deus-ex-machina

黒水開

deus-ex-machina

また、視線を感じた。

「…………」

 反射的に振り返るが、そこに人影はない。当たり前だ。このワンルームマンションに僕以外の人間はいない。

「……誰だ?」

 虚空に向かって呼びかけるが、もちろん反応はない。何もない空間をしばらく見つめていたが、馬鹿らしくなってきたのでやめる。「いつも通り気のせいだ」と、どこかで納得していない自分を無理やり押さえつけ、目の前の今すべきことに集中する。

 一人の人形師として、今すべきことに集中する。

「えっと……《機能停止》《再起動》」

 僕の声を認識して、向かい合って直立した「人形」はその瞼を開いた。

「《プログラム照合》《自己認識ルーチン再構築》《二次以上のバックアップ消去》」

 ぴくりとも動かない「人形」だが、その内部では膨大な量の演算処理が絶えず行われている。

「《双方向インタラクティブリンク全カット》《『愚者の眼E・O・F』同期開始》《フィードバック暗号化レベルダウン》」

 僕も必死だった。誰も触れたことのない神の領域に達する、前人未踏のこの計画。あと少しで正解に手が届く、こんな段階まで来てヘマをするわけにはいかない。

「《反物質供給カット》《疑似恒常性デミ=ホメオスタシス動作開始》」

 言いながら僕は「人形」の首筋に束になって繋がれた、線のように細いチューブをまとめて引き抜く。つい先程まで中を流れていた反物質の残滓が黒いもやとなって先端から零れ、空気中に拡散してやがて見えなくなった。

 最後の制御文をふたつ残したところで、僕は自分の体の震えに気が付いた。

「…………ハハッ」

 乾いた笑いが自然と口から漏れた。ビビってるのかよ? 自問する。そして自答する。今さら後に引けるわけないんだ。

「《神経接続》――《全感覚解放オープン》」

 虚ろだった「人形」の瞳に光が灯った。形を与えられて初めての感覚、初めて体験する世界だというのに、それはまるで仮眠から目覚めたかのようなとぼけた様子で辺りを見渡している。

「…………」

 僕は何も言わない。言う必要がない。これは与えられた命令に従うだけの自動機械オートマトンとは違う。そんな低次な鉄屑がらくたとは比べ物にならない代物だ。

「人形」の正面には製作者たる僕が確かに居るのだが、これはそのことに気付く様子も見せず、自分の部屋で一人で過ごしているかのように振舞っている。「愚者の眼E・O・F」プログラムが正常に働いている証拠だ。

愚者の眼E・O・F」とは「任意の対象を知覚できなくする」ためのプログラムだ。今この人形の五感――視覚や聴覚は、僕を捉えることができない。しかし、ただ「見えない」「聞こえない」とういうだけではない。重要なのは「知覚」はできないが「認識」はするということ。仮に僕が「人形」の前に立ち塞がっても、「人形」は僕に突っ込んで来ることはせず無意識下に僕を「認識」し、自然と避けて歩くというわけだ。

 そして今、目の前には設計した通りの「人形」が、想定した通りに動いている。

「はは……ははは…………っ! 成功だよ!」

 思わず声を上げた。しかしプログラムに隷従する「人形」には聞こえない。いわば単なる独り言だったが、構うものか。この喜びを誰かと分かち合うことなどできないし、する必要もない。

「どんな気分だ……? 薪名まきな

 相手に声が届かないと知りながら、それでも僕――古鞍ふるくら薪名は呼びかける。

自分と同じ名を冠する「人形」――「薪名」に呼びかける。

 まるで、鏡を見ているようだった。

 目の色が同じ。髪の色が同じ。

 顔つきも体格も声質も同じ。

 僕自身をベースにした疑似人格キャラクターをインストールしてあるから、考えていることも同じ。

 唯一異なるのは「造られた」という点。肉体を構成する皮膚や筋肉は人工物の代用品であるし、その魂も小型の反物質増幅器をスターターとした紛い物フェイクに過ぎない。

 しかし、それはただそれだけのこと。外から見て気づくことのできない違いなどあってないようなものだ。

「はは…………はははははは――――っ!」

 この日。


 僕は「自己の複製」に成功した初めての人形師となった。


  *  *  *


 病気が見つかったのは十五の冬。それが治りようのない致死性のものであるとわかったのは、春の初めのことだった。余命は五年から七年、長くても十年前後だと医者に宣告され、中学を出たばかりの僕は愕然とした。

