六畳一間、春

日々寧日

第1話

 幸せなんて、知らなかった。

 人生全部、後悔と諦めの連続だった。

 『生きる意味』その言葉の意味がわからなかった。


 彼女に、出逢うまでは。


「私のこと、視えちゃダメだよ」


「だって私、幽霊だもん」


 本当に死を渇望し、絶望に酔い、生の実感が薄れた者には霊が視えた。


「もっとちゃんとしなよ」


「私のことはいいからさ」


 僕の部屋に憑いていたのは、やさしい霊だった。


「やっぱりさ、死んじゃだめだよ」


「幽霊の私が言うのもおかしいけどね」


 いつからだろう、死にたいという気持ちが薄れていったのは。

 生の実感の傍には、いつだって彼女がいた。


「死ぬ前にキミと出逢えていたらなぁ、なんてね」


「こんなこと言っちゃダメなんだけど、キミが視える人で良かった」


 あぁ、これが幸せか。いま僕は満たされている。心の底からそう思えた。


 それが、別れだった。




 時計を確認する。電車の時間が近づいていた。

 あとすこし、五分だけ。荷物が運び出され、ほぼ空になった部屋の中で彼女を想う。


 共に過ごした時間が、笑い方を教えてくれた。

 別れの悲しみが、泣き方を教えてくれた。

 他にも数え切れないほど。すっかり人間らしくなった僕だけれど


「やっぱり、君が好きだ」




 今日、僕は新しい生活へと旅立つ。




『がんばれ』




 誰かに背中を押された気がした。

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六畳一間、春 日々寧日 @Tomokazu-sugita

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