

 俺は知っている。

 必要とされ、それに応えられる喜びを。


「クラフトさん」


 早朝、ドラゴン討伐隊が勢揃いしているところへ、カイルがマイナとアルファードを引き連れやって来る。

 一緒にリーファンも一緒だった。


「最終的にこの作戦を許可はしましたが……やはり決行するのですね」

「ああ。少し強引だったが、必要な事だからな」


 もし、カイルの治療だけが目的だったら、絶対に許可を出さなかったであろうが、この地を強大な魔力で危険にさらしているとわかれば、首を縦に振るしか無かったのだ。


「もうお止めしませんが、必ず無事にお戻り下さい」

「ああ、約束する」

「クラフト君、無茶しちゃダメだよ?」

「大丈夫だ。リーファンはこの村を頼むぞ」

「うん……」


 今回リーファンはアルファードと一緒に留守番組である。

 この村のギルド長を連れていくわけにはいかない。戦闘能力を見ても、村の守りには最適だ。アルファードと一緒なら、大抵のトラブルには対処出来るだろう。

 また、ミスリル装備にまで至っていない冒険者達を雇ってあるので、村の守りに不安は無かった。


「……クラ……ト。無事……戻って……」


 マイナが俺のマントをキュっと掴んで、ぼそぼそと呟いた。

 聞き取れないのはいつもの事だが、その内容を取り間違えたりはしない。


「大丈夫だ。かならず戻る」

「……ん」


 貴族に対する態度ではないかもしれないが、俺はマイナの頭をくしゃりと撫でた。


「よし! それでは出立!」


 今回の指揮官に任命されたレイドックの号令と共に、討伐隊はゆっくりと……いや、かなりの速度で移動を始めた。


「……皆さん、どうかご無事で」


 ◆


「で、でけぇ……」

「この距離からでもわかるって相当だろ」

「よく見ろ、練習で使っていた大岩とおなじくらいの大きさだ」

「そ、そうかもしれないが、やなり岩とドラゴンじゃ印象が違いすぎる」


 予定していた広い平原に辿り着いたその日、討伐隊はとうとうその威容を拝むことになる。

 目標からはまだまだ距離は離れていたが、そこから伝わるプレッシャーは尋常では無かった。


「斥候の情報どおりだな。こっちには気付いているんだろうが、今のところ動きは無い」


 レイドックが目を細めてドラゴンを睨み付けていた。


「よし、予定通りに動くぞ! 陣形! 鶴翼!」


 レイドックの号令で、訓練通りに左右に広がる冒険者達。

 それは変形の鶴翼陣形だった。


 中央にレイドックのパーティーと、防御に優れる冒険者が数人。

 俺はその中央に配置されている。


 左右に広がったのは爆弾弓部隊と、その直掩ちょくえんという配置だ。


「クラフト。予定通り動くぞ、大丈夫か?」

「ああ、問題ない」

「よし! 作戦第一段階を発動する! いいか! これが失敗したら即座に退却! 絶対に戦闘を続けるなよ!?」


 作戦の第一段階。

 今回のドラゴン討伐のキモであり、これが失敗したら、その時点で勝ち目がなくなるという、試金石を兼ねた作戦だった。


「よし! 前進!」


 討伐隊は大きく左右に開いた鶴翼陣形のまま、ゆっくりとグリーンドラゴンに近づいていった。

 一歩進む度に、その圧力に潰されそうになる。

 今朝までの士気の高さはどこへやら、息苦しい進軍が続く。


 最初に確認していた通りの大きさではあるのだが……頭だけで貴族屋敷ほどある凶悪な魔物なのだ。同じ大きさの岩山とは全く違うプレッシャーが襲いかかっていた。


 だが、逃げ出す者も、撤退を進言する者もいなかった。

 皆が奥歯を噛みしめながら、一歩、また一歩とその巨体へと足を進めていった。


 ◆


「いいか? 作戦はこうだ」


 それは決戦前日の夜。何度も何度も繰り返してきた作戦の最終確認だった。

 レイドックは戦術図の上にコマをいくつも並べながら、各小隊のリーダー達に確認していく。

 もちろんこの時点で全員が完全に理解していたが、誰もが真剣にレイドックの言葉に耳を傾ける。


「陣形は鶴翼。中央に俺とクラフトを含めた、第一部隊。陣形を保ったまま、ドラゴンに一定距離まで近寄る。攻撃射程内に入ったら、第一部隊は攻撃を開始、それが作戦の開始の合図となる」


