シークレット・ルーム
海原
【1】
我が家には開かずの間がある。物理的にも開かないのだが、どちらかというと心理的に開かない、開かずの間が。
ある日、僕は探し物があって、その部屋へと向かっていた。
「こんにちは、旦那様。なにか御用ですか」
部屋の前まで着くと、いつも通り彼女が声をかけてきた。家庭用アンドロイドCX-847型、我が家ではヤシナと呼んでいる。彼女はその部屋の前に常駐しており、そこを動くということがなかった。
まるで衛兵のように。
やあ、と挨拶を返して、僕は用件を彼女に伝える。
「妹が昔着ていた浴衣、その部屋にないかい? 今日はお祭りで盆踊りがあるから、痛んでなければ娘に着せてやりたいんだけど」
「妹様の浴衣、ですか」
猫にも似たヤシナの目が、きぃん、と光る。家庭用アンドロイドに標準搭載されている、『家のアイテムの位置検索』機能を、彼女も持ち合わせているのだった。
「──検索をかけてみましたが、この部屋にあるもののデータベースには登録されていないようです」
「……中に入って、確かめてみても?」
「申し訳ありませんが、お断り致します。大旦那様との約束ですので」
「……そっか」
ヤシナの最初の所有者であり、この部屋の主でもある祖父は、二十年前に亡くなった。だが、どうやら亡くなる前に、部屋の施錠及び番人役を、ヤシナに頼んだらしい。
主な形見は前もって出されていたし、部屋自体も小さな娯楽部屋というだけだったので、入室できずに困るということはなかった。ただ、何故そんなことを祖父が頼んだのかは、わからないままなのだが。
ヤシナは、戦闘機能は搭載していないし、頑張れば力ずくでどかすことはできるかもしれない。だが、わざわざそこまでして開けなくてもいいかな、というのが、我が家の総意だった。
──さて、ではどこを探そうか。
考え込んでいると、なにやら再検索をかけていたらしいヤシナが、ああ、と声を上げた。
「三階に、古い衣装箪笥がございますでしょう。そちらの最下段に、入れられていますね」
「三階の衣装箪笥……ってことは、母さんのだな。ありがとう、参考になった」
ヤシナに礼を言い、足早に三階へと向かう。母さんが保存していたなら、浴衣も痛んではいないはずだ。早々に持って行って、娘を喜ばせてやろう──。
家人が外出し、誰もいなくなった家。
誰かが近づく気配がセンサーにひっかかり、ヤシナは
「──ああ。お久しぶりです、大旦那様。奥様も」
軽く一礼し、ドアの前から一歩、壁側に寄る。
「ええ、いい夜ですね。とっておきのお召し物をご用意しておきました。あちらで太られてはいませんか? ──そうですか。失礼致しました」
気配が部屋の中に入ったのを確認し、ヤシナは黙って待機する。
十数分後、気配が戻ってきたところで、ヤシナは再びドアの前に立った。
「はい。お二人とも、お似合いですよ。たいへんお若くていらっしゃいますから、ご家族がご覧になられましたらきっと驚かれるでしょう──。……ええ、もちろんですとも。ここは依然として、開かずの間のままです。では、ごゆっくり」
すう、と消える気配。今度こそ、この家には誰もいない。気配の消えた方向を見ながら、ヤシナは一言、呟いた。
「──約束、ですからね」
シークレット・ルーム 海原 @kyanosnychta
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