サイバーコマンド・アイアンナイト・ファイルゼロ
夜話猫
第1章 アイアンナイト起動
第1話 兆候
プロローグ
「もうずっと戦争になるって噂になっていたあの夜。みんながミサイルが飛んだっていっていた夜。空がぱあっと明るくなって。しばらくすると流星が降ってきたんだ。………いくつもの、いくつもの、鉄の流星が………。…あの日、キミはどこで空を見ていたの?」
第一章一・北アフリカ
燃えている、そしてすでに燃えたありとあらゆるものの鼻を突く匂いと、嬌声と、土煙が入り交じった熱い空気が群衆と共に渦を巻く、その広場を見下ろしていた。
太陽を背に向けて立つ事ができたので、、それほどまでには辛くはない。湿気がまとわりつく自分の国よりは、どこかドライでいられることが、傍観者として革命に熱狂する人々との距離感を保ち、冷めた目で見ることができた。
広場の人々ひしめき合って、手を振り上げて声を上げ、時に歌い、おそらくは道半ばにしてデリートさせられてしまった仲間の写真を掲げながら、渦を描き続けている。その動きをしばらく見つめた後、口元も覆うフードの一部を指で少しズリ下げ、旧市街の雰囲気には似つかわしくないARグラスの視界を確保する。
群衆の顔を複数の四角いマーカーが次々にスキャンして行き、そのいくつかには色が変わったマーカーが残り、引き出された線は広場を取り囲むように建物の上の複数の点に結びつき、数値や情報を伝え続ける。グラスの右上に目をやり公衆回線が死んでいることを確認する。
「軍用レーザー通信…。コントローラーはどれだ…?」と呟く。
すると立っている屋上への出入り口の方から、現地語で電話をかけ続けていた東洋人風の男の声が、突然大きくなった。
「武装集団が中央広場に向かって進行中?!」
声が大きくなることで、群衆の嬌声のなかでも認識ができたようで、アラブ語が自動翻訳されてグラス上にそう表示された。駆け寄る足音が聞こえて男が近づいた瞬間、振り返らずに相手の手掴んで引き倒し、地面に頭を押さえつけた。
「伏せろ!銃口検知も無いのに死ぬぞ!外務省はこういう時の教育をしてないのか?!」
男は引き倒された男の耳に付けた骨伝導レシーバーから、調整されディストーションが係った音声が響いた。直後の怒りの表情から、ややバツが悪そうに一瞬目をそらしたが、すぐに身じろぎしつつ、押し殺して口の中で声をあげた。
「す、すみません!でも潮時です! 政府が機能していないのに衝突に巻き込まれでもしたら対処のしようがありません!元々軍政なのに、元首を見捨てるような…」
口元に指を当てて、男を制する。警告音とともに、グラスのつるから耳の裏にアラートが響いた。
「スキャン・ワーニング!スキャン・ワーニング!システム侵入ノ兆候ヲ検知!」
ARグラス内の表示も警告の黄色枠が点滅する。
「よし!気付かれた!」
群衆の中の一部の集団が、突然こちらへ振り向き、指指し、そして突進してくる。女性までもが含まれるその集団は、まるでロックスターを見つけた金切り声のファンのように嬌声を上げ、猛然と建物に迫ってきた。
「何がいいんですか?!」
東洋人の男は、思わず声に出してそう言い切る前に、腕一本で引き起こされ、建物の下を除き恐れの表情を浮かべた。
「逃げるぞ!」
そう伝えるのと同時に、男を荷物のように肩に担ぎ、屋上を広場から反対方向へと走る。ためらいなく踏み切って飛び、そのままいくつのビルや建物の屋上と屋根を走り抜け、男が驚きの声を上げるころには、手頃な手すりにハンドウィンチのアンカーを引っかけ、そのまま高速ラペリングで地面に飛び降りる。着地の衝撃を腹に受けて、男が腹をうめき声を上げると、もうトラックの運転席に放り込まれていた。
「打合せ通り、2ブロック先、裏通り!エンジンをかけて待機!10分経って合流しなかったら、軍の空港へ走れ! グローブボックに護身用の銃があるが、発砲したら役人人生にミソがつくぞ。気を付けろ!」
大声でそう伝え、男が返答する前に、ドカンと大きな音をたててドアが閉められた。衝撃で目をつぶって再び開くと、もう姿は消えていた。頭を振って気を取り直し、エンジンをかけてアクセルを踏む。
眼下の海の向こうに、赤茶けた緑のない大地が見えてきていた。
「ジュピター01、ディスイズメッドコントロール、オーバー」
「メッドコントロール、ディスイズ、ジュピター01、オーバー」
「ジュピター01、作戦行動地点周辺、および着陸地点の制空権は確保されている。現時点での敵対航空戦力無し。オーバー」
