1章 私と彼女の出会いかた

 私は扉の前で静かに息をつく。

 二階建ての、大きな木造の建物の前に私は立っていた。

 日も陰り、辺りはにわかに暗くなっている。時刻はもう、家々が明かりをつけ始めるころで、目の前の扉からも光が漏れている。

 建物の中からは、人々が談笑する声や、食事をしているのだろう、食器が擦れる音などが響いてくる。

 扉の前まで辿りついてから、すでに数十秒が経過していた。

 入らなければいけないのが分かっていながら、臆病な自分が足を止めている。

 それでも、早鐘を打つ鼓動をなんとか鎮め、もう一度静かに息をつく。そして、意を決して扉を開いた。

 ギイィィッ……と、錆びた蝶番がきしむ音と共に、来客を告げるための鐘がガランガランと大きく鳴り響く。

 暗さに慣れかかっていた目に、店内の光が急に浴びせられたためか視界が白く染まり、数秒の間をおいてからゆっくりと視力が戻ってくる。

 最初に目に入ったのは、正面の位置にある受け付けカウンター。

 寡黙そうな男性がそこに立ち、グラスにお酒らしきものを注いでは、カウンター席の客に振る舞っている。

 その奥の厨房では、何人かの女性が忙しそうに料理を作っては盛り付けてカウンターに並べていき、普段着にエプロン姿のウエイトレスさんが客席に料理を運んでいる。

 次に目に入ったのはその客席。

 剣を腰に帯び、全身に鎧を纏った戦士。

 ゆったりとしたローブに身を包み、傍らに杖を置く魔術師。

 聖印と聖服を身に着けた神官。

 多くは私と同じ人間だが、耳が長く魔術に長けるエルフや、背が低いがガッシリした体躯を誇るドワーフなどの他種族も混じっている。


「(この人たちが、冒険者……)」


 彼らは、報酬と引き換えに自身の体一つで様々な依頼をこなす、冒険者と呼ばれる人々。

 この場所は、そんな彼らに人々からの依頼を振り分け、食事や宿を提供している『冒険者の宿』と呼ばれるお店の一つ、《剣の継承亭》。

 ここは、この国で最も腕の立つ冒険者が集まる店として評判を得ていた。

 彼らは笑顔で料理やお酒を口にし、隣席の人と語り合っている。

 このお店がある地域下層はかなり治安が悪く、犯罪が絶えないと聞いていたので色々と覚悟して臨んだのだけれど……

 予想と現実のギャップを半ば茫然と眺めていたところ、


「客か」


 自分にかけられたと思われるその一言で、ハっと我に返る。

 声の主は、入口正面のカウンター、最初に目に入ったあの男性のようだった。

 見た目は、三十代くらいの細身の男性に見える。しかし、先ほどかけられた声の響きや落ち着いた物腰からは、もっとずっと成熟した印象を受ける。

 おそらく、彼がこのお店のマスターなのだろう。


「こ、こんばんは!」


 そういえば、ここまでなにも喋らずにいたことを思い出し、慌てて頭を下げつつ挨拶を返す。

 よく見れば、こちらを見ているのはマスターだけではなかった。カウンター席に座っている何人かの冒険者も、振り向いて物珍し気にこちらを見ている。

 だけではなく、何人かは実際に話しかけてきた。


「その服……まさか《総本山》の聖服か?」

「あそこの神官がここまで来るなんて珍しいな。しかも随分な大荷物で」

「《上層》からわざわざここに来たのか、嬢ちゃん」

「依頼を探しに来たのか? それとも旅の仲間を探しに? だとしてもなんで下層まで」


 そう口々に言われて、改めて自分の姿を思い返す。

 肩まで伸びた栗色の髪はベールで覆われ、体はゆったりとしたローブに身を包んでいる。色は上下とも白で、これは、この国で最も信徒の多い《アスタリア》神官の一般的な服装だ。

