3章 野盗のあしらいかた

 一度戻って旅支度を整えた私たちは、その日のうちに街の東門から王都を出る。

 ここから、《クラン》という港町に立ち寄り、大陸を遮る《ペルセ川》に架かる橋を越え、その先の『黄昏の森』に向かう。

 酒場で集めた噂によると、勇者一行は既に北門から街を出発したらしい。

『流視』によれば勇者一行は、まず北にある隣国に向かい、途中の町や村を行き来しながら東を目指し、そして……その先にある『黄昏の森』で命を落とすことになる。

 私たちは、その前に目的地に辿りつかねばならない。

 慌ただしい出発になってしまったが、旅の目的を果たすためには一日でも早いほうがいい。

 それに、出発が遅れれば、もしかしたらお店にも迷惑がかかるかもしれない。


「ウチにいる間は多分襲ってこないけどね」


 お店の娘さんが呑気に言う。確かに、熟練の冒険者が大勢いる場所に喧嘩を売る人間自体少ないかもしれないけど。


「そうだとしても、なるべくお店に迷惑はかけたくないですから」


 まともに戦うのなら、あの店の人たちはそうそう負けないかもしれないが、万が一火でもつけられたらお店に被害が出てしまう。

 アレニエさんが、マスターやお店のことを大事に思っているのはなんとなく感じていたので、私もできれば被害を出さない方向で動きたいと思っていた。


「……ありがと」


 彼女が少し驚いたような表情をした後で、嬉しそうに笑ってくれた。なんだろう、私も嬉しい。

 私たちは門を出て、次の街までの街道を歩いてゆく。

 徒歩なのは襲撃者を警戒してのことだ。

 彼女によれば今も監視は続いており、人気が無くなればすぐにでも姿を現すだろう、とのことだった。

 当初は馬を使うつもりだったが、襲撃で馬に被害が出る可能性を考慮してやめた。

 育てるのも維持するのも大変な馬は、飼い主にとっても街にとっても貴重な財産なので、失う可能性がある状況では使いづらい。

 まだ昼間なのもあり、最初のころは私たちと同じように王都を出る人、逆に王都に向かう人などがちらほらいたのだが、

 徒歩の私たちと違い、足の速い馬や馬車で移動する人が多く、街道はそのうちに人気がなくなっていく。

 やがて、私たち以外の旅人は周囲からいなくなる。

 私とアレニエさんは、背中合わせで警戒する。

 程なくして、細身の男がどこからともなく現れる。旅用と思われるフードを目深に被っているが、荷物は見当たらない。

 そしてなんらかの合図があったのか、馬の足音と共に王国側から次々に人が集まってきていた。一人、二人、三人、四人……


「……あれ、思ったより多い?」


 アレニエさんが呟くのが聞こえる。その間にも人数は増えていく。

 次々と現れた襲撃者は、総勢で八人。

 私たちの後方に六人、前方に二人配置している。これは王国側に逃がさないようにするためだろう。距離を空けてこちらをグルリと囲んでいる。

 そしてそのうちの一人は、昨日剣の継承亭に来た、あの大男だった。


「……誰だっけ?」


 えぇっ!?


「ほら、昨日来たあの人ですよ! アレニエさんが蹴り飛ばした!」

「え?………ああ~うん、憶えてる憶えてる。なんとなく」


 昨日の今日なのに、アレニエさんは憶えてなかったらしい……あぁ、ほら、あの人見るからに怒ってるし。


「てめぇ……よくもそこまでおちょくれるもんだな……!」

「いや、その、寝起きでまだぼんやりしてるときに蹴り飛ばしたから、顔まではちゃんと憶えてなくて」


 むしろ寝起きでなんであんな動きできるんですかアレニエさん……。

 当たり前だが、男はこれ以上ないほどに激怒している。

 昨日の報復に来たのに相手が憶えていないなんて、むしろ怒る以外の選択肢がないだろう。私が同じ立場でも多分怒る。


「少し落ち着け。お前の悪い癖だ」


 今にも跳びかかってきそうな大男だったが、仲間の一人、最初に現れたフードを被った細身の男が制止する。


「今回は腕試しじゃない。なんのために人数を集めたと思ってる。囲んで確実に叩くためだろう。一人だけ先走るな」

「……ああ、そうだな」


 仲間に諭され、大男はいくらか冷静になったようだった。他の襲撃者から数歩下がった位置で待機する。背の大剣で仲間を巻き込まぬようにするためだろうか。


「まあそういうわけだ。こいつらは君を倒すために集めた。恨みを持つのが半分、分け前狙いが半分というところか」


 既に勝利を確信しているからか、ご丁寧にも説明してくれる。


「神官のお嬢さんもいるとは思わなかったが、まぁ間が悪かったと思って諦めて…………君は、もしかしてリュイス・フェルム、か?」

「え?」


 どうして、私の名前を……


「これは僥倖だ。標的が二人とも揃っているとはな。柄にもなく巡り合わせに感謝したくなる」


 標的は……二人? アレニエさんだけじゃなく、私も……? 


「黒腕を討ち取ったとなれば、それだけで名が売れる。神官のお嬢さんも、生死は問わずにつれてこいという話だ。

 それに、殺さず生け捕りにできれば、別の楽しみもある。幸い、君らは二人とも器量がいい」


 フードの男は平然とそんなことを言ってのける。周りの男たちも好色そうな笑みを浮かべている。

 それはそれで腹が立つけれど、今はそれよりも、私が狙われる理由が気にかかっていた。

 私は、フードの男に事情を聞こうと――


「一応聞いておきたいんだけど」


 ――する前に、アレニエさんが言葉を挟む。


「ここで引く気はないかな」

「……まさかと思うが、命乞いか?」

「ううん、その逆。……死にたくない人は、ここで回れ右してくれないかな」


 アレニエさん……?


