11:悪戯心は、時として危ないって話
「まぁ難しい話というわけでもないのだが、私から口にするのは少々憚られる内容でな」
「俺はペルシアも同じ仲間だと思ってる。出来れば話して欲しい」
「……わかった」
一呼吸ついてから、ペルシアは語り出した。
「なんというか、辺境伯の内部でもな、権力争いというか、内部抗争のようなものがあってな。そんな場所にこんな効力の高いポーションを持ち込んだらどうなるかと考えてしまったんだ。政争の種になりかねんなと……。軍としては喉から手が出るほど欲しいのだが」
「あー」
「なるほどな」
カイルとその兄ザイードの態度を見るだけでも、安易に予想出来るというものだ。
「うーん。しばらくは保留ね。どのみち私だけじゃ値段も決められないし」
「そうだな。私もそれが良いと思う」
「わかった。だが欲しくなったら言ってくれ。別に売り渋りたいわけじゃ無い」
「念のため、報告はしばらく控えておこう」
「その方が良いかもね」
方針を決めたことで、ペルシアも安堵したようだった。
「さて、私はカイル様とマイナ様の護衛に戻るが、二人はどうする?」
「私は……ちょっと予定を早めて、村の柵作りを始めようかな」
「それが良いかもしれないな。俺はもう一度ジタローに話を聞いてくる」
「なぜだ?」
「ジタローは良い狩人だ。冒険者とは違うが、ゴブリンにあっさり怪我をさせられた理由が知りたい」
「ふむ。なるほど。そちらは任せる」
「ああ。それじゃ」
こうしてそれぞれ、仕事に戻った。
◆
「ようジタロー。調子はどうだ?」
「ああクラフトさん! おかげで絶好調ですぜ! すぐにでも狩りに出れまやすぜ!」
「いや、それはやめてくれ」
力こぶを見せつけてくるジタローに苦笑する。
「それより少し聞きたいんだが、ジタローほどの狩人がゴブリン相手にこれほどの手傷を負わされた理由が知りたくてな」
「あー、それかぁ。まぁ簡単な理由ですぜ。護身用の剣……マチェットがなまくらな上に、寿命でポッキリいっちまったんでさ」
「なに? ちょっと見せてもらって良いか?」
「倉庫の修理品置き場に置いてありますぜ」
「そうか、邪魔して悪かったが、無理はするなよ?」
「なに。荷運びくらいは楽勝でさー。外の作業はこれで終わりですしね」
ぱっと見では、出血の影響は無さそうだな。
「終わったら自宅でゆっくり休むんだぞ」
「わかりやしたぜ!」
調子の良い返事を受けつつ、俺は倉庫の方へ移動した。
これは村全体で管理する倉庫で、全員の共有財産が納められていた。
開拓村では全てが一蓮托生なのだ。
その倉庫の一角。破損した包丁や武具を置いておく場所がある。
リーファンが手すきの時にそれを直して戻しておくのだ。
その中に折れたククリ刀を見つけた。
「これか。”鑑定”……なるほどな」
頭に浮かんだ結果は、想像以上に酷いものだった。
品質は最低。
刃もぼろぼろ。
鉄の品質が悪すぎるので、これではリーファンが鍛え直しても限度があるだろう。
「ふーむ」
腕を組んで、錬金の技術から役に立ちそうなものを探し出すと、二つの解決案が浮かんだ。
幸い材料は魔石を含めて、倉庫の在庫で足りそうだ。
「よし、やってみるか」
俺は部屋に戻って、さっそく目的の物を錬金する事にした。
◆
「リーファン、ちょっといいか?」
夕食後、簡易炉で火起こしをしていたリーファンに声を掛ける。
「なに? クラフト君?」
「これから、鍛冶か?」
「うん。壊れた鉄製品を一度溶かして、また形にするんだ」
「ちょうど良かった。テストして欲しい物があるんだが」
「テスト?」
「ああ。これだ」
お椀半分ほどの油を差し出す。
「これは?」
「錬金術で生み出した、硬化鍛造油……ハードフォージングオイルだ」
「え!?」
「知っているのか?」
「そりゃあ鍛冶をやってればね」
「珍しい物じゃないのか」
「そんな事無いよ! これは錬金術師の紋章持ち以外では作れないから、なかなか出回らないんだ」
「ああ、なるほど。紋章が教えてくれる知識だと、鍛造段階で混ぜ込むと、強度が増すらしいから作ってみたんだ。幸い魔石もあったからな」
「そうだったんだ。じゃあ使ってみるね」
「頼む」
薬は作れても、鉄は打てないからな。
リーファンが手際よく、炉に鉄を放り投げ、溶け出した辺りで渡したオイルをぱらぱらと撒いていく。
「……うん。変な反応は無いね」
