第2話 錬金

「2万でどぅ?」

 首をかしげながら聞いていたのは、野々村……下の名前は何だったか?

 オカルト部の部員、3年。

 由愛ゆめ先輩と仲がいい女子メンバーだ。

 まあ仲がいいから同じ部活なのだろうが。


 放課後の部室、他のメンバーはいない。

 椅子に腰かけている野々村と俺の二人だけ。

 椅子の上で組んでいる足が、やばい。むちむちしているのが見て分かる。そして、柔らかくもあるのだろう。

 

「いやー、最近ねー、金欠なのよ。金欠」

 野々村が片手を振りながら言う。


「……そうですか」

「ちょっとね、ゲームのガチャ回しすぎちゃって、金ないのよー」

「……そうですか」

「でもね、欲しいキャラがいんだよねー、どうしても」

「…………そうっすか」


「で、2万でどう?」

 誘うように、野々村が見てくる。

 野々村の瞳が怪しくぬめって見える。それは、きっと自分の誘いを断るはずがないという自信。

 事実そうだろう、野々村の誘いを断れる男が居れば見てみたいものだ。

 それぐらいの誘惑を感じている。いやこれはもはや暴力かも知れない。


 ああ、状況は簡単だ。

 誰が見ても間違うはずがない。

 野々村は、2万払えば、僕と、良いことをしてくれると言っているのだ。

 


 しかし、しかしだ。

 俺はその条件に乗ることはできない、決して。


 何故ならば、

「……すません、1万しかないです」

 手持ちが1万しかないのが悔やまれる。


「はあ、マジでぇ?」

「……この通りです」

 俺は自分の財布の中身を見せる。

 二つ折りの財布の中には諭吉さんが一人っきり。他の偉人はいない。

 小銭は少々あるが。


「はあ……とりあえず、1万でもいいよ。あとは分割でもオケだけど?」

 まさかの分割支払いオッケー来ました。

 

「それでは」

 一万円を手渡す。


「おけー。じゃあ、ワタシん家来る? ここじゃ出来ないでしょ?」

 野々村が提案してくる。

 確かにこのあと誰が来るかわかったもんじゃない。

 部室では無理だろう。


 しかしだ。

「いいんですか、野々村先輩の家で?」

 野々村と俺はあまり関わりがない。

 そんな男を自宅まで招いて大丈夫か、という心配をしないのだろうか?

 

「いいよ、別に」

 野々村は別に良いらしい。

 解せぬ、これはいわゆる美人局にかかっているのかもしれない。

 もしくは、先輩逹のイタズラか。

 

「……うーん」

 困った。

 

「じゃあ、行こ。そんなに遠くないよ、駅みっつだから」

「……はい」

 野々村について部室を出る。

 イタズラなら、ここら辺で他の先輩逹が出てくるはずだ。

 まあ俺は今、8割、いや9割方エサに食いついた魚だ。後は吊り上げられるのを待つばかり。

 今更ジタバタしても仕方ない。

 見世物になる覚悟を決めて野々村についていく。



 ……駅を三つ経過して、電車を降りた。

「……でさ! このキャラがどうしてもほしいわけよ! あ。ちょっとコンビニ寄ってカード買ってからで良い?」

「……はい」

 野々村は近くのコンビニに入っていく。

 そろそろか、そろそろ来るのか?

 俺は周りを見渡す。

 由愛先輩の姿はない。もちろん、他の部活のメンバーも見当たらない。


「おまたせー、さあいこ。これは家に帰ってから回してみるわ」

 野々村は俺の一万円が化けたリンゴマークのカードをヒラヒラさせる。

 

 コンビニから五分くらい歩いて先輩の家についた。

「さ、あがってー。親は九時ぐらいにならないと帰ってこないから心配しないでいいよー」

 野々村がドアを開ける。

 なるほど、ここか。

 ここで来るというわけか。

 俺がドキドキワクワクで、野々村の部屋に突入したところで由愛先輩や他のメンバーにタコ殴りにされるのだろう。

 良いだろう。

 由愛先輩になら、蹴られても構わない。

 俺は覚悟を決める。


 ドアの先。

 ……部屋の中には誰もいなかった。

 勉強机とベット、本棚くらいしか家具が見当たらない。小綺麗な部屋だ。

 

 

「ほわっつ?」

 いかん、予想外過ぎて変な声が出た。

「どしたの?」

 野々村が不思議そうに聞いてくる。


「……い、いえべつに」

 これはどういうことだ?

 ドッキリではないということか?

