拾参 え? 青森県=津軽は間違いなのか

「特別列車が到着しました!」

 蕪島から二キロほどにあるJR鮫駅にSL列車が到着した。列車の貨物室にはカッパ・ロケットが載っているのだ。ロケットは東京駅発のゼロ系新幹線で八戸駅到着。新幹線から久慈行きのローカル八戸線に積み替えられ、鮫駅にたどり着いたのであった。

 列車から戸倉研究員、裕史、クロフォード博士、その通訳、沼袋関口カメラマンらが降り立った。迎えに穴見が来ていた。

「ありがとうございます、戸倉博士」

 穴見は戸倉の右手をしっかりと握りしめる。

「いやあ、博士だなんて、照れますよ」

 すぐに大きな木箱が二つ、貨物車からホームに運び出された。それぞれにはロケットと発射台が入っているのである。

 駅前に待機していたのは二頭立ての馬車。その荷台に木箱二つが載せられ出発した。その後ろから全員を乗せた幌付きのジープが追う。

 やがて、左手に漁船が繋留されている小さな港が現れ、その先には海猫が群がる蕪島も見えて来た。蕪島の入り口にはテントが数張りあり、テントから菊池や上村などが出て来た。

 ジープに乗っている戸倉が、興奮して言った。

「いやあ、糸川英夫博士が秋田の海岸で実験したときも、ロケットを馬車で運んだそうです。まるで、そんなロケット黎明期を追体験しているようですよ!」


 五月二十五日早朝。蕪島に隣接する鮫海水浴場の砂浜にロケットの発射台設置作業が開始された。その周りには人間を怖れない人なつこいウミネコたちが興味深げに集まっている。

「ここの海猫は本当に人間に慣れているんですね。不思議だ、まるで奇跡ですね」

 戸倉が海猫を覗き込みながら、穴見に言った。

「僕は子どものころから、見慣れた風景なので何とも思っていなかったんですが、そう言われれば不思議ですね」

「人間を怖れないのはガラパゴスの動物だけだと思っていましたが、こりゃ、ほんと驚きだ」

「昭一おじさん! 総理からホットライン入ってます!」

 裕史が砂浜を走って来た。

 穴見は慌てて、本部のテントに入り、受話器を取った。

「福部です。今、ある情報が入りました。西多摩郡を根拠地にする団体・文明後退幸福連合会のメンバー五十余名が武装し、東北自動車道を北上しているそうです」

「文幸連が!?」

「ご存じでしたか」

「はい、ほんの少しですが。しかし、軍事訓練もどきをしていることは知っていましたが、本物の銃器を所有しているのでしょうか」

「内偵者によると、相当なる火器を所有しているようです」

「彼らの目的は?」

「ウミネコ作戦の阻止。つまり、ロケット打ち上げを阻止することでしょう」

「ロストデジタルが解消されることは、彼らにとって不利益となる…というわけですね」

「穴見くん、何としてでも、彼らの攻撃を抑えなければなりません。彼らの最終的な目標は政府転覆だと言います。君は予備自衛官だと聞いています。たった今、あなたを文幸連討伐隊の隊長に任命します。既に陸自には伝えてあります。すぐに八戸駐屯地を訪ねて下さい!」

「了解しました!」

 数分後、穴見の前に裕史、菊池、上村、戸倉、沼袋、クロフォード、その通訳、源太郎と糠塚ら作戦のメンバーが揃っていた。一番目立たない場所にはさやかと由美子もいた。

「というわけで、私は現場を離れます。絶対にロケット発射は邪魔させません。ですから、心配せずに予定通り、計画を遂行して下さい」

「室長、僕は、室長が心配です! だって、室長はなんちゃって自衛官じゃないですか」

 菊池が悲痛な面持ちになった。

「菊池、確かになんちゃってだけど、やらなきゃならんときがあるのさ。それが今だ。俺はやる、菊池、お前も自分の役割を果たせ、いいか!」


 陸上自衛隊八戸駐屯地は蕪島から西へ車で一時間ほど、市川市にあった。講堂で任命式が速やかに行われた。既に迷彩服姿の穴見が八九式小銃を携え、数十名の自衛官と共に壇上の剣崎一等陸佐を見上げていた。

