12:病気の駆逐には、剣がいるよなって話


 その日、陽が昇るより早く目が覚めた。


「ふあ……昨夜は暇だったからな。散歩でもするか」


 ポーションやオイル類の作り溜めは充分なので、早めに寝たせいか、妙な時間に目が覚めてしまった。

 朝食には早いので、畑でも見回ってこようかと家の外に出ると、屋敷前の広場で剣を振っているペルシアを見つけた。


「おはようペルシア」

「クラフトか。早いな」

「ちょっと目が覚めてな。熱心だな」

「私に出来るのは剣を振るう事くらいだからな」

「そんな事はないと思うが」


 剣を振り回すだけの人間に、誰かの護衛など出来るわけが無い。

 しかもたった二人でこなしているのだ。それをやれるのはごく一部の人間だけだろう。


「……クラフト、ちょっといいか?」

「ああ?」


 一度悩んだそぶりをみせてから、何かを決してこちらに顔を向ける。険しい顔つきだった。


「こっちだ」


 ペルシアに導かれるまま、屋敷へと入っていく。


「静かにな」

「ああ。だがここは……」


 ペルシアが忍び足で進んだ先は、カイルの寝室だった。


(お、おい)

(見ろ)


 言葉のままに、ベッドへと視線を移すと、すやすやと休むカイルの寝姿……ではなかった。


「う……うぐ……うん……くっ……はっ……」


 汗を流しながら苦しみで呻いているカイルだったのだ。


「お、おい起こさないと——」


 どう見ても普通の状態じゃない。

 俺が慌てて起こそうとするが、ペルシアに止められた。


(静かにしろ。問題ない)

(だが、かなり苦しそうだぞ!?)

(これが、カイル様の日常だ)

(なんだって?)

(いや、これでも昔に比べるとかなり良くなっている。特にスタミナポーションを摂るようになってからは、寝付けるようになったからな)


 まるで気がつかなかったが、普段からこうなのだろうか?


(今は夜だけだ。それだけあのスタミナポーションが効いているのだろう。だが、ポーションの効果が薄くなるこの時間になると、昔のように苦しみ出すんだ)

(なんてこった)


 ペルシアが無言で部屋を出るので、俺も付いていく。

 広場に戻り、丸太のベンチに二人で腰掛ける。


「カイルの奴、あんなに体調が悪かったのか」

「普段から気丈にされているからな。わからないのも仕方が無い」


 なるほど、ペルシアとアルファードが普段から過保護だったのは、これが原因か。


「どんな病気なんだ?」

「わからん。生まれつきらしい。それで貴様にお願いがあるのだ」

「任せろ」

「まだ何も言っていないが」

「この状況で伝わらないとでも思ってるのか? 病気に効くキュアポーションを作製してみる」

「……頼む」

「おう」


 魔術師の紋章の時は、ほとんど人の役にたったことは無い。だが、この黄昏に輝く錬金術師の紋章ならばきっと今度こそ誰かの役に立てる!


