第41話 宇宙へ
早朝の清々しい冷気がクロウの体を撫でる。ぱちりと目を開けて起き上がった。頭痛も金槌から小石程度には改善され、難なく動き回れる。
セナはまだ隣で、すーすーと寝息を立てていた。昨日は遅くまで騒いでいたんだ、もうしばらくは眠りの世界に留まっていることだろう。
クロウは足音を消して玄関へ、宇宙船の出入り口に「玄関」という呼称はしっくりこないが、そこへ向かうと静かに扉を開いた。金属の軋む不快な音が奏でられ背筋が凍ったが、相変わらずセナはベッドの上で気持ちよさそうな寝顔を披露している。
セナの船は昨日着陸した場所から一ミリも動いておらず、当然クロウの船もすぐ隣にあった。船の周囲に規制線こそ張られているが見張りはいない。
クロウは地面に飛び降りると、足早に自分の船へと駆け寄った。太陽は顔を見せていないが、遠くの空は明るくなりつつある。
さっさとやってしまおう。決心が鈍る前に。
地球に来てから成り行きで、死と向かい合う場面に遭遇し、同時に命を賭して戦う人々を見てきた。見れべ見る程、自分の醜さが際立つ。大したことない報酬のために人殺しの手伝いをしてきた自分の醜さが。
罪を償うつもりはない。生きるためには仕方のないことだったと、今でも納得はしている。でも、このまま地球で友人達に囲まれて生きていく資格はないだろう。せめて、それぐらいは許される程度にマトモになってから地球に帰って来よう。贖罪なんて高尚なものじゃない。自分が自分を許すための自己満足の旅だ。
クロウは船の扉に手を掛けた。
「つまらないことするのね」
背後から突然氷のような声を浴びせられ、勢いよく振り返る。
「セナ!? なんで……」
クロウの問いに、セナはふっと小さく息を漏らして微笑んだ。
「言ったでしょ? 分かりやすい、って」
最後までこの調子か、力が抜ける。
「止めてくれるなよ」
「止めない、だから連れてって」
やっぱりこの質問か。予想はできていた、だから答えも用意している。
「ダメだ。連れてはいけない」
「どうして? 私が子供だから? 馬鹿にしないでよ!」
「まあ待て、最後まで聞け」
鋭く叩きつけるように叫ぶセナを制止して、クロウは続けた。
「連れては行けねぇが、付いてくるのは構わない」
それがクロウの出した答えだった。今回、キース達と旅をしエヴェリナと出会い、そして失いかけた。そこで思い知ったのだ。他人の命に責任を持とう、などと考えるおこがましさを。
少なくとも無力に等しいクロウに許されることでないのは間違いない。
あっけに取られていたセナは、すぐに我を取り戻し詰め寄ってきた。
「本当に? 絶対だからね!」
「ああ、これは嘘じゃない。待っててやるから準備してこい」
セナは顔を輝かせ一目散に自らの船へと戻っていった。
しかし、セナとともに行くとなると、ルーカス達に黙ったままというのもどうだろうか。ほとんど誘拐なんじゃないのかと思えてくる。けれど大々的な見送りというのも勘弁してもらいたい。そんなにかっこいいものではないし、近いうちに嫌になって帰ってくることだってあり得るのだ。
セナの母親に倣ってメッセージでも残しておこうか、などと考えながらクロウは船の扉を開けた。
目を疑った。太った男がコクピットで座り込んでいる。
「あ、おはよう」
フレッドが眼鏡をはずして目をこすりながら呑気な挨拶を投げかけてきた。
「俺の船だぞ」
「知ってるよ」
「何してる?」
「そんなかっかしないでよ。ただ修理とか改良をやらせてもらっただけだからさ」
「なんで今日なんだよ」
二度も調子を狂わされると、さすがに心が折れかけない。
「クロウの性格なら今日あたりにこっそり出発すると思ったからさ。その時に船の状態が良くなってたら、僕が超かっこいいじゃん?」
「知るかよ」
フレッドにセナ以上の洞察力があることをすっかり忘れていた。船を直してくれるのは有り難いが、何もこのタイミングじゃなくても。
うなだれるクロウをよそにフレッドは立ち上がると、
「うーん、どうせだったらもうちょっと待ってもいいんじゃない?」
「どうしてだ?」
「すぐに分かるよ」
何となく察しはつく。
案の定、数分とかからずに見慣れたハンヴィーが宇宙船のすぐ近くに停まった。
旅立ちの準備を終えたセナとともに様子を見ていると、キース、ルーカス、ライアンの三名が続々と車から降りてきた。そして、キースは後部座席の方へ移動すると、何かを、いや誰かを抱え出した。