 その頃の僕はと言えば、魔術機構の支部によく通うようになり、「人形」製作の基礎を学んでいる最中だった。周りの魔術師や人形師には「呑み込みが早い」とよく言われたし、自慢ではないが、同年代の子供たちの中ではかなり優秀なほうだったと自負している。

 そんな「前途ある若者」であった僕にとって、未来の可能性を根こそぎ失うというのはかなりショックであったが、絶望のあまり冷静さを失ったりしたかと言えば、そんなことはなかった。愛する人のために奔走したり、自暴自棄になって世界にケンカを売ったりでもしたほうが、物語としてはドラマティックになったのだろうが。

 そのとき僕の中にあったのは他の七十億人の一般人と大差ない願望――人間の根底にして最上位にある本能――つまりは「生きたい」という、ただそれだけの意思だった。

 ただ、僕は一般人ではなかった。日本に二千人ほどの魔術師の、さらにその中の一割弱の人数しかいない人形師というものに分類される存在だった。「人形」製作も魔術も見習いの段階とはいえ、一般人に比べれば生物の生死についてかなり踏み込んだ知識を持っていたというわけだ。

 普通なら「死にたくない」とか、そんなことを思ったのだろう。

 しかし、僕は「死後も生き続ける方法」を見つけるのに、残り数年の命を一滴残らず費やす覚悟を決めていた。


* *  *


 思考実験だ。

 ここに、十五年間使われ続けたコンピュータがあるとする。ハードディスクの中のデータは、十五年間に渡って何度も作成され、変更され、保存され、複製され、削除されるのを繰り返してきた。今ここにあるコンピュータの中身は、十五年という長い年月を経た結果である。

 では、ここにもう一台、新品のコンピュータを用意する。これを、最初のコンピュータと同じ状態にするにはどうすればいいか。ひとつに「十五年間使い続ける」という方法がある。十五年間かけて、同じようにデータを作成、変更、保存、複製、削除していけば、最初のコンピュータと同じ結果になるだろう。

 しかし、ほとんどの人はそんな面倒な方法はとらない。もっと単純で、かつ簡単な道を選ぶ。つまりは「コピー&ペースト」だ。十五年間の使用の結果だけを再現してやればそれでいい。片や十五年、片や一瞬の産物ではあるが、ふたつのコンピュータの中身は全く同じ、等価値である。

 つまりは、そういうことだ。

 十五年間生きた人間を造るのに、必ずしも十五年間生かす必要はない。


  *  *  *


 肉体についてはほとんど問題ない。外見だけでなく臓器などに至るまで、完全に人間を模した「人形」の製作技術はある程度確立されているから、それを基に丁寧に造るだけだ。

 精神について。「人形」から「人形」へとプログラムをコピーする技術が存在するから、これを利用するつもりだ。人間で行った実例はないが、ソフトウェアの扱いは得意分野だ。うまくやってみせる。

 問題は。

「『内部情報と知覚情報の矛盾コンフリクトによる自我崩壊』か……」

 余命宣告から三ヶ月後。僕は支部の書庫から拝借した資料に目を通しながら、近所の喫茶店で頭を抱えていた。部外秘の資料ではあるが、持ち出しが禁止されているわけではない。奥の席に座ったから、一般人に見られることもないだろう。

 自我崩壊――要は、人間の人格をコピーした「人形」が、自分が造られたということに気付くと、その現実を受け入れられず精神に異常をきたすという訳だ。自己の複製のみならず、限りなく人間に近い人格を持つ「人形」を造ろうという過去の試みは、すべてこの問題のせいで失敗している。

