オカルト少女とリアリストの夢

ユーアート

第1話 部活


「……君ってやっぱり、リアリストだよねえ」

 フフ、と楽しそうに先輩は笑った。


 俺の目の前で机に座っているのは遠藤由愛ゆめ。このオカルト部の部長で、今年三年生。

 ショートヘアの黒髪、夏服から出ている細い腕、手を頬に当てて言うその姿を見て俺は確信する。


 女性というのは、男にとって一種の魔物だ。

 近づきがたい魅力を感じる。


「そうですかね」

 俺は平静を装って言う。


「そうだよ。だって、幽霊とか信じてないでしょう?」


「まあ、信じてないですが」

 それにしても、俺はもっとうまく先輩と話せないものか……。

 どうも口下手というか、思うように話せない。


 俺は二年なので、この生活もあと一年と思うと少し寂しくなる。

 

 オカルト部の部員は五人。

 この高校での最低限の部員構成人数分だ。

 三年生は、先輩を入れて四人。

 二年は俺一人。

 他はいない。


 つまり来年はこの部活もなくなる。

 俺は、ある事件と言うか、つまらない出来事から縁が出来て先輩がいるこの部活に入った。

 だから先輩がいない部に興味はない。

 そもそもオカルトなど信じてないし、良くわかっていない。

 来年も俺がこの部を続けることはない。


「信じてない理由は何かな?」

 珍しく部室にはおれと先輩の二人だけ。

 面倒見のよい先輩は俺に話しかけてくれる。


「俺は目にしたこと以外は信じないようにしてるんですよ」

 俺は答えた。


「そう? じゃあ今まで幽霊見たことない?」

「ありません」

 先輩はあるのだろうか、と疑問に思う。


「見たら信じる?」

「まあ、見たら信じましょう」

 俺がそう言うと、先輩は机の中のオカルト雑誌を取り出す。


「その本の心霊特集は信じませんよ」

 先に言っておいた。


「えー」

 先輩は口を尖らせる。

「だってそれ、ヤラセでしょう?」

「いやいや、本物も有るかもしれないじゃん」

 見て見てこれなんて本物ぽいよね、と先輩は写真を指差す。

 取り合えず先輩が指差した写真を見た。

 集合写真に、うっすらと顔のようなものが写っているベタなやつだ。


「……それで幽霊は信じられません」

 俺は言った。

「んー、でもねー。部長としては部員に幽霊とか信じてもらいたい訳なのよ」

「そうですか」

 いかん、ちょっとツンツンし過ぎてないか俺?

 もっと友好的な返事がしたい。

 

「目に見えないものは信じないんだよね?」

 先輩は考える素振りをして、言う。


「まあ、そうですね」

 

「じゃあ科学的なことはどうかな? 原子とか、赤外線とかも見えないよね?」

 

「赤外線は見えるじゃないですか」

「え? そうなの?」

 先輩は、不思議そうな顔をする。


「テレビのリモコンありますよね」

 俺は部室のリモコンを手に取る。


「リモコンは送信部から赤外線出すじゃないですか、操作した時」

「へー赤外線出すんだ、知らなかったわ。でも、見えないよね? 私リモコンがピカッと光ったところ見たことないよ」


「肉眼では見えませんが、スマホのカメラでリモコンの送信部を写します」

 俺は実際にスマホのカメラをリモコンの送信部に向けた。

 

「この状態でボタンを押すと……」

「あ! 光った、光ったよ!」

 カメラ越しなら赤外線は見える。


「よくは知りませんけど原子とかも、観測出来る方法があったはずです、そう言う科学的に立証されていることは信じますよ」


「なるほどねー」

 うーんと、先輩は腕組む。

「じゃあ私たちの心とかはどうかな? 科学的に立証されてるの?」


「いやそれは知りません」

 

「でも、あるよね? 目には見えないけど。私は科学的に立証されてないだけで、あるものって沢山あると思うんだ」

 なんだか哲学的な話になってきたな。

 

「そうかもしれませんが、俺ははっきりしないものは苦手です」

「ふふ、そういうところがリアリストっぽい」

 先輩はそう言って笑った。

 俺は幽霊などは信じない。

 怖いとも思わない。


 だが、先輩はどうなのだろう。

 オカルトとか、幽霊とかを信じているのだろうか?

