2:予想外のもんに才能あったら、驚くよなって話
「黄昏の錬金術師だとぅ!?」
「うわびっくりした!」
紋章官の放った謎の名称に、建物が揺れるほどの音量で、ギルド長が吠えた。
ちょっと怖い!
「うむ。信じられん……まさか実在する紋章だったとは……」
「えっと、普通の錬金術師とは違うのか?」
「少し違うな。錬金術師自体が貴重だが、黄昏の錬金術師は存在するだろうと予言だけされていて、今まで見つかったことの無い紋章だ」
「ん? どういう事だ?」
「君の質問に答えるならば、……そうだな。騎士に上位の紋章があるのは知っているかね?」
「ああ。聖騎士や竜騎士なんて紋章があるはずだ」
冒険者では滅多に見ないし、ほとんどの場合、親がその紋章でなければ発現しないらしい。
「うむ。生まれつき相性を持つか、騎士として極めることで、ごく稀に書き換え可能な上位の紋章。黄昏の錬金術師はそういう立ち位置の紋章だ」
え、つまり、最初から最強って事?
「ただ、錬金術師の上位紋章は確認されていなかったからな。仮の名称が割り当てられていただけなのだよ」
「なるほど。それにしても黄昏って変な名称だな」
「それには理由がある。錬金術師を極めると、黄金を作れるようになると言われていてな。成功している者はおらんが」
「はあ」
聞いたことはあるな。
「つまり黄昏は黄金の比喩であり、黄金すら作れる錬金術師だろうという意味でつけられた」
「ああ、なるほど」
「もっとも本当に作れるかは謎なのだが……」
そこで話を終わらせる紋章官。
言うべき事は全て伝えたという事なのだろう。
「さて、それで、黄昏の錬金術師に紋章を書き換えるかね?」
そんなもの、聞くまでも無いだろう。
俺はお願いすると、左手を差し出した。
四年付き合ってきた相棒……魔術師の紋章が弱々しい光を放っていた。
お前……やっぱりいらない子だったのか。
妙にさっぱりした気持ちで、紋章官に書き換えを頼んだ。
「うむ……私としたことが、少し緊張するな。よし”紋章変換! その名は黄昏の錬金術師!”」
紋章官の魔力が左手の紋章へと流れ込む。
まるで、今までの紋章が蓋にでもなっていたかのような魔力の奔流が、一気に左手に流れ出し、体内でくすんでいた大量の魔力が踊っているようだった。
生産ギルド会館が、黄金の光に包まれた。
「な! なんだ!?」
「俺見てたぞ! そこの冒険者が紋章を書き換えてるんだ!」
「紋章の書き換えってこんな光るのか!?」
「そんなわけねぇ!!」
いつの間にか、野次馬達に注目されていたらしく、周りがうるさい。
どうやら、俺の押さえ込まれていた魔力が暴走していたらしい。
紋章が書き換わった瞬間、俺の体内で魔力が一斉に流れ出すのを感じた。
今と昔を比べられるからハッキリしたのだが、これまでいかに魔力が淀んでいたのかがわかる。
これが本当の俺の魔法力だっていうのか!?
みなぎる魔力の量と質に、我ながら驚愕せざるを得ない。
書き換わった紋章の力を借りて、魔力を安定させると、ようやく光が収まった。
「……黄金の紋章?」
「なんだこりゃ」
「色つきの紋章か。やはりな。しかし黄金とは」
左手の紋章を見れば、複雑で見たことの無い紋様へと書き換わっているだけでなく、黄金の輝きを放っていた。
「上位職の紋章には黒以外の色がついているらしいとは聞いたことがあるが」
「昔、聖騎士の紋章を見たことがあるけれど、それとも全然違うな」
「ふーむ。良い物を見させてもらった。他の紋章官に、この模様を知らせねばな」
それは紋章官のお仕事だからな。俺がそれを否定することは出来ない。
「色々ありがとう。生まれ変わった気分だ」
「いや。私も良き仕事をさせてもらった。貴殿の幸福を祈るよ」
「貴方も」
お互い固い握手を交わした後、紋章官は自分の仕事に戻っていく。
こうして俺は黄昏の錬金術師へと生まれ変わったのだった。
◆
「おめでとうクラフト」
「ありがとう」
「凄いですねクラフト君! 錬金術ってだけでも凄いのに、その上位クラスなんて!」
「え?」
突然話に割り込んできたのは、オレンジ色の髪をした、なかなか可愛い少女だった。
えっと、君誰?
「おっと、ちょうどいいな。紹介しておこう。こいつはリーファン・ハマン。開拓村へ行くもう一人のギルドメンバーだ」
「はじめましてクラフト君!」
「あ、ああ。初めまして」
平坦な体つきの少女で、活発そうな大きな瞳は少し吊り目気味。
太陽で育ったオレンジに輝く髪は、細長いツインテールになっており、結び目はお団子になっている。シニョンとか言ったっけ?