「予備自衛官、及び感応自衛官の皆さん、よくお集まりいただきました。そして、我が駐屯地の有志の諸君も、よく志願してくれました、感謝いたします。現在、我が日本は、未曾有の危機に陥っております。ロストデジタル以降、日本の防衛は非常に脆弱な体制となり果てました。機動力もないために、自衛官を多く派遣することすらままなりません。そのため、今回の作戦もごく少人数しか動員できませんでした。しかし、そんなマイナス面は伝統の大和魂で克服していただきたい」

 この言葉には穴見は呆れたが、表情に出すことは避けた。

「そうそう、今日付けで穴見氏は二等陸曹から三等陸尉に四階級特進いたしました。すなわち、穴見三等陸尉が討伐作戦の隊長であります。全員、三等陸尉に忠実に従うように!」

「はっ!」

 穴見の後方に控えた自衛官たちが穴見の方を向き、一斉に敬礼した。

さらに、剣崎が続ける。

「また、今回の作戦は有事と考えます。武器の使用は部隊行動基準に照らし合わせ、隊長が適切な判断を下して下さい」

「剣崎一等陸佐、ということは危害発砲もあり得るということですね」

 穴見が質問した。

「その通り。これは有事なのです!」

 任命式が終わり、幌付きのボンネットトラックの前に部隊は集合した。その他には何も装備はなかった。

「一等陸佐、装備はこれだけですか?」

 穴見は不安になり剣崎に訊ねた。

「これだけです。トラック一台あれば、現地には行けるでしょう」

「いやあ、これでは不安です。せめて、バイクか自転車を出して下さい」

「それも、ほとんど出払っていてね。穴見三等陸尉、ご検討をお祈りします!」

 剣崎は大袈裟な敬礼をすると、トボケた顔で、そそくさとその場を立ち去ってしまう。

「くそぉ、タヌキのキャリア組がぁ」

 穴見にできるのは、遠くなった剣崎の背に向かって、小さな罵倒を浴びせることだけだった。


 五月二十五日未明。鮫海水浴場では夜を徹して発射台設置作業が行われていた。海上にはイカ釣り船が十数隻浮かんでいる。漁協が深夜の作業を助けるためにとの自発的な協力である。イカ釣り用の投光器から照射された灯りは海水浴場の砂浜を煌煌と照らした。

 いよいよ、ロケットを発射台にセットする段階で、問題がぼっ発した。それは、青森県上空にある二つのデジタルイーターの内、どちらをターゲットにするかということだった。

 当初、太平洋側の三戸、八戸、下北半島側に位置する雲と想定していたが、戸倉が、突然、異を唱えたのだ。

「ここは狙うなら、日本海側、津軽側の雲の方が最適なんです」

「戸倉さん、どうしたんですか突然。これまで我々は、太平洋側だと思ってやって来たんです。あなただってそういう認識でやってきたのではないですか」

 裕史が驚いて言った。

「いや、それは私の間違いでした。計測すると津軽側の雲が、より大きいのです。大きいということは、それだけデジタルを多く食ってるということでしょう。ならば、大きい方を先に退治した方が、より世の中のためになります」

「そうかも、知れませんが、ここは急な変更は避けましょう」

「いや、ダメダメ、まいねじゃ!」

 眠そうにしていた源太郎がハッとして起きた。

「まいねって、戸倉さん、あんだ、津軽勢か?」

「まいねって何ですか?」

 関口カメラマンが裕史に訊いた。

「津軽弁で駄目って意味」

「はい、私は弘前出身です」

「やっぱり、津軽人は図々しい」

 源太郎が、蔑むような表情で言った。

「南部人は意地が悪い」

 戸倉も言い返す。

「津軽の嘘つき!」

 源太郎も負けてはいない。

「南部の人殺し!」

「何言ってる津軽の手長が!」

「手長って何ですか?」

 関口が裕史に訊く。

「手が長い。泥棒のことだよ。もう、おじいちゃんも戸倉さんもいい加減にしましょう。南部と津軽の確執は、ここでは引っ込めましょうよ」

「そうです。そんな小さい世界で何をやってるんですか。私たちは日本全土を救おうとしてるんですよ!」

 上村が源太郎と戸倉を睨みつける。

「…そうじゃったな、いや、すまん」

 源太郎が頭を下げた。

「私もつい。宇宙ロケット研究家として実に恥ずかしい。許してください」

「いづまでも南部だ津軽だなんて、あのお嬢さんの言った通り。わしも、この歳になって教えられるどは…お恥ずがしい」

 戸倉と源太郎は握手し、みなが拍手した。

「はい、これで、長い間の南部と津軽の諍いは終わりました…というわけにはいかないでしょうが、仲良くやりましょうよ。それでは、これまで通りの計画を進めます!」


 文幸連の部隊は八戸自動車道を走っていた。木炭トラックなので、煙突から黒煙を盛んに噴き出している。先頭のトラックの荷台にはベンチ状の腰掛けがあり、黒ずくめの会員たちが無言で座っていた。運転席の脇坂が地図を見ながら、運転手に言った。

