18:立てたフラグは、回収されるって話


「こっちに、洞窟があるね」


 数日の行程を経て、森を抜けると、ようやく目的の山脈麓へと到着した。

 剥き出しの山肌が、左右へと続いている。


 険しいこれらの山脈を越えると他国だが、難所の山脈を越えようとするものなど、一部の商人くらいだ。


「洞窟? どこだ?」

「そこの草むらの奥だよ」


 ぱっと見ではただの茂みにしか見えない。

 リーファンの先導で近づいて、ようやくそれを発見した。

 さすが土小人ノームの血を持つだけはある。


「中には行けそうか?」

「うん。中は広そう。探索してみない?」

「それが目的だからな」


 鉱石がありそうな場所なら、行かないわけが無い。

 レイドック達にも伝えて、狭所用のフォーメーションを取る。


「「”浮遊光球”」」


 俺とバーダックが同時に唱える。

 二つの光の球が生まれ、俺達の上に浮かぶ。

 さらに神官のベップと狩人のジタローが松明に火を灯し、光量は十分だ。


「洞窟の奥までいって、地質を調査するね」

「ああ、頼む」


 こういうときドワーフやノームがいると大変ありがたい。一般人には暗闇で鉄鉱石を見分けるのも困難だ。

 リーファンはダウジングティアドロップを取り出し、鉱石を探し始める。ノームの血とダウジングの合わせ技で効果はばつぐんだ。


「よし、魔物に注意しながら進むぞ」


 この手の洞窟、特に人が通れるようなサイズの洞窟は、魔物が長年徘徊している事が多い。

 魔物が洞窟を広げたのか、最初から広くて居座っているのかはわからんが。


「ダンジョン化してなきゃいいんだが」

「入り口を見るに、それは大丈夫だと思うぞ」

「そうだな……」


 ダンジョンとは、魔物が生まれる一種の異界と化した地域や場所のことだ。

 強力な魔物が徘徊することが多く、その奥には貴重な物が発生していることが多いため、冒険者が一攫千金を目指し、潜っていく。

 他に、古代魔法文明時代の遺跡をダンジョンと呼ぶこともある。


 この洞窟は恐らく天然の物だろう。

 慎重に先へ進むと、奥に魔物の影を発見した。


「奥左! ロックリザード三!」

「よし! モーダが前衛! ソラルが援護! 落とせない時はフォローする!」

「了解!」


 返事をしたのはレンジャーのソラルだけだが、無口なモーダはすでに動き始めていた。

 良いパーティーだ。


 冒険者に憧れ、冒険者として様々な地域を渡り歩いた日々を思い出してしまう。

 もう、想い出になるほど昔にも感じる。


「ん!」

「大丈夫! 私達だけで落とせる!」

「良し! 残りのメンバーは全周警戒! 狭いから気をつけろよ!」

「はい!」

「ああ」


 俺の出番は無さそうだ。

 肩をすくめて、彼らの先導に従う。


「大した敵はいないな」

「お前達だからだろ」


 ロックリザードの見た目は巨大トカゲで、岩のような外皮を持つ、とても硬い敵だ。

 駆け出しの冒険者なら、見つけた途端逃げ出すレベルの敵なのだ。それを難なく撃破していくのだから、冒険者として優秀だ。


「シャープネスオイル様々さ。見ろよ。モーダの斧で紙のように引き裂いてるんだぞ」


 まぁ、確かに。

 ほぼ打撃武器に近い斬撃武器にもかかわらず、ロックリザードの切り口は包丁でも使ったかのようにすっぱりと切り落とされていた。


「よし。大丈夫だ。素材をはぎ取ったらすぐに進むぞ」

「「「「了解」」」」


 こんな感じで、出てくる魔物は全て、レイドックのパーティーがさくさくと倒していくのだった。


「地質が変わってきたよ」

「どんな具合だ?」

「所々鉄の混じる岩が出てきたけど、この感じだと……ミスリルもありそう」

「「おお」」


 俺とレイドックが同時に声を上げる。

 冒険者にとってミスリルの武具は憧れそのものだ。

 ダウジングしながらリーファンは顔を上げた。


「でも、この辺だと、含有量はわずかだから、もう少し奥が見たいな」

「よし、進むぞ」


 そのまま奥へと進むと、リーファンが急に足を止めた。


「どうした?」

「この先……広い空間があると思う」

「ほう」

「覗いてみよう」


 奥に抜けると天井が高く、広い空間へと出た。

 鍾乳洞ではないので、なんでこんな広い空間ができたんだか。


「あっ! あそこ!」


 リーファンが指す先に、うっすらとグリーンに光を反射する箇所があった。


「やっぱり! ミスリル鉱石!」

「おお! 見つかったのか! おめでと……戻れ! リーファン!」


 グギャアアアアアア!


