21:がんばる理由なんて、大事だからだよなって話


「間違い無い、アンブロシアの花だ」


 レイドック達は二ヶ月の探索行の結果、とうとうアンブロシアの生息地を突き止めてくれた。

 今、目の前にあるのは、ひと株だけ採取出来た貴重薬草である。


 俺、リーファン、カイル、マイナ、ペルシアとアルファード、レイドックが屋敷の応接室に集まっていた。


「探すのに時間は掛かったが、場所は判明したからな、一直線にいけば、この村から数日でいけるぞ。道が整備されてれば一日で行くことも可能かもしれん」

「それは冒険者の足で、スタミナポーションを使って全力移動しての話だよな?」

「そうだ」


 今のレイドック達の全力移動で数日かかる距離だと、普通に考えたらかなり離れている。


「それで……いた・・のか?」

「ああ、いた・・


 カイルが怪訝な顔で俺とレイドックを交互に見やる。


「レイドック。薬草の生息地にいた魔物の詳細を頼む」

「ああ。気付かれないように限界まで距離を取っての行動だったが、間違い無い。ありゃドラゴンだ」


 ペルシアとアルファードがぴくりと身を震わせた。


「羽は無かった。ランドドラゴンってタイプだと思う。全身緑色だったからな。グリーンドラゴンって奴だろう」

「そうか」


 ドラゴンを直接見たことがある人間は少ない。だが、その容姿は有名だ。

 様々の物語に登場するり、凝った芸術品ではお約束のモチーフだ。

 この国で生きていれば、何らかの形で、その姿を知るだろう。


「飛ばないのは不幸中の幸いか」

「その分、タフで強力だって噂だがな」

「敵がわかってればやりようはあるさ」

「そりゃそうだ」


 俺とレイドックが苦笑したタイミングで、カイルが会話に入ってきた。


「あの、先ほどからいくつか気になる事があるのですが、良いでしょうか?」

「もちろんだ」


 カイルが眉を顰めつつ、事情を尋ねてくる。


「まず、クラフトさんがレイドックさんへ、希少薬草の探索を頼んだんですよね?」

「そうだ」

「そうしたら、生息地にドラゴンがいた。ここまでは合ってますよね?」

「ああ」

「ですが、どうも話をお聞きしていると、そのドラゴンを倒す流れになっているように感じたのですが」

「間違ってねぇよ」

「……え?」

「今から話し合うのは、どうやってドラゴンを倒すかって会議だからな」

「……え!? いや待ってください! ドラゴンですよ!? どうして戦うなんて話になるのですか!?」


 ペルシアも、こちらに視線を投げてくる。


「なにか理由があるんだろうな?」

「おい、ペルシア?」


 ペルシアの態度に、思わずアルファードが反応した。


「このアンブロシアの花が大量に必要だからだ」

「もしかして」

「そうだ。カイルの病気を治せる薬……物語にのみ語られる、万能霊薬エリクサーの材料だからだ」

「クラフトさん!!」


 叫んだのはカイルだった。


「いけません! 僕の為に危険を冒すなど承服出来ません!」

「ま、そういうと思ったぜ」

「当たり前です!」

「だが、倒さなきゃならない理由も出来た」

「……え?」

「まず、距離だな。一般人なら片道一ヶ月くらいかかるかもしれんが、今、この村の人間なら恐らく一週間前後で行ける距離だろう」

「かなり遠いと思いますが」

「間違っては無い。だが、遠いと言い切れる距離でも無い。さらにな、この生息地なんだが、街道予定地のど真ん中なんだよ」

「え!?」


 これには流石のカイルも驚いたらしい。

 この開拓村には様々なノルマがあるが、その中でももっとも重要な任務の一つが街道整備なのだ。

 特に現在予定しているルートは、隣国二国を結ぶ重要拠点になる予定だ。

 今まで危険地帯で全く開拓が進んでいなかったが、この街道が出来たら、物流が大きく変化するだろう。


「今までの開拓がことごとく失敗していた理由が少しわかりました」

「ドラゴンのような強力な魔物の周りには、それに比例するように強い魔物が増える傾向にある。逆にいえば、ドラゴンの討伐が叶えば、周辺の危険は一気に減る」

