3:やってみたら上手く行くってのは、嬉しいよなって話


「おはようリーファンさん」

「おはようクラフト君! 普通に呼び捨てで良いから!」

「え? でも、開拓村のギルド長になる訳だしな」

「いいのいいの。向こうに言ったら二人だけのギルドメンバーじゃない。仲間だと思って気楽に接して欲しいな」

「それもそうだな。改めてよろしく頼むリーファン」

「うんうん。むしろ嬉しいよ!」


 たしかにこれから長く付き合うことになるのだ、気楽にやれるならそちらのほうがありがたい。


「それで、すぐに出発なのか?」

「今、大急ぎで荷物を馬車に積み込んでいるところだよ」

「うわ……二〇台も馬車が行くのか。これは大変だな」

「開拓だから、必要なものは全部持って行かなくちゃならないからね」

「そういえば、錬金術師になったら”空間収納”魔法を使えるようになったんだよな」


 紋章は、自ら使える力を教えてくれる。

 その紋章が俺の新たな能力を教えてくれた。


 実は黄昏の錬金術師の紋章を得たとき、大量の魔法や技を得たのだが、あまりにも多すぎて、自分でもいまいち把握しきれていない。


「え!?」

「なんだってぇえ!?!?」


 リーファンだけでなく、ギルド長が飛び出してきた。

 そう言えば、名前しらねーや。


「うわっ! びっくりした! ギルド長どっから!?」

「ええい! 細かい事はどうでもいい! 空間収納ってのは本当なのか!?」

「まだ自分の荷物でしか試してないが、間違いなく覚えてるぞ」

「それで!? どのくらいの荷物が収納出来る感じだ!?」

「その辺のテストはまだだが、紋章は相当量を収納出来ると囁いてるな」

「ほほう!」


 空間収納は、どの紋章でも発生する可能性のある魔法なのだが、発生すること自体が稀だった。

 かなり貴重な魔法といえる。

 正直、これだけでも紋章を書き換えた価値があったというものだ。


「頼む! 手間賃は出すから、収納出来るだけ、片っ端から収納してってくれ!」

「テストしながらで良いか?」

「ああ! じゃあまずあれだ!」


 ギルド長が指さしたのは、ぎゅう詰めされた荷物がロープでがっちりと固定の終わっている荷車だった。


「え、いきなりあれかよ」

「まぁ流石に一まとめになっているとはいえ、あのサイズと重さは無理だろうな」

「あれが収納出来たら、空間収納だけで一儲け出来そうだ」

「なに、徐々にサイズの小さい奴を指示するから、収納出来る最大値を調べよう」

「なるほど。たしかにテストにはちょうどいいな」


 流石にこのサイズは無理だよなと、荷車に手を触れて”空間収納”を発動させた。

 一切の抵抗なく、あっさりと荷車は異空間へと収納された。


「……え?」

「は?」

「えええええええええええ!?」


 余りの手応えの無さに、慌てて”空間収納”をもう一度発動させ、ちゃんと取り出せるのか確認する。

 一切の抵抗なく、当たり前のように荷車はそこに鎮座した。


「はぁああああああああああ!?」

「うそぉおおおおおおおおお!?」


 ギルド長とリーファンが驚いているが、俺だって驚いている。

 二人が驚きすぎて、自分が驚くタイミングを逸しただけだ。


「す……すげぇ……こんな高性能な空間収納見たことがねぇ……やっぱり開拓村なんかへ行くんじゃ無く……」

「ギルド長!」

「うわ! す! すまん! クラフトを取り上げたりはしねぇよ!」

「当たり前です! クラフト君は絶対に渡しません!」

「ま、まぁこんだけの人材を送り込んだとなれば、ギルドの株は上がるからな」


 うーん。

 もし俺が錬金術師として上手くいかなくとも、荷運び屋としての仕事はやれそうだな。

 もっとも、毎日毎日移動し続けるだけの仕事ってのは、あまりやりたくないが。

 ああ、だから空間収納持ちの荷運び屋って少ないのか。納得。


「まぁいい。クラフト! こっちの荷車も頼む! おいそこの奴! 小分けじゃ無く可能な限りでかい木箱にまとめるんだ!」

「へ! へい!」


 ギルド長のてきぱきした指示が飛び、それまで馬車に積み上げていた荷物が大箱や、荷車に無理矢理まとめられていく。

 それを次々に空間収納に収納していったのだ。


「す……すげぇ……ほとんど全部収まっちまった……」

「え? あの人、俺達と一緒に開拓村へ行くのか?」

「なんて心強い!