「「「!?」」」

「ちぃ!」


 リーファンの横に飛び出すレイドック。


「なんすか!? なんすかこの音!?」

「馬鹿! 離れるなジタロー!」


 音の発生源、横の大岩に光球を飛ばす。

 強い陰影が、巨大な何かを浮かび上がらせた。


「サイク……ロプス」


 それは巨人。一つ目の巨人であった。

 人間の三倍におよぶ身長に、はち切れそうな筋肉。手にした巨大な棍棒は、大木のそれ。

 冒険者殺し。

 サイクロプスだった。


「モーダは俺と合流! ソラルは下がれ! バーダックは全力魔法攻撃! ベップは支援魔法!」

「「「了解!!!」」」


 即座に態勢を建て直すが、相手が悪すぎる。

 逃げるにしても、多少のダメージは与えないと背後を突かれる可能性があるのか。


「ぬん!」


 戦士のモーダが、サイクロプスのスネへと斧を撃ち込むが、見た目より機敏に避けられる。


「なっ!?」


 想像外の動きにレイドックが声を上げる。


 ゴギャグゲアアアアアアア!!!!


 でかい図体のくせに、機敏に巨大棍棒を、モーダへと叩きつける。

 モーダの盾と衝突し、洞窟中に鈍い音が響いた。


「ぬぐぅ!?」


 モーダが二転三転しながら吹っ飛ばされてきた。


「モーダ!」


 慌てて神官のベップが駆け寄ってこようとしたが、それを手で制す。


「大丈夫だ! ポーションを使う! ベップは支援魔法を続けろ!」

「はっはい!」


 革袋に詰まったヒールポーションを、たっぷりとモーダにぶっかけると、身体中から煙が立ちのぼり、一気に傷を修復する。

 効き目が良すぎてちょっと気持ち悪いほどだ。


「大丈夫か!?」

「……おう!」


 モーダは力強く立ち上がると、すぐにレイドックの横に走っていく。


「……一つ目のクソ野郎が……許せねぇ!」


 俺は怒りと共に魔術式を立ち上げる。

 洞窟で火は厳禁。

 風もまずい。ガス溜りがあったら攪拌することになる。

 土は訓練不足。

 範囲魔法は危険。


 ならば!


