8章

「…頑張ったね、って言えばええんか。」

やっと落ちついた声で口から零れたその言葉はひどく投げやりだった。

「別に、そういうわけちゃうよ。そういう世の中になったらええなぁって思うねん。

自殺する人は悪いみたいな言われ方するやん、電車への飛び込み自殺は迷惑やーとか。でもあたし思うねん。助けられんかった奴がなんも言う資格ないやろって。」

太陽の瞳は何も見てはいなかった。

太陽の真意が分からない。

何を伝えたいんだ。

言葉そのままの意味なのか。

助けれくれってことなのか。

それとも逆か。

「…残された人が言いたい放題できるのは当たり前やろ。当本人がどこにもおらんねんから。」

相変わらず太陽は冷めきった表情を変えないがその瞳は少しだけ俺を捉えた。

「昔の人は武士道とは死ぬことと見つけたり、って死ぬことを潔いとする考え方もあったみたいやけど、やっぱり死んだら終わりやん。何もできへん。当たり前やろって思うかもしれんけど今できること全てを失ったことないから分からんだけや。」

「…せやな。あたしは今できること全てを失ってでも手に入れたいもんがあんねん。」

「えっ…。それは…死なな手に入れれへんのか」

「うん。教えたろか。」

いつものようにニヤリと悪い顔をした。

その顔にひどくホッとした。

「それはな、佐藤太陽、という人間そのもの。…あたしは、佐藤太陽が欲しい。」

「…は?」

目を丸くする俺に太陽は笑って話した。

「あたしが死んだらたぶん悲しんでくれる人がおるやろ。そうやな、パパとママ、クラスのみのり、舞とか。それから中学ん時の友達やろ、それから〜…もう分からんな。とにかく色んな人が悲しんでくれるかもしれない。…でも時が経てばその傷は癒される。」

「…そんなん、分からんやろ。」

「ううん。そうやねん。そういうふうにできるてるから。そうして思い出すのは楽しい思い出。」

「…テストで世界地図を持ち込んでカンニングしようとしたこととか?」

「あぁ、あったなぁ。」

太陽と俺は目が合って吹き出した。

その顔はいつもの太陽だった。

かわいい笑顔も今から死ぬようには見えなかった。ひとしきり笑った後太陽はまた声を落とした。

「…そうやってみんなが思い出すのはアホな太陽、やろ。アホで何も知らんくてみんなを笑わしてホッとさせるような。」

寂しげな顔だった。

この顔を俺は知っている。

何度も見たはずだった。

それが何度も出されていたSOSだった。

「それが、佐藤太陽。」


「そんなアホな佐藤太陽は子供のまま、アホのままおるべきや。あたしは佐藤太陽になりたい。佐藤太陽を完成させたい。」


分からない──。

ひとつも、分からない。

たぶんどんな理由でも分からないんだろう。

お前が死ぬ理由なんてどんなものでも。

だけど、

太陽が言うように俺にそんなことを言う資格はないのかもしれない。

だって、知らなかった。

太陽が死のうとしていたことも。自分自身についてここまで理解していたことも。

そして他人の勝手なキャラクター設定が本人にとってここまで重荷となることも。

この人はこういう人だ、という決めつけは時に楽だが時にその本人をきつく縛る。人を喜ばせようと、人を笑顔にさせようと頑張る太陽を俺はよく知ったいたはずなのに。

「太陽……俺、俺は………。」

「もういいよ。」

「………え。」

「言葉なんていらない。何も価値がない。

だから、聞かせてよ。」

その時、堪えていた雫が静かに頬を伝った。

「…泣かないで。」

その優しい声も知らなかった。

その悲しげな瞳も知らなかった。

でも、知れてよかった。

俺、やっぱり


君が、好きだ。


なんや、それ。東京弁やん。


こういう時にはちゃんとした言葉を使う人やねん。知らんかったやろ?


知らんかったなぁ。


何を言えば止められたか。

一緒に大人になってみな分からんやん。

ていうかそんなに考えてる時点で子供なんかも怪しいで。

お願いやから、生きてくれよ。

みんなそのままのお前が大好きやで。


思いつく言葉は沢山あった。

けれども、その全てが俺の、誰かの、エゴで。太陽の希望はどこにも満たせない。


あたしもあんたのこと、わりと好きやったで。


最期にそう言って笑うと彼女は夏の夕暮れへ翔んだ。





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