「ああ……開拓村なんていうから、ギルドから派遣される人は問題児かと思ってたよ!」


 荷造りを手伝っていたのは、開拓村へ移住する方たちだったらしい。

 いわゆる開拓民って奴だな。

 熱い視線が妙にむず痒かった。


「いやはや。馬車の大半にはキャンセル料を払って帰ってもらったぞ。仕事が無くなったのに、約束の二割渡したから、喜んでいたぞ」

「仕事を奪う形にならなかったのなら良いんだ」

「お前には、馬車のレンタル代に払う予定だった金額の二割でどうだ?」

「え!? いやいや! 特に苦労もないんでタダで良いぜ!?」


 紋章の適正検査や書き換えなど、滅茶苦茶世話になってるからな。

 そこで目つきを鋭くしたギルド長が、俺の肩をグッと引き寄せた。


「いいからもらっとけ。こんだけの空間収納持ちが無料で仕事を引き受けるなんて噂が立ってみろ。あとあと困るぞ」

「あ」

「能力はもう隠せない。俺も迂闊だったすまん」

「いやいや! 俺も自分で驚いてるんで!」

「そう言ってくれると助かる」


 空間収納だけでこの性能かよ!

 期待させてくれるぜ、錬金術師の紋章よ!


 こんな感じで、一ヶ月〜二ヶ月は仕事をしないで遊べる30万ドットというなかなかの大金を手にしたのだ。


 ◆


「整列!」


 それは突然始まった。


 揃いの立派な鎧を身に纏った辺境伯の兵士が、大通りの両側に突如並んだのだ。


「なんだ?」

「おいおいおい……出立式はやらないって話だったろうが!」


 ギルド長の歯軋り混じりの呟きで理解する。

 つまり、お貴族様がやってきたと言うことだ。


 兵士の先頭に立つ、いかにも隊長といった風体の大男が、こちらに向かって吠えた。


「生産ギルド長! いるなら返事をせよ!」

「ああ! ここにいるぞ!」


 ギルド長が答えると、兵士達が足並みを揃えて、ざっざっざっと規則正しく行進してきた。

 なるほど。ここの領主、ベイルロード辺境伯は噂通りやり手らしい。軍隊の質一つ取っても隙が無い。


「良く聞け! オルトロス・ガンダール・フォン・ベイルロード辺境伯が次男! ザイード・ガンダール・ベイルロード様をお連れした! 礼節を持って出迎えよ!」

「出立式は略式で決まっていたはずですが!?」


 ギルド長が隊長に詰め寄る。


「ギルド長久しぶりだな」

「こ! これはザイード様! お久しぶりです!」


 爽やかな空気を纏って、目立つ貴族が進み出てきた。

 ザイードって事は次男だ。たしか三十歳前後だったはずだが、若く見えるな。


 固まっていた開拓民だったが、兵士達に一睨みされると、慌ててその場で跪くのだった。


(クラフト君!)

(おっと)


 リーファンに服を引かれて、俺も慌ててその場に膝を突いた。


「今日はお忍びだからな、皆顔を上げて良いぞ」


 そう言われて顔を上げる奴は、俺だけだった。

 それに気付いたザイードが、ほうと感心したような表情を浮かべた。


「それでザイード様。この騒ぎを説明してもらえるのでしょうな?」

「もちろんだ! 今回、開拓村の責任者として、私の弟が選ばれたかのだよ! やはり晴れ姿を見送りたいだろう?」

「お、弟!?」

「そうだ! 私の自慢の弟、カイル・ガンダール・ベイルロードの事だ!」


 静まりかえる開拓民。

 たかが地方のいち開拓村に、辺境伯の三男だって?

 冗談はよしてくれ。


 ザイードに促されて前に出てきたのは、ザイードとは似ても似つかない、優しい顔つきの少年だった。

 それと少年にしがみつくように、少女が一緒に出てきた。なんとなくカイルに似ている。


「初めまして。この度開拓村の責任者として任命されました、カイル・ガンダール・ベイルロードです。若輩者ですが皆様よろしくお願いします!」


 礼儀正しくぺこりとお辞儀をする少年。

 釣られてお辞儀をする少女。


 それを面白く無さそうに見下すザイード。

 うん。嫌な予感しかしねぇ。


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