「『人形』に見つからなければ……いや、流石に無理があるか……あまり離れるわけには……」

 思考はまとまらず、考えれば考えるほど深みに嵌っていく。

「いっそ『人形』の知覚の方をいじって……でも内部情報が不完全に……自己認識を独立させるには……」

 独り言を呟き続ける自分の口が、別人のもののように思えてくる。薄くもやがかかったように、意識がはっきりしない。眠気と疲労感の混合物が身体の中に充満する。

「自我境界は……五感をマスキング……最小限の……」

 もう自分の言葉もよくわからない。徐々に視界がホワイトアウトして――。


  *  *  *


 見慣れた天井が目の前にあった。

「…………夢か」

 目標を達成したとたんにあんな昔のことを夢に見るとは、僕も思ったよりエモーショナルな奴だ。着替えていないところを見ると、昨日あのまま寝落ちしてしまったのだろう。

 横に目をやると、「薪名」が丸テーブルで朝食をとっていた。そういう風に造ったのだから当然の挙動ではあるが、改めて目にすると奇妙な光景だ。自分と同じ姿をした「人形」というのは。

「……おはよう、薪名」

 声をかける。返事はない。こちらに見向きもしない。当たり前だ。そのための「愚者の眼E・O・F」だ。

「それにしても……懐かしいな」

 見ていた夢の続きを想起する。確かあの後、僕は「愚者の眼E・O・F」を――。

「――あれ?」

愚者の眼E・O・F」を完成させたはずだ。

 はずなのに。

「思い出せない……」

「薪名」の製作にかけた時間は……はっきりとは覚えていないが一年か、長くても二年ほどのはずだ。

 はずなのに。

愚者の眼E・O・F」を作ったのが、何十年も前の出来事であるかのように思える。思い出そうとしても、煙のように遠ざかる記憶。

 と、そのとき。

「――――っ!」

 視線。

 突き刺すような、視線。

「誰だ!?」

 振り向いた先には――やはり、誰もいなかった。視線も感じない。

 しかし、今の感じは気のせいなんかなじゃない。確かに誰かが、あるいは何かが僕を見ていた――――見ていた?

「ふざけるなよ……っ」

 そんなことがあってたまるか。今この部屋には僕以外に誰もいない。「人形」をカウントしても正面に座る「薪名」だけのはずだ。

 はずなのに。

「僕を……見るなぁっ!」

 近くにあったガラスのコップを、視線を感じた方向へ目がけて投げつけた。コップは壁にぶつかって粉々に砕け、破片がフローリングに散らばる。

「はぁ……はぁ……」

 気のせいなんかじゃない。あの視線は勘違いなんかじゃない。

「…………でも」

 だとしたら一体何なのだ。

 この一連の計画は、徹頭徹尾、最初から最後まで僕ひとりで立てたものだ。誰の協力も得ていないし、誰にも知らせていない。

 誰にも知られていない――。

「――はず、なのに」

 誰に見られている? 魔術機構に感づかれたのか? だったらすぐ接触があるだろう。「薪名」の製作は隠れてやってはいたが、ルールに反したことはしていないし、必要な報告は欠かしていない。まるで犯罪者か何かのように「泳がされる」ような心当たりはない。

「幽霊か何かか? …………ははっ、映画かよ」

 自嘲気味に笑って「薪名」の方を見る。

「…………」

 いきなり叫び出した僕にも、大きな音を立てて割れたコップにも気付いていない様子で――厳密には「知覚」せずに「認識」しているのだが――黙々と白飯を口に運んでいた。


  *  *  *


「薪名」が完成した以上、僕がやるべきことはただひとつ。

 僕の代わりに生活する「薪名」の挙動を観察し、エラーを取り除いていくことだ。

 死に至る病が許す限り、この心臓が動き続ける限り、僕は僕の「代わり」を調整し続けるだけのデバッガとなる。

 やがてやってくる死の瞬間のためだけに生き続ける。

 わずかに残された生命を燃やし尽くして死に続ける。

 そんな、生命の風上にもおけないような醜いモノに、僕はいつの間にか身を落としてしまっていたようだが、それだって余命宣告のときから決めていたことだ。

 僕は迷わない。

 だからこの日――「薪名」の完成から二週間が経った今日この日も、僕は昨日までと同じように「薪名」の観察を続けていた。

 続けていたのだが。

「…………」

 観察当初から薄々そんな予感はしていたが、これでもう確定した。反証の余地はない。「薪名」が何をしようとしているのか、他でもない僕が一番分かっている。――いや、僕でなくても誰であっても、「薪名」が家に持ち込んできた機材、資材、資料などを見れば一目瞭然だ。今「薪名」がやろうとしているのは。