 加えて、腕には手甲を備え付けたグローブ、足元は頑丈なブーツ、背中には荷物をパンパンに詰め込んだ大きなナップザックを背負っている。

 これから旅に出る神官としてはごく普通の格好だと思うし、店内には私と似た風体の人もいる。

 それでも注目されるのは、私が総本山と呼ばれる神殿の制服を纏っているからだ。

 同じアスタリア神官でも、総本山と他の神殿では制服の意匠が違う。人によっては、その意味も。


「いえ、どちらでもないんです。……私は、リュイス・フェルムと申します。クラルテ・ウィスタリア司祭さまの代理として、依頼を預かって参りました」


 マスターに向き直り名乗った後、私は司祭さまから託された手紙を渡そうとする。


「フェルム」


 その途中で、私の下の名を聞いたマスターがわずかに怪訝そうな声を上げる。


「……? どうか、しましたか?」

「……いや、どこかで聞いたような気がしただけだ。すまない」


 そう言って、彼は私の手から手紙を受け取る。

 手紙には、神殿からの紹介状と、今回の依頼の概要とが書かれている。

 私の育ての親であるクラルテ司祭さまは、このお店のマスターと古い知り合いらしく、その伝手でここを頼ったらしい。


「リュイス、と言ったか」


 手紙を読み終えたマスターが私に声を掛ける。その顔は、手紙を読む前よりかすかだが眉間にしわが寄り、厳しい表情になっていた。

「こいつによれば、この依頼はかなりの危険を伴う。そのうえ、人数はできるだけ少数と書かれてる。アテはあるのか?」

 そう聞きながら、マスターは答えを予想しているようでもあった。司祭さまが手紙の上でなにか口添えしていたのかもしれない。

 私は、再び緊張で早鐘を打ち始めた心臓を手で抑えながら、言葉を絞り出した。


「……はい。ここに、『剣帝』さまはいらっしゃいますか?」


 僅かに、周囲がザワついたような気がした。



 この世界で最も名の知れた存在といえば、おそらくは勇者の名が上がる。

 人類の敵である《魔物》と、その魔物たちの王である《魔王》と戦う宿命にある勇者は、いつの時代でも人々の希望の象徴として知られている。

 その勇者以外にも、騎士や傭兵、そして冒険者等の中には、多大な戦果を挙げることで勇者にも劣らない名声を得ることがある。

『双炎剛剣』ドゥエル・ベスティエ。『貫く者』ヒルダ・ヘラルディナ。『聖女』アリシャ・フィエリエ……

 そしてその中の一人が、ほんの十年前まで一線で活躍していた、『剣帝』と呼ばれる1人の剣士だった。

 その剣に断てぬものはなく、その剣に触れることは叶わず。苛烈にして精妙の剣を振るう、並ぶものなき剣の帝王。

 無名の剣士として戦い始めた彼は、数多の戦場を只剣の一振りのみを持って渡り歩き、数々の武勲を打ち立て、ついには先代の勇者の供として魔王を討つ旅に同行するまでに至る。