「八戸道を出たら、市内を抜けて、四十五号線に出て、久慈方面を目指せ。海岸沿いの道に出たら、まっすぐ北上しろ、蕪島に到着する。遠回りだが、安全策だ」


 5月25日、朝。蕪島の本部前には自衛隊員数人が八九式小銃を手に警戒態勢を取っていた。

 本部に電話が入り、迷彩服姿の穴見が受話器を取った。

「はい、本部。えっ、文幸連のトラックが八戸から岩手に抜けた。そうか、海岸沿いに来るつもりだな。何、奴らは馬を連れている!?  分かった、ありがとう」

 源太郎が心配そうに穴見を見て言った。

「敵は手強そうだな」

「馬で動き回られたら、コトだな」

「相手が馬なら、こちらも馬だろ。お前少し乗れるだろうが」

「そうだけど」

「他の隊員で乗れる奴が何人いるか、すぐに聞いて来い」

「馬、調達できるの? 源太郎さん」

「この辺が馬の産地だって、お前忘れだが?」

「そうだった!」

「知り合いの三郎太牧場さ掛け合ってやるべ」

「父さん、申し訳ない」

 穴見は父親にこんなに深く頭を下げたのは久しぶりだった。小学校時代、雀獲りのパチンコ玉で近所の家のガラスを割り、こっぴどく叱られて以来だった。そんなことを思い出しながら、穴見は源太郎と共にテントを飛び出した。

 三郎太牧場はジープで十分ほどの高台にあった。鮫湾を見下ろす

高台には牧草地が広がり、サラブレッドを生産する牧場がいくつか点在しているのである。昭和三十年代が最盛期で、以後は低迷したが、

今でも名馬を育成しようという牧場がわずかに残っている。

 

穴見と源太郎、牧場主の三郎太が厩舎の前にいた。

「分かりました。わが牧場の馬が国家を救う手助けになるとは光栄だべ。どんぞ、ウチの可愛いウマッ子、使ってください。と、いっても今、お貸しできる馬は十頭しかいませんが」

「我が部隊にも乗馬ができる隊員はそれくらいしかいませんから、大丈夫です。これで、機動力が確保できた」

「いよいよ、明日ですな。ロケット作戦、成功ば祈ってます」

「三郎太さん、ありがとうございます!」

 穴見は自衛隊式の敬礼を泉山にした。


 五月二十六日、ついに運命の日がやって来た。午前十時、砂浜の発射台にカッパ・ロケットがセットされた。空は快晴。デジタル・イーターは、何かを感じているのか、いつもより大きく複雑にうねり、火花も盛大に散らしていた。

本部前にはロケット点火スイッチなどが装備されたコンソールの卓が置かれていた。その一番中央には戸倉、その周りには糠塚、クロフォード、源太郎、菊池、上村がいる。少し離れた場所からは裕史が関口カメラマンに指示を出し十六ミリカメラで撮影を始めていた。

「発射時間は正午でしたな。本当にカイビョウオンは雲に通じますかな、心配で堪りません」

 土壇場で自信が失せたのか、糠塚の口調が弱い。それを励ますかのように源太郎が前に出た。

「糠塚博士、自分は博士を信じます。我々は老人ですが、戦争の時代を生き抜き、現在の平和な日本を作っだ、と思いたいです。博士、たぶん共に最後の御奉公でしょうが、日本国のために、力を振り絞りましょう!」

「ありがとう、穴見少尉!」

 そのとき、さらに雲が大きくうねり、閃光を放った。

「まるで、こちらの攻撃を知っているようですね」

 戸倉が額の汗を拭いながら言った。

 いつの間にか遠巻きに町民が集まっていた。マスコミ各社も撮影をしていた。しかし、もちろん、生中継は出来ないのだが。それでも、マスコミは十六ミリなどフィルムカメラで撮影し、中にはデジタルが作動するのでビデオを使う者もいた。

