4:ムカつく奴には、反抗したくなるよなって話


「こっちは僕の妹で、マイナ・ベイルロードと申します。諸事情で一緒に行くことになりました。ほらマイナ、挨拶」

「よ……よろしく……おね……ます」


 三男カイルの背中から少しだけ顔を覗かせて、頭を下げると、すぐに隠れてしまった。

 開拓村に行くには不向きなドレスだったが、似合っているのは間違いない。


「カイル様だけではなく、マイナ嬢まで!?」


 ギルド長が驚きで声を上げる。本来なら失礼な態度なのだろうが、それほどの事なのだ。

 幸い貴族三人とも、ギルド長の様子を不快に感じている様子は無い。

 ま、腹の中まではわからんがな。


「ああ、光栄なことだろう?」

「そ、それは。もちろん大変光栄です。ただ、前もって資料をお出しした通り、これから向かう開拓地はかなりの難所であり、とてもではありませんが、身の安全を保証いたしかねます」

「なに。開拓地が危険なのは承知しているよ。そうだろう? カイル」

「はい。ザイード兄様」


 緊張した面持ちでカイルが答える。


「いや……しかし……」

「安心したまえ、護衛戦力として、申し分の無い人物を用意してある。アルファード・プロミス! ペルシア・フォーマルハウト! 前に!」

「「はっ!!」」


 精悍な男女の成人がびしりと前に進み出る。

 立ち振る舞い、装備から、相当の手練れであるのは一目瞭然だった。


 男が着ている鎧は、聖騎士団の軽装系だし、女が着ているのは、確か親衛騎士団の軽装系防具だ。

 二人の左手には、複雑な紋章が描かれていた。


「アルファードは聖騎士団の部隊長を、この若さで任されていた傑物だ。ペルシアは親衛騎士団の女性守護担当部隊で副隊長を務めていた。どちらも腕は保証しよう」

「このお二方があの有名な……。なるほど。お約束の防衛戦力としては充分過ぎますが……」


 この世界、個の力で集団の力を覆えしうるので、強力な個というのは、一般兵の部隊に匹敵する戦力と言える。

 なるほど、開拓村の守護と言う意味ではこの二人がいれば、ほとんど問題ないかも知れない。

 もっとも貴族以外も守ってくれるのかという問題はつきまとうが。


「なに、感謝はいらんよ」

「その、とてもではありませんが、カイル様に相応しい環境を整えることは不可能でして」

「ギルド長殿、僕は大丈夫です」

「しかし……」

「本人がそう言ってるんだ。気にすることはない」

「それは……」


 ザイードがカイルに顔を寄せて、影のある笑みを浮かべた。


「なに。開拓村が成功するかどうかは全てカイルの責任。君らが失敗しようが、それはまともな指揮が出来ないカイルが悪いのだよ。ああもちろん、優秀なカイルの事だ。すぐに父上が満足する結果を出して、大手を振って凱旋することを信じているがね?」


 そのいやらしい笑みで、俺は理解してしまった。

 この野郎、弟に何も期待してない。

 それどころか失敗させるために仕組んだとしか思えねぇ。


 歯を噛みしめて健気に立つカイルの姿が、俺の昔の姿と重なってしまう。


「いやはや、これまでに何度も開拓民を送り込んだが、ことごとく失敗した魔の土地だ。カイルの奮戦を期待するよ。ああ。君がいない間、兄と二人で父上を支えるから、ゆっくりしてきたまえ」

「……っ」


 だんだんむかっ腹が立ってきたぞ?


「なに、今まで病弱故、使えないと言われ続けてきたお前だ。このチャンスを逃す事はないだろう? ぜひ大成功させて、私達を驚かせてくれたまえ」


 ああ、なるほど。

 厄介払いかなんなのか、不要だから追い出す。

 そういうわけだな。


『クラフト。お前、クビ』


 先日パーティーから不要だと突きつけられた時を思い出してしまった。

 だから俺は、思わずとんでもない事をしでかしてしまったのだ。


「……安心してください。俺がその開拓。必ず成功させて見せますよ」

「クラフト君!?」

「ほう?」


 俺はゆっくりと立ち上がって、カイルの肩に手を置いた。

 アルファードとペルシアだけでなく、兵士達が動こうとしたが、ザイードの合図で動きを止めた。

 カイルが不思議そうに視線を向けてきた。


「君は?」

「クラフト・ウォーケン。元冒険者で、今は生産ギルド員だ。今回の開拓に参加する」

「元冒険者? 生産ギルドに転職したのかね?」

「ああ」

「新人に何が出来るというのだ」

「俺が、こいつを支えてやる。俺が、開拓を成功させてみせてやるよ」

(ちょっ! クラフト君!)


