シロハラ
棚倉一縷
Whose eye is it?
———今日は誰の目玉なの?
壁にかけられた家族写真に、芽依ちゃんの姿を見つけ出そうとして集中していたから聞き間違えかもしれないと思った。けれど、ぞくっとする言葉に反射的に振り向いて、縁側に目を向けると、木製の水飲み場で羽を休める小鳥の頭を指の腹で愛おしそうになでる芽依ちゃんがいた。
絵になるな、と思った。鮮やかなオレンジ色のゆるいTシャツに、細身のデニム。白いレースのシュシュで軽く結った髪。軒と障子に切り取られた紺色の空と遠くの入道雲、溢れかえる一面の向日葵を背景にして、若干の逆光気味ではあるが、その光の加減は登場人物の心情を暗喩する印象的なシーンを演出する。そんな絵になるな、と思った。
「ねえ、麻里」と芽依ちゃんは振り返らず、小鳥に話しかけるように言った。「人って、空が青いからって身を投げるかしら」
彼女が、かしら、なんてお嬢さまみたいな語尾になるのは、決まってふざけている時だ。
「何? 急にどうしたの」
「なんでも。ただ思い出しちゃったから」
何を? と訊いても、聞こえなかったのか、答えはない。
「あるんじゃない」私は適当に答える。「理由があって死ぬだけましだよ。例え、空が青かったからとか、黒猫が横切ったからとか、国語の授業で言ったら大目玉をくらうような回答でも、その人が納得できるなら、幸せなんじゃないかな」
ふっ、と芽依ちゃんが振り向いて微笑んだ。小鳥が二匹飛び立った。
「なによ、それ」
と言って、ころころ笑う芽依ちゃん。
「お気に召したようでなによりです」
と執事のごとくうやうやしくお辞儀をしてみる。また鈴の音のような声で笑う芽依ちゃん。
そんな芽依ちゃんを見ながら、かわいいなあ、と私も和んでいると、居間でつけっぱなしにしていたテレビに、連続殺人事件のニュースが流れているのが聞こえた。また一人、犠牲者の遺体が発見されたらしい。
芽依ちゃんから、さっと笑顔が消える。私の目線は、なんとなく、芽依ちゃんの桃色のつやつやとした唇に引き寄せられた。弾力を持って、ゆっくりと開き、言葉が紡がれる。
「愛ちゃん、遅いね」
芽依ちゃんの言葉と重なるように、部屋の隅に置かれた骨董品のような黒電話が鳴った。
シロハラ 棚倉一縷 @ichiru_granada
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