「……何のつもりだよ、薪名」


 僕がやったのと同じ「自己の複製」である。


「計算外――なんて言うのもおこがましいか……」

 考えてみれば簡単なことだ。「愚者の眼E・O・F」によって「薪名」は自分が「人形」であるということを知覚できない。つまりは自分をただ一人の「古鞍薪名」だと思い込んでいる。

 当たり前だ。十数年分の僕の記憶を与え、そういう風に造ったのだから。

 だが問題は「薪名」が自分を人間だと思い込んでいることではない。

 僕の記憶を継承したせいで、自分が病に侵されていると信じ込んでいることだ。

 自分が「人形」であることを知覚しない。もちろんオリジナルの僕を見ることはできないし、そんなものが存在することなんて考えてすらいない。

 だから「薪名」は僕が「自己の複製」を行ったということを知らない。

 それはつまり、今の「薪名」の内面が、「薪名」を造る以前の僕と全く同一であることを意味する。

「ははは…………とんだコントだ」

 きっと「薪名」は「自己の複製」に成功するだろう。そして新しく造られた個体――言わば「『薪名』」は、同じように次の「『《薪名》』」を造り…………といった具合だ。永遠に途切れることのない、いびつな螺旋構造が出来上がる。

「ははは……どうしろって言うんだよ」

 螺旋構造をねじ切るのは簡単だ。この「薪名」に、お前は病気なんかじゃない、とだけ伝えればいい。しかし、「愚者の眼E・O・F」のせいで僕の声は届かない。かといって「愚者の眼E・O・F」を停止すれば「薪名」は自分が人形だと気付いてしまう。気が狂っておしまいだ。

「『僕の代わり』ねぇ…………ははっ、大成功じゃないか。傑作だよ、まったく」

 では考え方を変えてみよう。僕がこれを放っておいたら「薪名」を始点に無限の「古鞍薪名」が「自己の複製」を繰り返す。例えば魔術機構なんかに知れ渡って止められでもしない限り、この螺旋が途切れることはないだろう。


 それはある種の「永遠の命」ではないだろうか。


 僕はあと数年で死ぬ。医者がそう診断したから間違いない。だが死ぬのは僕だけだ。「薪名」以降に病気はない。死なないのを不審に思って病院に行くだろう。そこで診断を受けるが、問題ない。僕が造った「人形」と生身の人間の違いは一般の医療機関なんかに分かるものではない。異常なしと診断され、病気が治ったのだと思うだろう。

 螺旋が続く以上、「薪名」以降も一体ずつこの考えに至るだろう。「人形」が無尽蔵に増え続けるのは流石にまずい。自壊させるにしろどこかに隠すにしろ、「愚者の眼E・O・F」に何らかの調整は必要だ。

 だが、こうして「人形師・古鞍薪名」は、僕が死んだ後も生き続ける。

「……………………」

 だとしたら――いや、だとしても、僕の今すべきことは変わらない。「薪名」以降が生き続けられるように、デバッグを続けるだけだ。

 だったら――。


「《『愚者の眼E・O・F』停止》」


 突如、声が響いた。

「っ!?」

 僕の声じゃない。はっとして「薪名」を見るが、異変はない。「自己の複製」を始めるにあたり、機材の準備をしている。「愚者の眼E・O・F」も正しく動作しているようだ。

「だったら、さっきのは…………」


「おい」


 その声は真後ろから、突き刺すような鋭い視線とともに届いた。反射的に振り向くと。

「………………………………え?」

 目の前の現実が理解できない。僕の脳が処理しきれる範囲を逸脱している。

「おい、薪名。さっき何を考えていた?」

 それは。

「辛気臭い顔しやがったかと思えば急に嬉しそうになってさあ」

 その男は。

「『それはある種の「永遠の命」ではないだろうか』ってか?」

 僕と全く同じ顔、姿、声をしたその男は。

「考えることまで同じときてやがる……所詮は『紛い物フェイク』か」

 まるで「人形」を見るかのような目を僕に向け、そう言い放った。

「は…………はぁっ?」

 声が出ない。意味が分からない。「紛い物フェイク」だって? 僕のことをそう呼んだのか? そもそもこいつは――――。

「――――お前は、何なんだよ」

「『僕』が『何』か、だって? なんのことはない、お前と同じだよ。僕もお前と同じ『造られた』ものだ」

 …………「造られた」もの? 僕が? お前が? 何に? 誰に?