それにしても、こんな子供が開拓村へ?
あと、君付けなの?
「錬金術師が一緒なんて心強いよ!」
「ま、まだ初心者だけどな」
「ギルド長としては詳しい能力を聞きたいところだが、実は開拓村への出発は明日なんだ」
「え?」
そんな急な話だったのか?
「いや、冒険者ギルドに人材の相談をしたのはだいぶ前だ。ただ、条件に合う奴がいなかったんだろう」
「それはそうだな」
開拓村に長期滞在出来て、なおかつ冒険者ギルドを辞めて生産ギルドに入れというのだ。普通に考えたらOKする奴はいない。
「ま、俺としてもダメ元で相談してただけだからな。来てくれただけでも嬉しいんだが……」
そこでギルド長の言葉が切れる。どうにも複雑な顔つきだ。
「優秀な錬金術師を開拓村に送るなんてちょっと勿体ないよな。やっぱりここで……」
「あ! ダメですよ! クラフト君は渡しませんよ!?」
がばりとリーファンが抱きついてきた。
え!? ちょ!?
つるぺったんの割りに柔らかい!
あとやっぱり君付け!?
「いや、だが……」
「ダ・メ・で・す! そもそも誰も辺境に行ってくれる人がいないから! わざわざ来てもらったんですよ!?」
「うぐ……」
「おい、ちょっと……」
「ああ、気にしなくていいぞ。そいつ、
「ギ・ル・ド・長?」
「うぉっ!? ハンマーはよせ! ハンマーは!」
「その空っぽの頭をぷちってしてあげましょうか?」
「可愛く言ってるけど、完全に俺をトマトピューレにするつもりだよな!?」
「美味しく無さそうですねぇ」
「このロリバ――」
「な・に・か・言・い・ま・し・た?」
「ごめんなさい」
ギルド長弱ぇえ……。
「そ、それじゃクラフト、急ぎだが、明日の出発に合わせられるか?」
「もともと身軽な冒険者だから大丈夫だ。部屋の退出手続きや準備も、明日までならなんとか」
部屋の件や、生産ギルドへの転向手続きなどあるが、元々準備されていたので、夜までには全て終わるだろう。
「それは重畳。これでいいか? ロリバ……」
「な・ん・で・す・か?」
「これでよろしいでしょうか! リーファン様!」
「はい。良くできました」
「リーファンさん。そろそろ離してくれ」
「あ、ごめんねクラフト君」
「いやまぁいいんだけどよ、ちょっと落ち着かない」
「ロリババアに抱きつかれても嬉しくないとよ。二重の意味で」
どごーん!
カウンターがハンマーの一撃で破壊され、ぱらぱらと木片が降ってきた。
巨大なハンマーなのに、見えなかったんだが!?
「修理代はギルド長持ちで」
「はい。リーファン様!」
正直、今のはギルド長が悪いと思うので擁護出来ない。
それにしてもちっこい身体で、よくこんなハンマー振り回せるなぁ。
「あー、土小人ってのは、ハンマーやピッケル、あとシャベルを使ったとき、通常よりも使いこなせるんだよ」
「冒険者ギルドで、種族補正って呼んでた奴だな」
「そうそう。原理は不明だけどな」
「エルフの弓補正や、ドワーフの斧補正はよく見たな」
紋章がもたらす特別な魔法や技などとは別に、種族毎に補正があるのは有名な話だ。
「ま、そんななりだがこのギルドの中じゃ優秀な部類だ。開拓村ではギルド長として働いてもらうから、わからんことはリーファンに聞いてくれ」
「わかった」
「そんな事よりも、現地の責任者の方が心配だな」
「どういう意味だ?」
「もしかしたら、辺境伯の直系が責任者になる可能性があるらしい」
「直系が?」
一〇〇人にも満たない開拓村に、この地を治める辺境伯の血縁が来るとは、随分きな臭い話だ。
「ああ。こっちとしてはやりにくいから、代官にしてもらえるように交渉中なんだが……」
「貴族が、一つの開拓村の責任者になるなんてありえるのか?」
「かなり特殊だろうな」
だいぶ嫌な予感がするなぁ。
「こっちは仕事をこなせばいい。なに、一〇年も過ぎたら、流石に自由にしてかまわんしな」
「いや。出来れば生産ギルドでお世話になって、小さな店でも開けたらと思ってますよ」
「そうかそうか。リーファンはちっこいが腕はかなりのもんだ。鍛えてもらうんだな」
よく見ると、リーファンの左手には、鍛冶の紋章が浮いていた。
土小人やドワーフが持つと、鬼に金棒である。
「そんなちっこいは余計です!」
「褒めてるじゃねーか!」
「まあいいですけどね。頑張りましょう! クラフト君!」
「ああ。骨を埋める気で頑張ってみるかね」
こうして、俺は新たな人生を歩むことが決定したのだが、次の日、俺の人生を大きく左右する事件が起きるのであった。
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