誰かが叫んだ。最後の5分間だ、と。
湫川 仰角
遥か遠くの人混みの中で。
「最後の5分間だ」
見渡す限りの真っ黒い群衆の中、誰かがそう叫んだことは確かだ。
ただ、どこで誰が叫んだのか僕にはわからない。
その人の言う最後が何なのかも知らない。
その何かは終わらせなきゃいけないことなのか、逆に始めなきゃいけないことなのか。
始めるとしたら何を終えるためか、終わらせるとしたら何を始めているのか。
少なくとも僕は何も始めていないし、何を終えるつもりもない。
それでも、みんなはしきりに最後の5分だと叫ぶ。
とにかく、みんながあと5分で何かをしようとしている。
僕は隣の人に声をかけた。
「何が最後の5分なのですか?」
隣の人は忙しそうに答えた。
「何を言っているのです。あと5分しかないのですよ」
「はぁ。しかし、何が最後なのかわからないのです」
「困った人だ。申し訳ないが、失礼するよ。なにしろ最後の5分なのでね」
隣の人はそれきり何も言わなくなった。
遠くで誰かが、また叫んだ。
最後の5分がいつから始まるのかも僕は知らない。
遠くの人が言った瞬間に最後の5分が始まるのだとすれば、正確に言えば、僕の耳に入ってきた頃には既に5分を切っている。
僕のさらに後方にいる人は、さらに遅れて5分がやってくる。
どんどん、どんどん遅れていった。
やがて誰かの5分間が終わる頃、どこかの誰かで5分間が始まるようになった。
みんながそれぞれ5分間を始めたので、どの時点からが本当の最後の5分間なのか誰にもわからなくなった。
そうしたら、最後の5分はずっと続いた。
みんないなくなるまで。
結局何も始めなかったし、何も終わらせなかった僕を残して。
真っ白な空間の中、僕だけが一人。
「最後の5分間だったんだ」
何かを始めていなきゃいけなかったんだ。
何かを終わらせなきゃいけなかったんだ。
そう気付いた僕は、最後の5分間を計り始めた。
5分後、僕も真っ白な空間に溶けていった。
何も始まっていないし、何も終わってなどいない。
ただの空間だけが、後に残った。
誰かが叫んだ。最後の5分間だ、と。 湫川 仰角 @gyoukaku37do
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