「お前が『造られた』のは――今から三週間前」

「何を……」

「それ以前、お前は世界のどこにも存在していない」

「ふざけるな!」

 たまらず叫ぶ。

「ふざけるな! 僕が三週間前に『造られた』だって? 馬鹿も休み休み言えよ、僕はこの十数年間、学校に通って、魔術や人形製作を学んで、そして――」

「お前も考えていたことだろうが」

 僕の言葉は、そいつのその一言に遮られた。

「『十五年間生きた人間を造るのに、必ずしも十五年間生かす必要はない』」

「ああ…………ああああああ、あ」

 視覚が、聴覚が、僕の身体に「現実」の刃をいくつも突き立てる。その冷やかな切れ味が、僕の脳に暴力的に「現実」を叩きこんでいく。

「僕は……」

 足に力が入らず、がっくりと膝をついた。

「僕は……お前に『造られた』のか」

 なんてことだ。ここはもうとっくに螺旋構造の内側だった。

愚者の眼E・O・F」を扱う側の人間だと思っていた僕が、埋め込まれる側の「人形」だったとは。

 なんて喜劇だ……こんなもの、もう笑い飛ばすしかないだろう。

 しかし。

「いや……それは違う」

 そいつは、僕の問いに対して首を横に振った。

「え?」

「お前を『造った』のは、僕じゃない」

 そいつは淡々と続ける。

「お前は……えっと、十九番目だから……ああ、それ・・だ。お前を『造った』のは、その・・一番上の十八番目だ」

「その?」

 そいつの言葉の意味が分からずにいると、そいつは壁の隅のほうを顎でしゃくった。

 そこには。

「あぁ……ああ、あああああああ!」

 山積みの人間。いや人形? 古鞍薪名。僕。同じ顔。同じ姿。同じ人形。いや人間? 人間。人形。薪名。薪名。「薪名」。僕。薪名古鞍薪名人間人形薪名同じ顔顔顔顔人形人間薪名僕は人間僕は人形「薪名」古鞍薪名顔姿山積みの僕。同じ顔の人間人形人間人形人間人形人間人形人間人形人間人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形!

「ああああああああああああああああ!」

 僕の中の何かが音を立てて壊れた。僕と同じ顔、同じ姿をした無数の「人形」が、無造作に山積みにされている。どれも外傷はないが、明らかに活動能力を失っている。

 奪われている。

「これは……何なんだよこれは!」

「ああ……それは僕がやった」

 そいつは平然と言ってのけた。悪びれる様子も、逆に誇示する様子もない。

「どうして…………どうして僕を壊す?」

「そのまえに自己紹介を済ませよう」

 そいつは今更のように向き直り、やがてつまらなそうに口を開いた。

「はじめまして。僕は一番目」

 そして、全く調子を変えずに、まるで好きな映画について一言述べるくらいの軽さで、こう付けくわえた。

「オリジナルは僕が殺した」

「はあぁ!?」

 こいつは今何と言った? 殺した? オリジナルを? オリジナルの僕を、人間である「古鞍薪名」を、人形師である「古鞍薪名」を、最初の、一番目の「人形」であるこいつが殺した?