「驚いたな。この状況でそんなことが言えるとは。自身の腕に、よほどの値をつけているようだな」

「そういうわけじゃないけど――」


 私はちらりと、アレニエさんの表情を覗き見る。彼女は、少し困ったような笑顔を浮かべていたが――一瞬、その表情が消える。――背筋が粟立つ。


「――わたしは、殺すつもりでくる相手は、わたしもそのつもりで相手をするよ。だから、こんなところで死にたくなければ、退いてくれないかな」


 それは、普段と変わらない、穏やかな口調。

 けれど、普段とは違う、底冷えするような声音。

 男たちもそれを感じたのか、わずかに動きが固まる。しかし、すぐに気を取り直したフードの男が、仲間に声を掛ける。


「……いくら腕に覚えがあっても、この人数差だ。しかも向こうには、経験の乏しい神官のお嬢さんもいる。憶することはない」


 私の経験の浅さを見抜かれている。事実、実戦はこれが初めてだった。

 殺意を隠さない相手と向かい合うのは思った以上に恐怖感が伴う。下卑た欲望をぶつけてくる異性を見るのも初めてだ。

 神殿で訓練は積んできたけれど、その成果をきちんと出せるかも分からない。今も、足がすくんでいる。


「やっぱりダメか」


 アレニエさんは諦めたように小さくため息をつく。

 先刻の彼女の発言は、単にこの場を切り抜けるための脅しだったのだろうか。それとも、本当に彼らを殺す気で――

 いや、それよりも、仮にアレニエさんが相手を殺す気で戦ったとしても、それでこの数の差がなんとかなるのだろうか。確かに彼女は実力のある冒険者だが、相手もそうなのだ。

 しかもこちらには、私というお荷物までいる。あのフードの男が言う通り、こちらの勝ち目自体が低いように思える。

 思わず足を引いてしまう。アレニエさんの背が近くなる――


「リュイスちゃん」


 先刻より近づいた背中越しに、アレニエさんが声をかけてくる。


「突破口作るから、そこから逃げて。思ったより数が多いし、わたし、守りながら戦うの苦手で」


 そういえば、護衛は苦手だと言っていた気がする。

 確かに、包囲を突破して私一人が逃げることはできるかもしれない。でも、その後は? 彼女1人が取り囲まれて嬲り殺しにされるのでは?

 それにその場合、彼女は相手を殺す気で戦うのだろう。……こんな状況で何を言っているのかと思われるかもしれないが、できることならどちらにも、死者を出してほしくはない。

 それなら、どうすればいいのか。自分の中ではもう答えが出ている。

 すぐにそれを口に出せないのは、初めて触れる殺意に怯えているからだ。でも、もうそんなことを言っている場合じゃない。

 私は怯える自分を心の中で殴り倒し、背後のアレニエさんに返事を返す。


「……私が、こっちの二人の相手をします。すぐに倒して、アレニエさんに加勢します。それなら、相手を殺さずに、無力化できませんか?」


 言いながら、しかし私の手は震えていた。

 それでも、こんなところで彼女を失うわけにはいかないし、彼女に人殺しをしてほしくない。私は震えをこらえて精一杯に強がる。


「アレニエさんのところには、私が、死んでも通しませんから……!」


 しばしの沈黙ののち、細くため息をついてから彼女は答える。


「意気込みは嬉しいけど、『死んでも』は無し。いい?」


 彼女はそう言ってから、こちらを僅かに振り向いて微笑む。


「でも、リュイスちゃんがその気なら、ちょっと頑張ってみるよ。……後ろの二人、任せてもいいかな」

「……はい!」


 こんな状況だが、私は彼女に背中を任されたことに嬉しさを感じていた。

 そのおかげだろうか。足の震えも、いつの間にかおさまっていた。

 私は両腕の篭手の具合を確かめてから、襲撃者たちに向かって自分から一歩を踏み込んだ。



 私が担当する襲撃者は二人。

 向かって右には、全身に鎧を着込み斧槍(ハルバード)を持つ戦士。左には短剣を持った小柄な男(おそらくは盗賊)。

 どちらも、ニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見ている。彼らをここで倒しきるのが私の役目だ。


「なんだ? 俺らの相手は神官の姉ちゃんか?」

「黒腕に泣きつかなくて大丈夫か、お嬢ちゃん」


 予想はしていたが相当に侮られている。が、私はそれらの言葉をあえて聞き流し、彼らに問いかける。


「……アレニエさんも言っていましたが、ここで引く気はありませんか?」

「ないな」

「黒腕を討ち取れるうえに、お前さんみたいな上玉までおまけについてるんだ。見逃すわけがないだろう」

「……そうですか」


 薄々分かってはいたが、やっぱり聞く耳は持たないみたいだ。

 改めて覚悟を決めた私は、両の手を組み、アスタリアさまに祈りを捧げる。


「攻の章第一節、光の……」

「させるかよ!」


 まだ距離があるうちに、と、攻撃のための法術を唱えた私に、即座に戦士風の男が向かってくる。

 詠唱を始めれば、相手はそれを阻止しようとしてくるのは予想がついていた。

 それに彼らの表情を見れば、私を非力な神官だといまだ侮っているのも見て取れる。

 だから、隙をつくなら今しかない。

 私は即座に詠唱を破棄。右拳を腰の高さに下げ、左手を顔の高さに掲げ、両足を開き腰を落とす。そして、足元から力を集めるようなイメージで『気』を練る。


『気』とは、端的に言えば生命力を力に変えたもの。自らで生み出し、自らに作用させるもの。自身の力を効率的に、効果的に使うための道標。

 その、『気』を使った戦うための術を、『気術』と言う。

 剣術や格闘術などと同時期に編み出され、共に発展してきたため、それらの武術と混同されることもあるが、厳密には違うものだ。

 また、理由は不明だが、『気術』は基本的に人間種族しか使えないという。

 熟練者は剣で鋼鉄を斬ったり、素手で刃物を防いだり、自分以外の『気』を操ったりできるというが、残念ながら私はそこまで達していない。


 私は軸となっている右足を捻り、生み出した力を膝、腰、背を経由して右手に伝える。

 そして掴みかかってくる戦士風の男(よほど油断しているのか武器を使おうともしていなかった)の手をかい潜り、相手の顔面に右拳を叩きつける!