「メッドコントロール、了解した、オーバー」
「ジュピター01、なお対空砲火に関しては不明、適時対処されたし、オーバー」
「メッドコントロール、了解した、オーバー」
「ジュピター01、我が軍は、ヒトヨンマルマルをもって全航空戦力を撤収予定。ラクダにのった白人が、『ジハード』だっつってが襲撃して来るらしいぞ。オーバー」
「メッドコントロール、そりゃお友達が黒幕だって意味かい?了解したよ。アウト」
XC-3C輸送機の通信士は、交信を聞いていた迷彩服の恰幅のいい男を振り返って告げた。
「ということです。秋尾隊長。作戦行動時間は、余裕を見ても30分程度。友軍の航空戦力が無い状態での脱出はごめんですので、集合時間は厳守で!」
「問題ない!自衛官なら5分前行動だ。定刻通り火を入れて待っててくれ。」
英語のくだらない冗談と、安請け合いしてしまった事はスルーすることにしよう、問題は我が隊の問題児たちも約束を守れるかだ。
中央即応大隊下に設けられたとはいえ、現実世界と仮想空間ともに腕に覚えのある人材が揃えられ我が隊は、自衛官よりは「ハッカー」の性格が濃い人物が多い。およそ「自衛官」とは言えない問題を度々起こす。陸自なのに支離滅裂と言われ、結果を出していると言う1点のみで救われているが、柔和でありながら上手く人を動かす事にかけては大隊一というジェントルマンの副官、ロマンスグレーのバトラーが
「私、頭が薄くなってきたような気がします…。」
と言ったときには、野郎共曰く「ばれなければ内も一緒」をすべてを申告して、自ら営倉入りするべきかと思ったぐらいだ。いや、しかし、バトラーがハゲたら、営倉よりももっと怖い、WAC達のリンチが待っている。
しかし今回、管理情報を痕跡も残さず書き換え、迷彩コンテナに入っている機動装甲車を試作機動工作車にすり替えていることに気付いたときには、もうこれで終わったかと思った。
幸いにして、システム上のバグと処理され、大使救出作戦優先で続行となったが、替えたらもう何度目かの「辞表発射準備!」だ。だが、今は目の前の事に集中しなければならぬ。
そんなことを考えながら、二重の気密扉を通って後部貨物室に移動する。ドアを開けるとエンジンの爆音で声が聞き取れないので、付けたままのHMDのイヤホンをノイズサプレッサー+骨伝導モードに切り替え、全員に集合をかける。
即座に目をキラキラさせて整列した隊員を見ると、乗り気なんだなと感じる。本来ならば中央即応大隊の中でも生え抜きの、特殊作戦群の部隊が対応するべき案件だが、サイバー絡みで上の上の上からの特殊な要請があり、自分たちの部隊が駆り出されたからだ。
それに輸送防護車ブッシュマスター2を34式装輪装甲輸送車にしたのはまだしも、24式軽装甲機動車の代わりに、試作機動工作車を持ち出したら、それはそれは上機嫌だろう。
おそらくその手配システムの「バグ」を発生させた、別名マッドドライバーの「タクシー」を見ていう。
「絶対に現地に残すようなことにするなよ!痕跡を残すな、絶対にだ!」
「大丈夫ですよう。車体番号削ってきたし、特定出来る本体データは消したし…」
「残すなって言ってるんだ!」
「あはははは。すみませーん」
とがめてもなにが好転するわけでもない。今はお仕置き帳に追加ポイントを書きとどめることにして、すべて飲み込んで号令をかける。
「総員注目!」
搭乗している隊員が、装備支援、輸送部隊を含めて集合し、注目する。
「まもなく、ヒトフタゴーマル時より『L国大使救出ミッション』を開始する。現地は今朝よりエレクトロブラックアウトにより通信不良が発生している模様。先行したギャルソンの最後の情報によると、大使館は興奮した群衆に囲まれている模様。目標地点にて、ADAPTIV環境迷彩コンテナを2個投下。続いて各自空挺降下し、コンテナ上部にとりつけ。JPADS誘導システムにより、基本的には大使館の庭に降下するはずであるが、適時手動修正すること。また降下中に先行ししている、ギャルソン、ドールよりメッシュネットワークによる通信が入れば状況確認し作戦決行。状況不可もしくは目視で大使館に既に群衆がなだれ込んでいる場合は、着地点をBに変更し、そのまま空港へ向かう。ギャルソンは大使館、ドールは脱出ルート途中で合流予定。もし合流できない場合は、我々の脱出を優先し、彼らには独自に脱出をしてもらう。いいか!」
「はい!」