 まてまてまて、冷静になれ。

 そうだ、クールに行こうこの状況を冷静に判断するのだ。


「うーん、どっしよかなー。先に回そうかな? あんたはどう思う?」

 野々村が聞いてきた。

「……ええと、先とは?」


「だからー、する前にガチャ回すか回さないかよ」

「……どっちでも良いのでは?」

「わかってないなー。ワタシの気分が違うのよ。もしね、先に回して目当てのキャラゲットできたら、そりゃあ嬉しいよね。ノリノリで、あんたとエッチできるよ? 反対にゲット出来なかったら、なんかもうダルいよね? わかる?」

「……あー」

「でさー、後回しなら、あまり集中出来ないかもねー、早く回したいなーって気分だから」

「……んー」

 それは困るな。難問だな。


「どするー?」

 俺が困っている様子を見て、野々村はニマニマと楽しそうに聞いてくる。

 


 ……うむ、これはもうドッキリはないな。

 どうやら本当に出来るらしい。

 なんか確信した。


「ノリノリでしたいので、先にガチャってください」

「お? 良いね、良いね。なかなかギャンブラーだねー」

 野々村がベットに座り込み嬉しそうにアプリを起動させた。

 その体制だと、生足が眩しすぎる。

 これを遠慮なく眺められるだけで一万の価値はあるかもしれんな……。

 

「ところで、どんなキャラが出たらノリノリになるんですか?」

「ん? このキャラこのキャラ。かっこいいしょー、それに強いし。星5だからねー」

 野々村は、ゲームのガチャ画面に表示されているキャラを指差した。

 男キャラで、禍々しいオーラを纏っている。確かに、かっこいい感じはする。


「じゃあ、引くよ引くよ?」

「がんばってください」

 出来れば当ててほしいものだ。


「よし、いってみよー」

 野々村のスマホが軽快な音をたてて、画面の中で光が回り出す。


「ところでこれ。どれくらいの確率で当たりが出るんですか?」

「んー、二万で星5が出ればまあ良い方じゃないかなー?」

「……二万もするんですか?」

「二万で出ないこともあるよ。上限なしだから、十万でも出ない人は出ない」

 野々村が何でもないように言う。

 

「……マジっすか」

 俺は驚いた。

 そんなキャラを野々村は一万円で当てようとしているのか。

 これは野々村がノリノリになる可能性は低いな。


 しばらく野々村はガチャる。


「……あー、ラスト10連出るかなー出るかなー。でろ、でろー」

 野々村が祈るように呟く。


 しかし……。

「……あー、だめだったかー」

 野々村がベットに崩れ落ちた。


「……残念でしたね野々村先輩」


「あー、ダレたわー…………口だけで良い?」

 野々村がダレた。

 これは俺の方が残念だ。というより、俺が可哀想な結果になってしまった。

 ギャンブルはするものじゃあないな。


「いや、今日はもう帰ります」

「ん? え、帰るの。やらないの?」

 野々村が体を急に起こした。

 何か意外だったのだろうか?


「ええ、ノリノリの野々村先輩としたいので。明日、残りの一万円を持ってきます」


「んー? まぁそれでも良いけど?」

 ワタシは助かるっちゃあ助かるかなーと、野々村が呟く。


「それで、ちょっと聞きたいんですけど」

「なにー?」

「そのゲーム何て言うゲームなんですか?」

「あーこれ、○○○てやつ。聞いたことないかな?」

「たまに短いCMやってるやつですか」

「そそ、人気よー。もうワタシこのゲームずっと出来るわ」

「人気ですか、ありがとうございます」

「ん? んん、別に良いよー」

 何でお礼言われたんだろ、みたいな顔をする野々村。


「それで、野々村先輩は二万あればしてくれるんですか?」

「……んー、何時でも誰とでもって訳じゃあないからね。そこんとこ、勘違いして他の人にはべらべら言わないでほしいなー」


 そうなのか。

 では、何で俺に声を掛けたのだろう?

 …………考えたがよくわからん、聞いてみるか。


「何で俺に声かけてくれたんですか?」

「あんた、由夢に惚れてるでしょ?」

 

 がはっ!?

 な、なぜそれを!

「……な、何をいってるんですか?」

「まぁバレバレだからね。だから、ワタシとしても周りに言わなさそうだったし。んで、あんた結構さっぱりしたとこあるしね。変なストーカーにもならなそうだし」

「……そ、そうですか」

 ……バレバレかぁ。いや、それは誰にバレているのか、由夢先輩はどうなのだ?

 すごい気になる。


「男ってさぁ、好きな女いても、やらせてくれる女がいれば喜んでそっちにも行くじゃん? そこらへん、ハッキリさせてくれればワタシとしては楽なのよねぇ。だから、あんた楽」