「がっ!?」


 当たった、が、浅い。僅かにだが、咄嗟に反応して打点をずらされたようだ。

 男は仰け反りたたらを踏むが、意識を刈り取るには至らなかった。できれば早めに一人減らしておきたかったけれど。


「こいつ!」


 左にいた盗賊風の男がこちらに短剣を向けてくる。殴られた男のほうも、しばらくすれば態勢を立て直し、反撃してくるだろう。

 私は防御のための法術を発動させる。


「……守の章第一節、護りの盾……プロテクション!」


 私が唱えたのは《護りの盾(プロテクション)》。

 光で編まれた盾のようなもので相手の攻撃を防ぐ、基礎の防御術。

 顕現した光の盾を左腕に出現させ、私は短剣の攻撃を防ぎつつ後ろに受け流す。そして相手の態勢が崩れたところに右拳を押し当て、体重を乗せつつ思い切り踏み込む!

 ダンっ!という地面を蹴る音と共に、盗賊風の男が吹き飛んでいく。

 男は仰向けに倒れ、そのまま起き上がってこなかった。

 これは、司祭さまが編み出した神殿式格闘術、《守護闘法(プロテクション・アーツ)》。

 光の盾で相手の攻撃を防ぎつつ、『気』を練った拳で敵を制する、神官のための武術。

 神官を非力だと侮っている相手を成敗するための技、というのは司祭さまの談。

 これで一人。とりあえずは倒せたことに安堵する。

 が、それもつかの間。予想以上に早く回復したもう一人の襲撃者が、斧槍を振り下ろしてくる。その切っ先は魔術によるものか、炎に包まれていた。


「(……魔術戦士!)」


 相手は長大な斧槍を振るう戦士でありながら、魔術の素養もあるようだ。

 初撃は側面に跳んでかわしたものの、男は続けざまに刺突に切り替え追撃してくる。

 わたしは再び盾を出現させ、その攻撃を防ごうとするが――刺突から再び斬撃に切り替えた男の斧槍が、バキンっ!と音を立てて光の盾を砕く。


「!」


 私は咄嗟に側面に身を投げ出して斧槍の一撃をかわし、受け身を取ってすぐさま相手に向き直る。


「フンっ、やるじゃねえか姉ちゃん」


 突き付けた斧槍を引き戻し、戦士風の男はこちらに切っ先を向ける。

 鼻から血を流し、怒気を隠そうともしない男は、殺気に満ちた視線でこちらを見据えている。

 プロテクションは基礎の法術とはいえ、そこまで簡単に壊せるものじゃない。

 武器に纏わせた魔術によるものか、本人の技術か。少なくともこの戦士の攻撃は、盾一枚では防げないらしい。そしてその相手が、私に向かって武器を突き付けている。

 おそらく、私の人生で初めて、私一人だけに向けられる、純粋な殺意。

 正直に言えば逃げ出したいくらい怖いが、可能な限り余計なことは考えないよう努めて、私は男の視線を受け止める。


「格闘術を使う神官とは珍しい。だがまだ未熟だな。俺を一撃で落とせなかったのがいい証拠だ」


 男に言われるまでもなく、私は実力も経験も不足している。そんなことは自分で分かっている。だが、それは今すぐになんとかできるものではない。

 ゆえに今私が思うべきは、目の前の相手を倒すことと、アレニエさんに言われたように死なないことだ。再び拳を握り、私は男に向かって突進する。


「懐に潜り込むつもりか!? バカがっ! その前に真っ二つよ!」


 男が、私に向けて全力の一撃を喰らわせるべく、炎を纏った斧槍を振りかぶる。

 相手の言う通り、このまま近づこうとしても間に合わず、盾を出したとしても再び砕かれてしまうだろう。だが。


「プロテクション!」


 私は突進しながら祈りを捧げ、護りの盾を生み出す。斧槍の刃先、ではなく、その下の柄の部分に。


「なに!?」


 力も早さも乗りきっていないタイミングで、しかも切っ先を当てることもできない斧槍は、当然盾を砕くことはできず、逆に後方に弾かれてしまう。

 その隙に、私は無事に懐に潜り込んだ。

 だが男は、攻撃が防がれたと見るや、あろうことか武器を手放し、両手で頭部を防ぐ姿勢を取る。


「お前さんの力じゃ、この鎧は砕けないだろ! 一撃防げば俺の勝ちだ!」


 武器を手放したのは驚いたが、最初に一撃を入れた頭部を守ろうとするのは予測していた。だから私の狙いは最初から、鎧に包まれた胴体のほうだ。


「プロ! テク! ションっ!」


 私はもう一度光の盾を、範囲を狭め、魔力を凝縮させたものを三つ、重ねて右拳に発動させ、男の胴体に叩きつける!

 ズドンっ!


「ガっ……!??」


 予想外の衝撃に、男はたまらず苦悶の悲鳴を上げる。金属製の鎧はひしゃげ、軽く陥没している。さらに、


「シュートっ!!」

 私の掛け声と共に、光の盾が勢いよく『射出』される。

『盾』は、内外からの力を反発するように出来ている。その『盾』を、狂いなく重ねることでお互いに反発力が生まれ、

 さらに『気』を込めた拳で打つことによって反発力を限界まで引き出し、前方に撃ち飛ばすのがこの技。

『気』と共に撃ちだされた盾は男にさらなる追撃を加え、背後の盾に押されるようにして次の盾が、さらに次の盾が男の身を打ち据えていく。

 私は、あまり高位の法術は使えない。その代わり、というわけでもないと思うが、術の制御に関しては、人より優れているらしい。

 今のは、そんな私用に司祭さまが考案した技、《プロテクト・バンカー》。ちなみに命名も司祭さま。

 加速していく衝撃の連続に、男の体はたまらず背後に吹き飛び、ゴロゴロと転がった後に仰向けに倒れて動かなくなった。

 遠目に確認してみるが、男は気絶しているだけで死んではいない。

 格上の相手だったので全力で撃ち込んだのだが、かなり勢いよく飛んで行ったのでちょっと不安になったのだ。生きててよかった。


「はぁぁぁ~………」


 どちらの襲撃者もすぐには起き上がってこないことを確認して、私は安堵から大きなため息を吐き出し、へなへなとその場に座り込む。

 今になって、相手の攻撃を思い出して恐くなってきた。

 ともあれ、初めての実戦でなんとか、自分も相手も死なずに倒すことができた。正直、相手が油断しているところに不意打ちでようやく勝ったようなものだったが。

 しかしすぐに気を引き締め直す。

 まだ二人倒しただけなのだ。アレニエさんのほうには六人も残っている。

 一刻も早く彼女の加勢をしなければ、と振り向くと、


「…………え?」


 当のアレニエさんと件の大男以外は、既に全員倒れ伏していた。 

 