「”氷牙凍撃馬上槍”!!!!!」


 巨大な、氷の槍がアイスダストをまき散らしながらサイクロプスへ高速で飛翔し、避けようと避けた先へと急激に角度を変える。

 その氷の槍は、正しく一つ目巨人の胸を貫いた。


 それだけではなく、刺さった周辺から、急激にその身体を凍らせていくのだ。


「え!? 今の魔法って!?」

「考えるのは後だソラル! 目玉に牽制射撃! トドメを刺すぞモーダ!」

「おう!」


 胸に巨大な穴を空けられたというのに、しぶとく死ぬ様子が無いサイクロプスに、一気攻勢を仕掛ける。


「喰らえ! 疾風剣戟! 狼突崩壊!! 岩斬崩撃!!!」

「うおおおおおおおおお!!!」


 数多くの技をこれでもかと叩きつけるレイドックと、力任せだが強力な斧の攻撃を何度も打ち付けるモーダ。

 さらにソラルの弓に、バーダックの魔法を大量に喰らい、そのまま力尽きた。


「はぁ! はぁ! いったか!?」

「はい! 死んでます!」

「よぉし! やったぞ!」

「す! 凄いよみんな!」

「ひええええ! あんなおっかないのを倒しちまったよ!」

「流石だな、レイドック」


 冒険者殺しの異名を持つサイクロプスを、この短い時間でほぼ完封だ。

 凄い冒険者になったもんだ。


「何言ってんだ!? 実質倒したのはクラフトだろ!?」

「ええ。私達はトドメを刺しただけよ」

「凄まじい魔法だった。本当に魔法が使えずに袂を分かったのか?」

「クラフトさん。とうとう力を手にできたんですね」


 それぞれが俺の肩やら腰やらを叩いてくる。


「……そうだといいな」


 今まで役に立たなかった魔法で味方の役に立てるのがこれほど嬉し事だとは思わなかった。

 その一方で、俺が手に入れたのは、錬金術師の紋章なのだ。魔法で強くなるのは、なんとなく違うような気もする。


 今の俺は生産ギルドの人間なのだ。増長せず、錬金術師としての腕を上げていこう。


「まぁまぁ。これで安全だよね? 鉱石を掘り出して良いかな?」

「ああ、それが優先だな。ソラルはサイクロプスから取れるだけ素材を集めてくれ」

「任せて」

「手伝いやすぜ」

「ちょっと待ってくれ。その前に一つ試したいことがある」

「なんだ? クラフト」


 俺は巨大なサイクロプスの死骸に手を触れ唱えた。


「”空間収納”」


 わずかな魔力の消費と共に、サイクロプスの死体は跡形もなく消え去った。


「な!?」

「そんな! そんな巨大な物を収納できるのですか!?」

「みたいだな。試したことは無かったが……出来る気がした」

「と、とんでもないわね……」


 呆れるレイドックのパーティーメンバー達。

 そういえば、直接出し入れを見ていたのはレイドックだけだったか。


「相変わらずデタラメだな」

「重宝してる」

「うらやましいぜ……おっと、素材素材」


 一度仕舞ったサイクロプスを再びその場所に戻す。

 村に戻ってから解体しても良いのだが、使えない内臓などはその場で捨てていきたいのだ。

 匂い消しの薬剤もたっぷりと錬成済みだった。

 残念ながら、サイクロプスの内臓も血液も、錬金の材料としては余り役に立たない。


 舌なめずりしながら、猛スピードで素材をはぎ取っていくレイドック達。

 ナイフに塗ったシャープネスオイルも役に立っているようで、見る間に解体が進んでいった。


 少しすると、今度はリーファンから声が掛かる。


「おーい。クラフトくーん! こっち! 鉱石を収納してー!」

「おう、任せろ!」


 マトックで鉱石をほじくり返してたリーファンに駆け寄ると、既に樽二個分くらいの鉱石が積まれていた。


「どんどんいくよ!」

「おう」


 こうして鉱石掘りに熱中するリーファンだった。

 ノームが鉱石に目が無いって噂は本当だったんだ。うん。


「うーん。この辺りはあらかた掘り尽くしちゃったかな〜」

「樽で四つ分か。悪くは無いが、もう打ち止めか?」


 ミスリルという事を考えればかなりの量だが、原石で樽四つだと、インゴットにしたてたらそこまでの量にはならない。


「おそらくあの壁の奥を掘り進められればありそうなんだけど、分厚い岩盤があるから、ツルハシだけだとちょっと大変かなぁ?」

「なるほど。よし。なら用意していたアイテムを使おう」


 俺が空間収納から取り出したのは、ぱっと見大きなロウソクだった。円筒の先に小さな魔石がくっついている。


「それは?」

「魔力爆弾」

「爆弾?」

「簡単に言えば、魔力の暴走で爆発するシロモノだ」

「え? それ大丈夫なの?」

「この魔石を回して押し込まない限りは平気だ。熱を出さないから、発火することも無いしな」

「そういう意味で聞いたんじゃ無いけど……どうするの?」

「そりゃあ試してみる。みんな! 奥の大岩の影に隠れるんだ!」

「ああ? 分かった。何をするんだ?」

「俺も初めて使うからな。そこまで離れるのはただの安全の為だ。今から岩盤の爆破を試みる」

「岩盤の? いや、まあいい。全員退避!」

「へいっ!」

「了解!」


 全員が隠れたのを確認した後、魔力爆弾を仕掛けて俺も岩陰に飛び込んだ。


「3! 2! 1! ばく——」


 その瞬間。

 洞窟中に爆音が響き、爆風が土煙を巻き上げ、衝撃が身体を叩きつけてくる。


「ぎゃああああああ!」

「きゃああああ!」

「どわーーーー!?」

「なっ!?」

「ええええええ!?」


 キーンと響いていた耳鳴りが治まり、巻き上がった土煙がゆっくりと収まるのを待ち、ゆっくりと立ち上がる。


 光球に照らされるみんなに、幸い怪我は無さそうだった。ただ一つを除いて。

 全員ほこりで真っ白だった。


「うーん。サイクロプスに使わなくて正解だったぜ」

「やり過ぎだよクラフト君!」


 いやー。ビックリの威力だったぜ。

 その場での説教は後回しになり、爆発の威力を知ったリーファンによって、新たな採掘方法が考案された。

 その名も穿孔発破。

 魔力爆弾が差し込めるだけの穴を、岩盤に掘り、そこに差し込んで爆発させると、その威力が全て岩盤に伝わり、効率的に岩盤破壊出来るという技術だ。


 一瞬でこの方法を考案したリーファンって、実はとんでもなく優秀なのではないだろうか?

 広場に広がる爆風も大幅に減り、一気に固い岩盤を崩すことに成功した。


 こうして俺達は大量のミスリル鉱石を手に入れて帰路につくのだった。


「綺麗にまとめようとしてもダメだからね!?」


 その夜、俺はリーファンから二時間の説教と正座を強制されるのだった。とほほ。


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