6章 嵐の夜の過ごしかた

 夜が明けて。

 宿泊場所として借りた村長の家で朝食を取ってから、私はもう一度共同墓地に向かい、祈りを捧げた。昨日は聞こえた気がした怨嗟の声は、今日は耳に届かなかった。

 祈りを済ませ、私はアレニエさんと共にフェルム村を出発する。

 次の目的地は、橋を越えてすぐの場所にある村、スクード。そこを超えれば、目的の『黄昏の森』はすぐそこだ。

 昨日に引き続き空は雲がかかっているが、幸いまだ降り出してはいない。今のうちにと、私たちは馬にまたがり、フェルム村から橋へと向かう。


「川も橋も大きいですね……」


 フェルム村から近い位置にある両者だが、自身のおぼろげな記憶を探ってみても見た覚えがなかった。

 特異な幼少期を送ってきた自覚はあるが、それでも一度も村から出ていないというわけではない。

 にもかかわらず見覚えがないのはおそらく、子供がうかつに近づいて溺れたりしないようにと、大人が注意を払っていたからなのだろう。


「落ちないように気をつけてね」

「はい」


 アレニエさんにそう注意されて、手綱を持つ手を意識する。馬が道を誤らないように注意して進まなければいけない。

 しばらく、お互い無言で馬を走らせていく。

 風を受けながら進むわずかな息苦しさと、馬の動きによる振動。

 そこに、ぽつりと、小さな雫が顔にかかる感触が加わり始める。


「あ……」


 雫は次々に数と勢いを増していき、いつしか顔どころか全身に降り注ぐようになっていく。危惧していた雨がとうとう降ってきたのだ。


「あー、降ってきちゃったかぁ」


 アレニエさんがわずかに空に視線をやりながら呟く。

 今は降り始めなのでまだ平気だが、地面が濡れれば転倒の危険は増すし、すぐそばを流れる川の水も増水するだろう。

 私たち自身も、雨に打たれ続ければ体も冷えるし、体調を崩す危険もある。医者のいない場所で病気にかかれば、命にもかかわる。

 旅をするにあたって、とかく雨というのは歓迎できない存在だ。

 対抗する手段などもない(当たり前だが)ので、なるべく早く風雨を防げる場所に辿りつき、おとなしく過ぎ去るのを待つしかない。

 そうこうしているうちに橋を渡り切り、その先に広く横に伸びた防壁と、建物が複数並ぶ姿が薄っすらと見えてきた。あれが次の目的地、スクード村だろう。

 雨の勢いは次第に強まってきていたが、なんとか本格的に降る前には辿りつけそうだ。

 私とアレニエさんは体を濡らす雫を弾きながら、村までの道を急いだ。



「あんたら危なかったな。もう少し遅かったら、門を閉め切ってたよ」


 門の前で警備をしていた中年の兵士が、それこそ門を閉じる準備をしながら声をかけてくる。


「もう閉めるんですか?」


 門番の言葉に、私は反射的に疑問を口にしていた。

 私たちが雨に打たれながら村の入り口に辿りつき、この防壁の詰め所に入れてもらったのが少し前。

 今は、雲が厚くて分かりづらいが、正午を少し過ぎたくらいだった。普通なら、門を閉めるにはまだ早い時刻だろう。


「ああ、いつもなら日が沈んでから閉めるんだけどな。今日はほれ、この天気だろう? 下手すると嵐になりそうだから、早めに閉めるとこだったんだよ」


 確かに、雨も風も先ほどまでより勢いを増しており、今のところ収まる気配は見えない。

 仮にこのまま嵐になれば、強風で物が飛ばされてくる場合もある。事前の備えは大事だろう。


「せっかく来たのに災難だな。勇者がこっちに向かってるって噂もあったんだが、間が悪かったな。運が良けりゃ会えたかもしれんのに」

「え……」


 勇者さまが、向かって来てる?