 下手したら打ち首かね?


「は……はははははははは! うん! 良いね! 開拓民にはこういう気概がなくては! うん! だが、少々無礼ではないかね?」

「これはお忍び、非公式って話だったよな? それに合わせただけさ」

「なるほど、権力嫌いの冒険者が言いそうなセリフだ」

「処分しますかね?」

「いや、許してやろう。その代わり、ぜひ結果で笑わせてもらいたいものだ」

「約束しますよ」


 ザイードの求める結果とは大幅に変わるだろうがな!

 俺の紋章が囁くのだ。

 俺達なら出来ると!


「それに、カイル様はすでに結果を一つ出していますよ?」

「なに?」


 ザイードの眉間にシワが寄る。


「俺を雇ったことで、馬車を大幅に減らした。随分と予算削減に貢献したさ」

「ぬ? お前、収納持ちか」

「ああ」

「だが、別にカイルが名指ししたわけではないだろうに」

「運も実力の内と言いますからね」


 ザイードが、キョトンと目を丸くしてから、笑い出した。


「は、はははははは! なるほど! そうだな! 確かに! 大事なのは結果だ!」


 何がおかしいのかひとしきり笑い続けるザイード。

 本当にむかつく奴だな、こいつは。


「くはは……、笑わせてもらったよ……では、私はこれで退散するとしよう。健闘を祈る」


 くつくつと笑いながら、ザイードは兵士を連れて帰っていった。

 中指でも立ててやろうか?


「ちょっと! クラフト君! なんてことするのよ!」

「まったくだ! 冷や汗でみずうみが出来るところだったぞ!」

「すまん、ちょっと我慢できなくてな」

「あの……」

「ああ! これはカイル様! うちの部下が色々と失礼な事を!」

「いえ。そんなことは」

「カイル様、ご無礼大変失礼いたしました」


 俺はカイルの前で片膝をついて、深く頭を下げた。


「頭をお上げください! 僕は、その、とても嬉しかったのですから!」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