 *****


 ――数分前――


 リュイスちゃんが背後の敵に向かっていくのを確認してから、わたしも自分の相手に向き直る。

 左端には、先刻得意げに喋っていたフードの男。そこから、剣士っぽいの、盗賊っぽいの、戦士っぽいの、魔術師っぽいのが順に並び、奥のほうに昨日の大男が陣取っている。

 リュイスちゃんが二人引きつけてくれたおかげで、背後はある程度放っておいていい。この人数なら、なんとかなりそうだ。


「どうやら後ろは神官のお嬢さんにまかせる気らしいが、いいのか? 死ぬかもしれんぞ」


 それはおそらくわたしを動揺させるための、そして彼女のことを非力な神官だと思っているがゆえの発言だろう。

 しかし、彼女と一夜を共にしたわたしは知っている。彼女の体に刻まれた無数の生傷と、鍛えられ引き締まった体躯を。

 通常の神官の生活では、あんな体にはならない。あれは、前衛で戦うことを想定した訓練の結果だろう。

 だから、彼女が闘うと言ったときに、素直に任せようと思った。

 彼女がただ恐怖に震えるだけの子なら、相手を殺してでも逃がすしかなかったが、彼女は自分の恐怖と向き合って戦っていた。

 彼女が日ごろの訓練の成果を出せるなら、後ろの二人の足止めはできると思う。わたしはその間に、目の前の相手を倒せばいい。


「そう簡単にはいかないと思うよ。それより、あなたは自分の心配したほうがいいんじゃない?」

「ほう? 二人抑えた程度で、この人数に勝てると?」

「うん。これから全員叩きのめすよ」


 あっさりと言い放つわたしを見ながら、フードの男がくつくつと笑う。


「不適だな、黒腕。噂も馬鹿にできぬか」

「えっ……わたし、どんな噂されてるの?」


 言いながら、意識はこれからの手順に傾けつつ、体は弛緩させておく。

 フードの男はこちらの動きを警戒しているようだったが、元々話好きなのか、問うと意外に素直に答える。


「そうだな……白鎧に左手だけが黒い奇妙な風体。剣で鋼鉄を切り裂く腕の持ち主。気分屋で扱いづらい。魔物のほうが可愛く見える、迂闊に触ると折られる……――」

「うんわかった、もういい」


 なんか色々尾ひれがついてる気がするし後半変なの混ざってるし。

 多少意気が削がれたが、気を取り直して頭の中で手順を決め、そのために必要な道具をどこに仕舞っているか意識する。そうしながらも、相手に悟られないように会話は続ける。


「えぇぇ……そんな風に言われてるの? なんかへこむなぁ」

「君の行動の結果だろう。それが元でこんな状況になっているのだから」


 余計なお世話すぎる。


「そうだねー、これから気を付けるよ」


 笑顔で心にもないことを言いながら、力まずなるべく自然な動作で、腰のポーチから取り出したものを空に放り投げる。

 フードの男は武器による不意打ちを警戒していたみたいだけど、わたしが投げたのはただの水袋。

 止まっているものよりも動いているものを目で追ってしまうのは、生物の習性だろうか。襲撃者たちは、反射的に釣られてわたしが投げた水袋を見上げている。

 相手が目を奪われている間に、今度はスローイングダガーを取り出し即座に投げつける。狙いは奥にいる大男、その右腕。

 大男とフードの男はいち早く水袋から目を離し、こちらに視線を戻していたが、次は直線的に飛来する刃への対処を迫られる。


「くっ!?」ギインっ!


 大男はかろうじて反応してダガーを手甲で弾く。金属同士が衝突する甲高い音があたりに響き渡った。その音に、今度は全員が大男のほうに視線を、意識を向けるが。


「な…にぃ…!?」


 今度の声はフードの男。その右足の太腿には深々と刃が突き刺さっている。

 大男にダガーを投げた直後、時間差で投げていたもう一本が命中したのだ。フードの男は痛みに堪え切れず、その場で膝をつく。

 この辺りで、最初に投げた水袋が地面に落ちてバシャっと水をまき散らす。

 男たちが再び予期せぬ音に意識を妨げられている間にわたしは、さりげなく魔術の詠唱をしていた右端の魔術師っぽい男のもとまで近づき、移動の勢いを乗せて顔面を蹴り飛ばす。


「げぶっ!?」


 魔術師っぽい見た目通り、接近戦は得意でないのだろう。男はなすすべなく吹き飛ぶ。

 これで、面倒そうなフードの男の動きを封じたうえで、包囲を崩すことができた。この位置なら、全員を視界内に収められる。

 わたしは、蹴った直後、右足を掲げた姿勢のまま、今度は軸足を回転させて回し蹴りのような態勢をつくる。

 足元で生み出した回転エネルギーを全身に伝え『気』を練り上げ、同時に右足に周囲の『空気』を、『風』を集めていく。

 その場で素早く一回転して力を練り上げ、二回転目で軸足を止め、収束させた力を右足に伝え……蹴り放つ!