 俺が見るところ、本当のところは先輩も、そんなものは信じてはいないと思っている。




 __次の日の放課後、オカルト部に奇妙な相談者が来た。


 

「私の元カレなんだけど……霊能力者かもしれない」

 相談者は本城奈美という3年生。

 

 由愛先輩の同級生で友達らしい。

 先輩はオカルト部なんてマイナーな部活の部長だが、友好関係が広い。

 知り合いや友人が沢山いる。


「えーどんなことがあったの?」

「聞きたい聞きたい」

 今日は部室には部員全員がいる。

 といっても実は、俺以外の部員は全員女子だ。

 由愛先輩とその友達3人、数合わせの俺一人というのがオカルト部の実態である。


 つまり、仲の良い女子同士のお喋り会の様なものだ。

 こうなったら俺は居づらい。

 俺が席を立とうとすると……。


「あ、君も聞いてね。今日は特に用事ないんでしょ?」

 由愛先輩に言われた。

 俺は違和感を感じる。他の相談者が来るときは俺はほとんど帰るのに、今日に限って釘を刺された感じがしたからだ。


 仕方なく、少し離れた席に座る。

 

「それでそれで、どんなことがあったの?」

「由愛にはもう話してるんだけど、実はね……別れた彼氏なんだけど、私の行動がわかるみたいなのよ」

「えーなんそれ、ストーカーってこと?」

 本城に由愛先輩以外の部員が質問していく。


「うーん、そうかもしれないんだけど。それにしても、ちょっと変なのよ」

「なにが?」

「私の行動が逐一わかってるみたいなの。付けられてるのかなって思って由愛に様子みてもらったんだ。けど私がバイト先にいる時アイツは別の場所にいたのに、私がバイト先で何しているとかすごく詳しくわかってるのよ」

「なーちゃん、バイト先ファミレスでしょう? そこに友達に行ってもらって様子さぐってるんじゃないの?」

「いやいや、ないってそれは。私もそれは警戒したんだけど、アイツの友達とかに情報流しそうなヤツいなかったよ。それにさー、私が何時に帰って来たとか、誰とどんな話してるとかも見てきたように言うんだよ? さすがにおかしいよ」

「当てずっぽうじゃないの?」


 __先輩たちの話はこうだ。


 本城奈美の元カレが、しつこく電話やラインをしてくる。

 それだけなら無視するが、同じ高校なので直接話しかけてくることがあるらしい。

 その内容が問題。

 本城奈美の行動や、電話相手、家での会話、家で見ているテレビまで言い当ててくるらしい。時間まで正確に。



「あいつヤバイよ、こういうのって霊能力でしょ!?」

 本城奈美が言う。


「うーんこれはオカルト部の出番かな?」

「たまに本物っぽいの来るよね」

「私ゆーちゃんがいるからこの部にいるけど、本当は幽霊とかオカルトとか苦手なのよね」


 先輩たちが喋っている、俺も聞きたいこともあるが女の会話には口を挟もうとする気が起きない。

 生理的な苦手意識がある。


「ねえ、君はどう思う?」

 由愛先輩が俺に聞いてきた。

 質問されると、喋りやすい。


「元カレが誰かは聞きませんが……取り合えずそのストーカーは本城先輩の近くに居なかったんですよね?」

 

