エピローグ 二人の旅の続けかた
あれから。わたしとリュイスちゃんは魔将イフの鎧を集め、適当な木の根元に埋葬した。中身はないけど、一応遺品だけでも。
墓石はなかったので、代わりに兜を置いといた。
剣は、戦利品として、というか形見みたいなものとして持っていくことにした。
わたしが半魔の姿を見せても変わらず好敵手として扱っていた彼もまた、ある意味わたしを受け入れてくれていた、と思うと、無碍に扱う気にはならなかった。
また来る、みたいなこと言ってたし、本当に来たらその時返そうと思う。いつになるか分からないけど。
リュイスちゃんに教わって簡単に黙祷を捧げたあと、わたしたちは黄昏の森を後にする。
立ち寄ったスクード村で馬を返してもらい、そのまま帰路を辿る……のは、橋が壊れいてできないので、行きよりも遠回りの道を進んで、パルティール王国の王都まで帰ってきた。
真っ先にウチに戻り、わたしはとーさんに無事な顔を見せる。
とーさんは相変わらず無表情だったけど、わたしの顔を見たらわずかに表情が和らいでいた。やっぱり心配してたみたい。
リュイスちゃんはとーさんに依頼達成の旨を知らせ、ウチの店に預けていた報酬をとーさんから受け取り、わたしに渡してくれる。
そういえば、あのなんとかくんたちが帰ってきたら、彼らにも報酬の残りをを渡さないといけない。口約束だし、上手くいったかも確認してないけど、まあいいや。
その夜は、依頼を終えて無事に帰れた記念に二人で食べたり飲んだり。
普段あんまり飲まないけど、こういう時にたまに飲むのは好き。
とーさん以外とこんなに楽しく飲めるのは初めてだった。と言っても目の前の彼女は、少し飲んだらもう酔いが回ってしまったけれど。
酔いつぶれた彼女をわたしの部屋に運び、初めて会った時と同じようにわたしの隣のベッドに寝せる。
あ、別に変なことはしてないよ? 彼女のベッドに潜り込んだ以外は。
実際、なにかしようという気はなくて、ただ彼女の傍で、彼女の体温を感じて、一緒のベッドで寝たかっただけ。抱きしめたかっただけ。
願い叶ってわたしは幸せな一晩を送り、翌朝、寝起きの彼女に怒られた。そんなやり取りすら嬉しい。
そうして、穏やかで楽しかった一晩は終わりを告げ、彼女が帰る時間がやってくる。
神殿にも事の次第を報告しなければならないし、そもそも、わたしたちそれぞれに自分の生活がある。できればずっと一緒にいたいけど。
「じゃあ、ここでお別れだね」
店の前で、荷物を背負った彼女に別れの言葉を告げる。
「はい……お世話になりました」
「こっちこそ、いろいろありがとね」
出会ってまだ少ししか経っていないのに、離れるのが寂しい。けれど、わたしも彼女もこうして生きている。
その気になればいつでも会えると自分を納得させて、彼女を見送る。
「また、いつでも遊びに来てね。依頼なんてなくてもいいから」
「……はい。また来ます。絶対」
彼女が背を向ける。それぞれの生活に戻っていく。わたしたちの旅はとりあえずの終わりを告げた。――はず、だったんだけど。
彼女が神殿に戻って数日。
急な依頼もなく、かといって自分で探しに行く気にもなれないわたしは、いつもの席で日向ぼっこしていた。
窓越しに差す陽の光りが気持ちいい。
他の冒険者は出払っていて店内は静かなので、昼寝には最適だ。
しかし昼間からゴロゴロしているのを見かねてか、掃除していたとーさんが声をかけてくる。
「暇ならこっちを手伝え」
「やだよー……眠いし……」
「なら、外に出たらどうだ。噂じゃ、勇者が戻ってきてるらしいぞ」
「どうせ王都の中じゃ、下層民は近づけないでしょ……別にいいよ……」
多分、掃除の邪魔だから追い出したいんだろうけど、わたしはここから動く気はないよ。眠いし。リュイスちゃんが来たりしたら考えるけど。
と、本格的に夢の世界に旅立とうとしていたわたしの耳に、入り口の扉が勢いよく開け放たれる音が聞こえてきた。
「アレニエさん! いますか!?」
そして、今思い浮かべていた当の本人の声が響く。
「……あれ、リュイスちゃん? もう遊びに来てくれたの?」
報告とか日々のお勤めとかで忙しくなるらしいから、しばらく会えないと思ってたのに。
彼女は店内を見回しわたしを見つけるなり、急ぎ足で真っ直ぐこちらに向かってくる。そしてわたしの手を取りとーさんに声をかけつつ階段に向かう。
「すみません、ちょっとアレニエさんお借りします!」
借りられた。どうも遊びに来たわけじゃなさそう。
彼女はそのままわたしの部屋まで向かい、中に入り扉を閉める。
「どしたの? リュイスちゃん」
「実は、その……」
少し言い辛そうにしていたけど、やがて彼女が口を開く。
「今、王都に勇者さまが帰ってきてるんですが……」
「そうらしいね。さっきとーさんに聞いた」
「彼女が総本山に立ち寄った際に、私も一目見たんですが、そうしたら……」
あ、なんかピンときた。
「もしかして……」
「……はい、そのもしかして、なんです………先日の依頼からすぐにこんなお願い、本当に申し訳ないと思っているんですが……」
彼女は、わたしの手を取り真っ直ぐに見つめてくる。わたしもそれを真っ直ぐに、期待を込めて見つめ返す。
「わたしと一緒に、勇者さまを助けてください!」
彼女の言葉に、わたしは笑顔を返す。
勇者の旅の裏側で、わたしたちの旅もまだまだ続いていくみたいだ。
終
勇者の旅の裏側で 八月森 @hatigatumori
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