―――


 いつからだろう。彼に向ける笑顔が、作った笑顔だと気付いたのは……


 いつからだろう。元から少なかった彼の口数が、更に少なくなったのは……



 傍にいて欲しいと、私の前で罪を償いたいんだと言った彼の言葉を、信じてない訳じゃない。

 本気で言ったのだと思うし、これから一生を懸けてそうしてくれるだろう。



 だけどそれじゃ、私の気持ちはどうなるの?

 一旦動き始めた憎しみの心は、どこにいけばいいの?


 蒼井さんにぶつけたって、いつも彼は受け止めてくれる。

 悲しい顔で抱きしめてくれる。

 でもそんなんじゃやりきれないって思うのは、私が我が儘だからだろうか。


 そしてそういうジレンマに陥った私は、また罪を犯したのだ。





 最初に大学の掲示板に写真を貼った日から1週間後、また二人の写真を貼った。

 1回や2回じゃない。数えてたけど、途中からは虚しくなって数えるのを止めた。


 次に大学の事務室にFAXを送った。

『法医学の蒼井蓮は、写真の女の他に数人の女と同時に付き合っている。』とか、『蒼井蓮は、その写真の女の家族を殺した。』などと書いて。



 自分の見えない所で彼が苦しんでいる、という事が、私にとっての復讐の形だった。


 これじゃ私に嫌がらせをしていた人たちと同じじゃないかと私の良心は言うけれど、もう自分では止められなくなっていた。

 もちろん蒼井さんは、数々の嫌がらせは私だとわかっているけど、何も言わない。


 いや、何も言えないんだと思う。

 誰よりも優しい彼は、自分のせいで蘭を死なせてしまった事が、自分で許せないんだ。


 だから私に対して、憎んだままでもいいと言えるのだ。



 まさかこんな形で復讐されるとは、思ってもみなかったに違いない。




――


「蒼井さん、そろそろ寝ますよ。」

「まだ仕事が残ってる。先に寝てろ。」

「じゃあ、おやすみなさい。」

「おやすみ。」


 最近の蒼井さんは、私と一緒にベッドに入る事がなくなった。


 それは私に写真を撮らせないため。


「無理…しないで下さいね。」

「わかってる。」

「何か最近痩せたみたい。」

「そうか?気のせいだろ。」


 最近見るからに痩せたのは、大学での噂話や上からの圧力からくるストレスか。


「ならいいんです。じゃあ今度こそ、おやすみなさい。」

「………」

 返事もせずに振り返った背中に、私は呟いた。


「もうお互い、限界ですね。」

 聞こえなかったのか聞こえないフリをしたのか、蒼井さんは何も言わなかった。


 私はそっと目を閉じると、寝室へと姿を消した……




――


 二人が背負った運命は、こんな結末を予想してたのかも知れない。

 ただ傷付け合う関係は、何も生まない。

『苦』だけの人生にもう疲れた私は、何処かにある『楽』を求めた。


「ごめんね、蒼井さん。ありがとう。」

 リビングのソファーで寝ている蒼井さんに、小声で囁いた。


 傍らには大きなスーツケース。

 私はその持ち手に手をかけると、静かに蒼井さんの部屋を後にした……



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