「バトラー。先行する試作工作車の指揮。致死性の攻撃は極力避けろ。タクシーは先行する試作工作車操手。スピア、試作装甲工作車のガンナーおよび工作。進路上に塞がるバリケード等は支持を待たず排除。ハッパーと大使館外壁爆破による脱出手順を確認しておけ。コング、装輪装甲輸送車操手。ファルコン、現着後速やかに脱出経路の確認とメッシュネットワーク構成。ハッパーとともに輸送車に同乗後、常時メッシュネットワークで索敵。ハッパーは爆破後乗車して輸送車ガンナー。私は大使とともに輸送車に乗り込む。配置は以上。適時ECMによるジャミングに注意。独自メッシュネットワーク以外に接続するな!完封試合(パーフェクト)で行くぞ!いいか!」
「了解!」
「時計合わせ!各自、空挺降下準備開始!」
各自が時計を操作した後、腕を前に出して秋尾の時計とぶつけると、各々、輸送機貨物室の中央を占めるコンテナの両脇に走り、空挺降下装備の装着にかかった。
各員が取りかかったのを見ると、秋尾は輸送部隊の方に向き、
「投下準備開始!」
「投下準備開始!」
命令を告げると輸送部隊が復唱する。貨物室の中の目の前にあった大きな黒い箱のかたまりの正面に、後方ハッチの映像が映り、ハッチが開き出すとコンテナの正面にも鮮やかな空が広がり始めた。
「パラシュートプロジェクション、チェック!」
輸送部隊がそう声を上げると、貨物室上方に対して、いくつかの映像が投影され、やがて消えた。
「総員、空挺準備よし!」
秋尾のHUDのイヤホンに、バトラーから報告がはいる頃には、秋尾も装備支援要員の協力を得て、背面から四方に保護金具付きのローターブレードが突き出た機器を背負い、四肢へストラップによる固定を終えていた。
「まもなく降下地点。あと30秒!」
輸送機側から言われるまでもなく、目を広く覆うHUDには、地図と必要な情報、降下開始までの時間が表示されている。ハッパーとスピアがヘルメットの下に、ヒジャブ代わりのスカーフを被っている事を確認する。
「コースクリア!コンテナ投下!」
まずコンテナが2つ、貨物室より投下される。コンテナの側面が環境迷彩モニターとなっているので、目の前の映像が微妙に歪むというイメージが強い。
続いてHMD内に表示が出る。
「コースクリア!用意用意用意!降下降下降下!」
パラシュート降下と異なり、ケーブルは必要ないので、隊員が順次、ローターブレードの回転を確認して貨物室後方から飛び出していく。秋尾も最後に指さし確認をして、補助をしてくれた隊員に敬礼をして、飛び出した。同時にローターブレードの回転を最大にすると、降下はせず輸送機よりも上昇していく。体を水平に1回転させ、隊員の状況を確認すると、やや前傾して降下姿勢に入る。先に輸送機から投下され上面だけが見えるコンテナから、すぐにパラシュートが展開される。その姿勢が安定した事を確認すると、隊員はそれぞれのコンテナに向かって進み、上面にとりついた。
「こちらバトラー、パラシュートへのプロジェクション良好。オクレ」
HUDには誰が声を出している分かるのだが、機器の正常動作確認ができるまでは、音声のみの可能性も考え、旧式で会話する。秋尾は自分のコンテナの上方に展開しているパラシュートを見て、プロジェクションにより空と同じ色になっていることを確認する。
「了解。タクシー先行。タクシー、コング、コンテナ外壁展開スペースを見越してきっちり駐車させろ! オクレ」
「こちらタクシー、了解、オクレ」「こちらコング、了解、オクレ」
「了解、オワリ」
JPADSの着地位置誘導システムにより、コンテナはある程度の精度を持って投下される。しかし、それは戦場の広いエリアの特定地点での話であって、大使館の庭に車両2台を乗り入れて駐車するような芸当は考えられていない。タクシーがVRモードに切り替わったHUDからコンテナ下方に設置されたカメラを見て、投下航路ガイドプログラムを使い微調整を行うと、コンテナ上部に据え付けたれたパラシュートワイヤーのコントローラが、人間くさい動きで動作した。コングと秋尾のコンテナもこれに続く。
どんなに処分ギリギリの問題を繰り返しても、その練度、正確な行動、ミッションをクリアする能力は頼もしいと思う。
「こちらスピア、ギャルソンが展開したメッシュネットワークと接触。ギャルソンは大使と共に大使館内にいる模様。状況変化無し。ドールは不明。オクレ」
「了解。ギャルソンに状況説明後、無線封鎖!オワリ!」
大使館は群衆に囲まれていた。熱をもった群衆に。
