19:貴重品は、慎重にって話


 ミスリル鉱石を大量に採掘してきた事と、冒険者殺しの異名を持つサイクロプス討伐の噂は、開拓村ゴールデンドーンに戻った途端、あっと言う間に拡散されていった。


 昔から貴重鉱石の周辺には魔物がわきやすく、安定的な供給が難しい金属である。

 理由としては、戦闘が得意な少数精鋭で行けば、たしかに素早くたどり着けるが、鉱石の採掘できる人間が少数になってしまう。

 さらに運搬の問題が大きい。樽にぎっしりの鉱石を採掘しても、鉱山の奥深くに馬車を運び入れられる訳でも無い。

 結果、持って帰れる鉱石は少量となる。


 このような状況から、今回のように、大量のミスリル鉱石を採掘出来たのはとても珍しい事だと、あとでリーファンに教わった。


 これが可能になった理由は、1・魔力爆弾。2・シャープネスオイル。3・空間収納。4・頼りになる護衛。5・鉱石に詳しいリーファン。この五点だろう。これを全て揃えるのは難しい。


 ちなみに、魔力爆弾に関しては、リーファンの一存で極秘にする事に決まった。

 レイドックのパーティーメンバーにお願いし、ジタローにも口止めをする。

 俺としてはどっちでも良いのだが、ギルド長の決めたことなので、反論は無かった。


 なお、カイルには説明しておくとの事だ。


「すみませんリーファン殿! ミスリルは! ミスリルはいつ販売するのですか!? 鉱石でも、インゴットでも買い取りますよ!」


 噂を聞きつけてまっさきにすっ飛んできたのが、商人のアキンドーだ。

 この村を出入りする商人の中で、一番目端が利くやり手だ。

 しかも他の商人のようにこちらを食い物にしようという商売をしない、長期に付き合えるタイプの男だった。俺も錬金関係の書物などを注文しているが、貴重な本を入手してくる腕前は行商人とは思えない。


「ままま待って待って! まだ何も決めてないから! そもそも鉱石の売買にはカイル様の許可が必要ですから!」

「ああ! すみません! ですが、許可が出来たらその時はぜひ!」

「おいアキンドー! 抜け駆けするな! その時はぜひうちの商会で!」

「それより俺と取引を!」

「ひああああああ!」


 そのままもみくちゃにされるリーファンを放置し、俺は一旦カイルの方へと向かった。

 屋敷の窓からその騒ぎを見ていたカイルは、困った笑顔を浮かべていた。


「おかえりなさい、クラフトさん」

「ああ。見ての通りリーファンはちょっと遅れそうだ」

「ははは……」


 カイルの双子の妹、マイナがとてとてと、俺の横に座った。いつもリーファンが座っている席だった。

 特に席が指定されているわけではないので問題はないが、カイルの横でなくて良いのか?


 口に出すわけにもいかず、視線だけをマイナに向けたが、なぜかぷいと横を向かれてしまった。

 解せぬ。


「お……お待たせしましたカイル様……」

「お疲れ様です、リーファンさん」


 商人にもみくちゃにされたリーファンがようやくカイルの屋敷へと入ってきた。

 髪の毛、くっしゃくしゃやぞ。


「それでは報告をお願いします」

「はい。魔物の遭遇に関する詳細はあとで書面にしてお渡ししますので、ここでは概要だけ。森で出会ったのは、ゴブリン、オーク、ジャイアントスパイダー、はぐれたと思われるヒュドラです」

「やはり、ここの森は魔物が多いですね。開拓が上手く行かなかったのもわかります」

「はい。ですが特に開拓初期は木材が大量に必要になります。全てを運び込むとなれば、輸送費だけで国が傾きますから、森の側というのは絶対条件なんです」

「もちろん理解しています。村づくりの初期段階を終えた事から、これからは安定していくと思います。……失礼しました。続きをお願いします」


 脱線していることに気付いてカイルが謝罪する。

 貴族とは思えない対応だ。

 あいつらは基本的に偉そうで尊大という印象があったからな。


「現地で洞窟を発見したので探索しました。中にはロックリザード、ウィルオーウィスプ、ジャイアントロリポリ……巨大なダンゴムシの魔物ですね、などが徘徊していました」

「なかなか難度が高い洞窟ですね」

「はい。ですがレイドックさんのパーティーのおかげで、怪我人も出ずに進むことが出来ました。強力なスタミナポーションというのが、ここまで戦略に影響を与えるとは思っていませんでした」