エヴェリナだ。淡い水色の入院着から白い手足を覗かせながら、キースにお姫様抱っこされている。
「おい! 恥ずかしいから、早く下ろせって!」
「ちょっと待て、落ち着けって!」
病み上がりとは思えない力強さで暴れるエヴェリナを、ライアンが持ってきた車椅子の上に下ろす。
エヴェリナは照れ隠しにはにかみながら車椅子を転がして、クロウ達のすぐ目の前まであっという間に辿り着いた。
エヴェリナと対面したセナの顔には、罪悪感と安堵が浮かんでいる。
「エヴェリナ……ごめんなさい、私のせいで……」
「謝られるようなことなんざ起きてないよ、だから、顔上げなって、ほら」
セナは涙を瞳に溜めながら何度も頷く。
「そんなことよりさ、あんた宇宙に行くんだって? すごいな。私もあんたが返ってくるまでには元気になっとくからさ、楽しんできなよ」
エヴェリナはセナの手を取って強く握り締めた。そして、クロウに向き直ると、
「それでこっちの黒猫は……」
「クロウだ、よろしくな」
クロウが口を開いた瞬間こそ驚いた表情を見せたものの、ほとんど動じることは無かった。
「さっきおっさん達から聞いてたけど、本当に喋るとはね。まあ、普通の猫じゃないのは分かってたけどさ」
「あんたが生きててくれて良かったよ、ネタバレせずに終わるのは残念だからな」
「クロウとはもう少し話したかったけど、あんまり邪魔になっても悪いし」
そこまで言ってエヴェリナは身を乗り出し、クロウの耳元へ顔を寄せた。
「セナをよろしくね」
そう囁いて、灰色の髪をなびかせながら下がっていった。
入れ替わりでキース達が近付いてくる。結局全員揃っての見送りだ。まず最初にルーカスが前に出てきた。
「君が行ってしまうと寂しくなるが、老人に若者の選択をとやかく言う権利はないからな、笑顔で送らせてもらうよ」
「セナが行くことには何も言わねぇのか?」
高確率で危険なことに巻き込まれてしまうだろう、そんな選択なのだ。クロウには「止めて欲しい」という気持ちが無かったとは言えない。だから、思わず聞いてしまった。
ルーカスは微笑んでセナの方へと視線をやった。
「彼女に地球は狭いんだ。もっと広い世界を見せてやってくれ」
そしてセナへと向き直り、
「セナ、無茶だけはしないように」
「ええ、分かってる」
「なら、言うことは無い」
ルーカスは満足そうに大きく頷いた。後に続いたライアンはこめかみ付近を指で押さえながら、
「頭が痛くて良いセリフが思いつかんな。ま、昨日無理矢理酒を飲ませたことだけは謝らせてくれ」
それだけ言い残して引き下がった。
最後に残ったキースは、何か可笑しそうに笑ってしゃがみ、クロウと目線を合わせた。
「今更お前に言うことも特にないけどな、とにかくセナは馬鹿だからさ、頼んだぞ」
「ほら、すぐ馬鹿とか言う」
セナはわざとらしくキースを睨んで怒ってみせる。
「ま、それも良いところだ」
キースは大きくごつごつした手でクロウの頭と、もう片方の手でセナの肩をぽんと叩き、身を翻して下がっていった。
「それじゃ、行くか、セナ」
「そうね」
セナを先に船内に入れた、二人共クロウの船で旅立つのだ。セナの船は残していく。帰ってくる家が必要だから。
クロウは船に乗り込む直前で立ち止まり、大きく息を吐き振り返った。
「おめーら勘違いしてんだろうが、別に一生の別れじゃねぇからな! 辛いことあったら、すぐに飛んで帰ってくるからな!」
揃いも揃って良さげなこと言いやがって、戻って来にくいだろうが。
「分かってるよ、そんぐらい。お前にそんな根性は無いだろうからな!」
キースが爽快に笑って言い放ち、全員の笑い声も後から響き渡った。
これで心残りなく出発することができる。
空には太陽が完全に姿を現し、雲一つない青空を作り出している。宇宙に天気は関係ないが、旅立ち日和の気持ちが良い眺めだ。
「さあて、色々予定は狂ったが、そろそろ出発だ。シートベルトは締めたな?」
「もちろん!」
この屈託のない笑顔を守り通しながら、醜い自分を少しでもマシにする旅だ。
「じゃ、飛ぶとするか」
「発進!」
猫の手借りてソラへ飛ぶ 福大士郎 @sirofukuhiro
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