プロローグ 嵐を越えてきたりしもの 下

「怪我はないかな?」

 問いかける立場があべこべだ、と、少女は思った。

 血にまみれた身体をさして気にする風もなく、ネイトは首を左右に揺らしている。

「……大丈夫?」

 返事がない少女を心配したのか、鼻先がぶつかりそうな距離まで顔を近付け、さらに尋ねた。

「は、はいっ……大丈夫です!」

「よかった。それで……ええと……」

 ネイトは顔を離し、沈痛な面持ちで周囲を見回した。

「生き残ったのは君だけ?」

「……はい、そのようです」

 少女は俯いて答えた。想像通りの答えではあったが、ネイトの表情はさらに陰った。

「そうか……ごめんね」

 なぜ謝るのか、少女には理解できなかった。

「あの……助けていただいて、ありがとうございました」

 故に、何よりもまずは礼を言わなければならない、と考え直した。

「僕は、なすべきことをなしただけだよ。人を守るのが僕の責務だ」

「人を、守る…………あっ!」

 少女はその場に直り、ネイトの前に跪いた。

「た、大変申し訳ありません……私は巡礼の巫女、リーズと申します。ネイト様、私のような者をお救いいただき……それどころか、嵐の竜まで討ってしまうとは、あなたこそまさしく、救世主……!」

 頭を垂れるリーズの姿に、ネイトは渋い顔を見せる。

「……………………」

 リーズは頭を下げたまま動かない。

「ええと……」

 困り切った声が漏れるが、それでもリーズは動かない。

「う、うん……ありがとう、感謝してくれているのは十二分に伝わったよ……」

「もったいなきお言葉にございます……!」

 そうは言っても顔は上がらない。

 見えるのは小さなつむじだけ。嘆息しつつ、つむじに問いかける。

「……とりあえず、二つ教えてくれるかな?」

「はい、なんでしょうか……?」

「この土地はどこで、今は、西暦何年かな?」

 その問いに、少女は一つは簡潔に、もう一つは困惑気味に答えた。

「ここは、聖竜クリシュナが治める光輝圏の最東端に位置する街でございます。それから、その……申し訳ありません、セイレキというのは……なんなのでしょうか……?」

 今度は、リーズが困惑する番であった。その表情が本心から作られたものであることは誰にでも理解できた。

 ネイトは血塗れの手で髪を梳き、紅く燃えているかのような、見慣れた夕暮れの空を仰いだ。

「多少のことには驚かなくなったつもりだったけれど……一体どうなっているのやら」

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屠竜騎は空よりきませり 風見どり @kazami_dori1226

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