10章
そうか、あれから3年が経ったのか…
滝沢の家からの帰り道ぼんやりと考えた。
頭では分かっていたつもりだったが3年という月日を実感していなかったようだ。
3年間──。
俺は何をしていたんだ。
太陽が死んでからというもの毎日をただ何も考えずに過ごしていた。生きているのか死んでいるかさえ分からないような。それでいいとさえ思っていたが時は経つ。俺は大人になる。高校卒業を目前に控えた今、俺はこれから将来を決めて人生が始まる。PTSDだろうがなんだろうが乗り越えて前に進まなくてはならない。
だけど。
分かってはいても。
あの時の太陽の顔が頭から離れない。
色黒の太陽が真っ白な顔をしていた。
あの顔が、まだ俺を苦しめる。
自殺というものはみんな生きるのが辛い、とか後ろ向きな理由からだと思っていた。でも、太陽は違った。あいつはあくまで前向きに死ぬことを選んだ。生きているからこそできる自殺という行為。俺は太陽がしたいことなら、と思った。でもそれは本当に太陽のためだったのか。あの時俺は刑事に何で「はい。」と答えたのか。
俺は今でも本当に太陽が間違っていたのか、分からないままだ。
──駄目だ。こんなこと考えるのはやめよう。いない奴よりいる奴の未来だ。俺はワークを開いて英文と睨み合った。分からない単語を調べようと携帯を探したが、見当たらない。滝沢の家に置いてきたのか…。さっきのこともあり少し気まずいが仕方がない。俺は椅子から腰を上げた。
滝沢の家は俺の家から電車で15分程度の所にある。来た道を戻らなければならないことが心底めんどくさい。滝沢も気づいて持ってきてくれて行き違いになってはいないだろうか。だがそんな心配は杞憂に終わったようだ。滝沢の部屋には電気が点いていた。ホッとインターホンを押そうとした時。
「…ぅっ…うう…。」
絞り出すような呻き声が聴こえた。
「…?」
周りを見渡すがただ静かな夕方が佇んていただけだった。
気のせいかと思いインターホンを押した。
「……はい。」
少しの間があってかすれた声が返ってきた。
「滝沢?双葉やけど携帯忘れとったやろ?」
「…ちょっと待って。」
しばらくした後、家の玄関が開いた。
「…あ、ごめ…」
ん、という前に体に衝撃が走った。
「…だ、大丈夫か。」
滝沢の髪は乱れて綺麗な目は真っ赤に腫れ上がっていた。真面目な彼女がこんな格好ままで人前に出るとはよほど何かあったのだろう。
「…久しぶりに太陽、なんて聞いたから。」
ハッと、目の前の彼女を見つめた。
「受け入れた、とか偉そうに言ったくせにね。やっぱり、全然だったみたい。」
俺は何も言えずに滝沢を見つめた。
「…私、転校してきてからずっと教室の隅に居たの。誰も気づかない、誰も気にもとめない。そんな存在だった。だから双葉が覚えていなかったのは、当たり前なんだよ。」
そうだった。初めて会った時俺はどうしても滝沢が思い出せなかった。夏休みが明けた教室からは簡単に見つけ出すことが出来たのに。
「友達のいない学校って本当につまんないものなんだよ。毎日毎日、クラスの皆に来んなって思われてるんじゃないかって被害妄想までしてた。でも、太陽はそんな私を引きずり出した。ねぇ、そのヘアピンちょーだいって。結局返してもらってないし、勝手で気まぐれ屋で、でもずっと私から離れなかった。」
大好きだった、と笑った滝沢を見て俺はやっと、やっと気がついた。
俺は間違っていた。
俺はあの屋上でやっぱり止めるべきだったのだ。理由も正しさも必要なかった。ただ、ただ、止めなければならなかった。
「時が経てば癒される」
太陽はそう言った。たしかに、そうかもしれない。まだ3年しか経っていないから。何十年後かには癒えているのかもしれない。太陽のことを笑って話せる日が来るのかもしれない。でもそれでも、忘れることはないんだ。絶対に。太陽がいた場所。ポッカリと空いてしまった穴。埋まることはないんだ。永遠に。
人の居場所は死んだってなくならない。人は在るべき場所で在り続けるべきなのだ。
そのことに、ようやく気づいた。
「ごめん…滝沢…。」
「…何で双葉が謝るの。」
夕方、泣きじゃくる2人をあたたかい太陽が照らした。
「…太陽が謝れないから。」
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