ラストエピソード

ギィっと重い音をたてながら扉は開いた。

古びた屋上は当時から何も変わっていないように見えた。

8月31日、夏休み最終日。3年前の今日、佐藤太陽はここで死んだ。屋上には花束が無造作に置かれてあった。当時とてもじゃないけど登れないと思っていた柵が随分低く見えた。よじ登ってみるとえらく簡単に向こう側へ行けた。太陽はゆうゆうと越えたし、今の俺は太陽よりゆうゆうと越えただろう。所詮、ガキだったんだと思う。だが3年もすればできるようになる。俺もまだガキだから大人になったらきっともっとたくさんのことができるようになるだろう。そして、もっとたくさんのことができなくなるんだろう。まぁ、それも悪くないかとお前となら笑えた気がする。お前なら笑っていた気がする。なのに、どうして。どうして。と、この3年間、後悔ばかりしていた。

中学生になりたい。

みんなが好きな佐藤太陽を完成させたい。

それはたしかに死ななければ実現しなかったのかもしれない。お前が間違っていたとは言わない。お前がだけが正しく他のみんなが間違っているのかもしれない。

「でもさぁ太陽、俺、お前と大人になりたかった。」

3年間、封じ込めてきた言葉が口をついて出た。と、同時にせきとめてきた涙が溢れ出した。なんだ、こんなに単純な想いだったのか。太陽の考え方が間違っているとか間違っていないとか自殺は悪いことだとか、そんなことより、俺はお前と生きたかった。それだけだった。こんな簡単な言葉を言うのに3年もかかったのか。俺は後ろを振り向いた。フェンス越しに見える屋上の扉。あの時、俺は言えなかった。太陽から見た俺はさぞ間抜け面だっただろう。こんな所で太陽は何を思っていたんだろう。少しでも俺のことを想ってくれただろうか。あたしもあんたのことわりと好きやったで。それはおれと同じ好き、なのだろうか。自惚れてもいいのだろうか。疑問はたくさんあるがもう確認はできない。太陽はここから遠くへ翔んでいったのだから。人間は簡単に死ぬ。まるで死なないかのようにどいつもこいつも笑って過ごしているが人間はいずれみんな死んでいく。俺もいつか終わる時がくるのだろう。それは次の瞬間かもしれないし何十年後かもしれない。瞬きをしたら目の前の人は死んでいるのかもしれないのに、人は簡単に人から目を離す。もろく、儚く、でもだからこそ、愛おしい。

死んだ太陽。でも、間違いなく生きていた太陽。楽しかった思い出、辛かった思い出、その全てを忘れない。太陽がいない世界なんて何が面白いのか、とずっと思っていた。でも滝沢の涙を見て思った、太陽がいなくなった世界にも太陽の欠片は残っている。それを拾い集めて生きていこう。そしていつかそれを太陽に渡そう。まだまだ君が好きだ、と言葉を添えて。

見下ろした世界はひどく美しく見えた。あいつはここへ飛び込んで行ったのか。この美しい世界を抱きしめて。俺はそっと菊の花を落とした。あいつに届けばいいと思ったが菊の花は小さくなっていきやがて落ちた。俺は振り返ってフェンスをよじ登った。帰ろう。俺はこんな所から飛ぶわけにはいけない。それに太陽のようには翔べないだろうから。

「…またな、太陽。」

俺は生きる。生きて、生きて、そして在るべき場所で死ぬ。それはお前が思っているより、ずっと美しい。それを必ず証明してやる。屋上のドアを開けた。もう、振り返らない。俺はやっと太陽と別れることができた。

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太陽の欠片 @843Rd4M

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