 襲撃者たちに向かって真っすぐ突き出された右足を中心に、纏わせた風が渦を巻き、螺旋を描き、小規模な竜巻が巻き起こる。

 竜巻は放射状に広がり、軌道上にいたものを飲み込み、なぎ倒し、吹き飛ばしていった。

 風が凪いだ後、唯一残っていたのは、背負っていた大剣を盾にして防いだらしい大男のみだった。

 なんとかなったので良かったが、内心は結構ひやひやしていた。

 もし一つ間違えれば、もしこれ以上人数が多かったら、ここまで上手くはいかなかっただろうし、それこそどちらかに死人が出ていたかもしれない。

 自分の命が危険に晒されたとき、相手を殺す以外に手がなければ躊躇なく殺すが、別に好んで人殺しがしたいわけじゃない。ただ――死にたくないのだ。

 彼女のほうはどうかと視線をやると、男は二人とも倒れており、彼女自身はこちらを見てポカンとしている。

 足止めしてくれればとは思っていたが、彼女一人で相手を二人とも倒したらしい。ともかくも無事なようで、ちょっと安心。

 残るは一人。

 降伏に応じてくれればいいが、そうでなかった場合を考え、わたしは気を引き締め直した。 


  *****


 振り向くと、地面に抉れたような痕が残り、アレニエさんと大男以外は全員が倒れていた。

 私が男二人をかろうじて倒している間に、彼女は一人で五人の襲撃者を倒してしまっていたらしい。


「(とん、でもない……)」


 彼女の実力を頼って依頼をお願いしたわけだが、ここまでだとは思っていなかった。


「……マジかよ……」


 呟きは、唯一残っていた大男のものだった。

 アレニエさんのなんらかの攻撃を、大剣を地面に突き刺しそれを盾にすることで耐えたらしい大男は、辺りの惨状に目を丸くしている。なにをどうしたらこうなるのか見当がつかない。


「あ、リュイスちゃん無事だったんだね。良かった」


 私の存在に気付いたアレニエさんが声をかけてくる。

 気にかけてもらえたのはありがたかったが、むしろ私の倍以上の人数に囲まれていた貴女はなんで平然としてるんですか……。無事で良かったけど。


「お前……本当に強えんだな……正直、昨日やられたのは不意を突かれたせいだと思っていたんだが……」


 男が、半ば茫然とした様子で呟く、のだが、表情はなぜか少し嬉しそうだった。いや、嬉しそうというより……


「ここらへんで退いてくれないかな? 仲間もみんなのびてるみたいだし、これ以上やってもしょうがないでしょ?」

「バカ言え」


 男は、なぜか笑いながら一蹴する。


「お前みたいな強いやつとサシでやり合えるんだ。むしろ俄然やる気が湧いてきたぜ」

「……わたし、男の人のそういう気持ちわかんないんだけど」

「そいつはすまねえと思うが、付き合ってもらうぜ。なんせ昨日の指と財布の礼があるからな」


 ……指はともかく、財布?

 冗談めかして言いながら、男は地面に突き刺していた大剣を引き抜き、右肩で担ぐような形で構える。


「こっちが武器を使うんだ。そっちも抜いてもらおうか。素手も悪かないが、本気でやり合うならやっぱこっちだろ」

「……わたしにその気がなくても?」

「ああ、やる。殺す気で行けば、お前は相手してくれんだろ?」


 それは、先刻の彼女の言葉を受けての発言だろう。

 しばらく大男をじっと見ていたアレニエさんは、相手に引く意思がないことを確認すると小さくため息をつき、腰の後ろに差した剣の柄を右手で、通常の使い方とは逆の、逆手で握る。大男も、担いだ大剣を握る手に力を込める。


「待って、待ってください!」


 私はたまらず止めに入ろうと、二人の間に割って入った。

 報復のため連れてきた仲間が全員倒れている以上、男の目論見は崩れた。これ以上戦う意味なんてないはずだ。


「嬢ちゃん、どいてくれ。確かに最初は昨日の腹いせだったが、今はただ、こいつと真っ向から勝負してぇんだ」

「ほら、この人もうなに言っても引く気ないみたいだし。もう付き合うしかないかなって」


 二人とも、もう本気で戦うつもりのようだった。だが私は、どちらか死ぬかもしれないという状況で黙って見ていられない。なおも抗議しようとするが、


「すまねえな」


 そう言って突き出された男の拳が、私の腹部に吸い込まれる。

 不意を突かれた私は為すすべなく男の拳を受け、悶絶してその場にくずおれてしまう。

 その間に、二人は少し離れた位置で戦いの準備を始めてしまっていた。

 止めたいが、満足に体が動かせない。

 そもそも、万全だとしても二人の戦いを止めるほどの力を、私は持ち合わせていないのだ。今の私は、ここから見ることしかできない。

 私は一度目を閉じ、再び開くと、彼女たちの戦いに視線を向ける。


「……本当に死んでも知らないからね」


 言いながら、彼女は自身の剣を引き抜く。

 細身で片刃の綺麗な片手剣。刀身には緩やかな反りが入っており、柄にはわずかだが装飾も施されていた。


「当たり前だ」


 彼女の言葉に、男が獰猛な笑みを浮かべながら短く応じる。ややあって。


「オラぁ!」


 先に仕掛けたのは大男だった。猛然と突進し、巨大な剣を袈裟がけに振り下ろす。圧倒的な膂力で振り下ろされる鋼の塊は、風圧だけでも人を倒せそうだった。

 アレニエさんは姿勢を低くしながらわずかに左に踏み出しただけで攻撃をかわし、男が空振りした隙に反撃しようとするが、


「せあっ!」

「!」


 素早く男が斬り返してきたために近づけず、後ろに下がってかわしながら反撃の隙を窺う。

 あんな巨大な剣を振り回しているにも関わらず、大男の剣捌きは鋭かった。

 一撃一撃が必殺の意思。生半な防具なら楽に両断してしまうだろう攻撃が間断なく襲い来る。

 男の剣筋や体さばきからは、確かに積み上げた修練が感じられた。ただ振り回すだけではなく、きちんと自分の体を制御して、スムーズに次の攻撃に繋げられるように動いている。

