先輩と後輩の終わり

赤崎シアン

先輩と後輩の終わり

 窓際、最後列の席に座り、物憂げな表情で窓の外を眺めている先輩。

 そして、ひとつ前の席の背もたれをお腹側にして座り、先輩を眺める僕。

 先輩の横顔が夕陽に照らされて、それがすごく綺麗で、思わず見入ってしまいそうになる。


「先輩」


 そう呼びかけると先輩はゆっくりとこちらに顔を向けて、少し首を傾げる。

 先輩は喋らない。簡単な言葉はほとんど動作に変換されて表されるのだ。


「ちょっとお聞きしたいことがあって」


 今度は反対の方向に首を傾げる。長い黒髪が小さく音を立てて揺れた。

 喋らない代わりに目はきちんと合わせてくれる。

 僕は少し身を乗り出して、話を進める。


「昨日『君のことが好きだ』って言ってたじゃないですか」


 先輩はこくりと頷いた。


「その『君』は僕ですよね」


 また首肯。焦る気配も驚く気配もない。

 僕も至って平静を装って話を続ける。


「じゃあ『好き』っていうのはどういうことですか?」


 すると先輩は少し視線をずらして考えるように間を取った。

 そして、手元のルーズリーフにペンを走らせ、僕に目を合わせながらそれを見せた。


『好きは好き。それ以上でもそれ以下でもない』


 先輩の字は綺麗で、とても読みやすくていい字だ。多分学校の誰よりも綺麗な字を書くと思う。


「それは友達としての『好き』ですか?」

『私は友達に好きって使わない』


 またさらさらとペンを走らせて僕に見せてくる。


『それに私は君を友達だとは思ってない』

「え……っと、それは……?」


 なぜか先輩は僕から目線を逸らして窓の外を眺めてしまう。話の途中でこんなことをされるのは初めてだった。


「ただの先輩後輩ってことですか?」


 先輩はこちらに目を向けないまま頷く。


「じゃあ、先輩」


 僕は少し椅子を近づけて距離を縮める。先輩がこっちを向いて首を傾げる。


「ただの先輩後輩は嫌です」


 先輩はさらに角度を付けて顔を横に倒す。

 僕は目を瞑り、一度深呼吸をして、先輩の目を正面から見つめる。


「先輩のことが好きなんです」


 出会って初めて先輩の表情が変わった。目を丸くして本気で驚いているようだ。


「友達としてでも、先輩としてでもなく、異性として好きなんです」


 ついに先輩は目を瞑って少し下を向いて何も言わなくなった。何も書かないし、身振りもしない。

 少し経って先輩が短くペンを動かした。そしてそれを僕に見せる。


『私も好き』


 今度はこっちが固まった。

 それを見て先輩はまた首を傾げる。


「じゃあ、先輩後輩はやめましょう」

『どうして』

「……彼氏彼女になりたいからです」


 先輩は今度は窓とは反対のほうを向いた。深いため息をひとつ。

 そして僕に向き直ると、目を瞑って少し上を向いてそのまま静止した。

 意味は分かった。


 椅子から立ち上がり、先輩と向き直る。そしてゆっくり顔を近づけていく。

 唇同士が触れあい、ゆっくりと離れる。


「これで先輩後輩は終わりですね」


 先輩は優しい笑顔で頷いた。

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先輩と後輩の終わり 赤崎シアン @shian_altosax

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