「理屈は……わかりますが」

「少しいいか?」

「なんだペルシア?」

「戦う戦わないの選択は置いておいてだ。そもそも勝てるのか? ドラゴンに」


 当たり前の質問だろう。

 ドラゴンは倒せないからこそドラゴンなのだ。

 だが。


「冒険者にとって、ドラゴン殺しってのは憧れで目標だ。そして挑むからには勝たなけりゃな」

「意気込みは買う。だが、実際どうなのだ?」

「ハッキリ言って、勝算は高いと見ている」

「なんだと? 相手はあのドラゴンだぞ? 軍ですら、手を出そうなどとは思わん」

「まず、冒険者戦力。魔物退治のスペシャリスト達がこの村に集まっている事だな。特にこの周辺の魔物は強力な種が多い。それらを狩り続けることで実力派が揃っている」

「ふむ」

「中には多少危険を犯した無茶な狩りをする連中もいるが、それもヒールポーションがあるからだ。常に格上と戦うことで、冒険者達の実力は、想像以上だぞ」

「それは、わかる」

「さらに、その大半の奴らが、ミスリル装備になってるんだ。大人数のミスリル部隊なんて、軍でもそうそう揃えられないだろう?」

「それは……確かに」

「それだけじゃない。敵の場所も種類もわかってる。事前準備に割く時間もある。これで飛びつかない冒険者はいねぇよ」

「それは俺も保証しよう。俺達冒険者は馬鹿の集まりだが、こと生き残る事に関する嗅覚だけは自信がある。その俺が、やれると確信している。情報公開しても、みな同じ事を言うだろうぜ」


 しばし沈黙が流れる。


「この村の全勢力をかければ……やれない事はないか」

「ペルシア!?」

「アル。カイル様のご病気が治るかも知れないんだぞ? 賭ける価値はないか?」

「それはっ!」


 奥歯を噛みしめるアルファード。

 任務に忠実な軍人としての彼と、カイルを助けたい彼がその内で激しくぶつかっているのだろう。

 俺はさらに積み重ねる。


「もし、万能霊薬エリクサーが二つ以上製作出来たら、ベイルロード辺境伯に献上できるだろう? それはカイルの功績として、どうだ?」

「!!!」


 それがどれだけカイルの助けになるか、アルファードは理解してしまった。


「クラフト、エリクサーなど、物語でしか聞いたことが無いが、本当に作れるのか? それでカイル様のご病気は治るのか?」

「アルファード!?」

「作れる。治る。俺の紋章がそう囁いているんだ」

「そう……か。わかった。俺に協力できることがあったら言ってくれ」

「あんたはカイルとマイナを守る。仕事は変わらないさ」

「待ってください! どうして話が進んでるんですか!?」

「諦めろカイル。お前はそれだけ好かれてるんだ」

「認められません!」

「秘策もあるからな」

「え?」


 俺はニヤリと笑いながら、円筒形の物体を取り出す。


「クラフト君!?」

「安心しろ、これはダミーだ」

「驚かせないでよ」

「それは、前に報告にあった?」

「そう、魔力爆弾だ」


 アルファードとペルシアが怪訝な顔をしたので、外でその威力を披露する。

 ことここに至って秘匿する意味は無いので、集まってきた野次馬にも隠さずに見せる事にした。


「ジタロー。頼む」

「お任せでさぁ!」


 魔力爆弾を改良し、矢の先に括り付けられた、爆弾矢をジタローに渡す。

 既にジタローと一緒にテスト済みだ。


 さらにジタローが持つ弓は硬ミスリル製で、どういう訳か、矢を引く力が少なくても、強く撃ち出されるという謎の特性を持つ。

 リーファンがミスリルの金床とハンマーを作製して得た知識から、作製可能になった物の一つである。


 ばひゅーんとすっ飛んでいった爆弾矢が、目標の岩にぶつかると同時に、大爆発を起こした。

 野次馬からは悲鳴や喝采がわき起こった。


「これなら……勝てる!」


 力強く呟いたのは、拳を握りしめたペルシアだった。


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