幸いにして我が国自身に恨みがあって取り囲んでいるのではなく、前政権を肯定していた全てのもの、というくくりの中の一つであり、まだ憎しみと破壊の対象ではない。はずなのだ。
しかし、その群衆は明らかに号令さえあれば大使館に乱入し、破壊工作をせんというばかりに武装していた。ボスの号令を待つ野犬の群れを思わせるものだった。そのような状況ならば、通常であれば天に向けて自動小銃を撃つ者がいてもおかしくないのだが、武装をしていても誰もそうしない。逆にそこに違和感があった。しかし武装した群衆に包囲されている以上、塀に囲まれた大使館から出ることも叶わなかった。
その群衆の中の数人が、何やら自分達の上にかかった影に気付いた。ヘリか飛行機の影かと思ったが、音はない。影は一瞬で壁の大使館側に消えた。その幾人かは消えた方向に指を指し何かを叫んだのだが、誰も要領を得ない。続いてわずかな噴射音と鈍い音が2回響き、、突然目の前の壁の上前方に、大きな布が洗われたが、これもまた、すぐに壁の向こうに消えた。
秋尾達はすぐさまコンテナから飛び降りると、2つのコンテナの中間に身を隠した。
全員に対して指で稲妻を書き、両手で×を作る。全員が頷く。ついで完璧な着地に対してタクシーとコングにハンドサインで評価を送る。やや周辺が騒然としている事を確認すると、ハンドサインである必要性も感じなかったのだが、車両の準備に取りかかるものにはそのように指で指示を出し、ファイルコンには脱出経路の光学的確認とメッシュネットワーク形成および周辺脅威確認、ハッパーには大使館の壁を指さし「上に開いたコの字」を書き、脱出経路確保の指示を出す。スピアには自分と一緒に来るように、との指示を出して89式自動小銃構え大使館の方を伺う。見ると既に建物の影から細目で優男のギャルソンが手招きしていた。ギャルソンにも電波・禁止のサインを送り、頷いたことを確認すると、建物脇まで体を低くして素早く動き、ギャルソンの誘導で窓から中にすべり込む。背後ではコンテナの間から、バードドローンの群れが飛びたった。
大使館中には既に大使他1名が準備を整えていた。スピアは入口となった窓の外に残る。中に入った秋尾は大使が何かしゃべろうとするのを静止し、ギャルソンに向かって大使と大使館員を指さし、次のスマートフォンを耳に当てる仕草をする。ギャルソンは廃棄のハンドサインをする。
「キミたちは!?」
「大使、救出に参りました。準備はよろしいですか?」
「いや、準備は出来ているが、いつ来るかなんて彼は何も言ってくれないから。それは彼も知らなかったからです、大使。」
続いて大使がなにかしゃべろうとするのを無視し、要件だけを伝える。
「重要書類は?」
「すべてここにある。」
そういって大使は鞄を指した。おそらく公用暗号化ディスクだろう。ギャルソンに向き直ると
「他のディスク類は?」
「チン」
ギャルソンがウィンクをしつつ電子レンジで処理済みの仕草をする。落ち着いていると言う事はなすべき事は全て終えていると言うこと。全く仕事ができるきれい好きで助かる。
「い、いつ脱出するのかね!?」
「今です!」
「隊長。これ、そこの現地ドライバーが、ここ数日で調べてくれたらしい、街中の通行可能路の情報だそうです。あと書記官はドールが連れて行きましたよ。今のところ連絡無しです。」
「頼む!彼らも、そこか安全な場所まで連れて行ってくれないか?」
割り込む大使の言葉に秋尾は大使と大使館員を順番に見て、一つため息をつく。
「大使、どういう状況になるか分かりませんので、今のうちに餞別なり、お別れの言葉なり済ませておいてください。3分後に出ます。」
秋尾は大使たちからギャルソンに向き直り、左手でピースサインをした指の先を、両目の下に当てる。続いて手を握り親指を立て、体の前から大使を指さした。ギャルソンはまぶたで了解する。続いて、おそらくズボンのまたを破かずには窓を出られないであろう大使のために、窓際に椅子を寄せ、自分も一旦窓の外に出てコンテナの方に戻り、今度は反対側のコンテナの脇から、道路に面した側の壁を見る。ハッパーは既に準備を終えていて、目があった秋尾に向かって親指を立てて見せた。
