10:緊急事態に、慌てちゃだめだって話
「”飲料水創生”」
用意した空樽に、水を生み出す魔法を唱える。
前の俺であれば、コップに高さ指1本分くらいが精々だったろう。
ワンフィンガーの魔術師と呼ばれた記憶は忘れたい。
「ふーむ。魔法一発で樽を満たすか……我が軍に欲しいな」
「軍隊に所属するつもりはねーよ」
そういえば、今さらだが、カイルに軽口利いてる流れで、お付きの二人にまでざっくばらんに話し掛けてたな……。
本当に今さらだな。これで押し通そう。うん。
本気を出して水魔法を使ったら、池を満たせると思うとか言ってしまったら、強引に軍隊に引っこ抜かれそうだ。
井戸を掘って正解だったな。
「……」
興味深げに樽を覗いているマイナ。恥ずかしがり屋だが、好奇心はあるようだ。
実際に妹がいたらこんな感じなのかね?
「ちょっと下がっててくれ」
樽の中に、あらかじめ用意しておいた薬草を突っ込む。
長い棒で軽く攪拌。
「ローブ姿で長い棒を使っていると、いにしえの魔女の様だぞ」
「錬金釜を作ったら、実際そう見えるかもしれんぞ」
「なんだそれは?」
「いや、気にしないでくれ」
自分でも良くわかってないからな。
錬金釜と言う物を使って錬金すると、質や量を大幅に増やせるらしい。
ただ、現状は全く困ってないので、先送りだ。
錬金釜を作る材料も足りないしな。
「よし……”錬金術:ヒールポーション”!」
ぼふんと、樽から一際大きな煙が上がり、水の色が急激に変化。
海のように透明な青色のポーションが完成した。
「もう、完成なのか?」
「だな」
魔力をごっそりもっていかれたが、今の俺には問題ない。
ふと思ったのだが、もしかして魔術師の紋章で魔力を押さえつけられることで、逆に鍛えられ増幅したのでは無いだろうか? 筋肉のように。
もしこれが事実だったら新しい鍛錬法として……いやだめだ。相性の悪い紋章は命に関わるって話だったろ。無茶する奴が出るかも知れないから、内に秘めておこう。
「クラフト、これも匙一杯で効果があるのか?」
「ちょっと待ってくれ”鑑定”……いや、流石に普通のヒールポーションと同じ量が必要だな。小さめのコップ一杯程度の量だ。代わりに品質が良いから一般流通している物より大怪我を、より早く治せるらしい」
「それは凄いな!」
ま。品質が伝説だしな。
「これも簡単には劣化しないから、村の倉庫に入れておいて、怪我人が出たら使おう」
本当はどの程度の傷が治るのかテストしておきたいところだが、スタミナポーションと違って簡単には試せない。
「そうだな。怪我など無いに越したことはない」
「ああ」
もっと上位のポーションも色々と作れるが、現状では材料が全く足りてない。
そもそも物語に出てくるような、それこそ本当の意味で伝説級のポーションなど、開拓村で出番は無いだろう。
「倉庫に仕舞って、みんなに自由に使うように伝えてくる」
「そうだな」
ペルシアが樽を運ぶのを手伝ってくれようとしたが、空間収納があるからと断ってから、彼女の胸元に気付いて、少しだけ後悔した。
……少しだけだぞ?