 だが彼は、旅の途中で忽然と姿を消してしまう。

 仲間との確執で分かれた。旅半ばで命を落とした。戦うことに疲れて隠遁した、等々。

 様々な憶測が飛び交ったが真相は分からず、ともかくも彼は人々の前から突然に消えてしまった。

 『剣帝』を欠いた勇者はそれでも魔王に決戦を挑み、戦いの末に魔王と相討ち。その時の傷が元で、帰らぬ人となる。

 救世の勇者が命を落とした、という事実は重く、間接的な原因となった剣帝に対する失望の声や批判は、今に至ってもなかなか収まらない。

 しかし剣を志すものにとっては今もなお、彼は近代の伝説であり憧れの対象であり続けている。


『剣帝』に関する噂の中には、この王都下層のどこかで、素性を隠して冒険者をしている、というものがあった。

 煩雑に広がっている下層は騎士団の目が届きにくく、しばしば犯罪者やわけありの人間が逃げ込む先になっている。

 そして追手の目から逃れるため、名を、姿を変え、生きる手段を探す。

 その手段の中には当然、冒険者も含まれている。極端なことを言えば、体一つあればなれる職業だからだ。

 加えて、途絶えることのない魔物との争いに抗するため、どの国も騎士や冒険者の手を欲している。経歴を問わず冒険者を求める雇い主も多いという。

『剣帝』が本当に生存しているなら、この街に隠れ住んでいる可能性は高いと思う。もし見つけられれば、こんなに頼りになる人はいない。

 しかし私の言葉を聞いた周囲の客は、顔を見合わせて口々に言う。


「嬢ちゃん、気は確かか? 十年も前に消えた人間だぞ」

「ひょっとして、『今でも冒険者やってる』、って噂か? ガセだろ、あれ」

「仮に本当だとしても、なんの伝手もなしに依頼受けちゃくれねえだろ」


 彼らの言葉は、私自身が抱いていたものでもある。噂だけを頼りに探しても、本当に見つかる可能性は低いことも理解している。

 それでも諦めきれず、私は縋るような目でマスターを見るが――


「……」


 マスターは、無言で首を横に振る。やっぱり、そう簡単に事は運ばないらしい。  

 初めからダメで元々だったはずなのに、ショックは大きかった。私は、自分で思っていた以上に期待していたらしい。


「一応、この店は腕利きが揃ってる。アテがなければ、ここで探してみたらどうだ」

「一応ってなんだよマスター」


 慰めか、マスターが私にそう提案してくれる。その発言にカウンターの客から不満が飛ぶが、当の本人はそしらぬ顔だった。

 実際、いつまでも落ち込んではいられない。マスターに謝意を伝えたのち、私は入り口から左手に広がっている広間に目を向けた。

 先ほどちらりと見たときと変わらず、大勢の冒険者たちが晩餐を楽しんでいる。この中から、依頼を達成してくれる冒険者を探さなければいけない。

 といっても、正直なところどうやってそれを探せばいいのか分からない。

 私の実力では、見ただけで相手の力量を測ることはできない。だからこそ、名の知れた実力者である『剣帝』を探しに来たのだけど……


「……?」


 不安を抱えつつ広間を見やっていた私の目は、その途中、ある一点で止まった。

 広間の奥、窓に近い位置にある少人数用の小さな丸テーブル。そこに、自身の腕を枕にして眠っている、一人の女性がいた。

 年齢は、おそらく私より少し上くらい。ショートカットの黒髪は、クセっ毛なのかあちこちが跳ねている。

 目をつぶっているため表情はわかりづらいが、それでも整った顔立ちが見て取れた。

 体を包む鎧と、腰の後ろに提げた剣からすると、おそらくは剣士なのだろう。

 二の腕や足が露出した動きやすそうな軽装の鎧は、全体が白く塗られている。ただ、なぜか左篭手の色だけは黒だった。

 綺麗な人だと思った。しかしそれだけなら、おそらくただの酒場の風景の一つでしかなかったように思う。目を引いたのは、彼女の周りだった。

 ほぼ満席のこの店内で、なぜか彼女の周囲の席だけがぽっかりと空いている。

 同じテーブルの席だけではない。周辺の席も、彼女の手が届く範囲には誰も座っていなかった。まるで、なにかを警戒しているかのように。

 私は、その奇妙な光景に無性に目を奪われた。

 その光景の元凶であろう彼女について、マスターに尋ねようとしたとき、乱暴に入口の扉を開ける音(同時に、けたたましい来客ベルの音)が響く。

 入り口の扉から現れたのは、そびえ立つような大男だった。

 一言で言えば、筋肉の塊。

 その筋肉の塊が、鎧をまとい、身の丈と同じぐらいに巨大な剣を背負っている。丸太ほどもありそうな腕は、私など簡単に縊り殺せそうだった。

 急な物音にビクリとしていた私は、次にその物音の犯人の巨躯を見て体を強張らせる。先刻までしようとしていた質問も忘れていた。

 男は店内に入ってくると、品定めするように店の様子をじろじろ見始めた。そして、その視線が私のところで止まる。嫌な予感。


「この辺じゃ珍しい格好のがいるじゃねえか。迷子か?」

「い、いえ、あの……」


 頭が真っ白になっていた私はしどろもどろに声を出す。


「そんなに怯えんなよ。取って食おうってわけじゃ――」

「宿か? それとも依頼か?」


 不意にマスターが声を上げる。そのおかげで男の意識はそっちに移ったようだ。こういうときにどう対処すればいいのか分からないので助かりました。


「ん、いや、どっちでもねえ。ちょいと聞きてえことがあるんだが――この店に『剣帝』はいるか?」

「(!?)」


 この人も、『剣帝』を――?

