9章

ずっと、俺だけが取り残されている。

サイレンが鳴り響く中、屋上で1人。

滝沢はあんなに髪が伸びているのに。


クラスのムードメーカーが自殺した、と翌日の教室は騒然としていた。あれこれと噂や憶測が飛び交う中、俺は警察の取り調べを受けた。

「…君は太陽ちゃんとは仲が良かったんだよね?」

「…仲が良いって誰が決めるんすか。」

「えっと…幼なじみだって聞いたけど。」

「知らないことだってたくさんあります。死ぬなんて知りませんでした。」

「…君は屋上に居たらしいね。何があったのかな。」

「…どうして、そんなこと調べるんすか。」

「事実確認だよ。やましいことがなければ別に…」

「誰が望んでるんすか、そんなこと。太陽はやっと望みを叶えただけなのに何であとからとやかく言われなきゃいけないんすか。なんで、なんで…。」

太陽は何も悪くない。悪いのはそうさせた周りの人間なんだ。なのに何で、何で、自殺したら突然他人だったかのような冷たい目をするんだ。太陽は、もっともっと──突然、目の前の刑事がぐにゃりと歪んだ。


夢を見た。

うす桃色に包まれた世界で太陽はひとりで花をつんでいた。なんやお前、そんなガラちゃうやろ。いつもの軽口を叩いたが、太陽は聞こえていないのかひとりで花の冠をこしらえたようで嬉しそうにそれを自分の頭にのせた。何やってんねん、花壇に突っ込んで花蹴散らしとった奴が。お前、誰やねん。やめろ。太陽はそんな事せぇへん。目の前の太陽はキャッキャッとひとり花を眺めていた。その姿に何度も叫んだ。やめろ。お前、誰やねん──。


ぼんやりと視界に見覚えのない白い天井が映った。

「気がついたかい?」

ベットの脇にいた刑事が立ち上がった。

「疲れているところ質問攻めしてしまい、悪かったね。佐藤太陽は自殺だったよ。」

「…そうすか。」

佐藤太陽は自殺したのか。

そうか。

そうなんだ。

「…どうして、そんなこと調べるのかって聞いたね。」

「…え。」

「立てるかい。」


霊安室、と書かれた部屋の前で刑事は止まった。中は一面白い壁でなぜかひどく寒かった。そして真ん中に真っ白な棺が置かれてあった。

「お別れを言っておいで。」

刑事はそう言うと俺を棺の前に立たせた。

「…えっと…太陽…?」

…アホらし。今さら何をいえばええねん。何やねん、この刑事。心の中で毒ついていると見透かされたのか刑事は突然、言った。

「顔を見るかい?」

「え…嫌、です。」

反射的に、でも自分でも驚くほど強く俺は言い切っていた。

「いいや、君は見なきゃいけない。」

刑事は棺の小さな扉を開けた。

「あ……。」

眠っている、太陽だった。

でも、死んでいる、太陽だった。

勝手に手が伸びて前髪に触れていた。

よく太陽の頭を叩いた。あの時は手を伸ばせば届いた。でも、もう届かない。やめろよ、と返してくることはない。太陽はもう、どこにもいない。

「起きろよ…太陽…。起きろよ…!!!」

涙が止まらなかった。しゃくりあげながら何度も何度も、起きろと叫んだ。

どうして、目の前にいるのにもうどこにもいない。どうして、目の前にいるのにもう会えない。

太陽、これがお前の欲しかった佐藤太陽か。

真っ白な顔してこんな狭い所へ入れられて。

これがみんなが好きな佐藤太陽か。

こんな姿がお前がなりたかったものか──。


「僕は人を助けたくて警察官になった。」

霊安室からの帰り刑事はポツリポツリと話し始めた。

「若い子の自殺は近年上昇傾向にあってね。まぁ、自殺は僕らの管轄外なんだけど。どうも悲しくてね。」

刑事は振り返ると俺の目を見て言った。

「…次は、止めてくれるね。」

俺は刑事の目を見て言った。

「はい。」


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