 小隊長達は無言で頷く。


「この際、他の小隊は攻撃厳禁、恐怖に負けて攻撃を仕掛けたりするなよ?」


 集まった者達が小さく苦笑する。

 軍隊なら当たり前の話だが、彼らは冒険者だ。この辺りは徹底しておく必要があった。


「その後、ドラゴンの動きを見ながら第一部隊のみが攻撃を継続。わかっていると思うがクラフト、絶対に攻撃に参加するなよ?」

「わかってる」

「適度に距離を空けつつ、攻撃を継続する。恐らくドラゴンは業を煮やしてブレスを吐き出すはずだ」


 ゴクリと息をのむ音がそこら中から響く。

 ドラゴンブレス。

 それは生き物が喰らえば死を免れない脅威の攻撃だ。

 ドラゴン以外にもブレスを使用する魔物はいる。そんな魔物のブレスですら、冒険者にとっては死の宣告なのだ。ドラゴンの吐き出すブレスともなれば、一体どれだけの威力があるか、想像も出来ない。


「いいか? ここが作戦のキモだ。ブレス攻撃に対して、クラフトの防御魔法を発動させる。訓練で何度も見ているな? 半円状の壁を発生させる魔法だ。この壁をドラゴンの頭をスッポリと囲うように発生させることで、ブレスを防ぎ、ドラゴンの視界を奪う」


 緊張しつつも、全員が頷く。


「もしも、この時点でブレスを防げないと判断したら、左右の部隊は全力撤退。第一部隊がそのまま時間稼ぎをし、殿しんがりをつとめる。その際、俺達を助ける必要は無い。全力で逃げろ」


 何度も何度も話し合って決めた作戦だ。今さら文句を言う者はいなかった。


「ブレスを防げたら、作戦を第二段階へ移行する。俺の合図と同時に、爆弾矢を射かける。タイミングを間違うなよ? 同時攻撃が重要だ。この際、攻撃魔法は禁止する」


 ここで攻撃魔法を使わないのは、魔術師達の魔力を少しでも温存するためだ。


「爆弾矢の効果が確認出来たら、作戦は第三段階へ移行。再び第一部隊による攻撃で、ドラゴンの注意を引き、再度ブレス攻撃が出るまでその状態を維持する。あとはこれの繰り返しだ」


 そしてレイドックは最後にこう締めた。


「なに、挑発して、ブレスを撃たせて、爆弾を投げ込む。これを繰り返すだけだ。簡単だろ?」


 そこで全体の空気が弛緩して、落ち着いた笑い声が響いた。

 勝利を疑わずに。


 俺も穏やかに笑いつつも、内心では決意していた。

 絶対に。

 全員を守ってみせると。


 ◆【おまけ】◆


 それは決戦の日の朝、食事の最中だった。

 狩人のジタローが、レイドックのパーティーメンバーである、レンジャーのソラルを目で追っているのに気付いた。

 俺はもしかしててと、ジタローの肩をグイと掴んで、引き寄せた。


「お前、ソラルに惚れてるのか?」

「うぇぇええ!? なんでわかるんでさぁ!?」

「いや、バレバレだろ」

「ま、マジっすか……」

「ああ」


 まぁジタローは悪い奴では無い。狩人としての腕も確かだ。もしソラルにアタックするのであれば、応援しないこともない。


 それが油断だったのだろう。

 ジタローが発した次のセリフに、ひっくり返ることになる。


「俺、無事に戻ったらソラルに告白するんだ!」


 俺は無言で思いっきりジタローをぶん殴った。


 やめろ……やめろ!

 あと、方言どこいった!


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