ここにある光

リフ

『僕』

 ――穏やかに流れる午睡は海に似て。寄せる泡沫は浜辺に休み――


 気付けば桜の薫りに包まれていた。温かい。誰かが上半身を抱き上げてくれているらしい。細いのに意外と力持ちだな、視界に見切れる白い腕にそんな場違いな感想を持った。

 彼女の声が掠れて聞こえる。僕の耳が悪いのか薫の声が小さいのか。いや、そのどちらもか。まあ、新しい一面を見ることが出来て満足だ。

 桜の薫りがするんだ、なんて。好物がうどんだと知ったとき以来の衝撃だった。ちなみに僕の好物は唐揚げ。育ち盛りだからね。

 つらつらと考えてみても、体調は全然良くならない。場所は体育館。バスケットの途中。そんなに無理はしてなかったはずだけど……。情けないところを見られたな。

 あぁ、このまま一緒に病院に行くって?

 それは困るなぁ。せっかく隠してた病気のことが……なぁ。



 救急車に乗ったのは初めてだ。意外と揺れが少ないことに驚く。

 僕は高校でバスケットをしている。成績もよかった。練習も人一倍やった。

 でももう駄目みたいだ。身体も思うように動かなくなってきた。息もすぐ切れるし、視界が揺れるなんてしょっちゅうある。こんな身体じゃ大好きなバスケットも続けられないし、監督からも次の試合が最後だと止められた。

 目の前が真っ暗になる。バスケットは僕の人生そのもの。将来はプロになって世界で活躍する選手になると勝手に思っていたくらいに。

 もっともっと上手くなりたい。もっともっと上に行きたい。だけど夢は夢のままで終わりそうだった。

 それでもいいか……と心の片隅で思う。薫さえ側に居てくれればそれで、と。



 病院に着くと少し眠ってしまった。その間に病状について説明がされたようで、薫には泣かれてしまった。

 何で教えてくれなかったのって。絶対別れないって。


 ――あぁ、この時僕は救われたんだ。


 捨てられるのが怖かった。開く距離が耐えられなかった。

 もしも、知ってしまったら。その想像がずっとこびりついていた。

 道は虫食いだらけで、すぐ目の前で無くなって。もう前には進めないけど、この道を照らす灯火が消えてしまうまで大切な人と一緒にいよう。

 お互いが誓い合った『大切な日』。神様、壊れかけの僕でもそのくらいは許されるだろう?



 ――泡沫は揺られて海へと還る。それがどれだけ大切だったかを知って――


 夢から醒めると、彼女越しに綺麗な蒼色が見えた。頭の後ろには柔らかな感触。

僕たちの座る公園のベンチは、春の麗らかな日差しを受けて仄かに温かい。でも、雲ひとつないのに何故だろう。頬に雨が落ちてくる。

 霞む視界の中、桜の薫りが僕を包む。僕はこの薫りが好きだ。彼女のことが大好きだ。

 

 だから――。


「愛してる、薫」

 最期に僕は伝えよう。

 目の前で雨を降らせる君に。


 一生分の愛を――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ここにある光 リフ @Thyreus_decorus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る