「そうよ」

 本城が答えた。


「それでも、ストーカーは本城先輩の行動をよく知っていると」


「そう」

「ふーん」

 その前提条件で考えてみるか……。


「何かわかった?」

 由愛先輩が、上目使いで期待するように聞いてくる。

 そんな聞き方をされたら頑張ってみようという気になる。


「ちょっと考えます」

 俺は考えた。

 この世に霊能などはない。少なくとも俺はそういうオカルトなど感じたことはない。

 ……つまり、ストーカーには種も仕掛けもある。

 

 ならば考えばわかるはずだ。

 俺はスマホを弄りながら考える。



 ……よし、ある程度は当たりをつけた。


「本城先輩、スマホ持ってますよね?」

 俺は確認する。


「ええ、持ってるわよ」

 本城はスマホを取り出して見せた。


「ならたぶんわかりましたよ、種と仕掛けが」

 

「はぁ? 何がわかったって?」

 本城が言う。


「本城先輩、そのスマホ見せてもらっても良いですか?」


「え、いやよ。彼氏でもないのに」


「……そうっすか」

 これはいかんな。たぶん間違いないのだが。


「どうしたの、奈美のスマホ見たら何かわかるの?」

 由愛先輩が助け船を出してくれた。


「えっとスマホの監視アプリってあるらしいんですよ、アプリの欄に見覚えのない物が有りませんか?」


「んー、ちょっと待ってね。奈美見ても良いよね?」

「まあ由愛なら見ても良いわよ」

 本城が由愛先輩にスマホを渡して、二人で確認していく。


「物によってはスマホの表の所には表示されないらしいです。アプリのインストール一覧とかで確認してください」

 俺は説明しながら、自分のスマホに有名どころのスマホ監視アプリ一覧を表示して見せる。


「さっき、検索したら出てきました。こんなに沢山あるもんなんですね、監視アプリ。この中のどれかと同じアプリ入ってませんか?」

 

「あ! なんかあるよ。赤いやつ、ケルベロスってやつかな」

 由愛先輩が見つけたようだ。


「ああ、それです。有名どころのようですね」


 監視アプリ。

 これをスマホに入れられると、カメラの映像や、スマホの位置情報、マイクの音声、電話の内容、電話先など個人情報がただ漏れになる。


 

 こんなアプリがあるなんて、どれ程の人が知っているのだろうか?

 

「えー!? なにこれ、マジでなにこれ」

 本城は慌てているようだ。


「取り合えず、アンインストールすれば大丈夫らしいですよ? あと、この会話も相手に筒抜けの可能性もありますので、電源切ってくれませんか」

 俺は忠告しておく。


「わ、わかった」

 本城はすぐに電源を切った。


「それでどうしますか、本城先輩? 警察にストーカーとかで相談するならアプリは消さずにそのまま持っていった方がいいですよ?」


「え、警察?」 

 警察と言われて本城は、驚いたようだ。

 ということは、事の重大さを理解していない。


「これはストーカー事件でしょう。警察に相談するべきでは?」


「い、いやでも。私そこまでは考えてないって言うか……」


「ストーカーはエスカレートする傾向があります。本城先輩のスマホに監視アプリ入れるくらいのやつです。ちょっと異常ですよ」


「で、でも」


「異常な奴は何をするかわかりません。アプリを消したら解決しますか? 俺はしないと思います、逆上してもっと攻撃的になる可能性も充分ありますよ」

 

「え、えーと」

 本城が、なんだか涙目になってきた。

 俺がいじめているようで感じが悪いじゃないか。


「奈美、取り合えず家族の人に相談したら?」

 由愛先輩がまたしても間に入ってくれた。

「あ、うん……そうしようかな」

「今日はいっしょに帰ろう? 私も説明するから」

「……さんきゅー」

 先輩は本城の肩を抱くようにして、部室を出でいく。


 俺はホッとした。

 仕事は終わったらしい。


 部室を出ていく際、先輩はちらっと俺を見て、片目でウィンクをした。


 よかった、今回も何とか合格点は取れたようだ。

 


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る