第3話 投身
「……さっさと帰れよ、このボケッ!」
「……いやいや、落ち着こうよ君」
「うっさいわよ! あんたに関係ないでしょう!!」
うーん、これは……なんだろう?
学校の屋上。
屋上の手すりの向こう側に身を乗り出しているのは、1年生女子。
茶髪、短髪で気の強そうな瞳が印象的だ。
「私はこれから死ぬんだから、邪魔すんなぁ!」
パパーパーパージャーン、と吹奏楽部の演奏が聞こえる。
部活早く終わらないかなぁ。
そうしたら、この大声で他の人も気づくだろうに……。
「いや、俺は見過ごせない。君を死なせるわけにはいかない!」
屋上には俺と、飛び降りようとする1年女子。
1年は飛び降りたい、俺はそれを止めたい。
……そんな訳……である。
なぜこんなことになったのか?
それは今からほんの30分前に遡る。
____オカルト部、部室。
「まあ、飲みねえ飲みねえ」
声も仕草もかわいい。
「はい」
俺は嬉しくなって、コップの中の水をぐびぐび飲んだ。
テーブルの上には空になった2リットルのペットボトルがある。中身は全部俺の腹の中だ。
由愛先輩が注いでくれるのは嬉しいが……だいぶ腹にたまって来たな。
「……ところで最近、えっちゃんと仲いいみたいね?」
由愛先輩に聞かれたが……
「げっぷ、失礼……えっちゃん? 誰ですかそれ」
分からない、俺の知り合いにえっちゃんなんてヤツはいない。
「……野々村
「あぁ!! 野々村先輩ですか、わかりますわかります。確かに最近話をするようになりました!」
話以外にもいろいろするようになった。
そして野々村の下の名前が判明した。
そういえば聞いてなかったな……そうか恵津子というのか。
「……うーん、これはひどい」
由愛先輩が頭を振る。
「なにがですか?」
「……うん、君にちょっとしたお願いがあるんだけど」
「言ってください。出来ることならしますよ」
俺は言った。
正直なところ、由愛先輩のお願いなら出来ないことでもやりたい。
「……確率的には7割弱くらい、だけどね。屋上に行ってくれるかな?」
「はい? 屋上に行けばいいんですか?」
「うん、それでね。屋上で飛び降りようとしている子が居たら、止めてね」
由愛先輩は笑顔で俺に言う。
「……え?」
「君はきっとできるよ。うん」
「…………え?」
この時俺は気づく。
由愛先輩は笑顔だ。しかし、しかし……怒っている。
「ふふ、頑張ってね? ほら、早くかないとダッシュしてダッシュ」
ぞくり、とした。このミッションをクリアしなければ……ヤバい。
本能的な何かが俺にそう告げる。
そうして屋上にダッシュした俺の目の前には、今にも飛び降りようとする女子がいたのだ。
____回想おわり。
「……とりあえず、名前ぐらい教えてくれないかな?」
「何で関係ない奴に言わなきゃいけないのよ! あほ!」
この女子、先輩の俺に足して何て暴言。
ちなみに俺の学校では、女子は制服のスカーフが学年ごとで違う。
だから後輩と分かるのだ。
「まあまあ、落ち着いて。こう考えてみてほしい。もしこのまま君が死ねば、俺は生きてる君を見た最後の人間になるよね? それで、その場合だと警察とか先生とかにいろいろ聞かれるよね? これって関係ないって言えるかな?」
俺は由愛先輩から言われたので、この子を死なせるわけにはいかない。
……いや正確に言えば、この時、この場所で死ぬのを止めなければいけない。
「私には関係ない! さっさと失せろ!」
至極ごもっともだ。
「まあまあまあ。そう言わず、考え直そうよ、死んでも良いことないよ」
自分の口からくそみたいな言葉が出てくる。急なことで、頭が回らない、俺の方こそよく考えなくては。
「……あんた、名前なんていうの?」
投身しようとしている後輩が聞いてくる。
「うん? 君の名前を教えてくれるなら教えるけど……何で急に」