確認して頷くと、今度は目の前にファルコンが待っていた。腰から有線ケーブルを取り出し、秋尾に渡す。秋尾は人差し指を上下に動かすと、ファルコンは指を上に立てた。秋尾は、ケーブルをHUDの外部端子に接続する。するとHUDの内部に画像情報共有が始まった。鳥の目のフライスルーの動画が始まり、街中を高速に飛び抜けるように映像は進む、画像には通行不能か、強行すれば通行可能か、IED(即席爆破装置)になりそうな瓦礫や車両などの物体の有無、伏兵と思われる人物が拡大して表示される。映像は最終的に脱出する空港の滑走路まで来ると、立体として立ち上がり継いで2次元の地図となって表示された。秋尾は先ほどの現地ドライバーの地図を開き、これをHUDに取り込んで画像として重ね合わせる。見るまで無かったことだが、大使館員の脱出経路は伏兵の配置と重なっていた。秋尾は地図をファルコンに渡し、地図とHUDをそれぞれ指さして、次に両指をあわせ、次に合成地図をタクシーとコングに共有するように指示した。
腕時計を見ると既に3分近くが経過していた。
秋尾は大使館内にもどると、大使は既に準備を整えていて、指示に従い窓枠を越えて外に出て、秋尾とともに建物の角まで進む。続いて大使館員の現地人が窓を出て、秋尾の方に進むが、その時窓際で補助をしていたギャルソンが、秋尾に向かってハンドサインを送った。大使館員の足元を指さし、次に指を顔の前で左右に振る。秋尾は表情を変えずに、大使館員に向き直り、手のひらで静止する仕草をし、大使には指で「声を出さないように。あなたと私、一緒に行く」とサインを出す。民間人にも分かるシンプルなサインに、大使も理解し頷く。大使の目の前に指を出し、3つカウントをして背中を叩き、スピアが迷彩のコンテナに立っている場所に向かうと、スピアの手元から突然扉上に黒い空間が現れる。その中に大使を押し込んで秋尾は素早く建物に戻る。
続いて大使館員の横に立つ。手順は理解していたようで、秋尾が3カウントを出すと、大使館員は勢い良く走り出ようとした。ただ、秋尾が彼の靴のかかとを踏んでいたことで、顔面から地面に倒れてしまう。秋尾はその靴を、もう片方の靴共々取り上げると、ギャルソンの方角に投げて、続いて彼を建物の影に引きずり込んだ。胸ぐらを掴んで持ち上げ、やや乱暴に壁に押しつけると、大使館員はずるずると地面に尻餅をつく。見下ろす秋尾の横から、ギャルソンがソールを割った靴を見せた。かかとに小型でシンプルな通信端末が仕込まれている。
HUDに表示される翻訳機には、大使館員は「知らない!知らない!」という字幕が表示されているが、立っている秋尾とギャルソンが持っているものを、彼の位置から見えるわけもない。秋尾は半長靴で大使館員の腹を蹴ると、絶妙のタイミングでギャルソンから手元に差し出されたスプレーを受け取って、彼の鼻の穴に、何回かタイミングをずらして吹き付けた。大使館員は数秒でぐったりとうなだれた。
建物の影から出て立っているスピアに向けて、HUDを指さし親指を立てる仕草をし、コンテナの間に移動、ギャルソンに前方ののコンテナを指さし、続いてコンテナの影からゆっくりと顔を出してハッパーに向けて同じ動作をした。すぐに全員分のオンライン表示が出た。
「総員無線封鎖解除!状況知らせ!」
「タクシー。準備完了。バッテリーはFULL。」
「スピア。バトラーより手順確認よし。各種装弾準備良し。」
「バトラー。装甲工作車準備よろし。」
「コング。準備完了。バッテリーはFULL。大使がうるさい。ギャルソン、黙らせろ。」
「ファルコン。想定脱出経路上の最終探索終了です。レーザーメッシュでの視界、通信確保。現時点での障害無し。ジャミング無し。」
「ハッパー。破砕準備完了。」
「30秒後に作戦開始!以降、装甲工作車をロメオ01、装甲輸送車をロメオ02。コンテナを側面方向にパージ後、ロメオ01躯体起こしADS準備。催涙弾、続いて音響ボットを壁向こうに投擲。壁を爆破後、脱出する!」
「タクシーが自分で倒したいって言ったので、切り取り線状にしてありますよ!」
秋尾はこめかみに血管が浮き出るのを感じた。また「作戦に支障の無い範囲で」だ。バトラーと並んで髪をとかしたときの櫛がよみがえる。
「わかった。タクシー、あくまでも路上の民間人の被害を出さないこと目的で、迷彩を解いて威嚇行動をせよ。群衆を抜けるまではエンジンをふかすのも許可する。なお、非殺傷兵器以外の使用は、排除出来ない場合を除き、私とバトラーが指示を出す。いいな!」
「さっすが隊長!臨機応変!」
「カウント10、9、8、7、6,5,4,3,2,ヒト、作戦開始!」
いくつか軽い炸裂音と噴射音がして、わずかばかりの扉の隙間に光が射す、かなり重量のあるコンテナ外板の、振動を伴った落下音が何回かした。