 見た目通り、いや、見た目以上の威力とリーチでありながら隙も少ない。さすがの彼女も攻めあぐねているように見えたが、


「……ふっ!」


 相手が剣を右から左に向けて逆袈裟に振り上げたタイミングに合わせて、アレニエさんは投擲用のダガーを取り出し、呼気と共に投げる。それも、頭と右腕に向けての二本。

 さらに自身も、姿勢を低くして大男に向かって駆け出していく。


「効かねえっ!」


 攻撃のあとの崩れた態勢だが、男は大剣を斬り返し、頭と腕を狙ったナイフを一振りで叩き落とす。そして、向かい来る彼女を迎撃しようと身構えたところで、


「――!?」


 男の視界から、アレニエさんは一瞬でかき消えていた。動揺のためか、男の動きがわずかに止まる。

 男が、頭と右腕に迫る飛来物を防ぐために剣を振った瞬間、つまり自身の剣でわずかに視界を遮ったタイミングで、アレニエさんは男から見て左側に跳躍した。

 おそらく、狙い通りに剣を振らせるためにダガーを投擲し、相手が剣を振った瞬間に自身はその反対側に跳ぶことで、

 大男の死角に潜り込んだのだ。男からすれば突然消えたように見えるだろう。

 直後に襲い来る殺意。

 死角から首を狙っての一撃を、男はかろうじて身をそらして致命傷は避けるものの、その体に浅くない傷を残していく。

 彼女はそのまま男の横を通り過ぎ、素早く振り向いて再び跳躍、男に斬撃を浴びせていく。

 態勢を崩された大男は、次々繰り出される彼女の攻撃をなんとか受け流すので精一杯だった。一瞬で攻守が逆転した。

 アレニエさんは、まさに縦横無尽に動いて剣戟を浴びせていく。

 男はかろうじて致命傷は防いでいたが、全てを完全に捌くことはできず、全身に少しづつ傷を増やしていく。このままなら、遠からず男の動きは鈍っていくだろう。

 幾度目かの交錯の後、いよいよ止めを刺すためか、アレニエさんは再び男の首を狙って剣を放つ。

 が、男は、今度はそれを待っていたかのように動いた。防戦一方になりながらも、少しづつ態勢を立て直し、タイミングを計っていたのだろう。

 真横に振り抜こうとするアレニエさんに対して縦に、彼女の剣に対して自身の剣をぶつけようとしている。おそらく彼女の武器を破壊しようとして。


「その剣、へし折ってやるぜっ!」


 実際、衝突すれば重量のあるほうが勝り、男の言葉通りになるだろう。

 だが、ここから傍観していた私は気づいてしまった。


 ――このままでは、男は死んでしまう。


 そう思った途端、目の前の光景が緩やかになっていく。時間の流れが遅くなる。

 そして同時に、胸の中からなにかが零れ落ちて穴が空くような、言葉にしづらい感覚に襲われる。――私は、この感覚を「知っている」。

 嫌だ。この感覚はダメだ。なら、どうする? どうすればいい?

 私が悩む間にも時間は進んでいく。二人の武器は既に激突する間近だった。

 とにかく止めなければ。どのみち、今の私にできることは多くない。喉に、肺に、私は力を込める――

  

 剣と剣がぶつかるまさに直前に、アレニエさんは剣を持った右手、その手首を外側に寝かせる。右手が握っている剣も角度を変え、剣の背が彼女の右ひじにつくような形になる。

 結果、彼女の剣は男の大剣をすり抜ける。


「――!?」


 予想された衝撃はなく、大男はつんのめるようにガクンと体を崩す。

 さらに彼女は、途中まで剣がすり抜けたところで、寝かせた手首を真っすぐに戻そうとする。

 通過する際に、男の剣の腹を彼女の剣の切っ先が走る。まるで鞘走りのように。

 完全に大剣をすり抜けたアレニエさんの剣の切っ先が、大男の首を無慈悲に切り離す――


「……アレニエさんっ――!!」

「!」


 ――寸前で、私のかすれた絶叫が辺りに響き渡る。

 男の首は、まだかろうじて胴体とつながっていた。

 私の声を聞いたアレニエさんの剣は、意図してか偶然か、反射的に手を引き、男の首の側面を切り裂くにとどまってくれた。しかし、即死ではないというだけで重傷には変わりない。

 首を、急所を切られた男は、夥しい血を流しながらその場に力なく倒れる。私は痛む腹部を押さえながら、大男に駆け寄って応急処置を始めようとするが、


「……や、めろ、嬢ちゃん……俺、は……」


 あろうことか死にかけている本人が治療を拒もうとする。

 どうして? 勝負に負けたから? お互いに命を賭けていたから? それとも、冒険者の美学? ……冗談じゃない。


「黙っててください!」


 私は男の言葉を遮って荷物から包帯を取り出し、傷口を止血。それから祈り、治療のための法術を唱える。


「……治癒の章第三節、癒しの光……ヒールライト……!」


 私が使えるなかでは最も治癒力の高い法術。即座に治すようなことはできないが、これでなんとか持ち直せると……


「どうして止めたの、リュイスちゃん」


 止めを刺すのを邪魔されたからか、アレニエさんが問いかけてくる。戦いの余韻が残っているのか、その口調は酷く冷たい。

 その冷たさに反発するかのように、私の心は怒りで沸騰する。


「どうしてって……! 人が目の前で死にそうなのに、黙って見てられるわけないでしょう!?」


 あそこで止めなければ、男は即座に死んでいただろう。私は憤りを抑えきれずに文句を言うが、


「「あぁ~……」」


 二人は揃って驚いた表情を浮かべたあと顔を見合わせ、同時になにかに納得したような声を上げる。なにその反応!?


