君色ディレクション
市亀
君色ディレクション
昼休み終了まで、後五分になる頃。
漫然と眺めていたスマホの画面に、メッセ―ジ受信の通知が現れた瞬間、キョウは画面を切り替える。
>電話掛けていいですか?
恋人のレイからだった。違う学校に通っているふたりにとって、日中に両方ともフリーになれる機会は貴重なのだ。この五分間は、逃したくない。
>こっち教室だから喋れないけど、レイの声聞きたい
そう返してから、イヤホンを挿して通話ボタンを押し、すぐに画面をトークモードに戻す。これでレイからの声は聞き取れるし、こっちからはテキストでメッセージを送れる。もどかしくはあるが、いま教室から遠出する訳にはいかない。
数回のコール音の後、大好きな声が応えた。
「あ、お疲れ様ですキョウさん」
>やっほー
>午前が憂鬱だったからレイに癒してほしい
立て続けに送信、少ししてから笑い声。
「あれー、お疲れモードです? 頼れるキョウさんの影もないですね」
近頃は随分と煽ってくるようになった。
>うるさい、昔は可愛い後輩だったのに
「なんですか、今は今で可愛くて仕方ないくせに」
図星。どうも少し、溺愛しすぎたのだろうか。
>はいはい大正解。だから、君が可愛くて仕方ない先輩を癒してください
続けてスタンプを送りつけると。
「はいはい、動くんで少し待っててください」
学校で、誰にも知られずに睦言を交わす。そんな背徳感を味わいながら、向こうの音に耳を澄ませる。
「お待たせしました。画像送ったの見えます?」
>可愛いじゃん、なんて花?
「アザレアです。帰り道沿いに咲いてて、綺麗だったので先輩にも見てほしくて」
誇らしげに咲く、可憐な白。
「昔、この道を歩いてるときは、落ち込んでるか泣いてるかのどっちかで。ほら、いじめられてた時期です。帰り道でまで追い回されてた日もありましたし」
そう語るレイの声は悲しげではなく、過ぎたことを笑い飛ばすようであって。
それでも。
君が辛かったその日に、自分が居なかったことは悲しいんだ。
「けどこの前、この花見つけたとき。先輩に見せたいなって、嬉しくなったんです。花だけじゃなくて色んなものが。先輩のおかげで彩られて見えるんです。先輩の色が、嫌いだった景色を塗り替えていくんです。だから、ありがとうって」
熱を帯びる瞳を隠しながら。あふれ出す想いを、込めきれない想いを、今は一言に込める。
>こちらこそ。
自分の歩く道を、見上げる空を、示してくれるのは君の色なんだ。
「そろそろキョウさんは時間ですよね、じゃあ最後に一つだけ。白いアザレアの花言葉、知ってます?」
記憶を辿るが、その手の知識は乏しくて。
>知らない。なに?
「じゃあ、教えてあげます」
自分だけが知っている、世界で一番素敵な声。
その声が、新しい色でキョウを染める。
「あなたに愛されて、幸せです」
入ってくる教師、席につく生徒たち。
魔法のような五分間に背を向け、退屈な教室に意識を戻しながら想う。
――さあ、次はどう仕返ししてあげようか。
君色ディレクション 市亀 @ichikame
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