秋尾がHUDをVRモードに変更すると、車両外の映像が表示される。自車、装甲工作車ともにワイヤーフレームで表示されるが、ロミオ01は迷彩を解いているので、その実像も表示されている。装甲工作車は6輪のタイヤ、胴体とも言うべき乗員登場部分、それに工作用の2本アームが装備されており、さらに上部にADS(Active denial system)という、電子レンジの原理で、電波を照射し対象の皮膚を熱することで痛みを与える暴動鎮圧用の機器を装備している。その位置が顔にも見えるため、躯隊を起こすとロボットのようであった。秋尾のHUDの中に、、壁を外から撮影しているファルコンのドローンの映像も表示されている。
「投げっ!」
隊員の音声とともに、壁の向こうへ催涙弾が数個投げ込まれ、続いてボール状の音響ボットが投げ込まれる。光・爆発音とともに視界を妨げる催涙ガスが周辺に充満し、さらにその中から「毒ガスだ!逃げろ!」と幾人もの声響いたことで、群衆はパニックに陥った。続いてハッパーが遠隔で壁を破砕すると、爆発音とともに道路側の壁のいくつかの部分では粉塵が吹き出てそれもが群衆の恐怖心理の影響を与えた。群衆が声を上げて逃げ出す。
猛然とふかしたエンジン音、ドシン、という大きな音とともに、ロミオ01が車輪走行ではなく、不必要な歩行(クロール)モードで前進する。
「さっさと行け!」
秋尾はタクシーに促した。
「安全確認よし!」
タクシーは弾んだ声でそう返答すると、「切り取り線の入った」壁の上部を工作アーム2本で掴み、そのまま外側にぐいと押し倒した。 地響きがして壁が倒れたところ、煙の中から、巨大ロボットのようなものが出てきたことで、残っていた群衆も慌てふためいて走り去ろうとした。進路上に残っていた群衆すら、ロボットの顔が向けられると、突然体中の皮膚が痛くなり、それが一層パニックを引き越こして、悲鳴をあげて逃走し始めた。
「前進!」
装甲工作車が壁の外に出ると、タイヤを揃えて走行モードになり、わざとエンジンのうなりを上げ走り始める。
「何が始まるんだ!?」
「飛びますよ!大使!歯を食いしばって捕まって!」
続いて装甲輸送車が勢いを付けて段差を乗り越え飛び、着地の衝撃音を轟かせてその後ろに続く。事前のバードドローンによる探索で待ち伏せやIEDを把握、これを回避しルートを形成、路上駐車や走行中の車やバイクを左右に避け、官庁街から空港へ向けて猛然と走る。いくつかのトラップを避けると、後方から武装トラックが数台、秋尾達を追撃し始めた。
「隊長!特殊改造済み国産車ユーザー様のお出ましですよ!」
HUDをVRモードにしてバードドローンからの映像を見ているファルコンが告げる。
装甲工作車と装甲輸送車はロータリーに突入し、タイヤのドリフト音を響かせて外周を270度回る。
「次の右折地点前で、後方に牽制射撃する。ギャルソンは無反動砲で煙幕弾を敵車両前方に着弾させろ。ハッパーはその後後方に向けて順次発煙弾4発転がせ。タクシー、コング、右折時にEVモードに切り替え、ファルコンはスモーク付きの音響デコイを直進させろ!」
「了解!」
命令された全員の声が響く。秋尾が装甲輸送車の天井を開け12.7mm重機関銃を上部に繰り出す。牽制用の非致死性の炸裂弾頭を装填。別の上部ハッチからは、それぞれギャルソンが無反動砲を持って後方に、ファルコンが大型音響デコイドローンを車内に隠し身を乗り出す。
「隊長、右折10秒前、9、8、7…」
秋尾が100m近くまで接近してきていた2台の国産トラックが、荷台の機銃を撃とうとする動作を確認して、すかさず、後方車両の前、間、右の建物の壁に散らして牽制射撃をする。相手がひるんでハンドルを切って避けようとしたのを見て「撃て!」と指示を出す。ギャルソンが撃った無反動砲の発煙弾も敵車両の前方に着弾し、派手に煙幕をあげる。
「発煙弾!」
秋尾の指示と同時に、等間隔で4発の煙幕弾が路上に投下され、爆発音が響く中、工作車、輸送車それぞれがEVモードに移行し無音化、同時にファルコン音響ドローンが前方に発射しエンジン音を出して直進する。その隙に2台は右折し、狭い街中の路地を逃走した。
「かかってくれたか?」
「隊長、まもなく回収予定地点です!」
車内に戻ってバードドローンからの索敵を続けるファルコンが告げる。
「ドールの近距離電波通信、繋がります。…健在!。繋ぎます!」