「なんですか二人して!?」

「なんか反応が初々しいなぁと思って」

「ハ、ハハ……嬢ちゃん、ほんとにペーペーなんだな……」


 アレニエさんどころか、瀕死の大男まで私を生暖かい目で見てくる。


「冒険者はいつ死ぬかも分からないし、自分が死にたくないなら相手を殺すしかないよ」

「そうだぜ、嬢ちゃん……俺は、こうなることも、覚悟して、挑んだ……俺にとっちゃ、真剣、勝負じゃなきゃ、意味が、なかった……これは、俺の、我儘の、結果だ……」


 二人が言う通り、お互いに死ぬことも覚悟していたのかもしれない。

 私がしていることは、二人の覚悟を汚す行為なのかもしれない。

 ――でも、そんなことは知ったことじゃない。


「さっきの殺し合いがお二人の我儘なら、死なせたくないと思うのは私の我儘です! だから聞く耳持ちません!」


 私は、目の前で命が失われるのは嫌だ。理性的な理由などない、個人的な感情だ。

 それが無粋だと言うならそれで構わない。嫌がられても勝手に治療する。

 湧きあがる怒りと共に、私は二人に向けて言葉を吐き出していた。正直、あとのことなど考えていなかった。

 一方的な素人の意見に怒りを覚えるかもしれないと思ったが、


「「……プっ」」


 聞こえてきたのは吹き出すような音。


「あはははは、あは、あっはっはっは……!」「フ、ハハ、ハハハ、げほ…げふ……!」


 なぜか二人とも大笑いしていた。男に至っては笑いすぎてせき込んでいる。


「な、なんで笑うんですか! 私、怒ってるんですけど!?」

「あっはっは……! ごめんごめん。リュイスちゃん、面白いなぁと思って」

「面白いってなんですか!?」

「いやー、リュイスちゃんの言うことも一理あるなぁ」

「ハハ、ハ……! 確かに、どっちもただの、我儘、だ。別に、黙って聞く義理は、ないな」


 褒められているんだろうか。貶されているんだろうか。

 なんだか二人は納得しているようだが、今度は私が納得いかない。なんで笑われたんだろう。


「とにかく、あなたが嫌がっても私は勝手に治療しますからね! 諦めてください!」

「……ああ、わかった。この様じゃ、抵抗もできないからな……おとなしく、してるさ」


 なぜかその後は男は黙って治療を受け入れ、アレニエさんも制止するようなことはなかった。



 街道を少し外れ、まばらに生えた木の陰に大男を寝かせ、私は治療を続けている。 

 怪我の影響もあるのだろうが、男は目を閉じて静かに私の手当を受け入れていた。

 おかげで治療は順調に進み、男の容体は安定してきた。とりあえずは一安心か。

 ちなみにアレニエさんは、倒れている男たちを縛ってくると言ってこの場を去ったため、ここには私と大男だけの二人が残された。


「……出血は止まったみたいです。激しく体を動かすようなことさえしなければ、大丈夫だと思います」

「……ああ、ありがとよ」

「……」

「……」


 始めのうちはただただ助かるようにと集中していたが、次第に容体が安定してくれば、

 今度はさっきまで敵対していた相手と二人きりという事実のほうに意識が向いてしまう。気まずい沈黙。

 というか、男は静かに目を閉じているだけなので、多分私だけが若干の居心地の悪さを感じている。

 静寂に耐えかねた私はなんでもいいからと話の種を探し、ふと思いつく。


「あの……少し、聞いてもいいですか?」

「ん? なんだ、嬢ちゃん」


 男は閉じていた目を開き、私を見る。その目を見返しながら、私は質問する。


「さっきの勝負……どうして、あんなに剣での勝負にこだわっていたんですか? 自分の命を賭けてまで……」


 それは、先ほどの二人の勝負で感じた疑問。

 彼は、渋っていたアレニエさんに強引に剣を抜かせてまで勝負を挑んでいた。しかもお互いに命がけで。それが、私には理解できなかった。


「あん? そんなもん、強くなるために決まってるだろ」


 男の答えは簡潔だった。簡潔すぎてむしろ納得できない。


「強く、って……それなら、模擬戦でもいいじゃないですか……死んでしまったら、なんの意味も……」


 死んでしまえば、いくら強くなりたくても、それまでどれだけ鍛えていたとしても、全て終わりのはずだ。なのにどうして――


「あのなぁ、嬢ちゃん」


 男の声音には少しの呆れと、教え諭すような響きとが含まれていた。


「実戦で強くなりてえなら、実戦を重ねるしかねぇんだよ」

「――……!」

「普段から鍛えることも模擬戦なんかも確かに重要だがな。その成果を実戦でそのまま出せるヤツってのは滅多にいねぇ」

「そう、ですね……」


 それは、つい先刻身をもって味わった。アレニエさんの励ましがなければ、私はおそらくまともに動くこともできなかっただろう。


「剣を使っての勝負ならなおさらだ。分かりやすい命の危険だからな。慣れるまでは身がすくんじまう。

 慣れたいなら、そこに繰り返し飛び込むしかねえ。ましてやその世界で上に行こうと思うなら、慣れる以上の成果を掴まなきゃいけねえし、その機会は逃せねぇ」

「……だから……自分から、命を賭けるんですか?」

「ああ。命を賭けてる時しか磨けねぇもんもある。少なくとも俺はそう思ってる」

「……」


 男の言葉は、完全には納得できないが理解はできる。

 しかしだからといって、自ら命を捨てるような生き方を素直に肯定する気には、私はどうしてもなれなかった。いや、そもそもどうして――


「……どうして、そこまでして強くなりたいんですか?」


 考えているうちに、気づけば質問を口にしていた。

 私の質問に、大男はなぜか少し恥ずかしそうにしながら逆に聞いてくる。


「……笑わねえか?」

「? はい」


 よく分からないが頷く。……恥ずかしいことなのだろうか?