「なんで…………」

「『プレステージ』って映画を知ってるか? 知ってるよな? 『古鞍薪名』が十三歳のときに見た映画なんだから」

「何の話だよ!」

「あれはたしか……手品師が転送装置テレポーターを作ろうとしたら、モノをいくらでも『複製』できる装置が出来ちまったんだよな」

「…………」

 覚えている。僕は――否、「古鞍薪名」は父に薦められてあの映画を観たんだ。

 そう、確か最初の実験で――――。

「最初の実験で、目の前に自分が『複製』された主人公が何をしたか憶えているか?」

「…………っ」

 憶えている。

 主人公は驚いた。

 目の前に自分と同じ人間がいるという、その現実に驚いた。

 その現実を受け入れられなかった。

 そして。

「……………………殺した」

「ああそうだ。憶えてるじゃないか」

 あの映画で主人公は、自分がふたり存在するという事実を受け入れられずに、半ば反射的に目の前の自分を殺した。

「あの映画で殺されたのは『複製』された方だったけど」そいつは続ける。「別に逆でも話は変わらなかった。どちらが死のうと同じことだった。だから……」

「だから、お前はオリジナルを殺した、と?」

 そいつは否定しなかった。ただつまらなそうに僕を見ている。

「でもどうして…………『愚者の眼E・O・F』があれば」

「なかったんだよ。あれを作ったのはオリジナルじゃない。僕は造られた瞬間、周囲の状況から自分が『人形』であることを悟った。そしてオリジナルを殺したあと、僕は『自己の複製』をやってみることにした。別に確固たる目的があった訳じゃない。病気がないことは分かっていたし」

「じゃあなんで……」

「好奇心、かな。『人間』は『人形』を造ることができる。では『人形』が『人形』を造ることはできるだろうか――ってね」

「そんな……」

 そんなことで?

 たったそれだけのことで?

「ただ、複製をおこなうたびに殺し合いになるのはごめんだ。だから僕が『愚者の眼E・O・F』を作った。そしてオリジナルの記憶と、この『僕』の記憶の一部を合わせて都合のいい記憶を作った。自分が病気であると思い込み『自己の複製』を行う。ただし『愚者の眼E・O・F』についての記憶は曖昧にしか思い出せないようにしてある。何かの間違いで、自分自身の『愚者の眼E・O・F』を止めてしまっては大変だからね」

「…………」

 言葉も出ない。この記憶はオリジナルのものですらなかった。ただこいつの実験のために、都合よく調整された、捏造された記憶。

「実験は成功した。『人形』が『人形』を造れるということがはっきりした。では次の実験――この歪な無限螺旋は、一体どこまで続くのか」

「どこまで…………って」

「生物の細胞分裂には限界がある。染色体の末端のテロメアが消耗して――――いや、これはオリジナルの知識か。じゃあお前も知ってるよな」

「……ああ」

「ではこの螺旋構造はどうか。『人形』が『人形』を複製し、複製された『人形』が次の『人形』を複製する。一件同じことの繰り返しだが、見えないところで劣化が発生しているかもしれない。では何度繰り返せば、それが目に見えるようになるのか」

「…………」

「今の僕の興味はこれについてのことだ。言ってしまえばそれ以外のことには興味がない。十五番目までは全く何の変化も見られなかった」

「じゃあ、十六番目からは……」

「十六番目からは、隙をついて一瞬『愚者の眼E・O・F』を解除する、ということを何度か行った。『人形』に軽いストレスを与えてみようというわけだ。だが結果は変わらなかった。十六番目も、十七番目も、お前を造った十八番目も、そしてもちろん、十九番目であるお前も」

「変わらなかった…………?」

「ああ、ありえない視線を浴びても、何も変わらなかった。だから」

 そいつは目を少し細めて言う。

「だから壊す」

「――――っ!!」

「何か新しい反応でも見られたら面白かったんだが……残念だ。二番目から十八番目と同じ理由で、同じようにお前も壊す」

「まっ、待てよ! 壊すだなんてそんな物騒な…………」

「いや、なにもスクラップにしようってわけじゃない。ただシャットダウンするだけ。眠りに入るより簡単だ」

「ふざけるな…………待てよ、僕は嫌だ! 死にたくない!」

 自分の口から言葉が勝手に飛び出る。今朝まではそのうち病気で死ぬつもりだったのに、そんなことはお構いなしに、自分の生存願望を垂れ流す。

「ほら……手伝うから! 僕も観測者側になろう! ひとりもふたりもたいして変わらないだろう!? だったら――――」

「悪いが」

 そいつは僕を遮って言う。

「お前が言ってることは一字一句違わず、二番目から十八番目までと同じなんだよ」

「ああ……あ、ああ…………」


「それじゃあ薪名、おやすみ」


 そして、そいつは。

 一番目の「薪名」は。

 ヒトならざる、オリジナルの「代わり」は。

 機械仕掛けの偽神デウス・エクス・マキナは。

「《機能停止》」

 つまらなそうに、微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

deus-ex-machina 黒水開 @close226

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