「こちらドール!合流地点へは予定通り進行中!」
後方を目視していたギャルソンが無反動砲から秋尾の持ち場に移り、構えた所でファルコンが割り込む。
「後方より、武装トラック接近!」
声と同時に脇の路地からトラックが飛び指し、高速かつ左右にふらつき輸送車の後方に付く。同時に車内に戻った秋尾のHUDに車両後方カメラのズーム映像が表示される。
「ストオオオップ!レーザーで識別確認送る!」
「認証暗号確認。ドールです」
トラックの荷台から腕を伸ばし手をふるフードを被った人物と、運転席にはあきらかに線の細い東洋人が、緊張感で張り詰めた顔をしてハンドルにしがみついている。おそらくドールに連れ出された書記官だろう。
「ドール!次の大通りを左折したら右側を併走しろ!回収する!」
「了解!オッサン!前の車死ぬ気で続け!」
「まだ、そんな歳じゃないですぅ!」
秋尾は指示を出し走行輸送車の上部ハッチから外に出る。鳥ドローンの視界で交差点の状況を確認する、タクシーとコングが、ノーブレーキで大通りに飛び出てハンドル切る。タイヤが悲鳴を上げるなか、トラックも派手に尻を振って蛇行しながら続く。
「あの車の横に付けろ!」
ドールが輸送車を指さしてトラックの天井を叩くと、トラックは猛然と加速した。トラックが輸送車の横に並ぶと、秋尾の視界に、荷台に転がる人物大の袋が目に入った。
「おまえ、死体袋!?」
「電源不活性化、電波遮断袋詰め!」
そう言い終わるよりも早く、ドールはその袋を掴むと、軽々と車上の秋尾に向かって投げて渡す。継いで運転席の横に行き、ドアを開けると、書記官の首を掴んで、同様に秋尾に向かって放り投げた。書記官は自分が運転していたと思ったら、宙に舞い、いきなり迷彩服の人間に抱き留められる。事態が飲み込めにないのか手を見て、次に秋尾を見上げたが、声を出す間もなく頭から車内に放り込まれた。
「君!無事だったか!」
「た、大使ぃ!」
ドールはすぐさまトラックの運転席に滑り込むと、車両をより輸送車に近づけ、抱えていた89式小銃の銃身側を持って秋尾に差し出す。
「後方から追撃!武装トラック3台!距離150!次の路地!」
秋尾が受け取るのとファルコンが警告を発するのとが同時で、続いてドールが速度を緩めて輸送車から下がった。後方からは路地から飛び出した追撃の武装車両が迫る。
「牽制する!」
「えっ!ドール!武器…」
そう秋尾が言おうとすると、運転席と有線接続したドールが、ドアから荷台にひらりと飛び移り、加速するトラックの上で、追っ手に見せつけるように自動小銃を振り上げた。
「おまっ!カラシニコフ!それどこで!」
「市場で!格安で!売ってた!足も!つかない!」
敵の射撃準備が整う前に、トラックを軽くスラロームさせつつ、声を発しつつ数回の連続した発砲音をたて、タイヤ、ラジエーターを狙い撃つ。反撃する間もなく先頭のタイヤが打ち抜かれ、後続の1台を巻き込んで派手な破砕音を上げ横転する、荷台のゲリラらしい人物数人も宙に舞った。しかし残り1台は、道を塞ぐ横転車にぶち当て強引に押しのけ、なおも追撃を始める。
「隊長!空港まで残り1キロ!」
工作車、タクシーが告げる。
「空港まで連れ込むのは不味い…」
秋尾が対策を考えるより速くドールがタクシーに告げる
「タクシー、ルートの橋、変更なし!」
「橋?…了解!」
ドールの支持にタクシーが了解する。
「後続!RPG!」
「ファルコン!このバイクに鳥憑(とりつ)いて!」
ドールがファルコンの警告に、輸送車の横あたりを走るバイクを、HUD内の映像でポイントする。
「了解!」
上空を併走していたバードドローンが1羽、急降下して併走するレーサー型のバイクのカウルの中に消え、続いてちょこんと首だけを出す。つんのめるようにバイクは減速して、輸送車横から後方に下がり、ドールのトラックに併走し始めた。ライダーは驚いたような仕草でアクセルをひねり次にブレーキを踏むが、何も起こらず首をかしげる、続いて周りを見回す。
「RPG発射!」
ファルコンの声を上げるわずか前に、ドールは併走するバイクの後部に飛び移り、猛然と加速しつつ、ポーチから取り出した対戦車地雷を、0.5秒の時限信管にしてトラックの前に転がす。地雷は車両前部下に来たところで炸裂し、トラックは棒立ちになって、RPGへの盾になり爆散した。