「あんたのせいで死ぬって書いてやるわ」
「は?」
後輩は胸ポケットから、手帳と、ペンを取り出した。
手すりに掴まっていないから、落ちないか見てる方がひやひやする。
「もうほんとサイヤク。糞みたい、なんで私ばっかり……」
後輩はかなり情緒不安定な様子でぶつぶつと独り言を言っている。
気になるのはやはり、目。
少し涙ぐんでいる。
そして、世の中全てを憎んでいるように歪んでいる。
「ほらあ! 早く教えなさいよ」
後輩が急かしてくるが、
「うーん、俺のせいで死ぬなんて書かれたくないしなぁ」
「じゃあ、どっか行けよ!」
「うーん……」
困った。
ほんと何なんだ、この状況。
自殺しようとする人間を目の前にするなど初めてのことだ。
そして、それを止めなければいけないとは……由夢先輩の命令でなければ俺はすぐ帰る。
……いかん、現実逃避しても意味がない。考えろ、考えろ。
「……君ね、死ぬにしても飛び降りはよくないよ? 相対性理論って知ってるかな」
「はあ?」
「……光の速度に近い速さで動くものは時間が遅くなるってヤツなんだけど」
「……知らないわよ、それがどうしたのよ!」
後輩から怒鳴られた。
話は最後まで聞きなさいと言いたいところだ。
「人によって時間の感覚って違うよね? 楽しい時は短く感じて、いやな時間は長く感じる。これってさ、科学的にも証明されているんだよね。それが相対性理論」
俺は嘘をついた。
「つまりさ、何が言いたいかって言うと……飛び降りとかすると、地面までの距離というか時間が長くなるんだよ」
「え?」
「人間が死ぬときってほら、ほんと異常事態だよね。体の反応がさ、というか脳みそがさ、どうやって生きようかってそりゃあもう必死で働くわけなんだ。結果として、落ちるスピードがゆっくりになる」
「え、え?」
後輩は狼狽えている様子だ。
少しは効いてきたかな?
「そこから飛び降りた時、地面まではとても遠い。地面に着くまで、どれだけの時間が経過するかな? 証明するにはとても勇気がいるよ? その向こう側に行けば、もう後悔しても遅い。場合によってはずっと落ち続けるかもね」
自殺事態を良いか、悪いかなどは議論する気はない。
それこそ死ぬ人の都合である。
ただ……。
「君には死んでほしくない」
そうだ。俺は俺の都合で、君には死んでほしくない。
これは本当の事だ。
「君が死ぬと俺はとても困る」
俺が言えることは言った。
さて…………。
「だから、あんたには、関係……ない」
ダメかな?
確かに見ず知らずの男に止められても、効果はないかもだ。
しかし、後輩はいつの間にか屋上の手すりにガッチリつかまっている。
手も震えているようだ。
これは、もしや。
「本当に、止めたほうがいいよ。一度落ち着いて。ほら、そっちに行くから」
「く、くんなよ」
「そんなに震えて……落ちたら危ないよ。自力でこっちに戻ってこれないんじゃない? 手伝うよ」
「……うう」
後輩は体全体がプルプル震えている。
さっきの話が効いたか。
なんて、素直な子だ。
これはミッションクリアか。だが、俺の方も時間がない。
実はそろそろ限界なのだ……尿意が。
由愛先輩の飲みねえ飲みねえがかなり効いてきた。
自分の額に脂汗が浮かんでいるのが分かる。
顔もしかめっ面をしているだろう。
説得は成功している、もう少し、もう少しなのだ。
後輩をこちら側に引き揉めば、もう飛び降りようとすることはないだろう。
腹に力を入れる。
ここで、漏らしたら、人として終わる。
後輩も、自殺を止めようとした相手が目の前で漏らせば、驚いて落ちるかもしれない。
頑張ろう。
頑張れ、俺。
俺は、ゆっくり後輩に近づいて行った。
オカルト少女とリアリストの夢 ユーアート @yuato
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