 ということは、ジャイールさんたちの足止めは失敗した? ……いや、成功したうえで、もう近くまで来てしまっているのかもしれない。

 まだ噂の段階でしかなく、実際はまだ遠いのかもしれないが、にわかに焦燥感が募ってくる。


「とりあえず、宿とってこよっか」


 微塵も焦燥感を感じさせない声で、アレニエさんは一度詰め所に下ろした荷物を再び背負い直し、ここから出ようとする。


「どのみち今日はここに泊まるつもりだったし、天気が悪くなる前に買い物もしておきたいしね」


 それから、兵士には聞こえないくらいの声で私に囁く。


「ここで焦っても仕方ないよ?」


 ……確かにそうだ。今思い悩んでもどうにもならない。

 努めて気持ちを切り替える。私とアレニエさんは詰め所の兵士にお礼を言って、門の内側に入れてもらった。


 

 頑丈な防壁に囲まれ、内部にはいくつも櫓があるこの村は、過去、魔物との戦いの防衛線であり、元々はそのために建てられた砦だったらしい。

 戦が進むにつれ前線は押し上げられ、その前線への兵站ルートから外れたうえ、人が集まるような長所も特にないこの場所は、

 砦を維持するための人員、たまに訪れる旅人相手の商売人、そしてその家族等が住むだけの小規模な村となった。

 十年前の先代勇者と魔王軍の争いの折には、この砦を使う可能性も考慮され兵が増員されたらしいが、それは結局杞憂に終わり、

 争いのあとは人も少しづつ減り、今ぐらいの規模に落ち着いたとのこと。

 魔物が増加しつつある現状、またここにも新たな人員が派遣されるのかもしれないが、今はまだ閑散としている。

 雨でさらに人気のない通りで細々と備品を買い足し、私たちは宿に向かう。

 この村唯一の宿は櫓の一つを改装したもので、一階の庭(?)には投石器、二階には物見台がそのまま残されていた。

 宿の店主は四十代ほどの男性で、たまの客が嬉しいのか私たちを歓迎してくれた。

 少し前にも冒険者が一人訪れたらしいが、魔物の調査依頼を受けて『森』に向かってからまだ帰ってきていないという。

 私とアレニエさんは顔を見合わせる。もしかしたら、件の魔族と遭遇したのかもしれない。もしそうなら、その冒険者は……

 とりあえず他の宿泊客はいないので好きな部屋を使っていいと言われ、わずかに悩んだ末に一番奥の部屋(口外できない話をするかもしれないので)を借り、荷物を置いて一息つく。