構わず加速するバイクの上で、ドールは飛び移られ、さらに後方で爆発が起きて驚き、大きく振り返ったライダーの目前に、ポケットからくしゃくしゃになったドル紙幣を差し出す。もう一方の手に持ったカラシニコフに蒼白になったライダーは、押しつけられるままにその紙幣を受け取った。ドールは素早く後部座席に立ち上がると、バイクを後方に下げ、輸送車の横に付けたところで飛び移った。カウル内から鳥ドローンも飛び出すと、バイクは急減速したが、我に返ったライダーがバランスを取り戻し事なきを得た。
「なお追撃!」
「空港まで300!橋です!」
ファルコンとタクシーが告げる。
「コング、減速通過!ドール、アレか?」
「アレ!」
秋尾も状況を理解した。
「橋を越えたら、輸送車は先行、全速で輸送機を目指せ!工作車は徐行!最悪応戦する!」
輸送車が橋を越えるところで、ドールは飛び降り、橋の中央でかがんで、すぐに徐行する工作車に向かって走り出した。数秒後に猛然と加速した追撃のトラックが橋にさしかかる。
「今だ!」
秋尾が叫ぶと、ドールは握っていたワイヤーにつながるスイッチを親指で押す。後方の橋で数発の爆発音が響き、石造りの橋の中央部が崩れ出すと、橋にさしかかっていたトラックが、前のめりに段差につっこみ前傾、橋とともにスローモーションのように川の中に落下した。
ドールは振り向かずにHUDでバードドローンからの映像を確認すると、全力で工作車に走り寄って飛び乗る。工作車は加速して輸送車を追い合流すると、滑走路から次々と飛び立つ友軍輸送機を脇目に、XC−3Cに向ってそのまま直進し、貨物室に乗り入れた。
「周辺警戒!」
秋尾の指示に、ドールとギャルソンが後部ハッチに向かう!
「秋尾隊長!お帰りなさい!途中からモニターしておりましたがご無事で何よりです。かなり早かったですね!」
「待っていてくれてほっとしたよ!感謝する!全員いる。すぐ出してくれ!」
「了解です!総員、固定かかれ!」
同時に輸送車から出てきた大使が秋尾に駆け寄る。書記官がそれに続く。
「秋尾を隊長、助かった!だが大使館員はどうなったんだ。」
秋尾は機体後部での周辺警戒から顔だけ大使の方に向き直り
「大使。」
一つため息をつく。
「彼は靴底に通信端末を仕込んでいたので、現地に残しました。ご理解ください。」
身長の高い秋尾は、わざと上から見下すように、やや冷たい口調でそう告げた。大使は、「えっ?」と小さく驚きの声上げると、頷き、項垂れ、バトラーと書記官に促されて,乗務員室へと向かった。
「ドールとギャルソンは後方警戒!ほか総員出発準備!」
秋尾は後部ハッチに向けて歩き、ドールに手が届く位置にまで近づく。
足音に気付いてドールが振り返り、銃を持たない左手で被っていたフードを取り去る。するとこには、逆光の中に、細身で背のやや高いWACが立っていた。勢いよく脱ぎ去ったフードの中から、後ろに束ねた黒い髪が流れ出し、背中へと降り注ぐ。彼女は目をつぶって首を数回振りその位置を整える。やや斜めから秋尾の方に顔を向けると、まつげの中から茶色の瞳が現れ、ハッチの向こうの光で輪郭を彩られた。
視線にややためらい、目を下にそらすと、全身を横からカバーする、強化骨格を付けていた事を思いだした。
秋尾は目を再びドールに向けて、自分のHUDの右脇に指をやり、長押ししてから離すと、頭から脱ぎ去った。ドールは意味を理解して、自分のARグラスを同じように電源を切り、顔から外してボディーアーマーに収納した。
「ドール。旧式を使わせて無理させたな。」
「いえ。あれはここに残す羽目になるとヤバイし、ツーマンセルじゃないと正式に使えないんでしょ。」
手元を見ると、秋尾に渡した89式小銃を持っている。
「カラシニコフは?」
「大丈夫。全弾撃って捨てた。」
「そうか…。地雷も正直助かった。」
「いい。スピアとハッパーと女子会のスポンサーで。橋の爆薬の分も。」
「わかった。」
秋尾が再びHUDを付けると、操縦席から呼び出しがあった。
「秋尾隊長!出発します!」
後部ハッチが閉じられ始め、隙間に中東の黄色い大気が消えていく。消えていく空を最後まで、ドールも眺めていた。ジェットエンジンの音が高まり、機体がタクシングを始めると、ハッチの反対側に立っていたギャルソンがこちらに近づいてきた。ドールは振り返って、ARグラスを装着する。秋尾の発音は文字に置き換えられ、二人のグラス内に表示される。
「二人は先に休め。帰ったらすぐにアイツを解析して報告だ。」
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