 

 午前十一時を回った。リアス式海岸沿いの道を北上してきた文幸

連の木炭自動車二台が階上町を抜け、いよいよ鮫町に入った。右手に白浜海水浴場の駐車場が見えた。トラック二台はそこに駐車。車から黒ずくめの会員がどっと出て来た。

「すぐに馬を降ろして、乗馬。時間が迫っている、急げ!」

 脇坂の指示で馬が降ろされ、鞍が付けられると、会員たちは馬に跨がり、馬の腹を蹴った。会員たちはそれぞれ、小銃、ボウガンなどの武器を背負っていた。

 約五十頭の馬が通称・うみねこラインと呼ばれる曲がりくねった道を蕪島方向に走った。右手は海、左手は緑の木々が眩しい森である。坂が急になり道は左に大きくカーブすると、右に中世ヨーロッパ風の石造りの要塞のような建物が見えて来た。

 坂の頂上に差し掛かったとき、脇坂は「あっ」と声を上げた。前方の道を塞ぐように軍用トラックが横向きに停車していたのだ。そして、トラックの前には銃を構えた数十人の自衛隊員がいた。

 先頭を走っていた脇坂が声を上げた。

「停まれ!」

 一斉に五十頭の馬が走りを止めた。会員の中には馬をうまく操る

ことができずに、前方へ落馬する者もいた。興奮状態なので、馬たちは大きく嘶いた。

 自衛隊員の中にいた穴見が前に歩み出た。

「文明後退幸福連合会ですね。対デジタルイーター海猫作戦を武力で阻止するためにやって来たことは分かっています。警告します、これ以上は通すわけにはいきません。速やかに投降をお願いします」

 馬上の脇坂が穴見を見て、目を見張った。

「隊長さん、あんたは、もし間違いじゃなければ、市ヶ谷で会った、あのときのサラリーマンか…!?」

「カレーを勧めてくれた、あなたでしたか」

「予備自衛官と言っていたが、ものすごい出世をしたようだな」

「それでも、一介の予備自衛官です」

「そうか。しかし、あのとき、あなたはロストデジタルの世界がこのままでもいいと、確かに言ったはずだ。あなたと私は同じ理想を持つ人間ではなかったのか!」

「同じ要素があったかも知れない。だが、自分の理想を押し通すために暴力を使おうとは思わない。でも今は、あなたが力で攻め込んで来るのなら、こちらも、あえて力で対抗しましょう。もう一度、警告します。武器を捨てて、投降しなさい!」

「あの雲のおかげで、理想社会が生まれようとしているのではないか! そんなことも分からんのか。頭の悪い奴は消えろ!」

「タタターン!」

 ついに脇坂が旧ソ連の軍用銃AK四七を穴見らに向け発砲した。穴見の左にいた隊員が肩に被弾し、のけぞって倒れた。

「射撃開始! 撃て、撃て!」

 穴見の口からついに危害射撃の命令が発せられた。この合図をきっかけに両者は一斉に撃ち出した。さらに、文幸連の右手、葦毛崎展望台に身を伏せていた十人の自衛隊員も八九式を撃ち始めた。また、左のブッシュに潜んでいた、十人の隊員も撃ち出した。

 穴見は引き金を絞りながら震えていた。人間に向け実弾を発砲したのは初めてだった。八ヶ月前、家族を救うために人間を撃ったことはあった。だが、あのときは空砲だったのだ。だから、「今、このときこそが“人殺し”となった瞬間だ」と思った。

 この最初の銃撃で、文幸連の十数人が撃たれ、落馬。馬も何頭かが被弾し、苦しそうに道路に倒れ込んだ。

 撃たれた中に相沢裕介がいた。相沢は腕を撃たれたのだが、落馬、馬の後足に頭部を蹴られ、絶命した。パソコンを自由に操り、雑誌のデザイナーで身を立てようとしていた男が、なぜか、銃弾を受け、道路に無様に転がっていた。この自衛隊の第一攻撃で、文幸連の会員たちはひるんだ。

 恐怖ですぐに下馬したのは女性会員の高野麻紀だった。ネットトレイダーで稼ぎまくり、母親にマンションを購入するのが夢だった彼女は、今、なぜか、自衛隊との銃撃戦の最中にいた。麻紀は銃を放り出し、その場にしゃがみ込み両耳を手で塞いだ。