 私はしばらく、備え付けられた窓に目を向けていた。

 窓には木板が打ち付けられ補強されており、外の景色を見ることはできないが、その窓が強風に揺らされ時折ガタガタ揺れている姿と、

 雨粒が壁を強く打ち付ける音とで、天候が一向に回復していないことは容易に知れた。時折ゴロゴロと遠雷も聞こえてくる。

 どうやら、このまま本格的に嵐になるらしい。そうなれば、その間はここで足止めされることになるだろう。嵐の中を強行に突破しようとするのは、自殺行為に近い。


「ご飯食べに行こ、リュイスちゃん」


 アレニエさんがそう言いながら部屋の外を促す。

 他の多くの宿屋と同じく、ここも一階の食堂で食事を提供している。 

 利用客自体が少ないため他の店員はおらず、店主自らが仕込んでいるという料理の香りが、階下から漂ってくる。その匂いに、私のお腹がくぅ……っと音を鳴らす。

 そういえば、今日は雨の中この村までの道を急いで来たので、お昼を食べる暇がなかった、というのを今になって思い出した。

 昼食には遅く、夕飯には早い時刻だが、それまでなにもお腹に入れないというのも辛い。

 どのみち、今日できることはこれ以上ないのだ。早めに夕食を取って就寝してしまってもいいのかもしれない。

 お腹の音を聞かれた恥ずかしさに少し顔を赤くしながら、私は立ちあがり、アレニエさんに続いて階下に降りて行った。



 スクード村に来て二日目。

 大方の予想通り、外は嵐で大荒れだった。

 私は自分のベッドに腰を下ろして窓に目を向けている。

 外からは相変わらず強い雨と風、時々雷の音。また、ガタガタと窓や壁、あるいはそれらを含む建物自体が軋んで揺れている。

 昨日よりも確実に天候は悪化しており、どのくらいで回復するかは知識のない私では見当もつかない。

「多分、明日くらいまではこのままだと思うよ」

 同じようにベッドに腰をかけ、武具や道具の手入れをしていたアレニエさんが呟く。宿の店主や村の他の人も同じぐらいの見積もりだった。

 日付が変われば途端に止むというものでもないだろうし、普通に考えれば明日にかけてゆっくりと勢いを弱めて収まってゆくのだろう。

 つまり、明後日まではこの村に留まることになる。

 焦ってもどうにもならない、と頭でわかっていても、気持ちが逸るのはどうしようもない。

 今できることは、早くこの嵐が収まることを願うくらいだったが、私の願いも虚しく外から聞こえる暴風雨の音が止むことのないまま、その日の夜を迎えた。



 ガサゴソ………グっ、ググっ、――コン。ググっ、ギシギシ、――コン。


「………?」


 ベッドで眠りについていた私は、風雨が打ち付ける音に混じる謎の異音を耳にしてぼんやりと目を覚ました。

 まだ朝には遠い時刻。明かりを消した部屋は当然真っ暗で、時折鳴る雷の光で一瞬だけ明るくなってはまたすぐに暗くなる。

 その一瞬の光の中に、窓側でなにかをしている怪しい人影が写る。


「―――……」


 この部屋には私とアレニエさんの二人きり。部屋の扉は閉まっており誰かが侵入した形跡はない。

 そして隣のベッドではアレニエさんがまだ寝息を立てて………いなかった。見ればベッドはもぬけの殻だ。つまり。


「……アレニエさん?」

「あ、ごめん。起こしちゃった?」


 暗闇の中でなにかゴソゴソやっていたのはアレニエさんだった。分かってしまえば当たり前の結果だったが、ちょっと怖かった。


「……こんな夜中になにしてるんですか?」

「ちょっと外で用事があって」

「……こんな夜中に、ですか?」


 繰り返すが、今はまだ朝には遠い時刻で辺りは暗闇に包まれている。それに、外では依然嵐が吹き荒れているのだ。

 日中に出歩くのも危険な状況なのに、この暗闇の中でなんの用事があるというのだろう。そして、他にも気になる点が。


「あと、それ……なに、してるんですか?」

「ん? 板の釘抜いてる」


 窓には木板が当てられ、それをさらに釘で打ち付けて窓枠に固定していたのだが、彼女はその釘を抜いていた。……どうして?


「念のため、窓から出ようと思って」


 ………どうして?


「玄関から出ると誰かに気づかれるかもしれないからね」


 ……つまり気づかれるとまずいことをするんでしょうか?


