夏のまま息が出来ない

灯野 誰

 写真を撮ることが好きだ、そう思ったのはいつからだろう、もう覚えていない。ただ、目の前の世界を切り取る、それだけのことが、何の取り柄もない僕に眩しく見えた、それだけは鮮明に覚えている。

 

 写真はどこか自分の心を映している。だから、写真は誰かの心に刺さることがあるのだ、とどこかの無名の写真家が呟いていたのがずっと頭に残っている。


 夏が好きだ、そう思ったのは君に出会ってからだ。君に出会ったのも君を失ったのも同じ年の夏だった。もう君はいないけれど、写真を撮ろうとする度、レンズの向こうに君がいる気がする。決して写真に君が映ることはないのだけれど、今も僕は君の姿を無意識に追っている。


 夏の夕暮れの空を背景に、君を被写体にして撮っていた。逆光になって、陰になる君が不意に見せる悲しげな表情が好きで、よく撮っていた。それなのに、今になって写真を引っ張り出すと、そんな写真は一枚も残っていなくて、


 君が好きだ、そう思ったのは君がいなくなってからだ。君がいなくなってやっと気づいた。それとも、気付かない振りをしていただけかもしれない。


 もう、全部遅いけど。

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