 大男はマスターと二、三言葉を交わしたあと、落胆のため息をつく。私と同じで、望んだ答えは得られなかったのだろう。


「……なんだよ、ここにもいねえのか」

「『剣帝』を探してどうするつもりだ?」


 そう質問したのはマスターだ。日に二人も同じ質問をする人間が現れて、気になったのかもしれない。


「決まってんだろ。……こいつで勝負すんだよ」


 男は背の大剣を軽く触りながらそう宣言する。全然同じじゃなかった。


「別に『剣帝』じゃなくてもいいんだぜ。お前らの中の誰かが相手してくれてもよ。ここは、さぞかし腕利きが揃ってるんだろ?」


 大男は周りの客に向けても声を上げる。


「(この人、わざと挑発してる……?)」


 下手をすれば店内で諍いが発生してしまうのでは、と、一瞬ひやりとした私だが、当の冒険者たちはほとんど取り合わず、再び各々の食事や雑談に戻っていく。

 大男は僅かに怪訝な顔をするが、すぐに気を取り直して挑発を続ける。


「なんだよ、びびってんのか? 誰でもいいんだぜ。この店の評判下げたくねえならオレを倒して――」

「いや、やらねえよ」

「ここでそういうのは禁止だ」

「よそでやれ」


 彼らは一様に大男の相手をしようとしない。正直に言えば意外だった。冒険者というのは、もっと血の気が多いものと思っていたから。

 最初に見たときも思ったが、このお店の人たちは思い描いていた下層の住人とは違うみたいだ。噂に尾ひれがついていただけなのだろうか。

 大男はおそらく、腕試しかなにかのためにこの店に来たのだろう。剣帝と勝負したいというのも、多分そういうことだと思う。

 男はその後も喧嘩を売る相手を探していたようだが、結果は誰も似たようなものだったらしい。なおも諦めずに店内を見回していたが、その動きが不意に止まる。 


「……なんだ?」


 男の視線は、例の女性に向けられていた。彼女は今もなお、静かに寝息を立てて眠っている。

 そういえば、彼女について聞こうと思っていたところで目の前の闖入者が来たことを思い出す。――って、これ、止めたほうがいいんじゃ……


「なんで周りに誰も座ってねえんだ……? しかし結構な上玉じゃねえか」


 言いながら彼女の目の前まで近づいていく大男。


「おい」


 無抵抗の女性が乱暴されるのを見かねてか、マスターが制止の声をあげる。兆発には誰も反応しなかったが、さすがにこれは無視できなかったようだ。


「そいつには手を出さんほうがいい」


 しかし、マスターの口から出た言葉に私は違和感を感じた。

 どちらかというと、襲われようとしている女性よりも襲おうとしている男の身を案じているような……?

 当の男はその違和感には気づかなかったようで、制止の声をかけたマスターに対して嘲るように言葉を返す。


「ハっ、手を出すとどうなるってんだ?」

「ろくな目にあわん」

「……あ?」


 その言葉は予想外だったのか、男は怪訝な声をあげる。

 見れば周りの冒険者もマスターの言葉に同調するようにうんうんと頷いている。なかにはあからさまに男に哀れみの目を向ける者さえいた。

 しかし男は周囲の反応に嘲笑を返しながら、なおも女性に手を伸ばす。


「つくづく情けねえ連中だぜ。眠ってる女一人にビビりやがっ」


 ゴキンっ


「ゴキン?」……なんの音?