 脇坂を含めた三人がバリケードを突破、蕪島方向に走り去った。

残りの会員たちは馬を降り、銃を捨て、手を上げた。穴見は四人の隊員と葦毛崎展望台のトイレの陰に繋いでいた馬に飛び乗り、脇坂らの後を追った。

 うみねこラインを走る三頭の馬を、穴見らの五頭の馬が追う。文幸連の一人が、デタラメにAK四七を乱射した。弾丸は自衛隊の先頭馬に当たり、馬は激しく転倒した。それに馬は次々接触、穴見らは道に放り出された。

 穴見ともう一人の隊員が起き上がり、八九式を連射した。弾は脇坂の両側を走っていた会員に命中、落馬した。残ったのは脇坂だけだ。

穴見は腕時計を見た。十一時五十五分を指していた。本部では既に秒読みに入っていた。

「くそっ」

 穴見が馬を探すが、三頭は足を痛めたらしく、道端で座り込んでいる。もう二頭は、どこかへ走り去ってしまったようだ。落馬した自衛隊員たちの内、一人は腹に被弾しもがいている。二人は激しい落馬の衝撃で動けない。

「走るぞ!」

「はいっ!」

 唯一残った隊員と走り出そうとする穴見だったが、右足首に激痛が走った。

「ううっ!」

「穴見隊長!」

「足首をくじいたらしい、くそっ、ここで負けてたまるか! 先に君が行け!」

「はっ!」

 穴見を置いて、隊員が走り出したとき、後方から馬の蹄の音がした。穴見が振り向くと、太った馬が迫って来ていた。

「オヤジ!?」

 馬に跨がっていたのは源太郎だった。

「昭一、わしの後ろさ乗れ!」

 咄嗟に源太郎に言われるままに馬に跨がった。

「農耕馬借りて来た。こいつ、太っでるが足腰は強い。馬は戦争以来だが、体が覚えでる。前の馬、もうへたばってる。行くぞ、昭一、しっかり掴まれ!」

 二人を乗せた農耕馬は、猛然と走り出した。

 一方、脇坂はうみねこラインの終点に差し掛かり、海岸へ向かう道に左折した。海岸沿いに海洋博物館・マリエントがある。マリエントの展望室には人々が押し掛け、集蕪島方向を見ていた。ここから蕪島まで約五百メートル。脇坂を乗せた馬がマリエントの前を走り抜ける。

 発射二分前。脇坂は必死で馬の腹を踵で蹴った。馬は、相当にへたばっていた。少し、スピードが落ちた。

「走れ、頼むから走ってくれ!」

 脇坂の馬はヨタつきながらも、蕪島まで一直線の道へ右折した。そこには立ち入り禁止のロープが張られ、大勢のマスコミや野次馬が発射の瞬間を待ち構えていた。そこに、脇坂の馬が突っ込んだ。

「きゃあ!」

 暴走馬の闖入に人々は驚き逃げ惑った、脇坂の馬は最後の力を振り絞ってロープをジャンプした。

 発射一分前。本部が騒然となった。馬がぐんぐんと近づいて来る。しかも、馬上の男が銃を構えたからだ。

 後方から、源太郎と穴見を乗せた農耕馬が猛然と迫っていた。穴見は源太郎の背後で銃をゆっくりと構え、照準を脇坂に合わせた。

「タアーン!」

 弾は脇坂の左腿に命中した。脇坂は馬からどぅっと投げ出されるように落ちた。しかし、すぐに立ち上がると銃を構え、本部に向かって乱射し始めた。

「三十、二十九、二十八…」

 発射三十秒前。カウントしていた戸倉の頭上を弾丸がかすった。

菊池、上村、クロフォード、沼袋など卓の周りにいた人間は一斉に逃げまどった。

 発射十秒前。それでも、戸倉は卓を離れず、ゆっくりと少し震える手で点火ボタンに手をかけた。片足を引きずりながら、本部に向かって来た脇坂はそんな戸倉の頭に照準を合わせた。

 穴見は農耕馬から、すべるように降り、立ち膝の体勢を取り、銃をしっかりと構えた。穴見にもう躊躇はなかった。

「タアーン!」

「一、零…発射!」

 背中を射抜かれた脇坂が倒れたのと、ロケット発射は同時だった。正午ぴったり、カッパロケットはオレンジ色の炎を吹き出しながらデジタルイーター目がけて飛んだ。

 

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