「そうですね。頭ではなんとなく理解していたのですが、実際に成果を聞くと凄まじいですね」

「その極めつけは、サイクロプスの討伐でしょう。クラフト君の魔法攻撃があればこそでしたが、やはり、洞窟の奥について、スタミナ切れという事態が起きていないのが大きかったかと思います」

「凄いですね。たしか冒険者殺しとか言われているんですよね?」


 これはリーファンには答えにくい質問だろう。


「ああ。サイクロプスは他の魔物と違って、なぜか唐突に一体だけわいてることが多いんだ。理由は冒険者ギルドでも不明。ま、魔物の生態調査なんてろくにすすんでないからな。とにかく、どこにいるかわからん事と、人間を見るとかなり執拗におっかけてくる習性があってな、準備無しで出会うと、大抵は全滅する」

「そ、それは厄介ですね」

「昔一度遭遇したときは、命からがら逃げ出したもんだ」


 その時は地形などの偶然が重なって逃走に成功したが、普通に考えて、倒せる相手ではなかった。

 むしろ出会い頭に戦う判断を下したレイドックが凄い。勇気ある行動だった。


「スタミナポーション、ヒールポーション、シャープネスオイル、ハードフォージングオイル……これらが揃うと、戦力として一〇倍くらいにはなるように感じます」

「はい、私もそう思います」

「俺は何とも答えられないな。一〇倍と決めつけるのは少し危険か」

「それはそうですね。単純に戦力が増強されると認識する程度のほうが安全かもしれません」

「そうだな」


 カイルはこの村の責任者なのだ。用心してしすぎることは無い。


「それで、ミスリルなんだが、さっそく売って欲しいとリーファンがたかられてたぞ。どうするのが良いだろうな?」


 俺としては、必要な量が手元に残れば、あとはカイルの判断に従うつもりだった。


「しばらく輸出は辞めておきましょう」

「そうですね」


 カイルの即断に、リーファンが賛成する。


「理由があるのか?」

「えっとね、実は最近、ミスリルの加工に大きな技術革新が起きたんだよ。しかもそれが一気に広がっちゃってさ」

「そうだったのか?」

「うん。それまでミスリルの加工なんて手が出せなかった鍛冶職人も扱えるようになったから、ミスリルの需要が一気に上がっちゃってね」

「ああ。相場も上がり続けていると」

「そうなんだよ」


 なるほど。金にするなら、相場が上がりきったタイミングを狙いたい。下手に現状で市場に大量に流すと他の商人に恨まれる恐れもあるか。


「わかった。だが、これは個人的なお願いなんだが、村に拠点をおいている冒険者に対しては武具の販売を認めて欲しいところだな」


 じゃないと、例の計画も進まない。


「そうですね。販売方式は考えておきますが、冒険者の皆様には販売できるように何か考えておきます」

「助かる」

「レイドックさん達の稼ぎなら、割とすぐに装備を揃えられそう」

「だな」


 今回のサイクロプス素材を売れば、レイドック達はかなりの金額が手に入る。

 普段の活躍から考えても、レイドック達はミスリル装備を揃えていくだろう。


「じゃあ明日はさっそくミスリルのインゴット作りからかな」

「ああ、それなんだが、先に作ってもらいたい物があるんだ」

「なに?」

「ミスリルと鉄と銅の合金製……大釜だ」

「大釜?」

「ああ、錬金釜を作ってもらいたい」


 いよいよ錬金術は次のステップへと進むことになるのだ。


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