「変なってなんだよ」
「ほら、ジタローさんの怪我の時みたいに」
「あー。なんか過剰反応だったよな。煙吹いてたし」
あれは驚いたからな。
「うん。続けるね」
それから数時間かけて丁寧に、鍛造していくリーファン。
その姿は一流を思わせ、とても子供とは思えない。
いや、子供じゃ無いが。
「あとは一晩かけて冷やすだけだから、確認は明日だね」
「わかった。ありがとう」
「爆発とかしなくて良かったよ」
「そんなアホな……」
返答しつつも、可能性がゼロじゃ無かったのかと、首を捻りつつ床につくのであった。
◆
「こいつはいいや!」
ぶんぶんとマチェットを振り回すジタロー。危ないだろうに。
村の近く、ジタローは森の入り口で枝をざくざくと切り落として喜んでいた。
「ちょっと見せてね……うん。刃こぼれもしてないね。想像以上に硬くなったみたい」
「ただ硬いってんじゃなくて、ちゃんと鉄特有の粘りも感じますぜ!」
「そうみたいだね。ただ硬いだけだと、ガラスのようにすぐ割れちゃうから」
ジタローが、マチェットを太い枝に何度も打ち付け、切り落として悦に浸る。
「よし、じゃあ次だ」
「え? これで終わりじゃ無いの?」
「いや、もう一つ用意した物がある。ジタロー、これを刃に塗ってくれ」
俺が取り出したのは小瓶に入ったオイル。
もちろん先のハードフォージングオイルとは別の物だ。
「さび止めですかい?」
「まぁ試してくれ」
「OKでさ」
ぼろ布で刃にオイルを塗り込み、先ほどと同じように太い枝にマチェットを振り下ろす。
「へ?」
「え?」
ジタローの振り下ろしたククリ刀は、まるで枝をすり抜けるように、なんの抵抗もなくすっぱりと切り落とし、そのまま地面にさくりとめり込んだ。
「おっとと!」
「うわ! 危ない!」
「だ、大丈夫か!?」
目一杯力を込めていたジタローがつんのめって転けそうになる。
「へ、平気でさ! それより驚きましたぜ」
「す、すまん。まさかそこまでとは思わなくって」
「これ、もしかしなくてもシャープネスオイル?」
「流石ギルド長」
「茶化さないでね? クラフト君?」
「ご、ごめんなさい」
思わず素直に謝罪する。
うん。住んでた街のギルド長の気持ちがちょっとわかった。
リーファンの笑顔が怖い。
「このオイルは、刃物なんかに塗って使う、鋭利化油……シャープネスオイルっていう物だ」
「先に鑑定しておくんだったよ」
「すまん。ちょっと驚かせたくて」
「充分驚きましたぜ」
「俺もだ。怪我が無くて良かったよ」
「はは。今度からは先に説明してくだせえ」
「ああ。約束する」
それにしたって、まさか空気を切るように太い枝をすっぱりと切り落とせるとか思わないだろ。
「いやいや、慣れれば全然いけますぜ。っていうか、こりゃすげぇ良いもんですぜ!」
「そうか、使えそうなら良かった」
「使えるも何も、こりゃ木こり連中に渡したら大喝采ですぜ!」
「これ、どのくらい効果続くの?」
「普通に使えば一日以上。木こりだと半日くらいかもしれないな」
「この小瓶でも、村の全ての道具に塗って、一週間は持ちそうですな」
「塗るだけだからな」
「これは沢山用意できるんで?」
「魔石はまだあるから、しばらくは大丈夫だけど、近いうちに魔物狩りをしないと足りなくなるな。他の物にも使うし」
「その辺は後でみんなで相談しよう」
「そうだな」
「いやー! こいつがあれば、ゴブリンなんて怖くないですぜ!」
そりゃ、奇蹟でも起きて、ゴブリンが魔法の防具でも装着してこない限りは、一撃だろう。
木製に毛の生えたような武具なら紙のように引き裂く。
「よし。しばらくジタローにテストしてもらって、良好なら他の武器や農具にも使っていくことにしよう」
「良いね」
「任せてくだせい!」
後日。
シャープネスオイルが普及すると、アルファードが悲鳴を上げていた。
「なんなんだこの切れ味はぁ!」
「すご……ほとんど魔法の剣ではないか」
練習用の木偶人形が見事にバラバラ惨殺死体になっていた。
「……練習に使ったら人形が勿体ないな」
「そうだな」
「やり過ぎよクラフト君」
わざとじゃ無いっての!
農作業と伐採作業は、極めて効率が上がり、拍手喝采を頂いたのは別の話だ。
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