 キュアポーションを作るにあたって、一つ問題がある。材料が足りないのだ。


「材料が足りないな。少し調べてくる」

「ああ。協力できることがあったら何でも言ってくれ」

「なら、カイルを守ってくれるのが一番だな」

「もとより命に替えてもお守りするのが、この身の使命だ」

「心配なさそうだな。じゃあな」


 俺は急いで仮生産ギルド館へと戻り、俺とリーファンしか見る許可をもらっていない資料を漁る。

 薬草図鑑をひっくり返して、必要な薬草の生息場所を調べる。


「傷を治すヒールポーションがそこそこ普及しているのに、どうして病気を治すキュアポーションがあまり出回っていないのかと思ったら、材料の関係だったのか」


 錬金術師の紋章が教えてくれる材料を知り、市場の理不尽を知ってしまった。


「ぼったくってる訳じゃなかったのか……」


 必要な薬草は、主に湿地帯に生息するらしい。

 そしてほとんどの湿地帯は、人間に取って危険地帯だ。


 資料から地図を広げる。

 簡易的な物だが、今必要な情報を得るには充分だった。


「少し離れた場所に、湿地帯があるな。……行ってみるか」


 カイルやリーファンに話したら止められそうなので、俺は二人が起きる前に出立することにした。


 ◆


「やはりか……」


 湿地をうろつく、複数の頭を持つ巨大蛇。ヒュドラだ。


「三つ首、四つ首……七つ首もいるのか」


 ヒュドラは二つ首で生まれ、脱皮のたびに首を増やしていく、沼地の主だ。

 少しの土壌改良で稲作が出来る湿地帯に、なかなか人間が足を踏み入れられない理由の一つである。


 ”遠見”の魔法で安全地帯から、湿地を見渡す。

 広大な湿地帯の奥に、目的の薬草がつぼみをつけているのを見つける。


「こっそりと摘んでくる……ってのは無理だな」


 ヒュドラが固まっていてくれるのなら、魔法でなんとかなったかも知れないが、こうも広い範囲に点在されると攻撃魔法だけでは進めないだろう。

 前衛が必要だった。


 俺は無理せずに、一度村に戻る。


「あ、クラフト君。どこ行ってたの?」


 ちょうど昼時だったので、食事をしながら事情を伝えることにした。


「ちょっと新しいポーションを作りたくてな。薬草を探しに行ってた」

「そうだったんだ。見つかった?」

「場所は分かったが、採取は出来なかった」

「なにがあったの?」

「薬草の自生場所が湿地帯なんだ。そして湿地帯お約束のヒュドラが住み着いててな」

「ヒュドラ!?」


 がたんと立ち上がるリーファン。

 その表情は険しく、明らかに怒りを伴っていた。


「どうした? 湿地帯にヒュドラが住み着いてるのは、珍しい事じゃないだろ?」

「……ご、ごめんね」


 リーファンは深呼吸してからゆっくりと椅子に戻る。


「前、この辺りに土小人ノームの集落があったって話はしたよね?」

「ああ」

「細かい話は色々あるんだけど、集落が滅んだ最大の理由が、ヒュドラだったんだ」

「なんだって?」


 ヒュドラはあまり縄張りを出ないモンスターだ。

 主食も魚だから、縄張りに踏み込まない限りは、あまり害は無いはずなんだが。


「理由はわからないんだけど、ある日突然、沢山のヒュドラが集落に襲いかかってきて……」


 ぎゅうと拳を握りしめるリーファン。

 

「リーファンは、子供の頃住んでたんだったよな」

「うん……。今でも時々夢に見るんだ」

「そうか……」


 恐らく、この土地の開拓が遅れているのはこの辺の事情もあるかもしれない。

 そもそもその土地の危険度など、教えられずに送り込まれるのがほとんどなのだ。

 今回、ある程度危険があるとアナウンスされていただけでも、異例の開拓と言える。


「それでクラフト君はどうしたいの?」

「目的は薬草だ。少数で一気に突破して、薬草を採取したらとっとと逃げる。余裕があったら魔石も欲しいところだがな」


 ヒュドラの魔石はオークの物より品質が良いので、少しでもあると楽だ。

 作ってみたい物が沢山あるのだが、ヒュドラの魔石であれば、かなり解決出来る。


「ただ、今回は全滅させるのが目的じゃ無いからな。最低限の戦闘を想定している」


 場合によっては魔石は諦めて、薬草だけ持ち帰れればいい。

 幸い俺の錬金術なら、量もそんなにいらない。


「私も行くよ!」

「……無理はしないと誓えるか?」

「クラフト君は元冒険者で魔術師だもんね。指示には従うよ」

「わかった。二人じゃ少し不安だな。他にもメンバーを集めよう」


 その夜、村人が全員揃ったタイミングで、事情を説明する。

 カイルの件は伝えず、単純に必要な薬草と、可能なら魔石を取りに行くとだけ伝えた。


「私が行こう!」


 すぐに事情を理解したのだろう、ペルシアが名乗りを上げた。


「おいペルシア、俺達の仕事は……」

「頼むアル。行かせてくれ」


 ペルシアが真っ直ぐな瞳をアルファードに向ける。アルファードは額に皺を寄せてから、頭を掻いた。


「……わかった。何か事情がありそうだな。カイル様とマイナ様の事は任せておけ」

「ああ。頼む」


 そのやり取りを見ていたカイルが、怪訝な顔で二人を見上げていたが、何かを言うことは無かった。


「んじゃ俺っちもいきまっすぜ」


 へらへらと出てきたのは狩人のジタローだった。

 少し悩むところだ。


「なに。メインは弓を使って、接近戦は極力さけますぜ。リーファンさんと、ペルシアの姉御が前衛なら、魔法を使うクラフトさんを守る奴が必要でしょう?」

「それは確かにそうね」

「よし、ならこの四人で決まりだ。みんな頼むぞ」

「任せて!」


 明るく答えるリーファン。

 だが、その後の呟きを俺は聞き逃さなかった。


「……ヒュドラを倒すために、実戦を積んできたんだから」


 実力は問題なさそうだった。


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