「でも、一つだけ聞かせてもらえますか?」

「はい」

「どうして、あんな真似をしたのですか?」

「それは……わたくしごとで恐縮ですが、カイル様の境遇が、自分と重なりまして」

「?」

「俺は最近まで冒険者をやっていたんですが、そこで無用の長物と断言されたんです」


 一度だけじゃ無い。

 何度もだ。


「あ……」

「カイル様の事情はわかりませんが、どうもザイード様から、疎まれているように感じまして」

「……顔をお上げください」


 再度促され、俺はゆっくりと顔を上げた。カイルの表情には苦みが走っていた。


「実際、僕は病弱で、優秀な兄二人と比べたら、本当に役立たずなんですよ」

「いえ! カイル様は民の事を思う立派なお方ですぜ!」


 間髪を容れずにギルド長が叫んだ。


「僕には誰かを救えるほどの権力は無いのです……。でも! 今回の話は、少しでも民の力になれると、僕は喜んで志願したんです!」


 ああ、この子は本当に純真で優しいのだろう。


「ですので、不祥の身ですが、精一杯やらせていただきます。皆様もお力を貸していただけたらとても嬉しいです」

「……俺はもう宣言したからな。任せろ。絶対うまくやってやる」

「そのお言葉、とても心強いです」


 俺が嫌いなもの。それは理不尽。

 こんな子供が与えられて良い物じゃ無い。


「俺らギルドも全力で協力いたしますよ!」

「ええ! 私も!」


 それまで控えていた開拓民達が意を決して、次々と立ち上がっていく。


「お……俺らだって!」

「知ってるんだ。カイル様が不作の年に減税を呼びかけたって話を」

「おう! カイル様の為なら!」


 ギルド長やリーファンだけでなく、それまで控えていた開拓民達も、次々と拳を握っていく。

 そりゃザイードの態度を見たらこうなるだろう。


「ありがとうございます! 皆様!」


 カイルの後ろで隠れているマイナも恥ずかしそうに頭を下げていた。


 その後、護衛の冒険者パーティーも合流して、出立する事になった。

 二人の護衛、アルファードとペルシアは終始仏頂面であったが。


 ◆


 道中はただひたすら歩くだけなので、とても暇だった。

 元魔術師ではあるが、腐っても冒険者だ。長距離の歩きは苦にならない。

 リーファンも土小人ノームの血のせいか、あまり疲れた様子は無かった。


 逆に、開拓民のほとんどが疲労困憊といった様子だ。

 初日からこれでは先が思いやられそうだ。

 馬車に乗っているカイルとマイナも、かなり疲労の様子が見える。

 そりゃ、貴族用の馬車ではなく、荷馬車だからなぁ……。


 夜、森の中にテントが並ぶ。

 篝火がそこら中で燃えさかり、少しでも夜の獣を遠ざけようとしていた。


「よう、クラフト。転職したんだってな」

「ああ、レイドックか。久しぶりだな」


 やって来たのは冒険者のレイドックだった。

 細身の剣士で、一時期パーティーを組んでいたこともあった仲だ。


「そうか……まぁ正直冒険者の才能はな……」

「言うなよ」

「悪い。だが生産ギルドとは驚いたぜ」

「俺もだよ」

「開拓村ね……道中の安全は任せてくれ」

「いざとなったら俺も援護するさ」

「はは。期待しないでおくよ。頼りになりそうな護衛もいるみたいだしな」


 そう言ってレイドックは仲間の元へと戻っていった。

 彼はなかなかの実力者だ。

 冒険者のランクはC。

 護衛として考えたら頼りになる男だろう。


 まだ試していないが、錬金術師の紋章になってから、今までの攻撃呪文も威力が大幅に上がっているはずなので、いざという時は俺も参加しよう。


「さて、それよりも問題は一般の開拓民達だなぁ」


 俺は一緒に食事をとっていたリーファンに話し掛ける。


「そうねぇ。行程は一ヶ月ほど。森や草原を歩き続ける予定だけど、これは到着が倍以上延びるかもしれないね」

「そうだ。今さらだけど、錬金術を覚えて、その知識にスタミナポーションってのがあるんだよ」

「一定時間スタミナを大幅に上げる薬ね」

「そうそう。割と簡単な薬草で作れるから、作ってみんなに配ろうかと考えている」

「それは名案だと思うけど……薬草が足りないよ」

「なに? 荷詰めしたときに確認したが、樽いっぱいの乾燥薬草があったぞ?」

「えっとね、スタミナポーション一本に使う薬草の量は、バケツ一杯のはずだから、全然足りないよ」

「え?」

「え?」


 おかしい。俺のスキルが教えてくれる限りだと、必要な薬草の量はスプーンひと匙って所だ。

 樽一杯の薬草なら、それこそ数千……いや、数万は作れるだろう。


「とりあえず、試しに作って良いか?」

「良いよ。元々薬草は私たちが使用する為の物だし」

「ああ」


 アイテムボックスから薬草樽を取り出す。

 水の入ったカップに薬草をひと匙。


「よし、初めての呪文だからちょっと緊張するが……”錬金術:スタミナポーション”!」


 カップが軽く発光すると、透明だった水が少し黄色がかっていた。


「ちょっと失礼するね」


 リーファンがカップを受け取ると、鑑定の魔法を発動させたようだ。

 そういえば”鑑定”も覚えてたなぁ。

 余りにも大量の魔法を一気に習得していて、自分でもまだ把握しきれてないのだ。


「なっ!? なにこれ!? 嘘でしょ!!」

「どっ! どうした!?」

「信じられない!? あれだけの材料で……しかも品質が”伝説”になってるんだけどぉ!!」

「は?」


 ちょっと意味がわからないです。


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