「悪いけど、明かりはつけないで待ってて。戻ってきたら窓をノックするから、そーっと開けてね。というわけでいってきます」


 彼女はそう言うと窓を開ける。

 途端に、つい先刻まで外から聞こえていた暴風雨が、わずかな入り口から部屋の中に入ろうと暴れはじめる。が、それも少しのあいだ。

 窓を開けたアレニエさんは、そこからするりと体を滑らせると、どうやったのか外から窓を閉めて出て行った。

 私はどうすればいいのか分からないまま部屋の中でおろおろしていた。

 彼女の言う用事とはなんなのか。なぜ他の人に見つかるとまずいのか。本当に、こんな嵐の夜に外に出て大丈夫なのか。部屋の窓はどうやって閉めたのか。

 疑問の答えは出ず、どうしていいのかも分からず。そんな状態がどのくらい続いただろうか。

 コンコン。――びくっ。

 一瞬体が跳ねたが、すぐに気を取り直して窓際に近寄り、なるべくそーっと窓を開ける。


「――ぷあっ!」


 風雨と共にアレニエさんが部屋の中に飛び込んできて、スタっと着地する。

 私は強風に苦戦しながらも、窓をできるだけそーっと閉める。

 窓を開けた時間はほんのわずか。しかし風に押された雨の粒はそれでも部屋の中をにわかに濡らしていた。

 加えて、アレニエさんが猫のように体を震わせて水気を払うものだから、雫が飛び散ってなおさら濡れた。


「冷たっ!」

「あ、ごめん」

「もう……ちゃんとふいてください」


 暗闇の中を少し苦戦しながら荷物まで辿りつき、そこから適当な布を取り出しアレニエさんに渡す。


「うん、ありがと」


 素直にそれを受け取り体をふくアレニエさん。怪我をしてるような様子はないのでとりあえずは一安心。


「それで……結局なにをしに行ってたんですか?」


 ひと段落ついたところで一番気になってたことを聞いてみる。こんな嵐の夜に人目を忍んで外に出て、彼女はなにをしていたのか。


「えーと……内緒」

「……アレニエさん?」


 寝起きでわけも分からず心配させられやきもきしていたのに詳細も明かそうとしてくれないので私はちょっと怒っていた。

 それを口調から感じ取ったのか、彼女が少し困ったように笑いながら弁解する。


「リュイスちゃんは、多分知らないほうがいいと思って」


 知らない方がいいって……どうして?


「知らなければ、もし誰かにバレてもしらを切れるからね。多分、大丈夫だとは思うんだけど」

「…………」


 ……困った。

 見つからないようにと窓から出て行ったことといい、今の発言といい、どうにも良からぬ想像が浮かんでしまうけれど……。

 いや、でも、彼女はなんの意味もなく悪いことをする人ではない……はず。例えするとしても、多分なにかの意味がある、と信じたい。

 それにどうやら、私に塁が及ばないようにと思って内緒にしているみたいだし……


「……どうしても、言う気はないんですね?」

「うん。念のためね」

「……わかりました。もう聞きません」


 私はかすかにため息をつきつつしぶしぶ了承した。どのみち詳細は語ってくれなさそうだし。


「あっ、そうだ」


 短く呟くと、彼女は先刻木板から抜いた釘を拾い、(おそらく音が響かないように)ナイフの柄に布を巻き付かせ、それを使って再び窓に木板を打ち付けていく。


「証拠は残さないようにしとかないとねー」


 ……私、今、完全犯罪の現場を目撃しているのでは。

 改めてちょっと不安になったものの努めて気にしないようにしつつ、私たちは再び眠りについた。

 結局、この夜の彼女がなにをしていたかは後にすぐわかった。



 次の日、先日よりは弱まったものの依然天候は荒れており、その影響は少しづつ少しづつ収まってゆき、ようやく雨も風も止んだのはその日の夜のことだった。

 私たちは、次の日すぐに出立できるようにと準備を整え、眠りにつく。

 翌日。嵐が過ぎ去った数日ぶりの晴天の下で、私たちはお世話になった宿の店主に簡単な挨拶をしていた。私は頭を下げながらお礼を言う。


「お世話になりました」

「おう。またこの村に来たときは寄ってくれよ。……しかし、本当にいいのか? あんな立派な馬」

「うん。あの子たちもだけど、わたしたちも無事に帰れるか分からないしね。帰ってこなかったら、そのままここで飼ってあげて」

 

 私たちは、ここまで乗ってきた馬を宿の店主に預けていた。

 魔族との戦いに連れて行けばおそらく巻き添えを食うし、目的の黄昏の森までは徒歩でもそう遠くない。彼らはここに置いていったほうがいいと、私もアレニエさんも判断した。 

 そうして挨拶を交わす私たちの背後で、村の人たちがなにかを話し合っているのが聞こえてきた。


「……あれは通るのは無理だなぁ」

「結構激しかったからなぁ。折れた木が流されたんだろう」

「直すのは時間がかかるだろうし、回り道するしかないかしらね」

「そうだなぁ……」


 聞こえてきたのはそんな会話。

 どうやら、朝一番で先日の嵐の被害状況を確認しに行った人たちが戻ってきて、状況を伝えているようだ。

 私も少し気になっていたので、彼らに話を聞くことにした。


「お疲れさまです。どんな様子でしたか?」

「ああ、神官さんか。いやそれがな、ペルセ川の橋が壊れちまったみたいなんだよ」

「えぇっ!?」


 予想以上の被害につい大きな声が出てしまった。


「あの嵐で川がかなり増水してなぁ。幸い、決壊まではしなかったんだが、上流から大量に流木が流れてきたみたいでなぁ」


 彼の話によると、橋の側面には大量の流木が流れ着いており、その近辺は通行できないほどに破損していたらしい。

 他の場所にも橋は架けられているのだがここからは遠いため、向こう岸へ行きたい場合、特にパルティール王国との行き来はかなり制限されてしまうだろう。………ん?