 音の発生源は、襲われそうになっている女性、その少し手前に伸ばされた大男の右手だった。その右手の人差し指が、男がよそ見していた間にあらぬ方向を向いている。


「……あああああぁぁぁあ!?」


 男が、驚きのためか痛みのためか絶叫する。男の手にはいつの間にか件の女性の腕が伸び、指の関節を外していた。

 いつの間に起きていたのかと驚いて、慌てて女性のほうを見るが、信じられないことに当の女性はその状態でもまだ眠っていた。


「ぐあああ!? てめえぇえ! 放せっ!?」


 男は指の痛みに耐えられず、ついには強引に女性の腕を引きはがす。そうなってから初めて、女性が目を覚ましたようだ。


「――ん…んん……?」


 小さく声をあげた女性は、その後ゆっくりと瞼を開ける。

 眠たげに開かれた瞳は髪と同じ黒色。大きく綺麗なその目はまだ焦点が合っておらず、ぼーっとした様子で周りを見ている。その表情は正直、剣を扱う戦士のようにはあまり見えない、のんびりとした印象だった。

 女性は一度大きくあくびをしたあと、両腕を上げて体を伸ばす。先刻まで眠っていた体からは、あちこちからパキパキと音が鳴っていた。


「てめえぇ……」

「ん?」


 思い切り伸びをしていた女性の前に、右手の指を押さえながら男が立ちはだかる。(自力ではめ直したのか指は普通の角度に戻っていた)


「ふざけたマネしやがって……ただじゃおかねえぞ」

「……あ~……」


 女性からすれば、寝起きに見知らぬ男が指を押さえながら怒りを露わにしている、というわけのわからない状況のはずだが、なんとなく状況を察したような顔をしている。


「もしかして、またやっちゃった?」


 心当たりがあるのか、周りの客に女性が問いかけると、周囲からは一斉に肯定の返事が返ってくる。

 また、ということは、今回のようなことを何回もやっているのだろうか。ひょっとして、マスターが「ろくな目にあわない」と言っていたのは……


「えーと、ゴメンね。わたし寝相悪いみたいで」

「ふざけるな!? どんな寝相だてめえっ!?」


 若干私もそう思います。


「この……どいつもこいつも虚仮にしやがって……」


 それまで誰にも相手にされなかった怒りも溜まっていたのだろう。

 男はとうとう背負っていた大剣に手をかける。折られたはずの右手で柄を掴んでいるが、怒りが痛みを忘れさせているのか(あるいはこらえているのか)、男はそのまま右手に力を込めていく。

 こんな人が大勢いる場所であんな武器を振り回されたら……!


「あのー、指折っちゃったのは悪かったと思うんだけど、できれば店の中でそんなの振り回さないでくれないかな?」


 怪我をさせた負い目からか、女性が控えめに注意するが、怒りで我を忘れた男がそんな言葉で止まるはずもなく、制止を振り切って剣を抜こうとする。


「あぁ!? こんなちんけな店、どうなろうと知ったことか!」

「――ちんけ?」


 一瞬、女性の瞳に剣呑な光が宿った気がした。が、また一瞬後には先刻までの柔らかい印象に戻っている。……気のせいだったのだろうか。


「とにかく、私が気に入らないなら相手するから、外に出てくれないかな。ね?」


 なおも店に被害が出るのを危惧してか、女性が我慢強く諭そうとするが、聞く耳を持たない男は武器にかけた手を下ろそうとしない。


「知らねぇっつってんだろうが! なんならこんな店ぶち壊してやるよ!」

「………」


 あくまで笑顔を崩さなかった女性の顔から、一瞬表情が消える。

 周囲の客の誰かが、「やべぇ」と呟いたのが聞こえた。

 女性は目を閉じ、小さくため息をついてからテーブルを支えにゆっくりと立ち上がると同時に伸ばした女性の右掌底が男のアゴをとらえていた。……!?


「……あ?」


 なめらかな緩から急の動きに反応できず、アゴを撃ち抜かれた男は、脳を揺らされたせいだろう、ガクンと体を落とし両膝を地面につける。

 膝をついた大男は、今は私と同じぐらいの背丈だろうか。

 一時的に身長が縮んだ相手に、今度は女性の右ひざがめり込んだと思ったときには大男は既に隣のテーブルまで吹き飛ばされていた。

 同時に轟音。大男に巻き込まれたイスやテーブルの破砕音だ。男はそれらの残骸に埋もれ、完全に意識を失っている。


 これが、私――リュイス・フェルムと、彼女――アレニエ・リエスとの出会いだった。

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