倉庫に向かっている途中、カイルの屋敷を建設しているリーファンに、ヒールポーションの件を話しておいた。
「また、冒険者ギルドが奪い合いになりそうなポーション作ったんだ」
「打診があれば、普通に売りたいんだが」
「その件はちょっと保留ね。値段とか困るし」
「わかった。だが、村で使うのは構わないだろ?」
「今さらだしね」
正直、この村の為になるなら、自重する気は無い。
「説明は夕飯の時にでもしておいてくれ」
「はーい」
こんな感じで、しばらくは錬金術師としての腕も磨いていくのだった。
◆
カイルの屋敷が出来て数日。
事件は起きた。
「くっそ! 狩人のジタローが怪我したぞ!」
「なに!」
開拓村で作業していた人間が、屋敷前の広場へ集まってくる。
カイルの護衛二人、アルファードとペルシアも飛び出してきた。
「一体どうした!」
アルファードがジタローに駆け寄る。
「それが、ゴブリンの小集団とかち合いやして。たかがゴブリンと油断しちまいました」
「とりあえず、意識はしっかりしているようだな。ゴブリンの残りと位置は?」
「大丈夫でさ。きっちり全滅しておきやしたから」
「そうか……念のため外で作業している人間は家に! 戦える者は一緒に村の周辺を見廻りだ! ペルシア。カイル様とマイナ様を頼む」
「承知!」
俺も慌てて飛び出すと、きびきびと指示を出すアルファード。
流石、職業軍人だ。
「クラフト! 怪我人を頼む! たしかヒールポーションを作っていたな!?」
「ああ! 任せろ!」
「よし! 手の空いてる人間は、ジタローを屋敷の空き部屋に運び込んでくれ! ペルシアの指示を聞くように!」
「こっちよ! それと井戸から水を!」
「それは俺が魔法で出す! とにかく今は運んでくれ!」
「わかった!」
アルファードの的確な指示で、すぐに空き部屋へと運び込まれる怪我人のジタロー。
腕の良い狩人だ。
ペルシアがジタローの傷をさっと確認する。
「……結構深い傷だな」
「ぐっ! 俺としたことがゴブリンごときに油断しちまいやしたぜ」
「なんで逃げなかったんだ?」
「敵が六匹だった事と、少し村と距離が近かったからでさ。殲滅させておこうと思ったんでさ」
「魔物は魔物だ。無理しすぎ。気持ちは買うけれど」
「すまねぇ姉さん」
「あね……いやそれはどうでもいい。クラフト、まずは傷口を洗ってくれ」
「了解だ」
桶に水を生み出し、それを傷口にばしゃばしゃと掛けて洗っていく。
「やっぱり深い。筋肉まで達してる。まずいな。動脈が切れている」
出血多量。
恐らく外傷で最も致死率が高い。
筋肉の奥にある動脈を結索できる医者は少ないし、それを治療できる回復系が得意な魔術師は稀だ。
神官の紋章持ちでも、駆け出しでは一時的に出血を止めるのが精々だろう。
「クラフト君! ポーションを持ってきたよ!」
「助かる!」
リーファンが倉庫から、ポーション樽を運んできてくれた。
彼女は見た目よりかなり力持ちなのだ。
「……軍で配るヒールポーションでも、治癒できるか微妙なラインだな」
ペルシアの表情が険しい。
「とにかく使うぞ!」
俺は樽からポーションを
直後に、じゅわーっと、傷口から煙が上がる。
「え?」
これでも俺は元冒険者だ。ポーションを使用した経験は多い。
だが、こんな反応は初めてだった。
「あへ? ……もう、痛くないですぜ?」
「へ?」
「え?」
傷口から立ち昇っていた煙が収まると、先ほどまでぱっくりと開いていた傷口が、嘘のように綺麗に消え去っていた。
俺を含めて全員がぽかーん状態だった。
「え? 嘘。本当に……治っちゃったの?」
「これは……」
リーファンとペルシアが呆れた声を漏らす。
治るとは思っていたが、これはまた想像以上の治癒能力だな。
「いやぁ! 流石クラフトさんですぜ! すっかり治っちまった!」
「あ、ああ。それは良かった」
「ポーションって初めて使ったが、凄い効き目なんですなぁ!」
「ジタローさん。これが普通だと思わないで。それと普段からスタミナポーション飲んでるでしょ!」
「あ、そうか! 忘れてましたぜ。わははははは!」
順応早すぎだろ!
まぁ良いことか。
「ジタローさん。流石に血はすぐに戻らないから無理は禁物だぞ」
「そうなのか? その割りには快調なんすが」
「うーん。念のため倉庫のスタミナポーションをひと匙飲んで、明日までは様子を見てくれ」
「おうよ! さて、それじゃ畑の撤収でも手伝ってきやすかね」
「だから無理するなと……」
すっかり良くなったジタローは、意気揚々と部屋を出て行った。
無理しないかだけ後で確認しておこう。
「大丈夫そうだな」
「うん。良かったよ」
安堵のため息を吐く俺とリーファン。
その場を引き上げようとして、ぶつぶつと呟くペルシアに気がついた。
「これはすぐにでも軍に。……いやしかし」
てっきり強引にでも欲しがると思ったのだが、何故か躊躇しているペルシア。
「何か問題があるのか? リーファンが許可してくれるなら、作ること自体は問題ないぞ?」
大量に作るのは問題ないし、開拓村に金が落ちるならむしろお願いしたいくらいだ。
「うーむ。これから聞かせる話は内密にしてもらえるか?」
難しい顔のペルシアに、俺とリーファンは顔を見合わせてから、頷いて返した。
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