「お前さんたち、嵐が来る前にこっちに来れて良かったなぁ。帰りは大変そうだが」

「あー、まぁ、どうにかなるんじゃないかな。それに、まず依頼を終わらせないと帰れないしね。おじさんたちこそ、橋が壊れてると不便じゃない?」

「なに、この村はそもそも人数が少ないからな。自給自足でなんとかなる。困るのはむしろ、お前さんたちみたいな冒険者とか商人とかだな」

「そっか。……それなら良かった、かな」


 ……あれ? なんだろう、彼女の反応もなにか引っかかる、というか……ひょっとして……


「じゃあ、わたしたちはそろそろ出発しよっかな」

「おう、もう行くのか。気をつけろよ」

「うん。ほら、行こ、リュイスちゃん」

「え? あっ、はい。……皆さん、お世話になりました」


 考え事をしていた私は、アレニエさんに促されて慌てて村の人にお礼を言い、スクード村を後にする。

 アレニエさんは黄昏の森への道をスタスタと歩いていく。私はそれを追いながら彼女の背にややジト目を向けつつ話しかける。


「アレニエさん」

「なに? リュイスちゃん」


 彼女は振り返らずに歩き続ける。スタスタ。スタスタ。


「橋、壊れたらしいですね」

「そうみたいだねー」

「あの橋が使えないと、かなり遠回りになるみたいですね」

「らしいねー」


 スタスタ。スタスタ。


「……あのときアレニエさん、外で用事があるって言って出ていきましたよね」

「行ったねー」

「……私は知らない方がいい、とかも言ってましたよね」

「言ってたねー」


 スタスタスタ。スタスタスタ。


「……聞くのが怖いんですけど、ひょっとして、あの橋……」


 スタスタ、スタ――ピタ。

 私がそこまで口にした辺りで、アレニエさんはピタリと足を止め、こちらを振り返る。


「うん。わたしが壊した」


 あっさり白状した!


「もう村からも離れたしね。そろそろ大丈夫かと思って」


 彼女はこともなげにそう言う。

 具体的にどうやったのかは分からないが、私の予想通り、橋を壊したのはアレニエさんだったらしい。できれば当たってほしくなかった予想ではあるが。

 私はため息を吐き出しながら呟く。


「……私は知らないほうがいいって言ってたのは、こういうことですか」

「村の人に気づかれるとまずいでしょ?」


 確かに、私が事前に知っていたらなにか不自然な言動をしていたかもしれない。そこは納得できる。

 納得できないのは、もちろん橋を壊したことそのものだ。なぜ壊しましたか?


「もし勇者が近くまで来てても、足止めできるかと思って」

「やっぱり……」


 理由はある程度予測していた。自然に壊れる可能性もなくはないと思うが、いくらなんでもタイミングが良すぎる。


「……私が、焦っていたからですか? もし追いつかれたら、と」

「それもちょっとあるけど」


 ……ちょっとあるんだ………


「それよりは、わたしの理由かな。わたしも、勇者に死なれるとちょっと困るから」


 ……アレニエさんが困る? ……どうして?


「そもそもこの依頼を受けたのは、半分は、リュイスちゃんが私の好みだったからなんだけど」

「……はい?」


 えーっと……冗談ですよね? そんな理由で引き受けたなんて………冗談じゃないんだろうなぁ……


「もう半分は、勇者に会ってみたかったからなんだ」

「勇者さまに……?」

「うん。だから、その前に死なれると困るんだよね、わたしが」


 彼女はそう言って再び歩きはじめる。私も、慌ててその背を追う。

 実際のところ、橋を封鎖するのは足止めとして効果的だ。少なくとも、勇者一行がすぐにこちらに追いつくことはないだろう。

 村の人たちには本当に申し訳ないが、一応人命救助ということで許してください。

 私たちはこれから、勇者の命を狙う魔族を探し出し、倒すことで、勇者の命を救わなければいけない。

 彼女がどうして勇者に会いたいのかは気になったが、とりあえずそれは置いておこう。

 決意を新たに、私たち二人は『森』に足を踏み入れていった。

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