「……剣帝みたいになりてぇんだよ」

「……え?」


 思わぬ答えが返ってきて、つい聞き返してしまう。その反応をどう受け取ったのか、男はいくらか顔を赤くしながらまくしたてる。


「~~ああそうだよ、悪いかよ。ガキの頃からずっと憧れてんだよ。くそっ、こう言うとどいつもこいつもバカにして……」

「?」

「……ないな。……笑わねぇのか、嬢ちゃん」

「? どうしてですか?」


 先に触れたように、剣帝は先代勇者の死の遠因をつくったとして批判する人も多いが、いまだにその武勇に憧れる人も多い存在だ。

 彼がその剣帝に憧れていたとしても、特におかしいとは思わない。

 かく言う私も、司祭さまから剣帝の活躍を聞いていたこともあって、密かに憧れていたりする。


「……俺がこう言うと、大概の連中は「無理」「ガキか」「現実見ろ」とかなんとか好き勝手言ってきやがるんだよ。

 ムカつくから、あんま他人にゃ言わないようにしてたんだが……やっぱ変わってるな、嬢ちゃん」


 ……あまり面と向かって言われたことはないが、変わってるんだろうか、私。


「……まぁ、つまりそれが理由だよ。いつか剣帝ぐらいに、いや、剣帝よりも強くなりたくて、俺は剣の腕を鍛えてる。途中で死ぬならそれまで、ってやつだ」

「剣帝さまより強く……」


 それが彼の理由。そのために、強者と戦うことを望んでいる。アレニエさんと戦ったのもその一環なのだろう。

 男の話を聞いて、その理由を理解することはできた。

 しかしそれでも、彼が自分の命を粗末にするのを私は納得できない。けれどそれが、ただの私の我儘にすぎないことも自覚している。だけど……でも……


「あー、だが、まあ」


 思考がループしていた私に、男が若干遠慮がちに声をかけてくる。


「死んじまったら結局意味がねぇってのは、嬢ちゃんの言うとおりだ。ただの我儘だ、ってのもな。だから、もう少しくらいは、慎重にやっていくさ」


 それは、私が難しい顔をしていたから、気を遣っての言葉なのだろうか。いや、例えそうだとしても――


「――はい……ありがとうございます」


 不器用なその気遣いを嬉しく感じて、私は笑顔でお礼を言った。


「話終わったー?」

「わぁっ!?」

「うぉっ!?」


 突然背後から聞こえたその声に、私も大男も驚きに声をあげる。

 振り返ってみれば、男を寝かせていた木陰の裏からアレニエさんが出てくるところだった。今の今までなんの気配も感じなかったので、本気でびっくりした……。


「ア、アレニエさん……もう、終わったんですか?」

「縛って一か所にまとめるだけだしね。それで戻ってみたら、二人して話し込んでるから、そこで待ってたんだよ」


 ……全然気づかなかった。……ん? 待ってた……?


「……あの、アレニエさん。いつからそこに……?」

「ん? 結構前から」


 ……ということはひょっとして……

 男も同じことに思い至ったのか、彼女を睨みながら問いかける。


「てめえ、まさか、聞いてやがったのか……!?」

「うん。聞いてたけど」


 あっさりと答えるアレニエさん。件の強くなりたい理由の辺りもしっかりと聞いていたらしい。

 ……かぁぁぁっ、と、怒りか、羞恥か、男の顔が真っ赤に染まる。


「あ、あの、体に障りますから、抑えて!」

「うるせぇ! バカにしたけりゃしろや!」


 容体を心配してなるべく落ち着かせようとするが、顔を赤くした男に怒鳴りつけられる。ああもう、もはや誰に怒ってるのか……


「なんで? 可愛い理由だなぁとは思ったけど、別にバカにする気はないよ?」


 男の動きがピタリと止まる。


「……う、嘘つけ。油断させてからバカにする気だろ」

「しないってば」


 なおも警戒する男の様子にアレニエさんが苦笑する。

「なにかを始める動機なんて、結構みんな似たようなものでしょ? いちいちからかったりしないよ」


 男はしばらくアレニエさんをジト目で見ていたが、いくら睨んでもからかってこないからか、少ししてから目を閉じ、息を吐く。


「………どうも調子が狂うな、お前らは」

「あなたの周りにひねくれた人が多かっただけじゃないかな」

「うるせぇ。……まあ、実際そうなのかもな」


 興奮で傷口が開かないか心配になったが、とりあえずは男の怒りは沈静化したようで、私はほっとする。


「さてと。さっきも言ったけど、とりあえず全員縛ってきたし、そっち行こっか。歩ける?」

「ああ、問題ねえ」


 最後の言葉は男に向けてだろう。一応容体は安定したが自力で歩くのはまだ難しいのでは、と思ったが、男は体を起こし、少しふらつきながらも自分で立ち上がる。

 それをちらりと確認すると、アレニエさんはそのまま先に歩いてゆき、大男も体を引きずるようにしながらも後に続く。

 私もそれに続こうとして立ち上がったところで、先をゆく男がなにかに気づいたように声を上げてから、こちらを振り向く。


「オレは、ジャイールだ。嬢ちゃんはなんていうんだ?」

「え? あ、えと……リュイス、です。リュイス・フェルム」


 私の名前を聞くと、男――ジャイールさんは満足げに頷く。


「仮にも命の恩人なのに、まだ名前聞いてなかったな、と思ってよ。まあ、「嬢ちゃん」のほうが言いやすいんだがな」


 そう言って笑うと、彼はアレニエさんの後を追い、歩いていった。

 私もそれに続こうとして、ふと、さっきの彼の「実戦で強くなりたいなら実戦を重ねるしかない」という言葉を思い出す。

 それが真実だとしたら、あれだけの実力を持つ彼女は、私とそれほど変わらない年齢で、一体どれほどの経験を積んできたのだろう。

 そんなことを考えながら、私も遅れないよう後を追った。



 私たちは他の襲撃者たちを縛っている場所(と言ってもさして離れてはいないが)に集まっていた。

 当然と言えば当然だが、アレニエさんは彼らを縛って一か所に集めただけであり、全員が結構な怪我のまま放置されていたので、簡素ではあるが治療を施した。

(私が治療している間、アレニエさんは投げたダガーを回収していた)

 縛られた男たちは一様に意気消沈している。

 複数で襲い掛かったにも関わらず返り討ちにあったというのは、おそらくかなりの醜聞だろう。加えて、自分たちの今後を想像すれば悲観するのも無理はない。

 そんな中、フードの男だけが変わりなかった。


「やれやれ、まさかこれだけ人数を集めて全滅とはな。恐れ入る」


 叩きのめされ縛られているのに、どことなく上からな口調はそのままだった。

 さっきのは自身が優位だったがゆえの態度だと思っていたが、おそらく普段からこうなのだろう。もう気にしないことにした。

 それに今は、それ以上に気になることがある。


「……あの、少し聞いてもいいですか? 戦う前に言っていましたよね。「標的は二人」って。あれは、どういうことですか?」


 自慢ではないが、私は誰かに恨みを買うほどに他人と接した覚えがない。その乏しい接点の中で私を狙うような人物となると、候補はかなり限られる。


「もしかして、私を狙うように指示したのは――」

「すまないが答えられん」


 フードの男は、私の質問に対して即座に拒否の姿勢を示す。


「一応は依頼を受けた身だからな。ただで依頼人の素性は明かせんよ。場合によってはこちらの身が危ないしな」


 冒険者の矜持か、余計な危険を回避するためか、男は内情を明かしてはくれなさそうだ。でも、このままなにも分からないというのは――


「それならさ」


 私たちのやり取りを見ていたアレニエさんが口を開く。


「あなたたち、わたしに雇われない?」

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