「……そっすか」

 俺は楽な男か。

 野々村との人生経験の差を感じる。

 まあでもそこまで言ってれれば俺としても、楽だ。


「俺は由夢先輩が好きです。だけど、野々村先輩ともやりたいと思ってる」

「うんうん、正直でいいよー」

 野々村が頷く。


「明日、残りの一万円を持ってきます。追加で50万くらい持ってきます」

「うんうん、……うん?」

「それでノリノリでやりましょう」

「ちょ、ちょい待ち。どゆこと?」


「だから、ノリノリで……」

「違うって! 50万……持ってくるっていった?」

「はい、それくらいあれば野々村先輩はノリノリでしょう?」

「いやいやいや、重い重い重い! どゆこと?」

 野々村が慌て出す。


「えっと、50万くらいあれば欲しいいキャラ当たりますよね?」

 俺はギャンブルはしない、当たるまで野々村にガチャを回させれば野々村はノリノリになる。


「そりゃあ当たるけど! 当たるだろうけど! そんなに大金持ってこられても重いわ! ちょい怖! いや、めっちゃ怖いわ!?」

「なんでですか? 野々村先輩はそれぐらいの価値ありますよね?」

「……へ?」

「野々村先輩は魅力的です。50万でノリノリの先輩とやれるなら安いもんでしょう?」

「…………え? いや、でもその。大金でしょう50万は。どうやって用意するつもりよ。犯罪とか親から盗むとかマジやめてよねー。重すぎでしょう?」

 野々村がモジモジし出した。

 トイレしたいのかな?


「いや、そんなことしなくても俺50万持ってますよ?」

「はぁ? 何あんたんちすごい金持ちだったの? 小遣い月10万くらいもらってんの?」

「違いますよ、小遣いは月五千円です。多いですかね?」

 俺の家はごく普通の家だ。

 平均年収ゾーンにピシャリと当たっているのではないだろうか。

 親父もサラリーマンだし。


「普通だわ、それ。え、じゃなんで50万持ってるの?」

「正確には200万弱ですが」

 俺の資産はそれくらいだ。


「あんたなんでそんなに持ってるの!? 小遣いもらってる場合じゃないでしょうよ!」

 野々村が俺に詰め寄ってきた。

 すげー良い臭いがする。明日が楽しみである。


「株ですよ」

「は? かぶ?」

 野々村の頭にクエスションマークが見えた気がした。

「株式取引の、株です」

「あんた、株やってるの?」

「ええ、親の同意書があれば高校生でもできますよ。証券会社によっては小学生でも口座開けるところがありますし」

「……えーと、つまり株でそれだけ儲けたってこと?」

「そうです。お年玉とかを、ちょくちょく運用してたら……なんか増えてました」


「なんか増えてた!?」

 

「嘘じゃあないですよ、見てくださいほら」

 俺はスマホで証券会社の口座を見せる。


「……うわ、いちじゅうひゃくせんまん……じゅうまん、ひゃくまん……うそー、ほんとにある……」

 野々村は呆然とした様子で俺の口座を見ていた。


「……えー、ほんとにー、あんたすごい才能あるんだね?」

「いや、特にないですよ。俺よりすごい人間は腐るほどいます。ただ運が良かっただけです」

 俺が株を始めたのは中学一年から、小遣い、お年玉を口座に入れて運用していたら運よく増えた。

 現物でこつこつ、と。堅実に運用すれば利回りの点から銀行に預けるよりずっとお得だと思う。

「ふ、ふーん」

「取り合えず、野々村先輩が夢中になってるゲーム会社の株を買いますよ。見てみたらこれからもっと伸びそうだし」

 しばらく持っておけば野々村先輩に払う50万を回収、いやもっと儲けが出るかもしれない。


「……そんなに儲かるもんなの? 損しない?」

 野々村が不安そうに聞いてくる。


「損するときはしますよ、リスクがあるからリターンがあるわけですし」

「だよね! このゲーム会社の株を買っても儲かる訳じゃあないし」

「でも、株価見てみたんですけど去年の9月時点で1200円の株価が、今は3480円前後ですね」

 俺はゲーム会社の株価を確認する。


「……ん?」

「つまり、去年の9月ころ買っていれば22万くらいの儲けです」

「んん!? まってそんなに?」

「一株3480円で、100株単位で取り引きされてますから」

 大体の株は100株単位の取り引きではある。この株は右肩上がりだし、そろそろ決算がでる。四季報の業績予想も良い。そして、何より身近にゲームにはまっている人間がいる。ゲーム評価も良い。これからも株価は上がると予想する。


「じゃあ、今日はこれで帰ります」

 俺が帰ろうとすると……

「ちょいまち! もっと色々聞かせてよー、なんかずるいじゃん。そんなに稼げるなんて、ワタシなんかエッチして2万だよ? まあ、相手によっちゃもっといけるけど」

 野々村が俺の服をつかむ。


「いや、野々村先輩は自分安売りしすぎでしょう? 別にエッチしたい訳じゃなくてお金が欲しいんでしょう? だったら勿体ないですよ、俺50万払いますから。それが無くなるまでは他の人としないでください」


「え、えーと……はい。それは、まぁしないけど。しませんけど。いやそうじゃなくて! ……もっと教えてよお金儲けのこと、ずるいじゃん君だけ。錬金術みたいじゃーん」

 

「いや株は誰でも出来ますからね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る